ブサイク、走馬灯を見る
貞一が過去にいじめを受けた描写があります。
苦手な方はご注意ください。
頭が真っ白になった。
翼竜と見紛うほどの巨大なロックバードを見た時よりも、息もできぬほど強烈な突風を浴びせられた時よりも、宙を舞い崖から吹っ飛ばされた時よりも。
レリアが地上100メートルはあろうかという高さから落下していくのを見た時、貞一の頭は白く塗りつぶされた。
周りの景色は消え、視界にはレリアしか入らなくなった。未だ吼えて威嚇しているロックバードの甲高い鳴き声など、耳にも入らない。空中でもみくちゃにされたことでふらつく身体も、吹き付けられる風も、何も気にならなかった。
考えるより先に身体が動いた。
動かなければ後悔するとか、どうすれば助かるとか、そんなことも考えられない。
貞一は気づけば力強く地面を踏みしめ、自らレリアめがけて跳躍していた。
「ウゥゥウウゥオォオオォォオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!! レリア殿ぉぉおおおおおおお!!!」
身体強化魔法によって底上げされるのは、肉体的な強さのみ。運動神経やセンスは一切強化されない。
だからこそ、同じ強化をしても貞一とレリアの間には超えられないほどの差ができてしまう。物を投げても明後日の方向へ飛んでいくし、飛んできた物は四苦八苦しながらなんとか掴む。そういうものだ。
何が言いたいのかというと、宙を舞うレリアに向かってタイミングよくジャンプするなど、運動音痴の貞一にはレベルが高すぎたということだ。
勢いよく飛んだ貞一は空を飛翔し、その軌道は落下していくレリアの真下をものすごい勢いで通過していくものであった。
「ティーチ様ッ!? 何故戻ってきたのですか!?」
だが、レリアは貞一の運動音痴をカバーできるほどセンスに恵まれていた。
空中で姿勢を即座に変え、通り過ぎようとする貞一のたなびくフードを何とか握りしめた。
ロックバードに吹き飛ばされた距離よりも遠くへ飛んでいく貞一とレリア。レリアを何とか助けようと飛んだ貞一は、返って窮地に追いやってしまった。
それでも貞一に後悔はない。そんなこと、今考えている余裕なんてない。
貞一はレリアを手繰り寄せ、自分がクッションになれるよう地面を背にして抱きしめる。
「レリア殿は可愛いでござるッ!! 本当でござるッ!! もし生きていれば全部話すでござるよぉおおおお!!!」
思わず竦んでしまうような高さから落下している貞一は、もう自棄くそだった。死を覚悟した貞一は、この時ばかりは恥ずかしさも照れもなく、思ったことを言えた。
レリアを抱きしめる腕に力を入れながら、これは死んだなと貞一の意識が飛ぶ。
言いたいことだけ言って早々に気絶した貞一の脳内では、走馬燈が流れていた。
◇
「引っかかった! ブサイクが罠にかかったぞ!!」
教室のドアを開けると、頭上から落下してくる黒板消し。ご丁寧に目一杯チョークの粉を纏わせた黒板消しは、貞一の頭を白く赤く黄色く染め上げた。
舞うチョークの粉に咽ながら、もっと上手くやれでござるよと悪態をつく。
廊下を歩けば角から主犯たちが顔を出し、こそこそしていれば何かあるのかと気づくというもの。貞一は黒板消しに気づいていたが、それでもわざと扉を開いた。
避けてしまえばみんなが怒り、次に何されるかわかったものではない。汚れるだけで済むのならそれでいいと、粉を被ったのだ。
「汚ぇな!! ちゃんと掃除しとけよブサイク!!www」
「ご、ごめんでござるよ」
貞一は謝りながらも頭を払い、黒板消しを拾い上げ、床のチョークの粉を集めて捨てた。
これは、小学生だった頃の拙者でござるか?
蹲り掃除をする過去の自分を、貞一は俯瞰しながら眺めていた。
ああ、これは最悪な記憶でござる。拙者に思い出したい過去なんて無いのでござるよ。
小学生の頃でも、同級生と比べて縦にも横にも大きかった貞一。顔は幼少期からブサイクだった。図体がでかいため人より目立ち、顔が醜いためいつもいじめられていた。
貞一ならば何をしてもいい。
そんな空気が教室に満ちていた。
クラスの中にはヒエラルキーがあった。目立っていい奴、騒いでもいい奴、静かにしていないといけない奴、クラスのボールを使っていい奴ダメな奴。
明確に決まっていたわけではない。
ただ、ヒエラルキーは確かに存在していた。
貞一は当然一番下。大人しく地味で学校が違えばいじめの対象になっていそうな奴らも、貞一のことは馬鹿にし笑っていた。
貞一が音読すれば誰かが馬鹿にしたように声真似をし、周囲が笑った。先生も注意はするが、誰も本気で怒っているとは思っていなかった。
放課後、貞一は誰もいない教室で過ごすことが多かった。チャイムが鳴ると同時に図書室へ避難し、みんなが下校した頃に教室へと戻っていた。
教室に残っていた理由は、当時クラスで飼っていた金魚の世話をしていたから。
貞一は生き物係であった。生き物係は花に水を上げたり動物の世話をする係りだが、自由時間に世話をしなければいけないため、不人気な係りだった。よって、貞一は押し付けられるように生き物係となった。
だが、やってみるとこれが楽しかった。元々自由時間に遊ぶことなどなかったし、生き物の世話は自分が彼らの役に立っていると思えて嬉しかったのだ。
貞一は教室に飾られている花の水を入れ替え、いつもの様に完全下校時刻まで金魚を眺めていた。気持ちよく自由に動き回る金魚を見ていると、何も考えずに済んで心が落ち着けた。
貞一は家にも帰りたくなかった。
母は貞一が物心をつく頃に亡くなってしまった。赤ん坊の貞一を抱いている写真を見たことがあったが、優しそうな母親だった。
死因は過労で、働きすぎだったとか。貞一が産まれた頃は、極貧生活だったそうだ。
父は地元の小さな会社の社長だった。経営は厳しく、いつ破産してもおかしくない。そんな会社の社長。
だが、転機が訪れた。
造った製品が評価され、中堅規模の会社に吸収されることになったのだ。
結果、六畳一間のようなボロアパートから大きな持ち家を買えるほど裕福な暮らしになった。だが、その恩恵を貞一は受けられなかった。
家が裕福になると、すぐに父が再婚することになった。相手は化粧をすればなんとか綺麗に見えるような、性格のきつそうな女性だ。
貞一の父は貞一の親だけあって、ブサイクである。だが、自分よりもブサイクな貞一を、父は疎んでいた。
それは結婚するとますますひどくなり、二人の間に子供ができると、貞一は完全にいらない子になった。
食べ物も着る物も住む部屋も、全て新しく生まれた弟と格差があった。この頃から、貞一の居場所はどこにもなくなってしまったのだ。
そうでござる。どんなにいじめられていても、引きこもれる家が無ければ、学校に通わざる負えないのでござるよ。
だから、貞一は放課後の時間を教室で潰していた。一日が早く終わるように、何も考えずに済むからぼーっと金魚を眺めていた。
「早くボール持ってこうぜ!!」
ガラガラッと扉の開く音と、聞きたくもないいじめっ子たちの喧しい声。彼らは放課後だというのに学校に集まり、校庭で遊ぼうとしていたようだ。
びくりと貞一は震え、必死に金魚を見つめた。早く遊びたいようだし、視線を向けなければ絡まれることはないと信じて。
だが、嫌なこと程、願った形に進まないもの。
「うっわ、ブサ男がいるぞ」
「一人で何してんだ?」
わらわらといじめっ子たちは貞一を囲むように近づいてくる。それでも貞一は金魚から目を離さない。
「わかった! 女子のリコーダー舐めてたんだろ!」
「きっも!! 変態ブサイクかよ!」
きもいきもいと囃し立ててくる。これは否定しないとまずいと、貞一は振り返った。
「ちち、違うでござるよ! 拙者生き物係だから、金魚の世話をしていただけでござる・・・」
弱々しく否定すると、衝撃スクープを抑えられなかったいじめっ子たちは、つまんねぇーと言いながらボールを取りに行った。良かった何もされなかったと一安心しようと思ったら、まだ一人、貞一の前から動かない奴がいた。
「なぁ、お前ら。踊り食いって知ってるか?」
ニタァと、底意地の悪そうな最低な笑顔を浮かべ、そいつは言った。知らねぇと答える友達に、奴は楽しそうに語った。
「この前テレビで見たんだよ。小っちゃい魚をさ、生きたまま醤油につけて食べるの。美味いんだってよ」
「えーまじかよ。新鮮ってやつ?」
「俺無理だわ」
美味そうだとかまずそうだとか、そんな話をする奴らに、そいつは言ったんだ。
「踊り食い、見てみたくねぇか」
そこまで言えば、他のいじめっ子も貞一も理解できた。
「や、嫌でござ・・・・」
「見たい見たい!!」
「きっと美味いぜ!!」
「やべーー!!」
ボールのことなど彼らの頭からは抜け落ち、彼らは再度貞一を囲んだ。
「やだ、嫌でござる。拙者―――」
「うぜぇな早く食えよ!!」
震えながら首を振る貞一は、蹴り飛ばされ尻餅をつく。焦れた一人が、ネットを使って金魚を取り出した。
「手出せ! ほら早くしろッ!!」
怒鳴られ条件反射の様に掌を差し出せば、冷たい水に濡れた金魚が落とされた。
「おっどり食い! おっどり食い! おっどり食い!」
手を叩きコールされても、貞一は時折ビチリッと跳ねる金魚を眺めるだけで固まってしまう。そんなつまらないモノが見たいわけではない。楽しそうにコールをしていた声は徐々に怒気を含み、やがては罵声へと変わっていく。
「とっとと食えよ!!」
「食わねぇとぶっ殺すぞ!!」
「早くしろデブ!!」
そして、拙者は食べたんでござるよ。可愛がってた金魚を、一飲みで。
「やべーー!! 本当に食ったーーー!!」
「化け物だこいつ!!」
「逃げろ逃げろ!! 俺たちも食われるぞ!!」
食べたのを見て、大喜びで逃げて行くいじめっ子たち。
貞一はその場で吐き出そうとする。吐き方などわからない子供だ。何度も嘔吐き、ようやく吐き出すことに成功した。
教室の地面に広がる吐しゃ物の中、金魚は綺麗な形のままピクリとも動くことはなかった。
この時、初めて死のうかと思ったんでござるよね。というか、拙者良く死ななかったでござるね。凄いでござる。
そこからも散々だった。翌日にはクラス中に貞一が金魚を食べたことが伝わっており、保護者呼び出し。
元々当たりのきつかった継母は、貞一を人ではない化け物だと罵り人間として見られなくなった。
確かこの時は、一週間ご飯抜きだったんでござるよね。夜中にこっそり炊飯器のご飯とか、数が多くてバレなそうなお菓子を食べてたんでござる。
給食を食べれたのがせめてもの救いだった。ご飯が抜きでも痩せることはなかったのだから、貞一が痩せることはもう諦めた方が良さそうだ。
貞一へのいじめは中学でも高校でも変わらず続いた。
中学では無視や罵倒など、精神的な攻撃が多かった。高校ではよくサンドバッグにされ、直接的な攻撃が多かった。
ボクシング部が酷かったんでござるよ。弱い者いじめじゃなくて、強い奴倒せるように鍛えとけでござるよ、まったく。
貞一が通っていた高校は底辺とまでは言わないが、下から数えた方が早そうな高校だった。貞一は容姿も運動神経も、そして頭も良くなかった。
神は二物を与えないというが、何も授けないこともあるのだ。
そんな高校だったから、不良も多かった。特にボクシング部は不良のたまり場で、教師も些事を投げた奴らだった。
裸に剥かれて校庭を走らされたり、ストラックアウトの的にされたり、意味もなく暴力を振るわれたり。
拙者がブサイクだから犯されることはなかったでござるが、ゲイの先輩が裸になってオ〇ニーしろとか言ってきた時は、貞操の危機を覚えたでござるよ。
その場にはギャルもいたため、ギャルに見られながらしたオ〇ニーは何かに目覚めそうだったのは、ここだけの話だ。
そうして、貞一は高校を卒業すると同時に就職した。
小さな会社の契約社員。薄給だし残業は多いしパワハラのオンパレードだし。時代に取り残された様な、酷い会社だった。
それでも、暴力の無い社会人生活は、貞一にとって初めての生活だった。
社会人で一人暮らしを始め、家族とも縁を切れた。薄給とはいえ、酒も煙草も賭け事もしない貞一にとっては、好きなゲームや漫画やアニメのDVDを買えるくらいは貰っていた。
最高に幸せかと聞かれれば、否定してしまう。それでも、社会人生活は貞一にとって幸せと感じられるくらい、自由を得ていた。
そうでござったな。拙者、こんな生活がずっと続くと思っていたのでござるよ。
彼女を欲しいと望んでも、結局ずっと無理だと思っていた。将来が安心できるくらい稼げるなど、宝くじで当選しない限り無理だと思っていた。友人だって、ゲームのクランメンバーだけで十分だと思っていた。
それが、この世界に来て変わったでござるよ。
魔法使いという才能を与えられ、不自由のない生活ができるほど稼げるようになった。炎龍の牙をはじめ、友人の様に接してくれる冒険者たちもいる。
そして、一緒に素材を見つけて喜んだり、苦労して魔物を解体したり、少しでも安全な探索になるように資料室に籠って会議をしたり。ひと仕事終われば一緒にご飯を食べ、物で溢れる市場で何がいいこれは駄目だと話しながら歩いて、魔境に入ればすっごい頼りになり、魔物を前にしたときなんか惚れてしまうくらいカッコよかったり。
そんな相棒が、この世界でできたのだ。
顔なんて関係ないでござる。共に行動したこの数か月で、拙者はレリア殿の相棒になったんでござるよッ!!
美人だからお近づきになりたいとか、この世界ではイケメンなのだからレリアもきっと口説き落とせるだろうとか、そんな邪な気持ちなんていらない。そんなちんけな関係なんて望んでいない。
レリア殿は拙者の大事な仲間なんでござるよッッッ!!!!!
気づけば走馬燈は終わっていた。気絶から目を覚ました貞一に待っていたのは、背中から感じる確かな衝撃だった。




