ブサイク、怖気づく
貞一の提案で魔境探索をすることになった貞一とレリアは、冒険者ギルドに来ていた。
魔境へ行くと決めてすぐに魔境へ出発するようなことはしない。命の危険があるような場所へ無策で向かう者など、馬鹿とチート能力者しかいない。
貞一はゴッドから魔法というチートを授かっているが、決して万能なものではないため、こうして準備を整えるためにギルドへ来たのだ。
朝の受付ラッシュが終わる頃を見計らって来た二人は、空いている受付の中から顔見知りの受付嬢の下へ向かった。
彼女の名前はクラシィ。馬面がチャーミングな受付嬢で、貞一に受付嬢美人の法則の現実を叩きつけた女性だ。
「おはようございます、ティーチ様、レリアさん。本日はどうなさいましたか?」
「おはようでござるよクラシィ殿。魔境へ行こうと思ってるんでござるが、準備に必要なことのレクチャーをしてほしいんでござるよ」
「・・・ティーチ様もとうとう魔境へ行かれるのですね! 承知いたしました」
一瞬、(いつまでレリアさんとパーティを組んでいるの。ねぇ。いつになったら私をご飯に誘うの。なんであなたの横にいるのが私じゃないの。なんでなんで。ねぇねぇねぇねぇねぇねぇ)と病みクラシィが顏を覗かせるが、そんなことはおくびにも出さずに対応する。
クラシィはとうとうと言うものの、冒険者に登録して1ヵ月そこらで魔境へ挑むのはかなり早い。
新人冒険者は、全員と言っていいほど金欠だ。継げる田畑も仕事のコネも金もないからこそ、冒険者というリスクは高いがリターンも大きい人生一発逆転のチャンスがある職についたのだ。
そんな者たちが冒険者になったからといって、装備を一式買うことなどできるだろうか。いや、できない。
ろくな装備もせずに魔境へ行くなど死にゆくだけ。普段着のまま水だけを持って、樹海を突っ切って富士山を登頂するようなモノ。まず樹海の時点で詰むだろう。
だからこそ、新人冒険者たちは魔境以外の依頼をこなし、金を貯めて装備を整えるのだ。アイアン級の依頼金は少ないため、魔境へチャレンジするまでに1年かかることなどざらにある。
新人が我慢できず魔境へ挑み死ぬ事例が枚挙に暇がないので、賢い者ほど慎重に準備を進めるのだ。
その点からいえば、1ヵ月で魔境へチャレンジする貞一は早い。クラシィも当然それは理解しているが、魔法使いであり崇拝している貞一ならばネスク・テガロの魔境など何も問題ないと思っていたからこその発言だ。
レリアは金欠のため準備を整えるのが難しいが、装備は整っている。彼女は母親から受け継いだ冒険者装備をしているため、他の者よりも新規に購入が必要な物は断然少ない。食料や素材を収納する容器程度で済むだろう。
「では、まず魔境について説明いたしますね」
魔境は初級、中級、上級、天級の4種類存在する。天級は世界に4つしかなく、ブーシィの実家であるディーエン侯爵家を含む、四大貴族家が管理をしている。
上級、中級、初級の順に数は多くなり、魔境は世界に点在している。
また、級は魔境の規模と危険度で決められている。規模が大きいほど魔物は強く、魔物が強ければそこで生まれる魔王もまた強力となり、魔境の危険度が上がる。
一流の冒険者と呼ばれるシルバー級の上位者たちで、ようやく天級の入り口付近を渡り合えるかどうかというのだから、天級の魔境の危険度がわかるだろう。
4種類の魔境が存在するが、冒険者たちは基本的に中級か上級の魔境探索がメインとなっている。初級の魔境は各地に点在するが、新人冒険者が訓練のために入る程度で、基本的に冒険者は初級の魔境を探索することは無い。
何故なら、初級と中級の魔境には絶対的な差がある。それは、初級の魔境では魔王が現れないのだ。
魔王討伐が貴族の仕事であるため、中級以上の魔境周辺には貴族が待機している。貴族がいるのだから物の需要は多く、人の出入りもまた増える。人が増えれば街となり、魔境から得られる素材は街を十分に潤してくれる。
そのため、中級以上の魔境の近くには街があり栄え、冒険者たちも集まってゆく。一方初級の魔境はいたるところにあり、周囲には村すらないこともしばしば。
中級では魔王が生まれるほど魔力が濃いため、魔力の影響で魔境産と呼ばれる特殊な素材や食材が採取できる。一方初級は低ランクの魔物が現れるというだけで、ただの森や洞窟と変わらない。
こういった理由から、冒険者たちは中級以上の魔境を中心に探索しているのだ。
「ネスク・テガロの魔境は中級魔境ですので、レリアさんも安心して挑戦できますよ!」
魔法使いである貞一ならば上級、はては天級であろうとも挑めるだろう。しかし、ロストであるレリアでは上級魔境に挑戦するのは難易度が高すぎる。
中級以上の魔境では、魔力の影響で通常では考えられないエリアがいくつも存在する。毒ガスを吐き出す花畑や、地面と見た目が変わらない底なし沼。突発的に濁流が発生する川や30分もいれば干からびてしまうほど乾燥した大地。
上級魔境ではこういった地形ダメージが多く、強化魔法が使えないロストでは到底切り抜けることができない魔境となっている。
「ネスク・テガロの魔境では、そういった危ないエリアはないんでござるか?」
「当然あります」
クラシィの回答に、貞一は肩を落とす。
「あ、でもどこに何があるのかはわかるんじゃないでござるか? 魔境の地図はないんでござるかね?」
「魔境のマップはあるのですが、そういった危険なエリア、通称デスゾーンは魔境内にランダムに出現いたしますので、事前に把握するのは難しいんです」
「ラ ン ダ ム !?」
完全に殺しにきているでござるよ・・・。
魔境の凶悪な仕様に戦慄する貞一とは裏腹に、レリアは落ち着いている。元冒険者を母に持つレリアは、魔境についても詳しく母親から教えられていた。
そんなレリアが魔境についてレクチャーを受けているのは、貞一のためという理由もあるが自分の知識が古くないか確認をするためだ。
レリアが知っているのは母の時代の魔境の話。昔と今では魔境についても変化点があるかもしれないし、ネスク・テガロの魔境については知らないため一緒に話を聞いている。
「もちろん、数は少ないですが固定のデスゾーンもありますよ」
「固定もあるんでござるね・・・。拙者怖気づいてきたでござる・・・」
「またまたぁ!」
貞一の発言を冗談だと思ったクラシィは、落ち込む貞一を軽く流す。
「魔境は森林型か? 特徴などはあるか?」
行くのやめるのが賢明でござるか・・・? などブツブツ呟く貞一を他所に、レリアは情報を聞き出していく。
「森林型ですね。一般的な魔境ですので、地形、魔物に関して特筆すべき特徴はございません」
「そうか。森は探索を阻害するような効果はあるか? 方向を狂わせる森が魔境にはあると聞いたことがあるんだが」
「よくご存じですね。そういった効果は上級魔境で見られるデスゾーンになります。ネスク・テガロの魔境では確認されておりませんので、ご安心ください」
方向を狂わし永久に抜け出せないデスゾーンは、地味だが大変凶悪なデスゾーンとなっている。
歴戦のレンジャーでさえもデスゾーンに踏み入れたと認識するのに数刻を有するほど自然に取り込まれ、永遠と抜け出せない樹海を彷徨うことになる。魔境は刻一刻と変化するため目印を付けようが気づけば無くなり、太陽を目指し歩いても気づけば太陽を背に歩いている。
脱出するには、魔境の修復速度を上回る極短時間で周囲を破壊し、デスゾーンエリアから抜け出すこと。傷程度であればすぐに治るが、魔境であっても切り倒された樹を修復するには時間を有する。その破壊した跡を頼りにまっすぐ進めば、脱出できるのだ。
しかし、樹をなぎ倒して進むなど容易ではなく、豊富な魔力を持つシルバー級の冒険者たちが全魔力を振り絞ってようやく脱せるかどうか。脱せたとしても魔力が枯渇している状態で魔物がひしめく魔境を探索するなど、自殺行為。
じわりじわりと真綿で首を絞めるように殺されるこのデスゾーンは非常に厄介であり、上級魔境にふさわしいデスゾーンとなっている。
「ですが、魔境の森は通常の森と一線を画します。レリアさんは森林型の魔境は初めてですが?」
「初級はあるが中級は初めてだ」
なんと、ロストであるレリアだが、初級の魔境はすでに経験済みであった。どうやら、魔境童貞は貞一のみのようだ。さすが全一。
「それでは森の探索の心得はあるのですね」
「普通の森であれば問題ないな。だが、中級の魔境は環境が異なるのだろう。不安はある」
「その通りです。その認識ができていましたら大丈夫ですね。よく『田舎の森は遊び場だぜ!』と言ってなめてかかり、二度とお会いすることが叶わなかった新人さんはたくさんいらっしゃいますから」
にっこりと笑顔で脅す受付嬢クラシィ。
こうやってくぎを刺しておかなければ、クラシィの言葉通り半端な装備、準備で挑み遭難する新人が後を絶たない。下手に山や森の探索に慣れている者ほど自信が仇となり、帰らぬ人となってしまうのだ。
クラシィの脅しに対し、レリアは当然だと受け入れ、貞一の魔境へ行きたくないゲージがMAXになってしまった。
貞一はいつものごとく甘々な思考で魔境へ挑もうとしていた。魔物は強化魔法があれば何とかなるし、危険なエリアは避ければいいし、なんなら冒険者の嗜み程度にしか考えていなかった。
総じてアウトドア感覚。舗装され人の手の加えられた道で登山するような、そんな考え。モンスターをハンターするような、そんな気分。
だが、それも仕方がないだろう。貞一は日本にいた頃に山登りなどしてきていなければ、コンクリートジャングルの環境で育ったのだ。そんな彼に『アマゾンの原生林よりも過酷な場所だよ』と言っても想像できるわけがない。
魔境は人が手を加えられない地。何百という冒険者が同じ道を通りいくら踏み固めようとも、次の日には草木が生い茂り、道などどこにもなくなってしまう。そんな魔境の地。
百聞は一見に如かず。いくら魔境が危険であると言われても、貞一はまだ本当の意味で魔境の過酷さを認識できていない。
だからこそ、貞一は行くならばしっかりと対策と準備を整えようと固く決意する。
いや、でもやっぱり行くの辞めた方がいいでござるかね? 何か踏み入れたら最後みたいな雰囲気が漂っているでござるよ・・・。いや、でも一回くらいは経験してみたいでござるし・・・、いやいや、でも・・・。
「ネスク・テガロの魔境で取れる素材で有名なのは、ハロルド草や軟血虫、コラヘアの実などですね」
「ハロルド草が取れるのか」
「そうです。ネスク・テガロの魔境では薬剤の素材が多く採取できます。ただ種類も多く見わけも難しいので、資料室にある絵だけではなく、薬品店などで現物を見ておくことをお勧めいたしますよ」
「なるほど。確かに現物を見ておいた方がよさそうだな。他には・・・」
貞一が行く、行かないとブツクサ悩んでいるうちに、クラシィとレリアは会話を進める。各素材の換金率や素材採取の依頼の有無、危険な魔物と魔物以外の動植物について、どのエリアが新人におすすめか、探索の必需品一覧などはあるかなど、根掘り葉掘り聞いていく。
さすが冒険者ギルドの受付嬢を任されているだけあり、クラシィは豊富な知識を基に、資料を使いながら分かり易く質問に答えていく。受付嬢のレベルの高さに、レリアはただただ感心していた。
もちろん、全て答えられるわけではない。出現する魔物の解体時に気を付けるべき点や、取り扱いに注意が必要な素材の採取方法(摘んだ瞬間枯れる草など)はあるが、それらは資料や他の冒険者たちに聞くべきことだ。
受付が空いている時間に来たことで、クラシィから十分に聞きたいことは聞き出せた。
「ティーチ様。受付で地図も買えるので、買ってしまいましょう」
「いやいや、でもでも・・・いや・・・」
「ティーチ様?」
「ん? なんでござるか?」
「地図を買う必要があるのですが、いいですか?」
レリアが魔境の情報を聞いている間ずっと一人問答をしていた貞一は、レリアに呼ばれて顔を上げる。
「地図でござるね。もちろんでござるよ」
そういって貞一はクラシィが提示した地図の価格の半分を財布から取り出す。レリアはすでに出しており、割り勘として地図を購入した。
貞一たちはパーティを組んでいるが、パーティ共有財産を作っていない。
通常冒険者パーティは、報酬の何割かをパーティ運用のための資金として管理する。共有財産は今回のような地図を購入するのに使ったり、魔境へ行く際の装備類やパーティ活動として必要な物資のために使うものだ。
冒険者は魔境へ行けば実入りも良く儲けられる。しかし、その分装備に金がかかり、収入が増えるにつれて必要経費も増えていく。
命からがら魔境探索を終えて得られた報酬を前に、装備を買うからとビールすら我慢できる冒険者などいない。自分を労わることも重要なことだ。
だが、そうなると難しいのが自制だ。装備を買うためとお金を貯めるほどに、邪な気持ちも溜まってゆく。
またうまい酒に飯をたらふく食いたい。
あの店の女はあと少し貢げば落ちるはず。
少額ならギャンブルをしてもいいだろう。
同期の冒険者たちよりもいい宿に泊まりたい。
そんな気持ちを持ってしまえば、金などいくらあっても足らぬもの。新人のアイアン級なら生活するだけで必死だが、生活が安定するカッパー級にでもなれば〝ちょっとくらい″という悪魔の言い訳を自分にするようになってしまう。
当然、全員が全員そうではない。上を目指そうと節約し、切り詰めて生活している者も多くいる。
そんな二人が同じパーティにいたらどうなるか。
簡単だ。
『次の探索はいつもより危険だから、値は張るが高級回復薬を買おう』
『わりぃ! 今手持ちがないから、立て替えてくれないか?』
『お前の装備も痛んできたから買い替えた方がいいんじゃないか?』
『いやー、まだまだこれで十分だ!』
『おい! これ以上進むのは俺たちにはまだ早い!』
『金が要るんだよ! 少し行って目ぼしい素材が無ければすぐ引き返せばいいだろ!』
解散待ったなし。
冒険者の格言に、『銭を投げれば聖者が追う』というものがある。これは聖人君主のようにできた人間が金を使うことを知ってしまい、欲にまみれ身を持ち崩し、終いには酔った冒険者が取ってこいと金を投げれば喜んで走って拾ってくるようになった、という話が元だ。
日本にも『金が人を狂わす』という言葉があるように、レア素材を入手すれば大金が得られる冒険者には、資金管理が最も重要であるといっても過言ではない。
だからこそ、パーティ運用資金として事前に金の使い道を決めた予算を確保し、好きに使ってよい金だけをメンバーのお小遣いとして分配するのだ。
では何故パーティを組んでいる貞一とレリアがパーティ共有財産を作っていないのか。
貞一は単純にその事を知らない。ゲームではクラン財産などがあり貞一も貢献していたが、リアル世界に適用するなんて発想が浮かんでいない。
一方レリアは当然知っている。しかし、レリアは貞一が好意でパーティを継続してくれていると思っており、いつ解散になるかわからないため、報酬や装備類などはきっちり割り勘して各自で管理しようと思っていた。
そもそも、二人は未だ一時的なパーティでしかない。共有財産などをつくるのは、冒険者ギルドに正式に登録するパーティとなってからだ。
「こちらが地図になります。先ほど説明したエリアを探索することをお勧めいたしますが、具体的な探索経路が決まりましたら、他の冒険者の方や冒険者アドバイザーの職員に一度確認することをお勧めいたします」
シルバー級の冒険者にもなると、豊富な知識を買われて引退後は冒険者ギルドに雇ってもらえることがある。そういった者たちは冒険者アドバイザーといい、冒険者へ様々な手ほどきをしてくれる。
戦闘訓練はもちろん、魔境でのイロハや採取の方法、森や魔境での探索方法など実に多くを教えてくれる。アドバイザーの食費や報酬が必要になるが、一緒に魔境へ行き直接指導してくれることもできるのだ。
ネスク・テガロのギルドマスターであるラーテラも、元冒険者アドバイザーである。
「ありがとう。でき次第確認するようにしよう」
「最後に、魔境へ行かれる際は、冒険者ギルドにて探索エリアと日程のご連絡をお忘れなきようお願いいたします」
事前に大まかな探索エリアをギルドが把握することで、他にそのエリアを探索する冒険者がいれば情報共有をしてもらえる。そうすることで万が一危険な状態になった際に他の冒険者に頼れる可能性もあれば、事前に衝突を避けることもできる。
また、直近でそのエリアを探索した冒険者を教えてもらえれば、突発的発生のデスゾーンの有無や場所なども教えてもらえる。
日程を共有することで、ギルドは冒険者たちを管理でき、万が一帰ってこなければ捜索隊や異変の調査を送ることもあれば、死亡処理を行うことにもなる。
冒険者は自由が信条ではあるが、ギルドに対する報告は義務付けられている。秩序無くして自由無しということだ。
冒険者の多くは冒険者アドバイザーなどに世話になった経験があることから、冒険者自身もギルドを無碍にできないという事情もあったりする。
「もちろんだ。それでは、後は資料室で詳細を確認させてもらおう。ティーチ様、行きましょう」
「え、いや、やっぱり拙者は・・・い、行くでござる!」
「では、良き冒険があらんことを」
最後までどうするか決めあぐねていた貞一は、レリアに促されるまま資料室へと向かうのであった。




