ブサイク、異世界の理を知る
拙者の冒険者の相棒は、魔力無という全く魔力の無い女性でござる。
魔力が全てでござるぅうう!! というような世界で全く魔力が無いというのが、どれほど辛くハンデなことか、拙者にはいまいち理解できてはいなかったでござるよ。
ロストの特徴は魔力が無いだけではござらん。もう一つ、ロストはすべからくブサイクかブスという特徴があるでござるよ。
それも視線すら向けたくなくなるほどの顔というのだから、相当なものでござろう。
魔力が無いことの辛さに共感はできないでござるが、拙者もブサイクという辛さは理解できるでござる。散々自分の容姿で苦労してきた拙者でござる。だからこそ、仮面で顔を隠してしまった彼女の気持ちも、痛いほどわかっていたのでござるよ。
初めは美人とパーティを組んで、いつの日かムフフな関係に・・・と思っていたでござる。なんなら、ハーレムパーティとかできないでござるかね~と、本気で考えていたでござるよ。
ただ、レリア殿と冒険をするうちに、もういっそ開き直って、ブサイクがなんぼのものでござるかぁぁあ!! と二人で活躍していこうと思っていたでござる。
けど、これは話が違うでござるよ。
レリアに突っかかってきた女冒険者による平手打ちによって、レリアの仮面は宙を舞った。それにより、今まで隠し通されていたレリアの素顔を、貞一は初めて見ることになった。
そこにいたのは、まごうことなき美女であった。
神が人を創ったというのならば、その女性を創った時、きっと生涯最高の出来だと大絶賛しただろう。
それ自体が光り輝くように光を反射している、白銀の美しい髪。深海の様に深い群青でありながら、透き通る湖畔の様に清らかな色を湛える切れ長な眼。触れてしまっては壊れてしまうのではないかと思えるほど透明感のある肌。造形師がみれば感涙して拝みたくなるほど整った顔立ち。
美を体現したような、神が創りたもうた存在。それがレリアの正体であった。
仮面を手に停止する貞一。貞一とレリアの瞳が交差する。
「あっ・・・」
貞一から思わずそんな声が漏れた。
何故なら、そんな美の化身たるレリアの顔には、痛々しい傷跡があったのだ。左目を抉り取るように、眉から頬にかけて鋭い爪で削られた様な、そんな傷跡があった。
幸い眼は問題ないようで、瞳の色も視線の動きも変な部分は見られなかった。
しかし、傷があるからと言って彼女の美しさが損なわれるわけではなかった。むしろ、その傷こそが彼女を彼女たらんとし、美しさを助長させていた。
ミロのヴィーナスの像に両腕が無いことで美しさが生まれるように、彼女の傷こそが彼女の美しさを際立たせていた。
レリアの美しさは、貞一の脳みそで処理しきれる範囲を超過していた。あまりに美しいものに出会った人間は、言葉を無くし、ただ茫然と眺めることしか出来やしないのだ。
貞一もまた、生唾を飲み込み、なんとかその場に踏みとどまることに成功した。
しかし、そんな貞一の態度をレリアはどう受け取ったのか。
「―――ッ!!」
失望と絶望が混ざり合ったような、今にも崩れ落ちてしまいそうなほど悲壮な表情を浮かべると、奪い取るように貞一から仮面を取りギルドから出て行ってしまった。
後に残るのは喧騒。
「っち、汚ぇもの見ちまったじゃねぇか」
「せっかくの飯がまずくなっちまうよ」
「女の嫉妬は怖いねぇ」
ガヤガヤ ガヤガヤ周りの声が聞こえるが、すぐに話題は消え去り各々の会話に戻っていった。
「傷まであるなんて、なんて醜い女・・・。あ! あの子いなくなっちゃったみたいだし、私が代わりに~なんてどうでしょうか!?」
女冒険者はチャンスとばかりに自分を売り込むが、貞一とガドは無言だ。貞一は処理が追い付かず停止しており、ガドは重たい空気のまま黙殺する。
「あ、あはは・・・連れを待たせてるんでした。し、失礼しまーす・・・」
肩を落とし、すごすごと立ち去ってゆく女冒険者。
残された二人の間にも沈黙が続く。暫く経ち、絞り出すように貞一が呟く。
「拙者、驚愕の真実に気づいてしまったかもしれないでござるよ・・・」
バッとガドに顔を向ける貞一。
「ガド殿、正直に答えてほしいでござる。レリア殿の顔を見てどう思ったでござるか」
冒険者のしきたりとはいえ、仲裁すればよかったかと悩んでいたガドは、貞一の質問に面食らう。いまいち意図が理解できなかったが、回答する。
「・・・傷は冒険者ならば遅かれ早かれできるモノです。ですから彼女の顔の傷も―――」
「そうじゃないでござる!」
答えていると、貞一が途中で遮ってきた。顔にあった傷のことを言っているのかと思ったら、どうやら違ったようだ。
「そうじゃなくて、レリア殿の顔は可愛いかどうか聞きたいんでござるよ!」
貞一が足りない言葉を補足するが、ガドは余計わからなくなってしまった。
ロストの顔が醜いというのは周知の事実であり、先ほど貞一自身レリアの酷い顔を見たではないか。ガドはそう思うものの、自分が静観したことでレリアが帰ってしまった負い目から、答える。
「女性の容姿についてとやかく言いたくはありません」
「そ、そうでござるか・・・。じゃ、じゃあ有りか無しかで言ったらどっちでござるか!?」
何も質問の中身が変わっていないとは思いつつも、貞一の必死な様子から何か大事なことでも確認しているようなので、仕方ないかと諦めるガド。
「申し訳ないが、私は無しだな」
その言葉に衝撃を受ける貞一。一体なにが聴きたいのか。さっきからガドは頭が?でいっぱいだ。
「ガ、ガド殿。もう少し聞きたいことがあるのでござるが、場所を変えてもいいでござるか?」
ちらりと周りを見る仕草をする貞一。この仕草なら貞一が言わんとしていることはガドにもわかった。
「もちろんいいですよ。近くに落ち着いて飲めるバーがあるんです。そこに行きましょう」
そう言って、二人は冒険者ギルドを後にした。
◇
ガドに連れられ訪れた店は、隠れ家的バーであった。マスターのいるカウンターには様々なボトルが陳列されており、魔法による灯りが反射しラグジュアリーな雰囲気を演出していた。上品な雰囲気が漂う店内は見るからに格式が高く、貞一は思わずお金の心配をしてしまう。
魔王討伐の報酬がたんまり入っているためお金の心配をする必要はないのだが、今までの人生で踏み入れたこともない高級なバーに、貞一は怖気づいていた。
「奥のテーブル席にしましょう」
そういって馴れたように店に入っていくガド。シルバー級という一流冒険者であり美食家のガドは、こういったお店にも慣れていた。
貞一も聞かなければならないことがあるため、意を決して場違い感が凄まじいが店内に踏み入れる。
「魔炎のロックを」
「え、同じの・・・はきつそうでござるな。え~と、え~と、な、何か甘いカクテルをお願いするでござるよ」
ガドが頼んだお酒が何なのかはわからないが、ロックというからには度数の高いお酒のはず。貞一は日本である意味酒で死んでいるので、あまり強いお酒は飲まないようにしているのだ。
なんとなくお酒が来るまで話せずにいる貞一。ガドもそれに何も言わず、黙って貞一に付き合っていた。
「お待たせいたしました。こちら、煌びやかなネスク・テガロの街をイメージしたカクテルでございます」
そんなことを言いながら、若いウェイターが二つのグラスを持ってきた。何言ってるんでござるかコイツはと、ウェイターが差し出すグラスを見た貞一だが、思わず声が上がる。
「すごい綺麗でござるよ! 光っているでござる!! こっちは燃えてるでござるよ!?」
貞一が頼んだカクテルはウェイターのいう通り煌びやかだった。というか光っている。二層に分かれたカクテルは下層が白く、徐々に緑に染まり見事なグラデーションをしていた。そしてこのカクテル最大の特徴は、炭酸の泡の代わりに光の粒がポツリポツリと昇っているのだ。まるで光が淡く溶け出しているようで、何と綺麗なカクテルなのだろうか。
一方、ガドが頼んだお酒もすごい。何とこちらは燃えている。蝋燭の火のようにお酒から火がのぼっており、水面付近は蒼く、徐々に赤みが増していくように燃えていた。
こ、これは飲めないでござるっ・・・!!
貞一がガドのお酒に驚愕していると、ガドも貞一のカクテルを初めて見たのか、ウェイターに声をかけていた。
「ほう、プラタテ貝を使っているのか。初めて見たな」
「こちらは女性におすすめのカクテルです。ガド様はいつもお一人で飲まれますから、初めて見るのでしょう」
「なんだその引っかかる言い方は」
「ぜひ女性ともお越しください、という意味です」
「痛いことを言うな。・・・考えておこう」
そう言って慇懃に礼をして戻っていくウェイター。
そうでござる! お酒の話なんてどうでもいいんでござるよ!!
本題を思い出し、去ってゆくウェイターを見る貞一。
先程の態度も言葉も、全てイケメンだからまかり通るもの。言葉の隅々には自信や余裕が見て取れ、自分が優れていると疑っていない者の態度であった。
だが、さっきのウェイターは貞一と同様ブサイクだ。いや、貞一と比較するのはさすがに可哀そうであるが、それでも彼はブサイクであった。
キッチリした服をミッチリした太った体型で無理やり着るものだから、ベストのボタンが飛び散りそうになっていたし、ニコリとほほ笑むのではなくニチャアと嗤うのは、どう考えても飲食店が雇っていい人材ではない。
だが、ガドは特段気にしたそぶりもない。彼が常連だからなのかもしれないが、絶対に違う。
貞一は今までずっと抱いていた違和感の正体が、確信に変わった。
「それで、聞きたいこととはなんです?」
燃える酒をくいっと飲むガド。どうやら炎は触れても熱くないようだ。何とも不思議な炎、まさに魔炎。
「変な質問になってしまうでござるが、いいでござるか?」
「構いませんよ。冒険者なんて、大なり小なり秘密を抱えているものですから」
ガドは貞一の雰囲気から、何かを察したようだ。気づきはしても、それについて追及はしてこない。
冒険者という職業柄なのか、大人の余裕からなのか。30歳を超える貞一も見習ってほしい。
「ブーシィ殿はガド殿から見て可愛いでござるか?」
それは、冒険者ギルドの酒場でされた質問と似たようなものであった。
「また女の話ですか? ブーシィ様が可愛くなければ、一体何を可愛いと言うんですか。もちろんお世辞ではなく、とても綺麗な方だと思いますよ」
渋々といった様子ながら、しっかりと答えてくれるガド。ネスク・テガロの冒険者の兄貴分でもあるガドは、面倒見がいいのだ。
貞一は予期していた答えではあったが、あまりのインパクトに固まってしまう。
ブーシィが可愛い・・・。あの太眉が? ダンゴムシが詰まったような鼻のブーシィが・・・?
貞一が予想していたとはいえあまりの返答の内容にショックを受けていると、ある一つの可能性に思い至る。もしそうであったら、貞一はきっと気まづくて帰ってしまうだろう。
「・・・そ、それは一般的に見てもでござるか? ガド殿が特別そう思っているとかではないでござるか?」
「ネスク・テガロの男の冒険者は、みんなブーシィ様のためなら命張るって奴ばっかですよ」
これでガドが重度の醜女好きという可能性は消えた。ホッと胸を撫で下ろす貞一。
「っ! ああ、ティーチさんもブーシィ様に惚れちまったんですか? ライバルは多いですが、ティーチ様ならいけると―――」
「無い! それは無いでござる!! 拙者はブーシィ殿に一切恋心など抱いていないでござるよ!!!」
食い気味に否定する貞一。あまりの気迫に、魔王相手であっても臆することのなかったガドが、押されてしまう。
「じゃ、じゃあ受付嬢はどうでござるか? ギルドの受付嬢は一般的に見ても可愛いでござるか?」
「それは当然可愛いですよ。冒険者ギルドの受付嬢には容姿が整っていないとなれませんからね。ネスク・テガロのように大きな街のギルドであれば、みんな美しいですよ」
その回答を受け、貞一の仮説は裏付けを得られた。それも最高の仮説の裏付けが。
それを聞き、貞一は思わず右手を高々と挙げてしまう。それは誰が見ても勝利のポーズであり、貞一は何かわからないが全てに勝ったのだ。
この世界に来て半年近くが経ち、貞一はようやくこの答えにたどり着いた。
この異世界は逆転世界でござる! 逆転世界でござるよぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっしゃあああッッッッ!!!!!!!!!!!!
貞一は心の中で発狂した。嬉しさのあまり、軽く涙ぐんでしまうほど、貞一の中で喜悦が爆発していた。
逆転世界とは、日本と価値観や制度などが正反対の世界のことを意味する。
この世界では、貞一がブスだと思う女性は美しく、逆に貞一がキレイだと思う女性は醜い。つまり、美醜の価値観が逆転している世界。
貞一が送られた世界は、ブサイクに優しく、イケメンに厳しい世界であった。
そんなの誰得なのか。決まっている。
拙者の得する世界でござるよ!! ビバ異世界!! 世界はなんて美しいのでござるかッッ!!!
そこで貞一は思い出した。この世界に送ってくれた、地球の神であるゴッドの言葉を。
『ちゃんとおぬしが生きやすい世界へ送ってやろう』
ああゴッド様! あれは啓示だったのでござるね! 拙者に異世界でイケイケどんどんハーレム生活を送れという啓示だったのでござるねッ!!
そんなことは決してないであろうが、確かに美醜の価値観が逆転していれば貞一がとても生きやすい世界であると言えるだろう。醜悪で蔑まれてきた容姿のせいで、貞一はずいぶん苦労して生きてきた。
その容姿が最強の武器になるというのだ。その喜びがどれほどのものか。それは本人にしかわからないのだろう。
「ッハ!! 最後に一ついいでござるか?」
貞一は肝心なことを聞くのを忘れていた。
「何を言っているんだと思うでござるが、後生でござる。答えてほしいでござるよ!」
「いいですよ。ティーチ様にはゴブリンキング討伐での恩が山ほどありますから」
そんなガドに、貞一は身を乗り出しながら日本では絶対に聞くことのない質問をする。
「せ、拙者はカッコいい部類に入るでござろうか」
そう。貞一の勝利はまだ確定していなかった。いや、勝利は勝利なのだが、判定勝ちだ。まだK.O.にはいたっていない。
女性の容姿については逆転していようとも、仮に、万が一男性の美醜の価値観が日本と同じであればダメなのだ。それでも美女に近づける可能性はぐっと高まったのだが、貞一は完全勝利を望んでいた。
ガドは残っていた酒をぐいっと呷り、貞一が望んでいた言葉を答えてくれた。
「ブーシィ様と同じように、女冒険者たちはこぞってティーチ様に近づこうとしてますよ。ティーチ様なら、どんな女も選び放題じゃないですか」
ゴッド、そして拙者を産んでくれたお母さん。拙者、生きててよかったでござるよ。
貞一はK.O.を告げるゴングの音を、確かに聞いたのであった。




