ブサイク、人としてまずいことをする
ああ、世界が色づいているでござるよ。
貞一は朝の清々しい空気を吸い込み、うっとりしている。その顔は清々しさとは正反対であり、性犯罪者のようなねっとりした笑みを浮かべた顔なのだが。
これが異世界の朝でござるよ。何でもない日常が、拙者の心を癒してくれるでござる。
すれ違う人々から澄んだ空の様な爽やかな笑顔で挨拶をされ、中華料理屋の排水溝のように脂ぎった笑顔で挨拶を返す。そんな日常を、貞一は大事にしている。
それにしても、レリアたん・・・ゴホンッ。レリア殿が来てくれてよかったでござるよ。昨日はマジで焦ったでござるし。ま、このイケメンの拙者を放っておくなんて、そんなことはないでござるよね!
そう、この盛大に調子こいているこの男。性を鈴木、名を貞一。童貞全一、オナニーデストロイヤー、ブサイク世界代表と様々な肩書を持つこの男は、この世の理を知ってしまったのだ。
この異世界が美醜逆転世界であるという事実を。
美醜逆転世界とは、日本人にとって美男美女と呼ばれる者たちは、この世界では醜いブスブサイク。逆に、視界に入れたくないほどの汚顔の者たちは、この世界では皆が憧れる眉目秀麗な御尊顔となる。
そんな世界。
まさに貞一が望んでいたような最高な世界。イケメンに転生ではなかったが、貞一が美の化身のような評価を受ける世界とは、なんとご都合主義な世界であろうか。
そんな世界であることに歓喜し、同時にガッカリもした。
拙者が受け入れられていたのは拙者自信を評価してくれたのではなく、拙者の顔がよかったからでござったか。
当然魔法使いという力を評価はされているだろう。だが、貞一のような超絶ブサイクでも受け入れてくれる優しい世界と思っていただけに、ショックであった。
まぁ、そんなこと気にしてもしょうがないでござる。結局世の中顔でござるよ。拙者も顔は重要でござる。
顔を隠さざる負えないほどブスだと思っていたレリアへの態度と、同じくらい酷い顔の貞一の接し方の差を見れば、顔がこの世界でも重要だということがわかりそうではあるのだが。悲しいかな人は自分が受ける差別には敏感だが、他人の気持ちには気づき辛いものなのだ。
違和感はありつつも、自分がいい待遇だったから貞一は気づかないふりをしていた。なんともひどい男である。
だからこそ、拙者がこの厳しい世界からレリアたんを護ってあげねばならないのでござるよ!!
顔がいいと知るとこの態度。とことん最低な男である。
というか、拙者あんな美人と魔境へ行く度に夜を過ごしていたのでござるか・・・。これはもう童貞を捨てたと言っても過言ではないのではござらんか!?
過言だし発想が果てしなく気持ち悪い。いっそ清々しいほどのキモイ男である。
だが、当然童貞の貞一にとって美人とは人生で接する機会がなかった存在。いわば天上の神のような存在だ。
ゴッドとすら対話したあことのある貞一でも、さすがに美人は分が悪い。今日も朝会った時の挨拶が盛大にどもってしまった。
大丈夫でござる。今までみたいに話せばいいだけでござるよ。拙者ならできるでござる。頑張れ拙者っ!!
「っそそおっそ、そう言えばレリア殿。体調が悪いなら、せ、拙者が! 拙者が荷物を持つでござるよ!!」
鼻息荒く美女に向かって迫る貞一。日本ならお巡りさん案件だが、この世界ならば問題ない。狂ってやがる。羨ましい。
「いや、大丈夫です。体調も戻ってますから」
あれ?
貞一はレリアの返答に、小さな違和感を感じた。決して断られたことに対して動揺が隠し切れずに、『違和感が・・・』などとそれっぽいことを言って平静を保とうとはしていない。していないったらしていないのだ。
そうして、二人はいつもの様に大きなバッグを背負い、魔境へ向けてネスク・テガロを出発した。
◇
レリアたんに避けられている件について。
貞一はタオルを丸めて作った即席の枕を涙で濡らしながら、この二日間を振り返った。結果、貞一はレリアに避けられているという結論を身を切る思いで認めざる終えなかった。
貞一が近づくと距離を開けてくるとか、そういった露骨な避けられ方ではない。
いつもよりも口数が少なく、会話もいつもの敬語がどことなく余所余所しい。話題を振っても会話は続かず、沈黙の多い旅路。
今までの旅路も、もちろん沈黙はあった。むしろ沈黙の方が多かったと言ってもいい。
けれどもそれは気にならない沈黙であり、今回の沈黙は気まづい沈黙だ。
それを意識してしまうとずっと気になってしまい、無理やり話題を出しては会話が続かずまた気まづくなってしまう。それの繰り返しだ。
そんなどこか距離のある態度は、昨日に続き今日もそのままだった。
ギスカの岩山は魔境の中でも奥の方に位置している。今回はその頂上に用があるため、日帰りは厳しい。
そのため、本日は岩山の麓で野営しているところだ。
ここまで魔境の奥地に来ると、睡眠草を採取した辺りの景色とは全く異なってくる。魔境は奥に行くほど魔力が濃い。その魔力の影響を受けた地形や生き物たちは、漫画の世界のような、摩訶不思議な形をしているのだ。
鬱蒼と茂っていた樹々は大木へと変わり、街路樹の何倍もの大きさの樹々が聳え立つ。その辺に生えている草ですら雑草とは思えない程魅力的に見えてくるし、虫ですら犬猫サイズのモノや魔物化したモノまで出てくる。
今はそうした森ゾーンを抜け、岩や砂利が広がる見晴らしがいい場所で野営をしている。この辺りの自然は、ツツジのような低木や草がまばらに固まって生えている程度だ。
貞一はそんな場所で岩が少なく土のある場所にマントを敷き、寝ていた。
どうして避けられているのでござるか。拙者変わったとこなど何もないでござるよ?
長年虐げられ相手の顔色ばかりを窺う人生を送ってきた貞一にとって、相手の態度の変化には過敏に気づくことができる。
声音の微細な変化、ちょっとした仕草、そして身に纏う雰囲気。そういった細かな情報から相手の気持ちを察する技術は、日本人の固有スキルだ。
貞一はそのスキルの結果、昨日冒険者ギルド前で交わした最初の会話で感じた違和感が確信へ変わるのに、そう時間もかからなかった。
いつもよりも話題がつまらなかったのでござるかね。レリアたんがあんな美人だと意識しちゃうと、うまく話すことができないのでござるよ。
また、露骨ではなく微妙に距離を空けられているのも気になる。露骨にやられれば貞一に何かしらの問題があったのだとわかるのだが、微妙に避けられると自分が悪いのかどうかも判断し辛い。
拙者何かしちゃったでござるか? なんて聞いても、はぐらかされてしまうだろう。貞一的には避けられているのを確信していても、レリアからしたら無自覚に避けていたらそんな質問をされても困ってしまう。
・・・もしかして、昨日のあれがバレたのでござるか?
昨日の夜は、魔境の手前でいつもの様に野営をしていた。魔境の外であり周囲に簡単な鳴子罠も仕掛けているため、いつもこの野営地では見張りを立てずに、二人同時に寝ている。
鳴子罠は視認しやすい太めの紐と、極細で黒く塗られていることで見つけることができない紐で構成されている。冒険者にとってはなじみの鳴子でもあるため人間相手であれば潜り抜けられてしまうが、レリアの動物的気配察知能力があるため、二人同時でも問題ない。
他の冒険者たちも似たような感じで、この場で盗みを働くような冒険者はいない。これは冒険者間にある共通のルールの様なもので、それを破れば全冒険者が敵になるのだ。例え盗賊であろうとも、手を出す者など滅多にいない。
鎮火した焚火を挟むように眠る二人。いつもなら即爆睡する貞一は、何故かこの日は全然寝付けなかった。
焚火を挟んでいるため距離は開いているが、それでもすぐそばに麗しい美人が眠っているからか。鎮火しても匂う燻すような焚火独特な匂いと共に、微粒子レベルで感じられる女性のにほいのせいか。鈴の音の様な澄んだ音を奏でる虫の鳴き声と共に聞こえる、もはや幻聴だと思うが貞一にはしっかり聞こえる規則正しい可愛らしい寝息のせいか。
貞一が寝付けない理由はなんなのだろうか。理由が全く分からない。
貞一はそんな環境で悶々悶々と思いを募らせ、ゴソゴソ ゴソゴソと芋虫の様にその場でくねくね動いている。ほどなくして、具体的に言えば数十秒ほどで貞一が震えたかと思うと、蝶が羽化するように包まっていたマントから這い出て、用を足しに行く。
用を足すだけなのに水筒とバッグを手に持っているのは何故なのか。それは貞一のみぞ知ることだ。
まま、まさかあれがバレてしまったのでござるか!!?? そ、そそそれはまずいでござる!! 人としてまずいでござるよ!!!
まずは人としてまずいことをするなと言いたいが、思春期男子中学生とそう変わらない貞一の精力を思えば致し方ない。・・・致し方ないか? オ〇ニーデストロイヤーの称号は伊達ではないのだ。
ちらりと貞一はレリアを見る。
焚火を眺めつつ時折周囲を見回す彼女の顔は仮面で隠れており、その表情はわからない。
焦る貞一だが、レリアの態度の変化に気づいたのは今朝からではなく昨日からなので、昨夜の出来事はバレていないと思い至る。もしバレていたら朝起きた時、隣にレリアの姿はなかっただろう。
これからは気を付けようと心に誓い、貞一は明日は頑張ろうと気合を入れる。
ロックバードの卵採取を頑張ろうでは当然無い。レリアとの仲を今まで以上にいいものにしようという、命の危険がある魔境の探索中だとは到底思えない邪な野望のための気合いだ。
明日こそは今までみたいに話して、明るく楽しい冒険を目指すでござるよ! そして、レリア殿ともっとお近づきになるんでござる!!
志大きく貞一は決意し、明日こそはと生き込み瞳を閉じた。
◇
貞一は焦っていた。昨夜気合を入れたのにもかかわらず、結果が全く結びついていないことに。
今日は朝から調子が良かった。調子が良いのは体調の話ではなく、旅路の話だ。
今登っているギスカの岩山には、その名を冠するギスカと呼ばれる山羊の様な魔物がいる。
ギスカはほとんど直角の様な急こう配の崖も軽々登る、岩山の覇者である。頭上から巨石を落としてきたり、硬質な角を振りかざし自分自身が隕石の様に落下してきたりと、大変迷惑な魔物だ。
ギスカが闊歩しているのが原因で、ギスカの岩山を登る冒険者が滅多にいないくらいなのだ。
そんなギスカだが、今日はエンカウント率が低く感じられる。前回麓で採掘したときは1時間に数回奇襲を受けたのに、今日はまだ1回しか攻撃を受けていない。
それに色付きのゴーレムとも遭遇した。
ゴーレムは岩や土など無機物が集合して動く魔物だ。臓器などはなく、彼らの動力は中央にある魔鋼をエネルギー源とし活動している。
無機物の集合体である故に、彼らは不定形だ。人型をしているモノもあれば、スライムの様に丸く這うように動くモノもいる。
今回見つけたモノは岩を主体としたゴーレムで、歪な球体に不揃いな5本の足が生え、1本の細長い首の様なものが付いている形状をしていた。そんな異形のゴーレムが、眼も鼻もないのに貞一たちに気づき襲ってくるのだから不思議だ。
岩でできたゴーレムは厄介だ。まず刃が通らない。岩を斬りつけるのだから刃こぼれ待ったなしで、ダメージを与えにくい。いくらこの世界の主流の剣が、叩き潰すような刃の厚い剣とはいえ、刃はしっかりとある。むやみやたらに刃こぼれをさせたくはない。
逆に、ゴーレムの攻撃は重い一撃であり、容易に受けることも難しい。見た目同様鈍重ではあるが、それでもゴブリン程度には動けるため厄介極まりない。
加えて、ゴーレムを殺すのは面倒くさいのだ。エネルギー源の魔鋼は中心に位置しているため、徹底的に破壊してエネルギーを枯渇させるか、魔鋼を破壊したり取り出さなければならない。
実際、ゴーレムが多い魔境の冒険者たちは大槌を武器にし、ゴーレムに特化した解体工具を持って狩りを行う。
そのため、ゴーレムは魔力を剣に纏わせ力技で倒せる冒険者以外は、避けられる魔物だ。つまり、貞一たちにとっては容易な敵ということだ。
岩でできたゴーレムだろうが、レリアは細く鋭利な剣で輪切りにする。剣に一切の刃こぼれが無いのは、緻密な魔力操作が行われている証拠だ。
そんなゴーレムの動力源となっている魔鋼は、魔力の通りをよくする性質を持っている。冒険者の武器はもちろん、魔道具作成にも必要な重要素材だ。
魔鋼にはランクがあり、黒⇒色付き⇒白という順でレア度が上がる。討伐したゴーレムの魔鋼には、若干だが青みがさしている。濃紺よりも黒いが、それでも立派な色付きだ。
ネスク・テガロの魔境で色付きの魔鋼は珍しく、レア素材だ。いつもレア素材を見つけると貞一以上に嬉しそうにするレリアだが、今日は違った。
レア素材でござる! これはしめた! この話題で明るい雰囲気を作るでござるよ! と、テンションを上げながら、『色付きの魔鋼でござる!!』とレリアに魔鋼を手に持って話しかける貞一。
しかし返事は、
「おお、これは珍しいですね」
以上。
明らかにおかしい。
いつもであれば、
「凄い! 本当に色がついている! 初めて見ましたよ!」
と、仮面で隠していてもわかるほど目をキラキラとさせ、食いついてくるというのに。
やばいでござる。絶対拙者呆れられているでござるよ・・・。まずいまずいまずい・・・。このままでは、まずいでござるよ!!
岩山も、もうそろそろロックバードの巣がある頂上だ。今は馬の背のような、左右に開けた細い道を歩いている。
岩山と言っても、険しいがそこまで大きなものではない。崖の様な岩をよじ登ったりする場所もあるため登るのは大変だが、身体強化魔法のおかげで、巨漢の貞一でもロッククライマー並みに登っていける。
頂上に着いたら卵を奪って終わりでござる。これだけ頑張ってもダメだったのでござる。帰りもきっとうまくいかないでござるよ。
貞一は、このまま帰ってしまえば二人の関係がギクシャクしたまま終わってしまうだろうと、直感めいたものを感じていた。それは焦りへと繋がっていく。
今歩いている場所の景色はすこぶるよく、右側は崖の様に切り立っている。普段ならば腰を抜かして絶対歩けないような道だが、焦っている貞一に景色を見る余裕も怖がる暇もなかった。
「そ、そういえばでござるが、拙者この前初めてレリア殿の顔を見たでござるよ!」
何かないか何かないかと、貞一は話題を探し思いついたことを口にする。
今までレリアの顔色を窺って話題を出していたのに、貞一は焦りから気づいていない。その話題でレリアの雰囲気が変わっていることに。
「ビックリしたでござるよ! レリア殿がかかか、かっか、か可愛いでござるから! 仮面なんて、付ける必要無いでござるよ!」
「・・・可愛い、ですか」
コミュ障の権化のような男であった貞一が、女性に向かって、それも美人に対して『可愛い』など褒め言葉を言えたのは、成長したというよりも焦りから言えたのだろう。貞一の脳内では、『可愛いと思ったらちゃんと言葉にすることが成功の秘訣』という、Go〇gl先生の教えが激しい主張をしていたからだ。
だが、レリアの返答の声音は、貞一が予想していたものとはかけ離れていた。喜びでも羞恥でもない。そこに込められていたのは、押し殺すような怒りの感情。
当然、貞一はレリアの雰囲気が変わっていることに気づいた。だが、気づいた時にはもう遅い。
吐いた言葉は取り消せず、まずい、話題を変えねばと思っても、まるで台本が用意されているように話題は続いていく。
「レリア殿はかわっ! 可愛いでござ・・・る、よ・・・」
雰囲気に耐えきれず、尻すぼみに声が小さくなっていく貞一。前を歩くレリアはピタリと止まり、ゆっくり振り返った。
「可愛い・・・? この私が?」
レリアは仮面を外し、フードを脱いだ。ハイコボルトとの戦闘でついた顔の傷は痛々しく、眼が無事だったのが不思議なほど深い。父親に切られた耳は左右不揃いで、傷口もボロボロだ。
それでも。それでもレリアの美は輝いていた。
強い意志を感じさせる瞳も、光を反射し風にそよぐ美しい銀髪も、健康的に映るその褐色の肌も。全てが美しいと、貞一は心の底から思う。
「ロストの私が可愛いと、本当に思っているのかッ!? 醜く傷だらけのこの顔がッ!!! 本当にッッ!!」
レリアは吼える。怒りから、羞恥から、悔しさから。レリアは声を荒げずにはいられなかった。
今更何を言われようとも、何も思わない。ブスだろうが醜女だろうが化け物だろうが。この顔を晒して罵声を浴びなかったことなどないのだから。
だから、何を言われても傷つかないと思っていた。だが、貞一には言われたくない。その思いが、レリアの声を震わせた。
対する貞一は言葉を詰まらせる。仮面越しならまだ話せた。今までも話していたのだ。中身が美人と知っても、見慣れた仮面姿ならばまだ話せていたのだ。
しかし、仮面を外し、真っすぐに見つめられてしまえば、何も言葉は出てこない。蛇に睨まれた蛙、もとい美女に睨まれた野獣は狼狽えてしまうばかりだ。
可愛い美しい綺麗だ愛らしい強く気高い美が宿っている。褒め言葉は無限に脳裏に浮かぶものの、美人に面と向かって直接言えるほど、貞一の経験値は貯まっていなかった。
「あっ・・・いや、でござるね。そのぉ・・・」
言いあぐねる貞一。羞恥のあまり視線も外し、おどおどと慌てふためくだけ。
その様子に、レリアは失望し、絶望し、諦めたように仮面を付け、フードを被り直す。
「・・・あなたにだけは、慰めの言葉も、同情もしてほしくなかったです」
それだけを言い、前へ振り返り歩き始めるレリア。
その様子に、取り返しのつかないことをしてしまったと後悔し、何かないかと思考を高速に働かせる。
今更また可愛いと言っても信じてはもらえまい。あのタイミングで言えばこそ効果はあったろうが、もう遅い。
そもそも、自分に置き換えてみたら貞一の言葉がちゃんちゃらおかしいものだとわかる。
貞一だって自分がブサイクだと、超絶ブ男だと認めている。そんな自分に対し、内面を褒めるのならばまだしも、『貞一君ってかっこいいよね』なんて言ってくる女がいたら馬鹿にしてるのかと思う。もしくは非モテ男を手玉に取る、新手の詐欺師かと本気でそう思うだろう。
だからこそ、レリアに対しての可愛いという発言は、どんなに貞一が本心から言おうとも、肝心のレリア自身に信じてもらえない。多少のブスであればまだしも、レリアはロスト。醜さの化身とまで言われる存在なのだ。
貞一同様、容姿を褒められても全く信じられず、嬉しくもない。
それならどうすればいいか。
答えは簡単だ。貞一の過去を、つまり『この世界の人間ではない』その事実を告げればいいのだ。
信じてもらえるかはわからない。それでも、価値観が全く違う世界から来たからこそ、レリアのことを本気で可愛いと思っていると伝えることができる。
でも、拙者が別の世界から来たことを言ってしまっても、いいのでござるか?
別の世界から来たという疎外感。魔法使いというチートを貰ったという、なんとなくズルをしているような後ろめたさ。何より、そんなことが広まってしまえば、この世界で居場所が無くなってしまうかもしれない。
そんな気持ちが、貞一にその言葉を言わせまいと重石になっていた。
だけどな貞一。でもとかいいのかとか、そんなこと気にしている場合じゃない。今言わなければ後悔する。なら、今言うしかないんだよッ!!
貞一は覚悟を決めた。
全てを話し、納得してもらおう。
でなければこの関係も終わってしまう。
「レリア殿!! ずっと黙っていたのでござるが、拙者は―――」
「カキュアキャキャィアアアアアアッッッ!!!」
貞一が全てを話そうとしたタイミングで、頭上からけたたましい甲高い鳴き声がそれを遮った。
それは大きな鳥であった。いや、鳥と呼ぶのはいささか不適切だろう。翼竜のような、と言った方がしっくりくる。
サイズは小型飛行機ほどはあり、翼を広げた姿はかなりの圧を感じられる。嘴は鶴の様に鋭く長く、吼えるために開いた口には、鰐の様な牙が生え揃っていた。睨みつけるような目つきは猛禽類のそれで、頭部の羽毛が少ない様はハゲワシを彷彿とさせる。かぎ爪も逞しく巨大で、引っ掻けば裂け、握れば潰せるような武器になりえた。
ロックバードは、岩山に住むからそのような名前で呼ばれているのではない。首や身体は筋肉が不自然な程に隆起し、まるで岩を纏っているような姿をしているからロックバードなのだ。
そんな鳥が、巣があるのだろう頂上から迫ってくる。
何て間が悪いんでござるかとぼやきつつ、貞一は荷物を投げ捨て槍を構える。だが、そんな行為は意味をなさない。
「キュァアィィァキィキィキキイイイイイ」
がなり立てながら迫るロックバードはホバリングすると、かぎ爪を使った攻撃でも嘴を使った突進でもなく、勢いよく翼を羽ばたたせた。
「え?」
猛烈な勢いで襲い来る突風。強烈な突風は、目を開けることも息をすることも許さぬほどの暴風であった。
なんとか踏ん張ろうとする貞一だが、直後感じたのは浮き上がるような浮遊感。
全身から冷や汗が溢れ出る。まずいと思った時には、貞一は空高く舞っていた。
「うぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「ティーチ様ッ!!!」
貞一は上下左右に回転しながら、吹き飛ばされる。
回る視界の中、貞一は眼下の光景を見る。低いとはいえ岩山。崖の様な切り立った場所から突き落とされたため、地面までは100メートルはあるのではないかという高さだ。
どうしていいか何をすればいいのかもわからず、溺れたようにもがく貞一。しかし、突如貞一の背中に何かがぶつかったかと思ったら、強力な力で引っ張られる。
どうなってるんでござるか! と、パニックになっている貞一が次に感じたのは、地面にぶつかり転がった衝撃。
貞一が落ちたのは遥か下の地面ではなく、貞一が先ほどまでいた馬の背ような山道。空中でシェイクされたことで三半規管は揺さぶられ、フラフラになりながらも顔を上げた。
そこに映っていたのは、貞一と入れ替わるように空中に投げ出されているレリアの姿。
貞一が吹っ飛ばれされたのを見て、レリアは救出するべく、自ら貞一に向かって飛んだのだ。回転する貞一を掴み、強化魔法の恩恵を活かして、巨大な貞一を山道に投げ飛ばすことに成功する。
しかし、レリア自身戻ってくることはできなかった。バッグから縄を取り出してどこかに結べればよかったが、咄嗟に動いたためそんな時間は無かった。
貞一と場所を入れ替えるように飛び上がっていたレリアは、重力に従って落下を始める。貞一はそれを、茫然と見ていた。




