ブサイク、ちびる
「「かんぱーいッ!!」」
こじんまりとした店内に、二人の祝杯の声が響く。
「いやー、今回もウハウハな冒険でござったね!」
「珍しい素材は腐茸くらいでしたが、姜茸が予想より多く取れてよかったです」
今回の冒険を振り返りながら、彼らはテーブルいっぱいに置かれた料理に食らいつく。料理には魔境産の食材がふんだんに使われており、高級レストランもかくやというほどの一品たちだ。
「ティーチ様、レリア君。今回も食材を分けてくれてありがとね」
そう言いながら追加の料理を運んできてくれたのは、口ひげを蓄えたダンディな男性。このお店、ことりの卵亭の主人だ。
「マスター! こちらこそ美味しい料理をありがとうでござるよ! まさかあのグロテスクな見た目の腐茸がこんなにおいしいとは思わなかったでござるよ!!」
貞一は薄桃色をした茸のバターソテーを食べながら、絶賛する。
腐茸とは魔境で取れるレア素材の一つだ。傘から線状の胞子が垂れ下がる見た目をしており、てかてかした粘液まで分泌していた。採取するとうす紫から濁った濃い紫色に変色し、絶対食用にはできない見た目のキノコだ。
しかし見た目とは裏腹に腐茸は高級食材で、しっかり火を通すと薄桃色になり芳醇な香りを放つ絶品なキノコへと変貌する。
「ここのお店は居心地が良いからな。これからも利用させてもらえると助かる」
そう言いながら、仮面をつけたまま器用に厚切りのステーキを食べるレリア。
「こちらこそ通ってもらえると助かるよ。それではごゆっくり」
このお店は貞一とレリアが出会った日に食事をしたレストランだ。表通りからも外れているため喧騒とは無縁の、落ち着いて食事ができるレストランだ。
レリアはロストということもあって、あまり大勢のいる酒場に行きたがらない。そのため、彼らがネスク・テガロで食事をするときは大抵このお店を利用している。
今は夏のピークが過ぎ、残暑に悶える季節。貞一たちが初めて魔境を探索してから2ヶ月が経とうとしていた。
あれからも貞一たちは魔境の探索を繰り返した。準備に1日、魔境までの移動で1日、探索に1日、帰宅に1日、そして休憩1日。
この5日間のサイクルが、貞一達の今の基本となっている。最近では魔境内で野宿するまでに至り、順調に冒険者としての実績を積み上げていた。
そんな貞一たちは、魔境で得られた素材の一部をことりの卵亭に卸している。もはや常連となったこのお店では、食材を持ち込めばマスターが調理してくれるのだ。魔境さんの食材は高額のため、貞一たちは多めに渡してお店に貢献もしている。
「ここのご飯を食べると帰ってきた実感がわくでござるね!」
「何度来ても飽きない味ですよね」
レリアもこの店を気に入っているようで、パクパクと食べていく。その様子を見ながら、貞一はどうやって仮面をつけたまま食べているのか観察するものの、いつも通り謎は謎のままであった。
「また魔牛も食べたいでござるなぁ」
「あれは絶品でしたね。ティーチ様も解体に慣れてきましたし、何頭か狩ってみますか」
迷宮に何度も赴けば、その分素材の解体作業も伴ってくる。
初めて魔牛を解体した日は肉を食えないくらい放心してしまったが、今ではレリアの指示がなくとも解体できるようにまで成長した。それこそ、蛇や蛙といったザ・サバイバルな素材でさえ解体できるほどの腕前だ。逞しくなったものだ。
「マスターは何かおすすめな食材とかないでござるか?」
カウンターで作業している主人に、貞一が話を振る。
「そうだねぇ。この季節だと、ロックバードの卵なんてどうだい」
「ロックバードということは、ギスカの岩山か?」
「その通り。私も一度しか口にしたことはないんだけど、ロックバードの卵はとてもコクがあってね。それはもう大変美味しい物だったよ」
うっとりとした表情で語る主人。それを見た貞一とレリアは次の方針を決めた。
「ギスカの岩山は、以前ネピア鉱石を探しに行ったところでござるよね?」
「そうです。あの時は日帰りの予定でしたので登らずに散策しましたが、まさかそんな食材があったとは・・・」
ネスク・テガロの魔境はいくつかのエリアに分別されているが、ギスカの岩山はネスク・テガロの中でもトップクラスの危険度を誇る。ギスカという魔物が岩山から落下攻撃を仕掛けてきたり、足元が突然崩落したりと、危険満載のエリアだ。
しかし、2ヶ月も魔境に潜っていたら二人は気づいてしまったのだ。
『あれ? 拙者たち最強では?』、と。
貞一の身体強化魔法とレリアの身体能力が合わされば、ネスク・テガロの魔境にいる魔物であれば基本即殺できる。サーチアンドデストロイだ。
毒関連には細心の注意が必要だが、レリアがことごとくデスゾーンや危険生物を排除してくれるため、貞一の心理的負担もだいぶ軽減されている。
なんでも身体強化魔法のおかげで感覚も鋭くなっているようで、普段以上に周囲の把握ができるのだとか。まさにチート。貞一が当初描いていた、労せず綺麗な景色を見たいという舐めプすら叶えつつある。
おかげで、貞一にとって魔境は美味しい食材探しの場所に変わりつつあり、レリアも美食を知ってからはまんざらでもない様子だ。
それでも、きついものは当然ある。
猛暑の中厚手のパーカーを着て散策するのは本当に辛いし、風呂だって満足に入れない。魔境での野宿は交代でしか寝れないため夜中は暇でしょうがないし、寝る番になっても魔物に襲われるのではと熟睡もできない。
けれど人間の慣れとはすごいもので、貞一の中ではそういうものとして割り切れつつあった。報酬もいいし、魔境ではファンタジーの世界だと実感できる摩訶不思議なモノに出会える。
風景もそうだし、魔物や野生動物、昆虫やその辺の草に至るまで。その感動は未だ衰えず、子供のように純粋な好奇心を抱かせてくれる。
貞一はそんな魔境の魅力にハマりつつあった。
「では、次の探索はギスカの岩山でおkでござるか?」
「ああ。ギスカの岩山にしましょう」
「ふふ。楽しみにしているよ」
そうして、今日も美味しい料理とともに、無事帰還できた労いを十分取るのであった。
◇
次の日、貞一は惰眠を貪り宿で昼食を済ますと、街で散歩をしていた。
今日は休日で、1日フリータイム。ゆっくり羽を伸ばせる日だ。
明日はレリアと合流して魔境の準備を行う日。探索経路の確認やデスゾーンの確認。採取できる素材や危険生物の確認に加え、物資の補給などをする日となっている。
日本であれば極力外に出ることはしていなかったが、この世界ではインドアでできる遊びが壊滅的なため、散歩が趣味になりつつあった。
外に出ていても汚物を見るような冷たい視線を向けられることもなく、それどころか周囲から声を掛けられ挨拶までされるのだ。そうなると貞一も単純な物で、今までご近所づきあいなどしてこなかったが、この世界では積極的に貞一も挨拶をするようになっていた。
自分の居場所がある。自分を受け入れてくれている。挨拶を交わすとそう思えてくるから、悪くないなと貞一は思っていた。
貞一の散歩コースは特に決まっていない。市場に行って屋台飯を食べながら異世界の食材を見たり、武具屋や薬屋を覗いていい商品がないか物色したり、骨董市なども見て回ったりもする。住居地域ですら異世界情緒あふれており楽しめる。娯楽の少ないこの世界では、散歩が趣味になるのも納得だ。
「今日はどこに行くでござるかな~」
呟きながら、貞一はウロウロと当てもなく歩いていく。
貞一のような横にも縦にもでかくお顔がとても残念な男がふらふら歩いていたら、即職質ものだ。日本の警察は優秀なのである。
貞一はこれまでの人生で何回も職務質問を受けてきた。優秀なら何もしていない貞一を職務質問してあげないでいただきたい。さすがに可愛そうです。
さて、話が逸れたが今日は特に行きたい場所が思いつかなかった。起きるのが遅かったため、まだ行けていない街の奥へは時間的に厳しい。かといって今まで行ったところとは違うところに行ってみたい。
ぐぬぬぬぬと悩んでいると、気づけば冒険者ギルドまで来てしまっていた。冒険者ギルドには何度も足を運んでいるため、体が覚えていたのだろう。
日本であれば休日に職場の姿など思い出すだけでも嫌だったが、この世界では違う。それどころか、資料室に行って他の魔境について勉強でもしようかなぁとさえ思えてくる。
やる気が違うとここまで意欲も変わるのかと思うと、日本の企業には異世界冒険者ギルドをコンサルタントに雇うことをお勧めしたい。
まぁ、魔境の資料はゲームの攻略本みたいで面白く、貞一の中では勉強というよりも娯楽の側面が強いというのも理由ではあるのだが。
ただ、今日は気分ではないと踵を返そうとすると、ギルドの方から金属がぶつかるような音が聞こえてきた。
工事をしているわけでもない。耳を澄ますと、怒声のような声も聞こえる。
もしや喧嘩でござるか!?
好奇心もとい野次馬根性をフルに発揮した貞一は、こそこそとギルドに潜入する。しかし、ギルドはいたって平常で、昼過ぎということもあって冒険者もまばらだ。
はて? と首を傾げていると、依頼板で作業をしていたクラシィが目ざとく貞一を見つけ声をかけてきた。
「あら、ティーチ様。今日はどうなさいました?」
冒険者受付嬢のクラシィは馬面をした、決して可愛くない受付嬢だ。異世界の常識ともいえる受付嬢=美人の方程式を打ち砕き、貞一に現実を突きつけた女性でもある。
だが、貞一は知っている。そんなブスな彼女にも関わらず、多くの冒険者たちがナンパし声をかけているという衝撃の事実を。
冒険者は命の危険が伴うため、生存本能を刺激されて性欲も旺盛なのだろう。オナ禁1ヶ月した思春期中学生男子のような状態であれば、きっとクラシィでさえ性の対象となりえてしまう。
貞一はモテない冒険者の末路、つまり自分の将来の姿を見たようで、その日は涙で枕を濡らしたものだ。
そんな考察の基、貞一はああなってしまっては駄目だと心に固く誓ったのも記憶に新しい。
「ギルドから怒声が聞こえてきたので、心配してきたのでござるよ」
心配などとふてぶてしくのたまう貞一。デブは図体だけでなく神経も図太いのだ。
「ああ! それならギルド裏にある訓練場の声ですよ」
「訓練場でござるか?」
冒険者ギルドは新人冒険者に訓練を付けるサービスを行っている。
この世界では、基本的に筋トレや剣術などを学ぶことはない。剣術を学ぶことで得られる僅かな強さよりも、魔力で強化して得られる強さの方が圧倒的に多いからだ。
辛い修行をしてちょっぴりだけ強くなることを望む者などいはしない。
では何を冒険者ギルドでは学んでいるのか。それは剣の扱い方だ。
今まで鍬や鎌しか握ってこなかった農家の次男三男が、いきなり冒険者ギルドに登録したからと言って真剣を扱えるわけがない。
真剣は木の棒とはわけが違うのだ。冒険者ごっこに明け暮れただけで、扱いこなせはしない。
そんなわけで、新人たちは先輩冒険者たちや冒険者アドバイザーから剣の扱い方や戦闘での基本的なことなどを、ギルド裏の訓練場で学んでいくということだ。
「訓練場でござったか。拙者行ったことないからわからなかったでござるよ」
「もしよければ見学してみますか? 今日は炎龍の牙のガドさんが訓練されているので、見ごたえがあると思いますよ」
「ガド殿が担当しているんでござるか!」
炎龍の牙はゴブリンキング討伐で一緒に戦った冒険者パーティの一つだ。ランクはシルバー級で、ベテランの冒険者である。
あの依頼以降、炎龍の牙とは貞一も懇意の仲で、コミュ障の貞一も見かければ自ら声を掛けに行くほどだ。レリアとよく行くことりの卵亭も、炎龍の牙のリーダーであるガドから紹介された場所だ。
「ぜひ見てみたいでござるよ!」
「ふふふ。ではご案内いたしますね」
そう言って案内してくれるクラシィの後姿を見ながら、貞一は『愛想はいいのでござるが顔が・・・』と最低な考えをしているのであった。
◇
カンカンキンッと、通りから聞こえた金属がぶつかる音が大きくなっていく。それと同時に、聞き覚えのあるガドの声で怒声が響き渡っていることもわかった。
「そんなんじゃすぐにゴブリンの餌になっちまうぞッッ!! お前はゴブリンに喰われたくて冒険者になったのか!? ア゛ア゛!!??」
ドスの効いた声で罵声を浴びせるガドの前には、冒険者たちが転がっていた。蹲っていたり仰向けに倒れていたりと様々だが、一様に疲れ果てている。
「く、クラシィさん・・・たすけ・・・・・・」
一人の冒険者がクラシィに気づいたようで縋るように手を伸ばすが、その冒険者のわきっぱらを蹴り飛ばすガド。
「何甘えたこと言ってんだ!? 同じことを魔境でもいうのかゴラァア゛ア゛!!??」
鬼でござる・・・。拙者の知っているガド殿ではないでござるよ・・・。
知人の恐ろしい一面に震え上がる貞一。さりげなくクラシィの影に隠れるのは、男として、冒険者としていかがなものかと思ぞ、貞一よ。
冒険者を蹴り飛ばしたガドは、入口の方を見る。クラシィが来たということは、何かあったのかもしれないと思ってだ。
「クラシィさん、何かって、ティーチさん!? どうされたんですか?」
しかし、そこに予想していなかった人物がおり、今まで作っていた鬼教官が剥がれてしまう。元々ゴツくいかつい歴戦の傭兵のような見た目のガドが凄んでいたのだ。そんな顔を少しだが向けられた貞一は軽くちびってしまった。
「ヤ、ヤクザでござる・・・」
貞一の率直な感想であった。
「ティーチ様が訓練場を見学してみたいとのことでしたので、ご案内いたしました」
「なに? それは本当ですか?」
クラシィの発言に眉根を寄せるガド。矛先が貞一に向き、内心でクラシィのバカと叫びながら必死に頷き同意する。
「それはぜひお願いします。こいつらの励みにもなりますよ」
そう言って見てもいないのに後回し蹴りをするガド。ちょうどそこに話し込んでいてチャンスと思った冒険者の一人が襲い掛かっており、見事にガドの蹴りが炸裂した。
「聞いたかお前ら! ティーチさんがわざわざ見てくださるそうだ!! いつまで寝てんだ! とっとと起きろッ!!」
貞一の同意を確認すると、ガドは再び鬼へと変わってしまった。
「では、ティーチ様もごゆっくり」
「は、はひ・・・」
カチコチに緊張した貞一は邪魔にならないよう隅っこで縮こまるのであった。
◇
冒険者ギルドには休憩所を兼ねた酒場が併設されている。情報の共有をしたり冒険の成功を祝ったり次の冒険の作戦を立てたり、利用する客はほとんどが冒険者だが用途は様々だ。
そんな酒場の一席で、貞一と鬼教官ガドは酒を飲んでいた。
「ここの唐揚げは味付けが最高なんだ。ティーチさんもぜひ食べてみてくれ」
そう言って山盛りに盛られた唐揚げを勧めるガド。
「これは美味しいでござる! 唐揚げは揚げたてに限るでござるね!!」
ハフハフと唐揚げを食らう貞一。胡椒とニンニクが効いた唐揚げは、この酒場の看板メニューだ。
ガドによる新人のしごきが終わった後、ガドに誘われこうして飲み会が開かれていた。こういった知り合いでの飲み会を貞一は今まで体験してこなかったため、誘われるとほいほいついていってしまう。
仕事仲間と飲みながら、情報共有に花を咲かせるのはなんとも楽しい。話している内容が主に魔境のことなので、まるでゲームのオフ会をしているようだ。
「怪我は本当に大丈夫でござるか?」
「ああ、全く問題ないですよ。ブーシィ様の魔法まで使っていただけましたから」
役得ですと言ってニヤリと笑うガド。渋いガドにそのニヒルな笑みはよく似合っていた。
ガドの怪我を貞一が心配しているのは、貞一と模擬戦を行ってできた怪我だからだ。
鬼教官ガドが新人をしごく、もとい訓練を行っている様子を見学していた貞一。日も暮れ始め、そろそろ訓練も終わりかという時、一人の新人冒険者がこんな提案をしてきた。
『ティーチ様とガドさんの模擬戦が見てみたい』と。
そんなことを言うものだから、ガドに完全にビビっていた貞一は何を言っているでござるかこいつはと、思わず新人に爆裂魔法を使うところであった。
冒険者は強さこそ正義だ。強い者に憧れ、強さを欲し、更なる高みへ焦がれるもの。
特にガドのよなシルバー級まで上りつめた冒険者の強さへの欲求は収まるどころか日に日に増している。ガド自身、自分の力が魔法使い相手にどこまで通用するのか試してみたくてしょうがなかった。
新人たちの期待に満ちた眼差し。ガドも乗り気で軽く手合わせしてみましょう! と詰め寄られてしまえば、貞一に断る術などありはしなかった。
互いに訓練用の木剣を持ち、訓練場の中心に立つ。木剣とはいえこの世界の基準である刃が厚く大きな剣であるため、京都などで売っているお土産用の細い木刀とは全然異なる。普通に殴れば死んでしまうような凶器だ。
貞一は常に発動している強化魔法をしっかりかけ直し、ガドに向かい合う。きっと魔法使いである自分の強化魔法なら、ガドの攻撃が直撃しても痛くないはずと信じる貞一。
ここまで来たら逃げることはできない。今までならブルってしまう場面だが、今の貞一は違った。
魔境で多くの魔物とも戦ってきたことで、戦闘に関して自信を持ち始めていた。レリアという化け物並みに強い剣士を見続けた貞一は、自分がどれほど強くなったのか確認したい気持ちすらあった。
そんなわけで、覚悟を決めた貞一は全力でガドに向かっていった。
お互い強化魔法が無い状態であれば、ガドが貞一に後れを取ることなど万に一つもなかっただろう。しかし、強化魔法による効果は魔力量によって異なり、魔法使いと一介の冒険者では、その魔力量に天と地の差があった。
貞一の全力の突撃を、ガドは辛うじて躱すことに成功する。貞一が振り下ろした剣どころか、突撃してきた巨体に掠りでもすれば吹き飛ばされていただろう。
戦いに関してはガドの方が圧倒的に経験もセンスもある。避けた体勢を無理やり整え、突撃に失敗してがら空きになった背中に渾身の一撃を叩きこむ。
しかし、打ち込んだ手ごたえが、まるで硬質な岩を斬りつけたような感触。それは自分の攻撃が貞一に全く効いていないことを意味していた。
避けられたことに気づいた貞一が振り下ろした刀を無造作に振り上げ攻撃するが、ガドは姿勢を屈めそれも避ける。頭上を一瞬で通り過ぎる剣速に肝を冷やしながら、貞一の姿勢を崩そうと今度は膝裏に一撃をかます。
だが結果は先ほどと同じ。崩れるどころか微動だにもしない貞一。無茶苦茶なと驚愕するも、その油断が勝敗を分けた。
自分が攻撃されたことに気づいてすらいない貞一は、屈んでいるガドを見てチャンスと思い、振り上げた剣を上段から再度振り下ろす。
判断の遅れたガドは回避は間に合わないと貞一の攻撃を受けようと構えるが、その判断がすでに間違っていた。
貞一が振り下ろす木剣はガドの木剣を粉砕し、そのまま頭をかち割る結果となってしまう。
防御したとはいえ魔法使いによる力任せの一撃を受けたガドは気絶し、額は割れ血が面白いようにぴゅーぴゅー噴き出していた。
それを見た貞一はそれはもう狼狽え驚き、メディックことブーシィの名前を叫び回復を求めた。ちょうど素材の換金に来ていた治癒姫一行が貞一の魂の叫びに気づき、貞一の懇願もあってブーシィが回復魔法を使ってくれ、ガドは一命をとりとめたのだ。
それにしても、まさか拙者が勝ってしまうとは思わなかったでござるよ・・・。レリア殿には勝てる気が一切しないでござるし、拙者はまだまだ弱いと思っていたでござる。
技量でいえば、当然貞一はガドに劣っている。ガドどころか、ガドがしごいていた新人よりも弱いだろう。
だが、そんなものをひっくり返すのが魔力による身体強化の魔法だ。ガドが今まで積み上げてきたものを嘲笑うかのように、素人丸出しで魔力しか取り柄の無い貞一が圧勝する現実。
鼠がいくら努力したところで獅子に勝てぬように、もって生まれた魔力の差は、かくも無残に現れるのだ。
「ティーチ様は今どのあたりを探索しているんです?」
「拙者たちは―――」
二人の会話は続いていく。今では魔境の奥地も探索できるくらい成長した貞一は、ベテランの冒険者であるガドとも会話を合わせることができた。
「む、あれはティーチ様と組んでいる娘じゃないか?」
ガドの向いている方を見てみれば、ちょうど階段から降りてくるレリアがいた。2階は資料室があるため、そこで勉強していたのかもしれない。
「よければ誘ってみますか?」
「いいんでござるか?」
「もちろんです。ティーチ様と組んでいるのなら、私も興味があります」
ガドがレリアも誘って一緒に飲もうというので、貞一としては断る理由がない。早速声をかければ、レリアもぜひと快諾してくれた。
シルバー級と言えば、冒険者にとってのヒーローのような存在。そんな人の話はぜひ聞いてみたいと、レリアはウキウキだった。
そこからはとても盛り上がった。ガドの話はどれも貴重なもので、ネスク・テガロの魔境の隅々まで網羅していた。だてにネスク・テガロでシルバー級の冒険者をしているわけではない。
レリアはレリアで貞一のことをおだてにおだて、魔法使いとの冒険がいかにチートかガドに話していた。ガドも普段聞くことのない魔法使いについて話が聞け、上機嫌に酒をあおっている。
ここは酒場で、話が盛り上がればその分酒も進む。
いつも貞一とレリアが食事をするときは酒よりもご飯がメインのため、そこまでお酒を飲むことはない。しかし今日は飲むことがメインの集まりであり、普段飲まない人間がそんな場所でたらふく飲めば酔いもまわるというもの。
だからこそ、普段は常に気を張っているレリアも、この日は珍しく油断していた。
「酒を追加してこよう」
冒険者ギルドの酒場は注文を取りにウェイターが来ることはなく、カウンターに行き酒を注いでもらうシステムだ。三人のグラスが少ないことに気づき、追加しようとレリアが席を立とうしたとき、ちょうど後ろを通っていた他の冒険者とぶつかってしまった。
「痛いわね!!」
「す、すまない」
咄嗟に頭を下げるレリア。
相手の冒険者はカッパー級。レリアはアイアン級である。つまり先輩だ。
冒険者は強さこそ正義であり、それぞれのランクの間には明確な上下関係がある。
アイアン級である貞一がシルバー級であるガドと仲良くできているのは、魔法使いで貞一が特別だからであり、ガド自身が咎めず許しているからだ。
魔法使いである貞一は、カッパー級だろうがアイアン級だろうが、話しかけても無下にされることはない。
しかし、レリアは違う。アイアン級でありロストのレリアは、同じアイアン級からですら煙たがられる存在。
まして、ぶつかった冒険者は、ちょうど腹の虫の居所が悪かった。ネスク・テガロの冒険者の中でもトップクラスのガドと、魔法使いという別格の貞一に混ざって楽しそうにしているロストのレリアに、この冒険者はかなり腹を立てていたのだ。
冒険者は女性であり、常日頃近づきたいと思っていた二人と、格下であるロストが仲良くしていたのだ。ランク云々の前に、彼女はレリアに嫉妬していた。
何故ロスト風情があんな美味しいポジションにいるのか。私の方があんなブスよりも断然キレイだし、役に立つのにッ!!
そんな彼女に、アイアン級でありロストの女がぶつかってきたのだ。彼女の中では喧嘩を売られたと解釈するし、宣戦布告だと取っていた。
「アイアンが随分態度でかいんじゃないの!? えぇ!?」
「すいませんでした」
再度頭を下げるレリア。レリア自身、自分が置かれている微妙な立場も理解しているし、冒険者のランクは絶対であることも理解していた。
冒険者ギルドの酒場で喧嘩などしょっちゅう起こる。怒鳴り合いの喧嘩など可愛いものだ。だから周囲も気にしないし、ガドも不必要に手出しをしない。
この場で怯えているのは貞一だけだ。
「謝るならまず仮面を外すのが礼儀でしょうがッッ!!」
冒険者は怒声とともに、レリアの顔を叩く。いや、顔というよりも仮面が外れるように叩いたというべきか。
叩かれた仮面は宙を舞い、貞一の足元に転がった。
「レ、レリア殿大丈夫でござるか!? 仮面が―――」
言いながら仮面を拾い上げレリアに手渡そうとした貞一は、そこで言葉に詰まってしまった。
何故ならそこに女神が如き女性がいたから。
そう、共に活動を続けていた相棒は、顔を仮面で隠さざる負えないほどのブスなどでは決してなかった。理想の女性、100億年に一度の美女、舞い降りた天使、美を司る女神。
あまりの事態に貞一の頭が処理能力を超えショートしてしまったが、これだけは明確であった。
拙者の相棒は、まごうことなき―――美女であった。




