ブサイク、特訓に付き合う
ここはネスク・テガロから数時間ほど離れた野原。ネスク・テガロと他の街を繋ぐ街道からも少し離れたこの場所では、人が踏み入らないために草がのびのびと背高く生えている。
辺りいっぱいの草の香りに多くの虫が飛び交っている様は、夏の訪れを感じさせる。まだまだ朝晩は涼しいが、お昼には照った太陽が燦燦と輝き、貞一をじっくりローストしている。
暑いでござる・・・。強化魔法には冷房機能は備わっていないんでござるか・・・。
ぶひーぶひーと鼻息荒く手で顔を仰いでいるのは、この暑い日には視界に入れたくないことで有名な鈴木貞一。見るからに暑苦しいその様は、夏の訪れではなく猛暑かと錯覚させられるほどだ。獣は夏に備えて脱毛し暑さに備えるが、貞一の脂肪は頑固にこびりつき、夏でも冬でも貞一をつかんで離さない。
そんな彼の横には、フードを目深に被り仮面をした女性が立っている。隣の貞一は滝のように汗を流している一方、こちらの女性はそんな恰好にもかかわらず暑さを感じさせない。
貞一がレリアのフードは実は日傘効果が見込めるのでは・・・と羨まし気に見ていると、レリアが口を開く。
「この辺りなら邪魔になりそうな物も無いし、うってつけですね」
「そうでござるね。何もないでござる。日陰を作ってくれる木も無いでござるよ・・・」
貞一は背負っているバッグから魔道具である〝水筒″を取り出し、魔力によって生み出された水をごくごくと飲む。これに冷却機能を付ければバカ売れでござるよと、温い水に顔を顰めながら、貞一は今日やるべきことを確認する。
「今日は待ちに待った強化魔法の特訓でござるよ!」
「本当に待たせてしまって申し訳ないです・・・」
貞一の言葉に肩を落とし謝るレリア。というのも、今日は二人が初めて依頼を達成したゴブリン討伐から、およそ1週間が経っていた。
貞一は明日には特訓でござるよ―!と依頼達成の報告を行ったのだが、そこで問題が起きた。
レリア金欠事件。
元々裕福でもない村出身のレリア。ネスク・テガロへ来るまでにほとんどの持ち金は尽き、手入れ道具や食料分ととっておいたなけなしのお金は、初日の貞一とのご飯で使い切ってしまったのだ。
そう。この男、貞一。魔王ゴブリンキングを討伐したことでかなりの金銭的余裕があるにも関わらず、冒険者になったばかりの後輩女子とご飯に行き、きっちり割り勘したのだ。
金銭感覚がしっかりしていると言えばいいのか、ケチケチしていると言えばいいのか。よかったことは、レリアも割り勘を望んでいたことだろう。
それはさておき、そんなわけでレリアは金欠に困っていた。ゴブリン討伐の依頼が美味しい依頼とはいえ、所詮はアイアン級の依頼。その日暮らしの金でしかないのだ。
貞一は『お金貸すでござるか? こ、これが援助交際・・・』などと供述していたが、レリアはきっちり断った。お金に関しては特に注意することと、母から教えられていたからだ。
そうなるとお金を稼ぐ必要が出てくる。彼らは冒険者。お金が欲しいなら、依頼をこなすしかない。
そうして、この1週間ほどは依頼をこなし、レリアの初期装備を整える期間となったのだ。
アイアン級の依頼では、魔物討伐などは滅多にない。魔物は基本的に魔境から出ないため、魔物被害というのは珍しいのだ。魔物の素材が欲しければ魔境へ行かなければならない。そういった依頼もあるにはあるが、魔境へはもう少し準備をしてから行こうと二人で話し合った。
その結果、貞一たちは薬草採取や荷物運びなどの簡単な依頼に精を出していた。そんな依頼では強化魔法を使う機会は無く(貞一は常に使っているが)、練習は今日まで持ち越されていたのだ。
「強化魔法の特訓とは言ったでござるが、何をすればいいのでござるかね」
「私も魔法についてはからっきしですからね。まずは強化魔法に慣れるところから始めてみますか?」
「それもそうでござるね。ではかけるでござるよ? 【オウフ】」
短い呪文とともに、レリアへ強化魔法がかけられる。貞一から見れば何も変化は見られないが、レリアにとっては劇的な変化が現れる。まるで細胞レベルから生まれ変わったように、自分の中に渦巻く激流のような力が暴れ狂う。
「や、やはりこの力は凄いな・・・! 少し自由に動いてもいいですか?」
「もちろん! いいで―――」
貞一が言い切るよりも早く、レリアは動き出す。
貞一から少し離れた場所へ瞬間移動したかと思えば、その場で剣の型をなぞりだす。貞一にとってそれが本当に型なのかはわからないが、闇雲に剣を振り回しているようには見えなかった。
気づけばレリアの周りの草は踏みしめられ、レリア サークルが形成されていた。レリアの動きで踏みつぶされた草が、風に乗ってむせ返るような青臭さを運んでくる。
最初の数十秒は圧巻してレリアを見ていた貞一だが、数分も経てば慣れてくる。魔物との戦闘ではなく、レリア一人の稽古なのだ。動きに違いはあるのかもしれないが、貞一にはそこまで細かくわからない。
背の低い草が密集している場所を見つけて、貞一はドスンと座る。鞄から干し肉を取り出し、食べながらレリアの剣舞を見る。気分はスポーツ観戦だ。
レリアの剣舞が止まることは無かった。全ての動作が流れるように繋がり、本当に舞っているように貞一には感じられた。
凄いでござるなぁ~。もう5分は経つでござるよ。よく疲れないでござるね。
レリアはいつ息継ぎしているのかもわからないほど、動き続けていた。そう、何分も・・・何十分も・・・1時間を超えようとも・・・。
レリア殿が壊れたように動き続ける件について・・・。
貞一が強化魔法をかけてからすでに2時間が経とうとしている。
炎龍の牙たちもそうであったが、強化魔法をかけると皆子供の様に楽しく動き回っていた。あの時はパーティ内で模擬戦をしていたため、貞一も楽しく見てられた。
しかし、レリアは一人だ。一人で延々と止まることのない型を舞っている。
舞っているという表現はレリアにとっては嬉しくない表現かもしれない。貞一から見れば舞っているように見えるレリアの型は、殺すために洗練された型。
舞のようにただ美しいものではなく、ひりつく殺気が顔を覗かせるどこまでも合理的で冷酷な剣。その剣を見れば、殺気にあてられ冷や汗が流れるだろう。
しかし、貞一が流すのは大量の汗。じっと2時間も外で待機は、デブにとって死ねと言っているようなもの。
貞一は滴る汗をハンカチで拭い、それでもじっとレリアを見る。
じっくりねっとりと絡みつくような厭らしい視線ではない。貞一の眼は真剣なもの。そこに邪な不純物など入っていない。
お気づきだろうが、貞一は剣どころか武道全てにおいて素人だ。当然レリアの動きの意味を汲み取ることもできなければ、この感想を聞かれても、『凄い(小並感)』としか言えない。
ただ、貞一は共感していた。
貞一は今まで思うように動けたことなど、ただの一度もない。関節は固く、動けば鉛のように重い身体がすぐに根をあげる。
そんな貞一にとって〝動く″ということは、冬の寒い日にコタツから出て洗い物をするくらい、非常に億劫なものであった。
それが、身体強化の魔法のおかげで変わった。どんなに歩いても疲れることはなく、あの鈍間と言われ続けた自分が疾く駆けることができるのだ。
自分が思うように、いや、想像以上に好きに動くことができるようになった貞一にとって、あれほど忌々しく思っていた〝動く″ということが、今ではとても楽しいものに変わっていた。
その感動を知ってい貞一は、レリアが抱いているであろう気持ちが痛いほどわかった。いや、レリアはきっと自分が感じた時よりも大きな感動を受けているに違いない。
アスリートが0.1秒を削るのに、どれだけ自分を犠牲にしているか。理想のカタチがはっきりしているのに、それに届かない自分の身体をどれほどもどかしく思っているか。
今、レリアはチートを体験している。いや、チートなんて呼んでいいものではない。
この世界では身体強化の魔法は一般的なもの。子供たちでさえ使うことができる魔法だ。それを、魔力無であるレリアは産まれてから一度も体験したことがないのだ。そのレリアが、強化魔法に身をゆだね、全身全霊で感じている。
それはまさに、生まれつき足が無い少年が義足を与えられ、生まれて初めて思いっきり駆けまわるようなもの。魔力を持つことが当たり前の世界でそれを持ちえないレリアが、初めて感じる魔力を全身で楽しんでいる。
一体誰がそれを邪魔できるというのか。
だからこそ、貞一はじっと汗を垂らしながらも待つ。今日はレリアに身体強化の魔法に慣れてもらうことが第一の目的なので、この状態が当初の目的と言えなくもないのだが。
日が暮れるまでは見ていようと思っていた貞一であったが、レリアもいい加減慣れてきたのか、力強く剣を振り下ろすとビタリと止まった。振り下ろした剣圧によって背の低い草木が押しつぶされ揺れる様を見て、頑張れば斬撃とか飛ばせそうでござるねと思う貞一。
止まっていたレリアは貞一を放置していたことに気が付いたのだろう。慌てて剣を鞘に納めると、小走りで貞一のもとへやってくる。
「すまないティーチ様。つい舞い上がって一人で素振りをしてしまいました」
「いや、気にしなくていいでござるよ。それより、強化魔法はどうでござるか? 慣れてきたでござるか?」
あれだけ全力で動いていたにもかかわらず、レリアは軽く息を乱す程度で疲労を感じさせない。村でのゴブリン討伐後に貞一に懇願してきたときのレリアを想像し、貞一は強化魔法は何かよからぬドーピングなのではと勘繰る。
もちろんそんな効果は無いのだが、必ずしも外れではない。魔法使いが施す強化魔法の効果は絶大。それ故に、力に溺れ依存してしまう者もいる。酒に酔って嫌なことを忘れられるのと同じく、強化魔法による強大な力を受け得られる安心感を手放せなくなるのだ。
しかし、存在が希少な魔法使いであり、かつ聖騎士と呼ばれる選び抜かれた騎士にしか強化魔法を施すこともないため、依存しようにもできない環境がこの世界。魔法使いとは違い聖騎士の代わりはいくらでもいるため、聖騎士たちは自我を強く保ち依存しないようにするのだ。
「ああ、扱い方がわかってきた気がします。ただ、まだ力みもあるし、実戦でどこまで動けるかも確認していきたいですね」
「拙者には全然力みなんてわからなかったでござるよ・・・」
流れるような剣舞のどこにも力みなんて見られなかったでござるよ。やっぱりレリア殿クラスになると拙者とは見えてるものが違うんでござるね。
「さて、魔法には慣れてもらったでござるし、次は何するかでござるかね」
「そうですね。初めは近くの山にでも入って獣でも狩ろうかと思っていたのですが、これだけの力だと獣では役不足もいいところですね」
うむむと考えだすレリア。素の状態のレリアであれば獣狩りは良い訓練になるのだが、強化魔法を掛けられれば訓練も何もただの試し斬りで終わってしまう。
「なら魔境に行ってみるでござるか?」
「魔境ですか! 魔物相手であれば、存分に練習ができそうですね!」
うわぁ、この娘魔物を練習相手と思っているでござるよ。という感想は当然胸の奥に閉まっておいて、貞一は魔境に対するレリアの反応がいいことにガッツポーズをする。
魔境とはこの世界に点在する魔力が特別濃いエリアを指す。魔境では様々な素材が取れ、人々の生活を豊かにしてくれる、この世界で重要なエリアだ。
魔力に富んでいるおかげで自然の実りが豊かな一方、魔物という野生動物とは似て非なる凶暴なものたちが生息する領域。さらに、濃い魔力が地形や天候を歪め別世界を創り出す、まさに〝魔境″と呼ぶにふさわしい場所となっている。
魔法使いである貞一にとって、ほとんどの魔物は相手にならない。魔物の攻撃は貞一の強化魔法を超えてダメージを与えられず、逆に貞一の魔法である爆裂魔法は、即死魔法として猛威を振るう。
しかし、魔境の王である魔王や、それに準ずる強大な魔物が相手では為すすべもないのも、また事実。
さらに、貞一に攻撃が通らないとはいえ、魔境独特の地形変化で発生した底なし沼や渦潮が発生する湖に落ちれば呼吸ができず死んでしまう。
魔法使いであるため他の冒険者と比較すれば格段に安全であるが、貞一にとって危険な場所であることに変わりはない。
命の危険。その怖さと実感を、貞一はゴブリンと魔王によって体験している。
それなのに何故、危険である魔境へ行こうなどと貞一が提案したのか。理由は二つある。
一つは冒険者という職業上、金銭を得るなら魔境へ行くのが手っ取り早く定番だからだ。
魔境には豊富な資源や食材があるほか、出てくる魔物も素材として有効活用できる。言わば冒険者にとって金銀財宝の眠るお宝エリア。
そのため、冒険者たちは名指しの依頼や旨味のある護衛任務などが無ければ、基本的に魔境探索を食い扶持としている。依頼も魔境での素材を求めるものが多いため、冒険者とは魔境を探索する者という認識すらある。
この先貞一が冒険者として生活していくならば、魔境探索は避けて通れない仕事なのだ。
貞一が魔境探索を提案した二つ目の理由。それは、純粋に冒険をしてみたいと思ったからに他ならない。
貞一も男なのだ。使い道は無い、そう決して無いのだが、しっかりと男の象徴たる一本の小剣を携えし者。
男たるもの冒険してなんぼ。未開の地、そこを探検するスリリングな体験。危険を乗り越えた先に掴む宝の山。男子というのは根底にそんな生活を望む生き物。
根っからのインドア派であった貞一だが、異世界に来てアウトドアの素晴らしさに触れ、派閥を鞍替えした。
外で食べるご飯はいつもより美味しく感じられるし、焚火は見ているだけで心が安らぐ。母なる大地の包み込むような包容力に抱かれた貞一は、身も心も染まっていった。
というより、ぶっちゃけ異世界のインドアはまったくもって充実していないのだ。スマホがあるわけもなく、インドア三種の神器であるネットもアニメもゲームもない。
こんな環境で、一体どうすればインドア生活を充実させられるというのか。シコって寝るくらいしかやることがない。
これでは刺激を求めてしまうのも必然と言えよう。魔境は魔力の影響で秘境の絶景が広がっているというのだから、なおさらだ。
『危ないと思ったらすぐに引き返す。危険を避ければ大丈夫』というM〇Xコーヒーよりも甘い考えのもと、貞一は魔境に行くことを決意したのだ。
当然、行きたいとはいえそんな危ない場所に一人でなんて行きたくない。ソロ冒険者として活動していた貞一は、雑用や薬草採取などの仕事に専念し、魔境を避けてきた。
先のゴブリンキング討伐も、戦場は魔境ではなく周辺の村落であった。つまり、貞一は未だ魔境へは踏み入れたことがない。
そんな中、接近戦最強なんじゃないのかと思うほど剣術の達人であるレリアとパーティを組んでいる。このチャンスに魔境へ行かなければ、貞一は一生インドア生活のままだろう。
そんな思惑を隠しながらの提案であったが、レリアの魔境に対する反応は良い。
それは当然だ。貞一が何も考えず冒険者になったのとは違い、この世界の住人であるレリアは、もちろん冒険者が魔境で稼ぐというのを承知の上で冒険者になっている。
冒険者になって魔境へ行かないというのは、自衛隊に入って災害現場へ行かないのと同義。危険を承知で、彼らはその職に就いているのだ。
「魔境へ行くなら、相応の準備が必要になりますね」
「そうでござるね。少なくとも今日は無理でござる」
「な、なら・・・」
仮面をしているためわからないが、貞一はレリアが期待を込めた眼差しで見ているということがわかった。
レリアのようにモデルのようなプロポーションの女性からそんな態度を取られれば盛大にきょどること間違いなしの貞一ではあるが、レリアは仮面で顔を隠さざる負えないほどのブスと認識している。
そのため、素直に鼻の下が伸びそうになりながら、けどブスなんでござるよねぇという複雑な表情を浮かべるに留まる。
「今日はレリア殿に強化魔法に慣れてもらう日でござるし、気が済むまでやっていいでござるよ」
最低な男 貞一は、レリアが欲する回答をする。今日やれることは他にないため、貞一はレリアの稽古に付き合うことにした。
「本当ですか! ありがとうございます!」
「でも休憩しないと倒れるでござるよ。今日は日差しも強いでござるし」
「わかっています!」
言うや否や水分補給をとると、ろくに食事もせずにまた稽古の続きを始めてしまう。
そんなレリアを眺めながら、『次は日傘を用意するでござるか』と思う貞一であった。




