ブサイク、フレッシュジュースを作る
翌朝、貞一たちは魔境へ続く街道から外れ、睡眠草の群生地に近い魔境の外周に来ていた。ここから入れば危険な場所や魔物と極力遭遇せずに、睡眠草へたどり着ける。
「では強化魔法を掛けるでござるよ。【オウフ】」
しっかりとログのパーカーを着た貞一が、レリアに強化魔法を施す。
「ありがとうございます。では、行きましょう」
レリアが貞一よりも先に魔境へ踏み込む。
魔境内では広がって歩かず、1列に進むのが基本だ。この場合、索敵に優れた者が先頭を歩く。治癒姫で言えば、レンジャーのピッグバーナーことピグーが当てはまる。
レリアと貞一どちらが索敵に優れているかというと、答えるまでもない。
貞一も遅れないように魔境へ入った。
一歩踏み入れただけでわかる。ここは何か違う世界だと。
言葉で説明するのは難しく、感覚的な違い。全身が今までとの違いに反応し、緊張が増す。
放課後の誰もいない校舎の中、薄暗いトンネルに踏み入れた時、深夜の路地裏、静謐な境内。
何かがいるわけではない。見えるわけでもない。
それでも、何故か緊張してしまう場所というのはある。何もないのに後ろが気になったり、視線を向けれなかったり、そういった感覚。
その感覚が魔境には充満していた。
魔境とは魔力が特別濃い場所である。その魔力を貞一が感じ取り、いつもと違うと緊張しているだけかもしれない。
だが、はっきり言えるのは、ここは特別な場所であり、危険な場所であるということ。
樹々に木霊して聞こえる鳥たちの鳴き声。息を吸い込めば綺麗な空気とも青臭さとも違う、濃縮された樹々の匂い。波打つように這い出ている木の根には苔が生い茂り、不用意に踏んでしまえば転んでしまうだろう。
そして何より、ここは魔境。魔物の生息する区域。
生い茂った樹々のせいで視界も悪いこの場所は、全方位からいつ襲われてもおかしくない。その恐怖は、否が応にも貞一を緊張させる。
「初級とは全然違うな。注意深く行きましょう。些細なことでも、気になったことがありましたら教えてください」
「わ、わかったでござるよ」
貞一の返事を確認すると、辺りを見回しつつも決して遅くない速度でレリアが進んでいく。その頼もしすぎる後姿が、華奢なレリアの背中を何倍にも大きく感じさせた。
◇
1時間ほど魔境を探索し、小休憩をはさむことにした。1時間しか歩いていないが、すでに昨日よりも疲労感が強い。
樹の根がうねり起伏も多く、視界も十分に取れない魔境の散策は、慣れない貞一にとって非常に困難なものであった。地図で見ればあっという間にたどり着くと思っていた睡眠草群生地が、果てしなく遠く感じる。
また、常に周囲を警戒しながら進むのは、精神的疲労が容赦なく蓄積されていく。
樹々の中を反響して聞こえる猿のような鳴き声や、けたたましい鳥たちの囀り。小動物が動いた物音や、視界でチラつく草木が揺れる姿。
ノイズがそこかしこにある中、細かな変化や違和感に注意して進むのだ。それも見逃せば命にかかわりかねない危険がある。
これは精神にくる。
魔境での危険は、魔物だけではない。むしろ、貞一にとって強化魔法があるため魔物はそれほど怖くはない。まぁ、怖いは怖いのだが。
即死に繋がるデスゾーンや、猛毒を持つ生き物が魔境には豊富に生息している。
強化魔法の防御は防御力が上がるというだけで、各種状態異常は効いてしまうのだ。身体強化の魔法で抵抗はできるようだが、完全に防いではくれない。
毒ガスを散布するデスゾーンの存在を知り、魔境グッズの買い出しの際に、薬師から痺れ粉を買って確認してみた。貞一は薬師に『人が痺れて少しの間動けない程度の量』に調整してもらった痺れ粉を、自分で飲んでみたのだ。
結果、手足や舌先が多少痺れる程度で終わった。変な体勢で横になっていて、姿勢を戻したときに麻痺した感覚程度の痺れだ。
魔法使いの魔力のおかげで効果が薄くなっていることはわかったが、効果は確かにあった。
麻痺の効果があるということは、毒の効果も受けるということ。つまり、毒袋をはじめとしたデスゾーンの猛毒トラップには、魔法使いの貞一を殺す能力があるかもしれないのだ。
うっかりミスで毒を浴びて死ぬなど笑えない。
正直この事実がわかって貞一は魔境には行きたくなかった。もともとギルドで説明を受けていた時も揺れていたが、行きたくない方に完全に傾いた。
しかし、次の日に魔境探索に必要な物を買い出しに行ったとき、レリアは完全に魔境へ行く気で、そしてとても楽しそうにしていた。
行きたくない気持ちと、そんなレリアの期待を裏切り自分の我を通す手間とを比較し、後者が勝った。いや、勝ったというよりは、言いにくいなぁ言いたくないなぁとブツブツしていたら言う機会が無くなっていたという方が正しいか。
貞一は周囲に合わせてしまう男なのだ。自分の我を簡単に貫けていたら、イジメられてはいなかっただろう。
「それにしても、なかなか何も見つけられないでござるねぇ」
倒木に腰掛けた貞一が、水を飲みながらレリアに声をかける。
周囲を警戒するだけでなく、採取できる素材はないか観察しながら歩いていたのだが、貞一は何も見つけることができなかった。
「ええ、そうですね。ヨギナに三つ目草などはありましたが、あれは安いですしね。帰りに時間とバッグに空きがあれば、摘んで帰りましょう」
「え、三つ目草なんてあったでござるか?」
三つ目草は、葉っぱの葉脈が三つの目のように見える薬草の一つである。貞一が良く採取していた薬草と似た効能があり、こちらの方が若干効果がある。薬草同様魔力の濃い場所に生えており、魔境でなくとも採取できるため価格は安い。
「ええ。ほら、ティーチ様の右の方の草がそうじゃないですか」
「えっ!?」
言われて右を向く。草が生い茂っているが、凝視すれば確かにポツポツと三つ目草が生えていた。
「本当でござる・・・。よく見分けられるでござるね」
「慣れれば大したことではないですよ」
貞一は周囲を見回す時、何か危険なものはないか確認しながら歩いていた。特に魔物やデスゾーンらしきものはないか注意深く探していた。
そのせいで、素材についてはあまり意識を割いていなかった。なんとなくその辺りを見回し、目立つものが無ければ素材無しとして進んでいた。
三つ目草がある草の密集しているところを見ても、パッと見ただけでは表面をなぞるだけで見つけられなかった。レアな素材は派手な色が多いのも合わさり、景色に溶け込んでいる物は探す対象から外れてしまっていたようだ。
だが、それではいけない。睡眠草の採取が目的ではあるが、睡眠草採取の依頼できているわけではないのだ。
睡眠草は採取に時間がかかるため、日帰りの探索では量を確保できない。少量の睡眠草しか戦果がなければ、今回の探索は赤字で終わってしまう。
冒険者は様々な素材を持ち帰るために魔境へ来ているのだ。素材は採取してなんぼ。超高額なレア素材ならともかく、睡眠草しか採取できないのは笑い者だ。
「素材は探さないと見つからないでござる」
そんなことを呟きながら、考え込む貞一。
睡眠草エリアで採取できる素材の中で、比較的高額なものは4種類ある。
毒風船の花弁、ファイアサラマンダー、腐茸と白鬼茸だ。
毒風船の花弁は、デスゾーンである毒風船が毒を噴き出し終わった後に残る花弁のことである。
毒風船に絶対触れないように大きな輪っかを作った縄で毒風船を囲い、十分離れた位置で縄を引っ張る。すると、毒風船が刺激を受けて開花し毒を撒き散らすので、毒が霧散したら残った花弁が採取できるようになるのだ。
慣れれば簡単らしいのだが、一瞬でも毒風船に刺激を与えれば即死のため、ハイリスクハイリターンな採取だ。
当然、貞一は毒風船の花弁採取など御免蒙るため、これはパスだ。
残りはファイアサラマンダーと腐茸と白鬼茸。
ファイアサラマンダーは、黒地に深紅の斑点や縞の模様のあるイモリだ。サイズは30cmほどで、両掌に乗っかる程度。大きいスマホサイズといった方が伝わるだろうか。
腐茸はうす紫やこげ茶の、腐ったような見た目をしたキノコだ。傘から線状の胞子が垂れ下がる様が、より一層腐っているように見える。
白鬼茸はマッシュルームのような形をした白色のキノコで、数本の角が傘から生えているためそう呼ばれている。
どちらのキノコも薬品店で本物を見ているため、見かけたらわかるだろう。
「キノコは目立つでござるし、木の根元とかを探しながらいけば見つけられるかもしれないでござる」
漠然と素材を探していても見つけるのは困難だ。対象を絞り意識することで、より見つけられる可能性が上がるはず。
「イモリ・・・イモリでござるか。川沿いでござるかね? 他にイモリがいそうな場所・・・。何か見たことがあるでござるよ・・・あっ!」
ファイアサラマンダーがいそうな場所を思案していた貞一は、昔見た動物系番組の内容を思い出した。
イモリのいる場所と言われれば、多くの人が水田だったり清流だったりを思い浮かべるだろう。それはきっとアカハライモリを想像しているからだ。
アカハライモリは水棲のため水場に生息しているが、海外には陸棲のイモリもいる。
貞一が思い出したのは、そんな陸棲イモリを採取していた映像。
「そうでござる。たしかあの番組では・・・」
「ん、休憩は終わりですか?」
立ち上がった貞一を見て、レリアも飲んでいた水筒をしまう。
出発かと思ったレリアだが、貞一はバッグを背負わず、腰掛けていた倒木に手を掛けた。
「ティーチ様?」
「見てるでござるよ? それっ!」
強化魔法によって補助を受けた貞一は、軽々と倒木を持ち上げた。
「いた! 本当にいたでござるよ!!」
「ファイアサラマンダーだ!」
倒木の下には立派なファイアサラマンダーが身を隠していた。深い紅色が目を引く、とても美しいサラマンダーだ。
「逃げないうちに早く捕まえるでござるよ!」
「濡れタオルは私が用意します! ティーチ様はケースの準備を!」
倒木をファイアサラマンダーに当たらないよう注意して地面に下ろすと、貞一はバッグから金属製の箱を取り出す。サイズはティッシュケース程度で、ファイアサラマンダーがすっぽり収まるサイズだ。
そこに水筒から水をタプタプになるまで注ぐ。魔力を込めれば水が出てくる魔道具の水筒は、飲み水以外の用途にも使えかなり便利なものだ。
「準備できたでござるよ!」
「こっちもです! ではいきますよ!」
ファイアサラマンダーは倒木をどけられたことで逃げようとするが、寝起きのためか動きが緩慢で見失うことはなかった。
レリアは濡らしたタオルで包むようにファイアサラマンダーを捕獲すると、すぐさま貞一が用意した水で満たされた容器に突っ込む。ジタバタと暴れるのを抑えながら、減った水を水筒で補充し、貞一が蓋を締める。
「ほ、捕獲できたでござる・・・」
「ええ、すごいですよ! ファイアサラマンダーをこんなに早く捕獲できるなんて!」
レリアはえらく興奮しているようで、凄い凄いと貞一とファイアサラマンダーを入れた容器を交互に見比べる。
ファイアサラマンダーの捕獲は事前に確認していたため、問題なく捕獲できた。
ファイアサラマンダーは捕獲に気を付けなくてはいけない生物で、素手で触ったりナイフなどで攻撃すると発火するのだ。
しかも、発火してそのまま自分は燃え尽きてしまうという厄介な性質で、発火してしまえば冒険者は目の前で燃え尽きるファイアサラマンダーを眺めるだけという、悲しい結果に終わってしまう。
ファイアサラマンダーは濡れタオル越しで掴むと燃えず、水に沈めて溺死させることで素体が採取できる。沈めた水は水で用途があり、水に入れた状態で換金する素材だ。
ファイアサラマンダーを捕獲した興奮が落ち着いてきたころ、容器から暴れる音も徐々に聞こえなくなってきた。まだ動いているのは感じられるが、容器からの水漏れはなさそうだ。紐でさらに縛って厳重に蓋を閉め、バッグに詰める。
「よくファイアサラマンダーが倒木の下にいることがわかりましたね」
ファイアサラマンダーは高額な素材。つまり美味しい素材だ。捕獲の方法は資料に載っていても、どういった場所に好んでいるなどの情報は載っていなかった。
ファイアサラマンダーも無限にいるわけではない。そういった情報は冒険者間で取引されたりしており、無料で公開などされないのだ。
「サラマンダーは夜行性の奴もいて、日中はじめじめして暗いところにいるって聞いたことがあったんでござるよ」
「なるほど。ならば倒木の下や木の洞なんかにいるということですね。これからは確認しながら進んで行きましょう」
いつもはレリアに教わることが多いので、貞一が教えるというのは新鮮だ。レア素材ゲットの喜びと役に立った嬉しさで、貞一の疲労は回復していた。
「では、行くでござるか!」
意気揚々と大きなバッグを背負い、出発するのだった。
◇
ファイアサラマンダーを捕獲してからもう一度休憩を挟み、貞一たちは探索を続けていた。あれから樹の洞などを見ながら歩いているが、ファイアサラマンダーを見つけることは無かった。一発目で見つけられたのは、ビギナーズラックだったのだろう。
睡眠草の群生地まであと少しというところ。そんな時だ。
「魔物です」
短くレリアが告げ、バッグを地面に落とす。剣を抜き、魔物と貞一の間に入り構えを取る。
「ま、魔物でござるか!?」
貞一もレリアに倣いバッグを地面に置き、杖代わりに使っていた槍を構える。レリアが凝視する方に意識を向けると、何かが駆けている音と物陰が見えた。
魔物はグングンと近づいてきて、ぼやけていた輪郭もはっきり見えるようになった。
「コボルトか」
魔物の正体はコボルト3体であった。ハイエナを二足歩行させたような生き物だが、今は前足をおろし四本足で駆けっているためスピードはかなり速い。樹々が生い茂り足場も悪い森の中で、コボルトたちは器用に駆けてくる。
レリアは腰を屈め、いつでも迎撃できる姿勢を取る。魔境にはデスゾーンがあり、下手に動き回っても危険なだけ。コボルトたちは一直線にこちらへ向かってきているので、迎え撃った方が安全だ。
しかし、貞一はそうは考えなかった。
「は、疾いでござる!! 危ないでござるよ!?」
魔境探索から3時間弱。これまで魔物もデスゾーンも危険な生き物にも遭遇してこなかった貞一は、完全に気が緩み警戒を怠っていた。
来るか来るかと構えていた時ならばもう少し冷静に対処できたかもしれない。しかし、不意に現れ、それもかなりの速度で迫ってくる敵に、冷静に対処などできるはずもなかった。
「大丈夫です。近づいたら私が―――」
「来るなでござるよ!! 【くぁwせdrftgyふじこlp】ッ!!!」
レリアの言葉も聞かず、貞一は範囲攻撃魔法をぶっ放した。
魔王や魔法使いには効果がない爆裂魔法であるが、雑魚に対しては無類の強さを発揮する魔法。コボルトにレジストなどできるはずもなく、3匹まとめて爆裂四散する。
―――・・――・ドドドドドドォォオオ・・・・。
手榴弾が数個破裂したような音が辺りに鳴り響き、鳥たちが驚き飛び去って行く。
束の間の静寂。緊張で乱れた呼吸が落ち着く頃、ようやく貞一は自分が取り乱していたことに気が付き、レリアに謝罪する。
「ご、ごめんでござる! 拙者焦って魔法を撃ってしまったでござるよ!」
「いや、何も謝ることはないですよ。それよりも、やはり魔法とは凄まじい威力ですね」
貞一の言葉と共に離れた位置にいたはずの魔物たちが、一瞬で内部から爆裂した。その威力とあまりにも理不尽な力に、改めてレリアは魔法使いの凄さを思い知る。
「い、いやそんなことはないでござるよ」
「謙遜することはないですよ。死体の確認をしに行きましょう」
抜いた剣を戻しバッグを拾うと、レリアはコボルトの死体に向かってゆく。
「これは・・・酷いな」
コボルトの死体は、原形を留めることすら叶わなかった。これが何の死体なのかも分らぬ惨状。
周囲の草木にべったりと血や脂肪がこびり付き、血の臭いと胃などの内臓から漂う強烈な臭いに思わず顔を顰めてしまう。爆心地にはコボルトのフレッシュジュースの池が出来上がっていた。
控えめに言って最低な光景。普通に言えば吐き気を堪えられないくらい怖気の走る光景。
「うっ・・・すごい臭いでござる。やっぱりこの魔法はあんまり使わない方がいいかもでござる」
「ええ、申し訳ないですが、そうした方がいいですね」
何とか吐き気を堪える貞一に、レリアも魔法は使うなと同意する。
「今回はコボルトだったから問題ないですが、これが素材が貴重な魔物だったら剥ぎ取る物も剥ぎ取れないですからね」
そう。レリアが魔法を使ってほしくない理由は、この光景がキツイからではなく、素材を何も回収できないからだ。
コボルトは単価の安い魔物であり、かつかさ張るために素材としての価値は無い。逆に、貞一の防具になっているログという魔物などは、皮が貴重なために傷つけることなく殺すことが求められる。
そんなログに貞一が魔法を撃てばどうなるか。木端微塵のログ池が出来上がるだけだ。これでは素材など剥ぎ取れるわけがない。
「あ、ああ! そうでござるね。ピンチでもない限り魔法は使わないようにするでござるよ!」
「手間だと思いますが、頼みます」
貞一が同意してくれたことを確認すると、レリアはまた目的地に向かって歩き出す。
そんなレリアの背中を眺めながら、貞一は握りしめた槍を見つめ考える。
自分はこの槍で直接魔物を殺すことができるのだろうか、と。




