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ブサイク男の下剋上~ブサイクが逆転世界で、賢者と呼ばれるまでの物語~  作者: とらざぶろー
第二章 魔境探索編

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レリア、歩んできた人生を振り返る

 ああ、またか。


 ティーチの戸惑う顔を見て、レリアは幼き頃の記憶を思い出す。


 もうこんなことでは傷つかないと思っていたんだが、膝が崩れ落ちそうなほど傷つくとはな。私もまだまだ子供だったということか。


 無理やり自分を客観的に評価して意識を逸らそうとするが、どうやら効果はなかったみたいだ。あまりの私の醜さ故か、顔に深く残る傷跡が原因か、それとも不揃いに切られたこの耳か。貞一が向ける茫然とした顔は、一体何を思って私の顔を見ているのだろうか。


 お願いですから、そんな眼で私を見ないでくださいっ・・・!


 その場の雰囲気に耐え切れず、レリアはティーチが拾い上げた仮面を奪い、走り去ってしまう。


 ああ、戻れレリア! 今逃げてしまえばもう戻れなくなってしまうぞ!!


 そう心で何度も叫ぶが、一度動いた足は言うことを聞かない。


 そうして私は、私を認めてくれた人を残し、一人逃げ去ってしまうのであった。




 ◇




 翌日。どれだけ起きたくなくても、どれだけ最悪な朝であろうとも、長年の習慣で日が昇るよりも早く目が覚める。


 惰眠を貪ることなどそもそも候補にすらなく、レリアは起きるとすぐにストレッチを始めた。入念に身体をほぐし、温まったら日課の筋トレから始める。


 ストレッチをサボると身体を痛めてしまう。強化魔法が使えない魔力無ロストは、たったそれだけで怪我をしてしまうほど脆弱な存在なのだ。


 レリアが泊まっている宿は安宿だ。造りはいいものではないため、音を立てれば周囲から苦情が来てしまう。


 音を立てずに迅速に、レリアは筋トレに励む。黙々と黙々と。


 動いていなければ嫌なことを、昔のことを、思い出したくないことを考えてしまう。だからか、筋トレはいつもよりもずっと短く終わったように感じられた。


「・・・走ってこよう」


 愛剣を手に取り、レリアは宿を出て走る。しかし、走ったのは失敗だった。負荷が弱いためか、いろいろと考えてしまう。


 スピードを上げ息が苦しくなっていく中、レリアは今日ティーチと一緒に行う予定であった魔境探索の準備を、サボることに決めた。




 ◇




 市場には多くの物が売られている。食品から骨董品、武器に薬と様々だ。


 村にいた頃では考えられないほどの、たくさんの人に物。ここでは何でも手に入る。


 活気あふれる市場通りを、レリアはフードを目深に被り歩いている。陰に潜むように、誰にも気づかれないように人の波を縫っていく。


 存在を消す。影を薄める。これは村の生活で最初に学んだことかもしれない。


 すたすたと足早く、レリアは魔境探索に必要な物資を買い集めるべく市場を歩く。


 本当ならばティーチと共に買い出しを行う予定であった。しかし、レリアの隣には誰もいない。


 今はまだお昼前。いつもなら冒険者ギルドにティーチと待ち合わせ、資料室で次の探索の計画を練っていた時間だ。


 しかし、レリアはギルドへ向かわない。


 準備不足かも知れないが、次に探索するギスカの岩山は以前も行ったことがある。昨日の休日に勉強をしに資料室へ行った時も、事前に確認していたので問題ないはずだ。


 そうやって言い訳をしながら、必要な物を買っていく。


「はいよ、モル牛の干し肉だよ」

「ありがとう」


 肉屋から干し肉を受け取る。受け取った重さから、レリアは注文以上の量が入っていることに気が付いた。


「量が多いようだが」

「ティーチ様がうちの干し肉気に入ってくれたんだろ? 嬉しいったらありゃしないよ! それはおまけだよ。またよろしくね」


 そう言って笑顔で送り出してくれる店主。


 おまけ、か。こんなこと、ロストの私が受ける日が来るとはな。


 無論自分に対してではなく、ティーチに向けてであることは自覚している。それでも、笑顔で接客を受け、あまつさえおまけなんてもらえるなんて、レリアの今までの人生では考えられなかった。


「これ、革袋と採取瓶」


 言葉少なく物を差し出すのは薬品店の娘。この薬品店は採取道具も取り扱っており、質もいい。


「・・・今日はティーチ様は?」


 物を受け取ると、顔を赤らめながら尋ねられる。


「今日は一緒じゃないんだ」

「・・・そう」


 赤かった顔が一転、悲しそうに作業に戻る娘。


 彼女も魔力が少なく、そのため容姿も整っていない。しかし、ティーチは誰であろうと優しく丁寧に接する。


 ティーチに合えず残念がる彼女の気持ちも、察せるというものだ。


「この前の姜茸がたけの状態、とてもよかったわ。またよろしくね」


 レリアが店を出ようとすると、作業に戻っていた彼女が背中越しに声をかける。


「あ、ありがとう」


 褒められることなどなかったレリアは、どもりながらも礼を言う。


 その後も、何を買うにもティーチについて聞かれた。レリアがティーチとパーティを組んでいるのは、ネスク・テガロで知れ渡っている。


 レリアは魔力無ロストだ。魔力至上主義のこの世界においてロストなど、最底辺の階級だ。しかし、レリアを粗末に扱う店はどこにもない。それは全てティーチのおかげであった。


 ティーチと別れ買い物をすることで、改めてティーチに護られていたのだと気づかされた。


 宿に戻るも、まだ日も高く寝るには早すぎる。狭い室内に一人座っていると、嫌でも思い出してしまう。母との思い出を。厳しい修練を。そして、あの忌々しい村での出来事を。




 ◇




 レリアの両親は元冒険者であった。二人とも魔力量は限りなく低く、魔力無ロストと揶揄されるほどしか魔力を持っていなかった。


 二人が出会ったのは、そんな魔力の少ない者たちで結成された冒険者パーティでだ。


 パーティメンバーは全員魔力が少ないながらに、それでも上へ行こうと努力していた。彼らは技術を磨き身体を鍛え、なんとか冒険者の世界で生きていこうともがき続けていた。


 しかし、現実は無情である。努力の末、彼らはカッパー級にふさわしい能力を身に着けることができた。足りない戦闘力を知識と技術でカバーし、魔境での探索も危なげなく行えていた。


 カッパー級になれば受けれる依頼が増えるだけではない。開示される情報量も増えるため、魔境探索の探索エリアも広げることだってできる。


 しかし、どれだけ冒険者ギルドに掛け合っても彼らのランクは決して上がることはなかった。代わりに、魔力量の多い新人たちはどんどん優遇されランクを上げていったのだ。


 その現実を前に、いつしかパーティメンバーは疲れ、結果解散することになった。


 しかし、レリアの母は諦めきれなかった。それほど離れていないネスク・テガロという街では、魔力量が少ない者がシルバー級にまで上がったという噂が流れていた。それだけに、自分たちもと奮起したかった。


 説得を何度も試みたがメンバーは誰一人聞いてくれず、魔力量の低い自分一人で出来ることなど高が知れていることを、レリアの母も理解していた。そんなレリアの母を当時リーダーであったレリアの父が諭さし、同じような者たちが集う村があるからそこで一緒に過ごそうと、プロポーズを受けたのだ。


 その村は東領の中でも東の端に位置していた。栄えた街へ行くには歩いて5日もかかるような田舎の村。


 その村は父親が言っていたように、全員が魔力の少ない者たちであった。それこそ、魔力無ロストとまで呼ばれるほど魔力の低いレリアの両親と同じくらい。


 ロストとは、魔力を全く持たない者への蔑称だ。本当に魔力を持たないロストの数は少なく、ネスク・テガロのような大きな街に一人いるかどうかという程度。


 この世界は魔力至上主義。魔力が多い者は偉く、少ない者はさげすまれる存在。そのため、魔力が限りなく低い者たちに対しても、ロストという蔑称を使って馬鹿にするときがある。


 本当は魔力無ロストではない。僅かだが、確かに魔力はある。しかし世間からは魔力無ロストというレッテルを貼られる。


 その悔しさ、恥ずかしさ、やるせなさ。それは本人たちにしかわからないだろう。だからこそ、その村に住む者たちは劣等感の塊のような者たちであった。


 街では暮らせず、豊穣な土地で田畑を耕すことすら叶わず、辺境に身を寄せるしかなかった者たち。傷をなめ合うように、魔力がある者たちを逆に品が無いと馬鹿にし、卑屈に生きる者たち。


 そんな者たちが集う村。そんな村は、元冒険者であった二人を快く受け入れた。


 冒険者としての知識を活かし、村の護衛と初級魔境での狩りが二人の仕事であった。護衛と言っても、こんな貧相な村に盗賊が来ることもなく、狩りがメインの仕事だ。


 二人のおかげで肉にありつけるようになり、村人たちは二人に感謝をしたものだ。


 そんな中、二人の間に子供を授かった。


 きっと強い子が産まれてくるに違いない。

 私たちの技術をしっかり教えよう。

 この子なら冒険者として活躍できるよ。


 二人は喜び、産まれてくる子供を心待ちにしていた。


 そして、魔力が限りなく低い者たちが集う村で、本当の魔力無ロストの子供が産まれたのだった。


 本物の魔力無ロストには、隠すことのできない三つの特徴がある。それは髪と耳と肌の色だ。


 髪の毛は、まるで年老いた老人の様に真っ白い。産まれたばかりで生命に溢れているというのに、死を感じさせるその髪の色は、忌み嫌われる象徴だ。


 ロストの耳は普通の人間の耳に比べ、尖ったように細長い。まるでゴブリンの耳のようであり、その異形は不吉であり嫌悪される対象だ。


 また、肌の色は浅黒い。土を纏った様なその肌の色は、常に汚れているようで、不浄のものとされてきた。


 だからこそ、レリアは産まれてすぐにロストだと判明したし、どこにいてもその特徴からロストだとバレてしまう。


 ロストと間違われるほど魔力の無い者たちが集う村。そんな村でロストは受け入れられるかどうか。


 答えは否だ。


 魔力量にコンプレックスを抱き自分たちを卑下してきた彼らにとって、正真正銘の魔力無ロストとは、初めてできた自分たちよりも格下の者。


 村人に溜まっていた行き場のない感情がレリアに集中するのは、必然であった。


 村の全員から無視をされ、意味もなく暴力を振るわれ、歩いていたら石を投げられる。そんな生活がレリアの日常であった。


 ただ、ロストとしてはその程度の危害しか加えられなかったとも言える。


 それをその程度と言えるくらい、この世界でのロストの扱いは酷いものなのだ。産まれたら即殺すことが普通のロストが、歳をとっているということが珍しいと思えるくらいなのだから。


 レリアが生きられていたのは村人が優しかったからなどでは決してない。殺してしまったら、初めてできた鬱憤の吐き出し口が無くなってしまうからに他ならない。


 もしくは、レリアの母親が彼女を見捨てなかったからかもしれない。


 レリアにとって、親は母しかいないと思っている。


 レリアの父は、レリアがロストだと知ると殺そうと提案してきた。母が却下し抵抗すると、夫婦の仲は完全に壊れてしまった。


 父は冒険者時代に魔力が少なかったことでやるせなかった気持ちを募らせ、それはやがて捻じ曲がり、魔力絶対主義へと変化していった。魔力が少ないからダメなんだと自分に言い訳し、魔力無ロストを、我が子を恨む気持ちへと変わっていってしまった。


 父は家にいることがほとんどなく、帰ってきてはレリアに暴力を振るい、母と喧嘩している姿しかレリアは覚えていない。父の顔はぼやけて思い出せないのに、言われた言葉だけは鮮明に覚えていた。


『お前なんて産まれてすぐに殺せばよかったんだ』

『なんでロストなんか産まれてきたんだ』

『その化け物みたいな面で見てんじゃねぇ』


 そしてある日、レリアはロストの象徴たるその尖った耳を、父親にナイフで切られてしまった。


 辺鄙な街では珍しく酒が手に入ったようで、その日の父親は酔っていた。レリアと眼が合うと『酒がまずくなると』いつもの様に暴力を振るわれ、うずくまったレリアの耳を切ったのだ。切り落とすのではなく尖った部分だけを切ったのは、せめてもの情けだったのだろうか。


 泣き叫ぶレリア。

 血に染まる床。

 興が醒めたと家を出ていく父。


 まだ日も高いというのに、助けなど誰も来ることはなかった。


 痛い痛いと泣くレリアを母親が見つけたのは、狩りに戻った夕方であった。


 その日、初めて母は父親に激怒し、それ以来父親が家に帰ってくることはなかった。その数か月後、父親の遺体が遠くの山道で見つかった知らせを受けた。レリアが母親の泣いた姿を見たのは、後にも先にもそれが初めてであった。


 母はレリアがロストだからと言って諦めることはなく、なおさら厳しくレリアに剣術を叩きこんだ。レリアがまだ幼かった頃から、母による稽古は始まった。


 母が狩りに出かけているときは、レリアは筋トレや素振りをしていた。遊ぶ時間など当然なく、レリアは常に鍛えていた。


「当たったわ!」


 それは村長の娘がレリアに向かって投げた石が当たって、喜んでいる声だ。


 村長の娘はよく村の子供たちを集めて、鍛錬を積んでいるレリアを馬鹿にしに来た。大人たちは止めるどころか、一緒になって馬鹿にする。何をしてもいい子供。それがレリアであった。


「あんたのママは強いけど、あんたは強くなれないわよ!」

「だって魔力がこれっぽっちもないんだもん!」

「ロストは転んだだけでも骨が折れるんだってよ!」

「じゃあ石をあてたら死んじゃうかしら」


 そう言って笑いながら、彼女たちはレリアに向かって石を投げる。最初に当てた人が勝つというゲームをしているようだ。


「いつまで素振りなんてやってるのよ!」

「無駄だってわかんないのかよ!」

「私がわからせてあげるわ!」


 そう言って投げた石はレリアの頭に当たった。痛みにうめくレリアだが、彼女は石が当たったことに大喜びだ。


「ほら見なさい! 魔力で護ればあんなの痛くもないのに」

「ねー! あんなので痛がってたらどうせすぐ死んじゃうのに」


 石を投げられ額から血を流そうとも、悔しくて涙で視界が滲もうとも、決して素振りを辞めなかった。


「つまんなーい」

「ロストってば言葉もしゃべれないんだね~」

「かわいそー」


 そう言ってどこかへ遊びに行く。彼女たちはレリアの母が狩りに行くたびに、こうしてからかいにやってくる。


 彼女たちはレリアに近寄ってこない。レリアの褐色の肌が気持ち悪いと言い、触れたら色が移ると言って遠くから物を投げては飽きてどっかへ行く。


「レリア。手伝って」


 狩りを終え戻ってくる母は、必ず何かを持って帰ってくる。山菜であったり果物であったり、獣や魔物であったり。


 それらの処理は、レリアも手伝う。干したり吊るしたり解体したり。


 だが、それらのほとんどは村人たちの手に渡る。村で育てた僅かな食料と交換されるのだ。ロストを村においてやる代価というわけだ。


 レリアの母はどんなに理不尽なことをされても文句ひとつ言わない。レリアが額から血を流していても、見せなさいと言い塗り薬を塗るだけ。


「母さん、私悔しい」


 いつもの様に水のような粥を食べていると、レリアがポツリとつぶやいた。スプーンを握りしめた手が震えているのが、彼女の悔しさを物語っていた。


「なんであいつらを倒しちゃいけないの? 魔力があってもあんなやつら私の敵じゃないのに!」


 震えはやがて肩を怒らせ、睨むように母を見る。母はゆっくりと椀を置くと、しっかりとレリアを見据え答える。


「まだまだ弱いからだよ」

「私の方が絶対強い!!」


 レリアはたまらず反論するが、母の返答は変わらない。


「あの子たちを倒してどうなる? 次は親が出てくるよ。彼らの親も倒すのか?」

「えっ・・・それは・・・」

「仮に倒せたとして、それからどうする。この村にはいられないぞ」


 母の刺すような視線に、レリアは思わず目を背けてしまう。


「レリア、私はあなたには冒険者になってもらいたいんだ」

「わかってる。私も母さんの剣がちゃんと評価されたいと思ってるもん」


 母からはよく冒険者の話を聞かされた。どんな仕事があるか、何に気を付けるべきか、本物の魔境は近くの初級魔境とは比べ物にならないほど過酷なんだとか。多くのことを聞いた。


 そして、母が断念した冒険者としての生活を、レリアに託そうとしていることも何回も聞いていた。


 レリアも同じ気持ちだ。魔力があるから強くて、強いから偉いのなら、私自身が強ければ認めてもらえるはず。


 私を、私の強さを、母さんの強さを。

 世界に認めさせる。


 その思いは執念しゅうねんに代わり、妄執もうしゅうのようにレリアは強さを求めている。


 レリアにとって生きていくには、これしか残っていないと本能で理解していたから。止まってしまえば、自分の死がヒタヒタと背後から近づいてくる感覚があったから。


「だからあいつらに私は強いとわからせるべきじゃないの!?」

「いいや、違う」


 母は、それでも否定する。


「あなたにはこんな狭い村から、早く抜け出して欲しいの」


 それは初めて聞く、母の本心であった。


「こんな村で強さを証明しても何も意味はない。そんな暇があるなら、一回でも多く素振りをした方がマシよ」


 母は席を立ちレリアの横に座る。目線を合わせ、真っすぐにレリアを見つめながら、母の思いを告げる。


「あなたはロスト。外に出れば、この村以上に厳しい扱いを受ける。だからこそ、ただ強いだけではダメなんだ。圧倒的に強くて、ようやく人はあなたを認める」


 それだけ強くても、結局は魔力を持っている者と同じ程度の強さしかないのだ。だが、それほどまで強くなれれば、周囲はきっと認めてくれる。


「わかってる。だから私は今鍛錬をしてるんだもん」


 それは母の稽古が辛く、泣き言を言った時に母が言ってた台詞だ。


『弱いままでいいなら、やらなければいい。停滞したければ明日やればいい。強くなりたければ今やるしかないんだ。どんなに辛くても、今やるしかないんだよ』


 言われた時はピンとこなかったが、今ならわかる。前へ進むなら、止まっている暇は無いのだということを。


「ふっ。そうだ。レリアはまだまだ強くなる。あんな餓鬼共ほっとけばいい。どうせこの村で文句を言うしかできない奴らだ。強くなって、広い世界を見に行けばいいさ」


 そう言って、母は乱暴にレリアの頭を撫でた。この時から、レリアは母のためにも強くなろうと思い始めた。


 母の言う通り、ロストという最下層にいるレリアにとっては、休憩する暇も、周りをやっかむ時間もない。ただがむしゃらに剣を振り続けるしか、レリアが生きる道は用意されていなかった。


 そこからも子供たちのちょっかいは続いたが、レリアの眼中にはすでになかった。いつしかちょっかいも無くなり、レリアも母と一緒に村だけでなく魔境へ行くようにもなっていた。


 レリアの村の近くには、二つの初級魔境があった。初級魔境は普通の森や山と変わらず、違うのは魔物が現れること。


 レリアは母とともに、二つの魔境で狩りができるまで成長していた。


 魔境に出てくる魔物は、コボルトやビッグラット程度。全く旨味が無い魔物しか出てこない魔境のため、新人冒険者ですら近寄らない魔境だ。


 それでも、レリア達は魔境で狩りを行う。コボルトの毛皮は汚く毛も薄いため売れもしないし、ラットマウスもゴミ素材しか取れない。魔物は総じて修行のために戦う程度しか役に立たない。


 唯一、ラットマウスの前歯は鍬に加工ができるため、たまに数本持ち帰り村に提供していた。


 魔境へ行くのは、魔物ではなく素材採取が目的だった。魔境には当然魔物以外も獣や山菜があり、それらを採取するのもレリアたちの仕事であったからだ。


 そんなレリアがまもなく成人を迎えようという時、母親が病で倒れた。それは高価な飲み薬でないと治らないような病であった。


 その病はどうやら村長の娘も発症していたようだ。村の情報をシャットアウトしていたレリアは、母親が倒れて初めて知った。どおりでレリアに対するちょっかいが無くなったわけだ。


 レリアは成人になれば冒険者になる予定であった。母親は村を出て冒険者になれと言うが、そんなことレリアにはできなかった。


 薬を買うために、レリアは魔境へ潜ることが多くなった。二つある魔境の内、距離が近い魔境を集中的に探索する。誰も母親を看病する者がいないため、早く帰ってこれるためにだ。


 少しでも高価な素材を求め、今まで入ったこともないような奥へも探索した。当然リスクも高く、魔物に囲まれることもあれば、熊のような危険な獣にも遭遇した。


 それでも潜り続け、数多の素材を持ち帰った。


 素材は全て村長に渡している。大きな街へは歩いて片道5日もかかり、とても母を置いてレリアが行ける距離ではない。辺鄙な村に商人が来ることもないため、素材を売るには街へ行かなければならない。


 村長は村の作物を定期的に街へ行って売っており、必要な物を街で買いそろえて帰ってきていた。村長も母が倒れていることは知っていたから、快く素材を街で一緒に売ってきてくれるようになった。


 しかし、初級の魔境で手に入る素材は高が知れていた。


 高く売れたと受け取ったお金は微々たるもの。本当に素材が安いのか、魔力量の低い村長が足元を見られたのかはわからない。後者だったとしても、ロストであるレリアが代わった方が余計安く買い叩かれる。


 村長から聞いた薬の値段には全然届かない。それでも、微々たるお金から一部を村長に渡す。


「なんだこれは?」

「あなたの娘も母と同じ病で困っていることは知っている。売ってきてくれた礼だ」


 村長の娘にいい思いなど全くない。だが、母はレリアが冒険者としてこの村を出てった後もずっとこの村にいる。


 少しでも母が生活しやすいように、協力する必要がある。レリアは、村長が村人に薬代をカンパしてほしいと頭を下げていることを聞いていた。


 母が倒れても誰もお金など融通してくれないが、そこは飲み込むしかない。自分が稼げばいいだけの話なのだから。


 それから3年。レリアは雨の日も雪の日も灼熱の日も、変わらず魔境に潜り続けた。


 魔境で取れる薬草の効果は薄いが、それでも煎じて母に飲ませた。少しでも精が付くものをと獣を狩ってくるが、次第に肉も喉を通らなくなった。


 お金はまだまだ貯まっていない。村長の娘の様子も芳しくないと聞く。


 レリアはずっと、薬草も精の付く食材も村長たちに提供していた。母の今後の生活のためもあったが、村長の娘が死んでしまえば母も死んでしまうと思っていたからかもしれない。


 このままではまずい。母が死んでしまう。


 レリアは焦った。村の近くには魔境が二つある。


 いつも近い方の魔境ばかり探索していた。だが、そうも言っていられない。


 長らく行っていなかった魔境ならば、素材も豊富にあるはず。期待を込めて縋るような思いで魔境に行ったレリア。彼女の思いは、ある意味叶えられたのかもしれない。


「なんだこの数は。多すぎるッ・・・!!」


 もう一つの魔境は、コボルトたちに埋め尽くされていた。


 レリアは母から聞いていた。魔物の数が異常に増えていたら、その魔物の上位種が誕生している可能性が極めて高いこと。そして、溢れた魔物はやがて周囲の村落を襲うということを。


 レリアは急いで村へ戻り、村長へ状況を伝えた。


「ハイコボルトが生まれた可能性が高い! この村も襲われる可能性がある。迎え撃つ必要があるから、村の男たちを―――」


 しかし、最後まで言うことはなかった。村長がレリアの顔めがけて殴りかかってきたからだ。


 当然当たるはずもなく。レリアは頭を後ろにそらすだけで拳を避けた。


「何をする?」

「ふざけるなッ!!」


 睨むレリアに返ってきたのは怒声。


「魔境の管理はお前の仕事だろっ! それをサボっている間に上位種が生まれて襲ってくるだと!? ふざけるなッ!!」


 もう一度殴り掛かるが、それもレリアには当たらない。


「ああ、私の落ち度だ。だが母の看病があったから見れなかったんだ。村長も知っているだろう」

「言い訳をするなっ! お前の落ち度ならお前が片付けてこい!!」


 村長は激高しており、レリアの話しを一向に聞かない。


「だが、数が数だ。それにハイコボルトなんて私も戦ったことが無いんだ」

「言い訳は良いと言っただろうが!! 何のためにロストのお前をこの村に置いておいてやっていると思っているんだ!! お前が行かなければ母親もろともこの村が終わるだけだッ!!」


 そう言って勢いよく扉を閉め、家へ戻ってしまう村長。


「ダメだったか」


 ぽつり呟き、家へ戻る。


 元々無理だろうとは思っていた。訓練もしておらず魔力もない村人では、魔物には勝てない。


 魔境にはかなりの数のコボルトがいた。あれが村を襲ってきたら、ひとたまりもない。


 生きるためにはこの村を放棄するのが最善手。だが、それを提案しなかったのは母の容体が芳しくなかったからだ。病の母を連れて移動するのは、とてもではないが母の体力が持ちそうにない。


 ならやるしかない。


 せる母の手を取る。あれだけ逞しかった手は痩せ衰え、まるで老婆の様にか細くなってしまった。


 変わり果てた母の手を握りしめ、レリアは決意する。


「母さん。行ってきます」


 決死の覚悟を持ち、レリアは魔境へと向かった。


 ハイコボルトは凶暴だが、ホブゴブリンのような知能は無い。群れを率いるが、偵察隊を作ったり警戒態勢を整えたりなどはしない。


 だからこそ、レリアでも勝機があった。


 隠れ近寄り、コボルトを音を出さずに殺していく。コボルトは何百匹、何千匹と殺してきた。どうすれば一瞬で殺せるかを熟知している。


 何十匹目かのコボルトを殺したとき、全身に悪寒を感じた。


 直感に従いその場を飛退とびすさると、ハイコボルトの攻撃が目の前を過ぎ去った。殺したコボルトは巻き込まれ、八つ裂きに切り刻まれる。


「ゴルゥゥアア゛ア゛ア゛!!!」


 唾液をまき散らしながら吼えるハイコボルト。2メートルを超える体躯は筋肉で隆起し、鋭利な爪の威力は、コボルトが身をもって教えてくれた。その威圧は凄まじく、吠えた顔の周りの空気が歪んでいるようにさえ感じられる。


 剣を握りしめ、レリアは集中しハイコボルトの全体を視界に入れる。手を振り下ろしただけであの威力。レリアでは到底受けられない。受け流すことすら困難だ。


 体格の差を活かし、懐に入り込んで殺す。


 レリアの周りをグルグルと歩き、隙を伺うハイコボルト。焦れるが決してレリアからは動かない。


 大きくもう一度ハイコボルトは吼え、レリアへ襲い掛かる。


 振り下ろす腕の速度はとてつもない疾さだが、モーションが大きく振る前から軌道が読み取れた。数回の攻撃を避け懐に入り込んだレリアは、首を斬り落とそうと剣を振り上げる。しかし、首周りの毛がレリアの攻撃を阻んだ。


「ちっ!!」


 動きが止まったレリアを掴もうとするが、寸でのところで待避する。


 あの毛は私の剣では切れないか。そうなると首を落とすのは無理。各関節も内側からしか攻撃は通らない。それに加えてあの肉量。有効な傷を負わせるのは難しいか。


 ハイコボルトの腕は、レリアの胴回り程もありそうなくらい太く筋肉質だ。脆い関節を攻撃しても、肉の鎧があるため有効打になりそうにない。


 残る急所は目と喉元。それも刺突でなければ厳しいな。


 刺突は貫通力が高いためダメージを与えやすいが、敵に突き刺さるため膂力りょりょくの無いレリアでは次の攻撃に繋げることが難しい。必殺の一撃でなければ、カウンターを喰らいかねない。


 もとより厳しい戦い。冒険者になるのなら、こんなところでやられる訳にはいかないんだッ!!!


 そうして、レリアとハイコボルトの死闘が始まった。掠れば死ぬような攻撃を何度も避け、かすり傷のような僅かな傷を負わせては引く。


 そんな戦いが続く。疲れを感じさせないハイコボルトに対し、レリアの疲労は蓄積していった。徐々に動きは鈍り、足の運びも精彩を欠いていく。


 そして、ついには反応が遅れ、僅かにハイコボルトの攻撃が顔を掠めた。


 顔面をえぐられるような痛み。左目は赤く染まり何も見えず、焼けるような痛みが思考をかき乱す。


 しかし、乱れたのはレリアだけではなかった。ようやく訪れた好機とばかりに、ハイコボルトは腕を振り上げ止めを刺そうといてしまう。


 痛みで視界がぐらつく中、レリアはその隙を見逃しはしなかった。


 腕を上げ無防備となった喉元に、レリアは剣を突き刺す。突きは喉を覆う毛を掻い潜り、ずぷりっと深く突き刺さった。それは喉を貫き脳みそを破壊し、後頭部の頭蓋骨に当たってようやく止まる。


 吐血しながらも怨嗟で溢れる恐ろしい形相で睨みつけるハイコボルトは、何とかレリアを殺そうと腕を持ち上げ、再度攻撃しようとこころみる。しかし、レリアが刺した剣を捻ると、二度三度大きく痙攣し、力なく腕を下ろし動かなくなった。


 勝利。母が選んだ鋭利な武器。そのおかげで、レリアはハイコボルトを殺すことに成功する。


 レリアは歓喜した。ハイコボルトの素材であれば、きっと高く売れるはず。そうすれば、薬も買えるかもしれない。


 自分の傷など気にせず、母が助かる可能性に喜び希望を抱く。


 レリアは即座にハイコボルトを解体する。2メートルを超える巨躯だ。レリアが背負って魔境を出るには大きすぎる。解体し、肉は捨てる。勿体ないが、大量の肉を持ち歩けはしない。


 必要なのは牙と爪と毛皮。手早く解体を進める。心臓だけは切り取り、持ち帰ることにした。心臓は栄養価が高いため、母に何とか食べさせてあげたいから。


 だが、ハイコボルトを討伐して終わりではない。コボルトはかなり間引きし、ハイコボルトも殺したことで村が襲われることはないだろう。それでも、コボルトはまだ魔境に多く存在する。


 魔境から出るまでは気を抜くことはできない。レリアは最短ルートで魔境から出る道を進むが、コボルトだけでなくビッグラットも手負いのレリアに襲い掛かってくる。疲労し負傷しているレリアではすべてを捌けず攻撃を受けてしまうが、傷だらけになりながらもなんとか魔境を脱出することに成功した。


 早朝から討伐を行っていたのに、気づけば日も沈み始める夕刻だった。疲労困憊(こんぱい)で村へ戻るが、様子がおかしかった。


「なんだ・・・。人がいない。何か変だ」


 今にも倒れそうなほど疲れていたレリアだが、嫌な予感が全身を覆い、村まで走った。


「ッ!! コボルト!! どうしてここに!!」


 村にはコボルトたちがいた。レリアに気づき襲ってくるが、切り伏せる。


 周囲を確認する。血痕も死体もない。それはコボルトと村人が争っていないことを意味している。


「村人は事前に逃げていた? ・・・村長が動いたのか」


 レリアが失敗すると予想し、村長は村人たちを連れて村から逃げていたようだ。扉が開け荒らされた部屋を見る限り、急きょ逃げたのだろう。


 魔物は一日と魔境の外で活動することはできない。待てば必ず魔物は村からいなくなるのだから、村を捨てるかどうかはまだ決めていないはずだ。明日には確認のために戻ってくるだろう。


 村人はみんな逃げている。そのことを何度も頭で反芻し、きっと大丈夫だと言い聞かす。


 だが、身体は震え、言うことを聞かない。引きずるように生まれ育った家へ行く。


 中からはコボルトの気配。ダメだ嫌だ違うそんな訳ないと頭の中で叫び続ける。心臓の音がうるさいくらいに鼓動し、震える手で扉を開けた。


 狭い家だ。母が寝ているベッドも、玄関からすぐに見える。


 そこには群がるようにコボルトが密集し、グチャグチャと何かを咀嚼する音が聞こえた。


 床には数体のコボルトの死体。転がっている剣は、レリアが母と二人で魔境探索をしていた時に使っていたもの。長年使っていたからシミが浮いてしまっているシーツは、夕日に染まってもなおわかるほど赤い血に染まっていた。


 レリアに気付いたコボルトたちは、一斉に振り返ると襲ってくる。狭い室内でまとめて襲い掛かられれば、さすがのレリアも全てを対処することはできない。


 腕を噛まれ腹を引っかかれるが、レリアは声一つ上げない。噛まれようが爪を立てられようが、機械的にコボルトを処理していくだけ。


 コボルトがいなくなった後に残っていたのは、血に染まったベッドと噛みつかれ吸われ舐められ、綺麗な皮膚を探すのが困難なほどぐちゃぐちゃになっていた母の姿であった。


 現実とは思えなかった。

 受け入れるなんて到底無理で。

 近づくことさえできなかった。


 日は暮れ夜になり、部屋を闇が覆いつくしても、レリアの眼にはそこにある赤く血にまみれ骨すらむき出しになっている母の姿が鮮明に見えていた。茫然と立ち尽くし、やがて日が昇り朝を迎えるが、レリアの足は一歩も動くことは無かった。


 日が高くなり正午にもなろうかという時、不意に外に気配を感じた。騒がしい声が、それがコボルトではなく人間だと教えてくれた。


「いたぞ! ロストが帰って来てる!」


 ドアを開けたままだったことに気が付いたレリアが振り返れば、逃げたはずの村人たちがいた。焦点も定まらぬ眼で見れば、村人たちは一様に嫌悪に染まる眼でこちらを見る。


「うわ、汚ねぇな」

「ボロボロじゃない。よく生きてるわね」

「あの顔を見ろ。ブスが化け物になってやがる」


 ヒソヒソと聞こえる大きな声。だが今に始まったことでもない。レリアにとっては聞きなれた言葉で、頭の中には入ってこない。


「レリア、コボルトの上位種とやらは殺したのか」


 その台詞と共に、村長が出てきた。村長の顔を見て、止まっていたレリアの思考は動き出す。


「おい、殺したのかと―――」

「何故母さんを置いて逃げたッ!!」


 村長の胸倉を掴み詰問する。しかし、血と泥に塗れたレリアに掴まれた村長は不快感に顔を歪め振り払う。


「離せ化け物がっ!!」

「ぐぅうっ!!」


 ふらつく身体では村長に押されただけで簡単に後ろへ下がってしまう。押された手が傷口にあたり、レリアは思わず呻いてしまう。


「答えろっ! 何故母さんを置いてお前たちは逃げたんだッ!!!」


 叫ぶレリアに、村人たちは不思議そうに顔を見合わせる。そして、玄関から中を除いた村人がベッドの惨状を見て、納得したように言った。


ああ(・・)まだ生きてたのか(・・・・・・・・)


 なにをいっているんだこいつは。


 頭が言葉を理解するのを拒む。だが、村人たちの態度からも、母の存在を忘れていたという事実が伝わってくる。


 あれだけ村のために尽くしていた母を。魔境でとれた獲物をほとんどと言っていいくらい村に提供していた母を。


 忘れた?

 母のことを忘れていた、だと?


 必死に理解しまいと逃げる思考の中、それを否定する人物は目の前にいた。


「お前は私の母の病気を知っていただろッ!! 生きていることも知っていたはずだッ!!」


 村人が忘れていようとも、村長は知っていたはず。バツが悪そうな顔をする村長を見て、レリアの怒りは頂点に達する。


「お前の娘も同じ病気だろうッ!! これがどれだけ辛いかわかっているはずだッ!! なのに何故置いて―――」

「もー、誰ようっさいわねー」


 若い女の声が、レリアの言葉を遮った。


「お、おいっ! お前は来るなと言っただろ!」

「もういいじゃない、めんどくさい。ようやく元気になったんだから、自由にさせてよね」


 そう言って村人の中から出てきたのは、村長の娘であった。


「・・・は? なんでお前は歩いているんだ? なんでそんなに元気なんだ?」


 レリアの母と村長の娘がかかっていた病を治す薬の素材は、迷宮産の珍しい素材を使うものだった。そのため、とても高価な薬だ。素材を売って得たお金の一部を村長にあげていたとはいえ、レリアの方がはるかに取り分は多い。


 そんなレリアでさえ、目標金額にはまだ達していない。いくら村人からカンパを貰っていたとしても、そんなもの微々たるもの。薬を買えるほどではないはずだ。


 頭が真っ白になり、固まるレリア。


 そんなレリアを見て、村長の娘はおかしそうに笑う。どれだけイジメようとも表情一つ変わらなかったレリアが、面白いように狼狽えているのだ。村長の娘は心底楽しそうに、ネタ晴らしをした。


「感謝してるわよぉ。私のためにせっせと山から素材をかき集めてくれてたんだって? おかげでこの前、ようやく薬をパパが買ってきてくれたわ」


 何を言っているのかわからなかった。だからレリアはそのまま聞いてしまう。


「どういうことだ? 素材を売ったお金は村長にも分けていた。だが、薬を買えるにはまだまだ足りなかったはずだ」

「まだわかんないの? 素材を売った金のほとんどは、あんたに渡す前に抜いてたに決まってるじゃない! それなのに更にパパにお金くれてたんでしょ? 自分の親より私のこと助けたかったのかよwww 気持ち悪いwwww」


 その言葉で、レリアの中で何かが切れる音がした。


 レリアの努力が、想いが、苦労が。全て踏みにじられた。


 気づけば剣の柄を握り締めていた。


「ちょ、何よ剣なんて握って。パパの手間賃を抜いて何が悪いってのよ」

「おい! それは洒落にならないぞ! 剣を抜いてみろ、この村にいられなくしてやるぞ!!」


 村長と娘が何か言っているようだが、何も聞こえなかった。まるで水の中にいるように、喧騒は遠くなり、妙に落ち着いていた。


 何も躊躇ためらうことはなかった。私は魔物を殺すだけ。いつもやっていることだから。


『そいつらを殺して、何になる』


 剣を抜こうとしたとき、声が聞こえた。確かに聞こえた。その声は、母のモノだ。


 レリアは振り返り母を見るが、母は変わらず、むごい姿のまま。


「ふん! 立場が分かったようね! あんたみたいなロストがこの村以外で生きることなんて、出来る訳ないでしょ!」

「そうだ! お前を置いてやっているこっちの身にもなれ! 感謝することだ!!」


 今度は彼らの声が聞こえた。そして、母の言葉を思い出す。


『あなたにはこんな狭い村から、早く抜け出して欲しいの』


『強くなって、広い世界を見に行けばいいさ』


 柄に貼り付いた様に開かない手を何とか引き離し、母を見つめる。まだ村長たちは何か言っているが、もう耳に入ってくることはなかった。


「おい! これってハイコボルトの牙じゃねぇか? 死んでるコボルトよりも随分でけぇぞ」


 村人たちがレリアのバッグを漁ったようだ。入口の所に落とすように置いたままだったから、目立ったのだろう。


「あら、じゃあ村に残れるじゃない。それなら私が回復した記念も兼ねて、お祝いしましょうよ!」

「ああ、そいつはいい! 宴をしよう!」

「この素材売れば、いい金になるんじゃないか?」

「そうだな。宴会費用はこれでまかなおう。おい! これは村のために使うからな!」

「うえ! なんだこれ心臓か? これは売れねぇからいらないか」


 そう言って、ハイコボルトの素材は心臓以外全て村人たちが手に持ち、家の扉を閉めて出ていった。


 残されたレリアの顔には、何の感情も宿っていなかった。


 レリアは捨てられた心臓を拾い上げ、そのまま口に運ぶ。昨日から何も口にしていなかったレリアは、バクバクと生のまま心臓をむさぼった。


 食べ終えると、母の遺体をシーツに包み持ち上げた。ずっと大事に持っていた黒鉄くろがね製の冒険者プレートも、忘れずに手に持って。


 よく二人で狩りをした魔境までレリアは行く。両手が塞がっていたが、魔物に襲われることは無かった。


 魔境の中の見晴らしのいい丘に、母親を埋めた。レリアにはあの村に母を埋めることなど、到底できなかった。


 斬り殺そうかと思った。


 全員。

 あの場にいた村人たちを。

 コボルトと同じように息の根を止めてやろうと。


 そう思った。


 だが、そうはしなかった。


 思い出したからだ。

 母の言葉を。


 この狭い村ではなく、広い世界で生きなさいという、母の言葉を。


 殺すのは簡単だ。だが、そうしてしまえば堕ちてしまうと思った。あいつらと同じレベルまで堕ちてしまうと。


 私が合わせてやる必要はない。

 殺したところで母さんは帰ってこない。


 なら、一秒でも早くあの村を出て、冒険者として活躍して、母の思いに応えたかった。


「私は間違ってない・・・。これでいいよね、母さん」


 それでも、墓の前で合わせた手は震えていた。自分が騙されていたことで救えなかった後悔に震え、あんな惨い死に方をさせてしまった悲しさで震え、人間とは思えない仕打ちに悔しさで震え。


 レリアは墓標の前で涙を流した。




 村に戻ってからも、レリアの動きは早かった。宴を開き楽しそうな喧騒が聞こえる中、身支度を整える。


 血と汗と汚れを拭い、傷には塗り薬を付け、母が冒険者時代に着ていた服を纏う。


 母の服と一緒に、手彫りの仮面が置いてあった。丁寧に削られた仮面は、母が削ったものだ。素顔では生き難いと思い、作ってくれたのだろう。


「ありがとう」


 小さく感謝の言葉を告げ、仮面を取り付ける。フードを目深に被り、白い髪と切られた耳と褐色の肌を隠し、家を、村を出て行った。


 こうして、レリアは冒険者になるべく旅をした。


 目指すはネスク・テガロ。少し遠いが、この街の冒険者ギルドでは魔力ではなく実力を評価してくれると、母が言っていた。


 ネスク・テガロを目指す道中で街に寄り、母の薬のために貯めていたお金を使って傷薬を買った。魔境産の傷薬を買ったことでほとんどお金を使ってしまったが、おかげでハイコボルトにつけられた顔の傷の痛みは随分和らぎ、痕は残ったが傷は治った。


 そうしてレリアは、ネスク・テガロで冒険者になった。


 広い世界を見るために。誰にも認められなかった母の剣技を世界に認めさせるために。


 だから、レリアは嬉しかったのだ。


 パーティを組めたことよりも、その相手が魔法使いだったことよりも、魔法使いの強化魔法を受けれたことよりも。


 初めて受けたゴブリン討伐の依頼を達成した帰り道、ティーチが言ってくれた言葉が。


『ロストも何も関係ないでござるよ。レリア殿のゴブリンとの戦いは見事であったでござる! 剣術の凄さを思い知ったでござるよ!』


 自分とは対極の相手が、レリアの剣技を認めてくれた。その言葉で、レリアがどれだけ救われたことか。どれほど感謝したことか。


 母さんが言うように、本当に世界は広かったのだ。


 それからは夢の様に幸せな日々だった。依頼を受け、訓練し、魔境へ行って。ティーチはロストだからと態度を変えることなく、信じられないことに対等に扱ってくれた。


 そんなティーチに、レリアは本当に、本当に感謝していた。


 レリアがサボった翌日。いつもはレリアの方が集合場所に早く来ていたのに、今日はティーチの方が先に待っていた。


 ティーチはレリアを見つけるや、視線を彷徨わせ挙動不審になりながらも挨拶をする。


「お、おおおおはようでござるよ、レリア殿。きょ、今日も来ないかとおも、思ったでござるよ」


 明らかに今までとは違う態度。その態度に、レリアの胸は締め付けられるように痛む。


 ああ、頼む。お願いだ。お願いだから、あなただけはそんな態度で接さないでくれッ!!


 ティーチの態度に、レリアはあの村人たちの姿を重ねてしまう。ティーチは違う。あの村人たちとは違うと頭で理解しても、いずれああなってしまうのではと、不安でたまらなくなる。一度顔を見せてしまっただけで、この態度の変化なのだ。不安はしぼむどころか増すばかり。


 そして、その態度の変化に、レリアは諦める。


 それはここに来る前に決めていたこと。


 もし今までと同じであれば、今まで通りパーティを続けよう。ただ、もしティーチの態度が変わってしまったら―――


「昨日は体調を崩していて、行けなくてすいません。今日は大丈夫ですので、早速行きましょう」


 ―――今回の探索でパーティは最後にしよう、と。

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