レリア、強さを証明する
「ゴブリンがきたぞッーーー!!!」
村人が叫ぶよりも早く、レリアはゴブリンに気がつき走り出していた。ゴブリンとは距離があったが、ティーチよりも早くゴブリンとぶつかることができる距離だ。
20・・・いや、30匹はいるか。多いな。正面から衝突するのは厳しいか? ここはティーチ様を待つのが得策か?
村人達が逃げる背を庇うように、村人とゴブリンとの射線上を走りながらレリアは思案する。
魔法使いであるティーチであれば、ゴブリン程度30匹だろうと300匹だろうと関係ないだろう。ティーチからは、ゴブリンの上位種であり最悪の化身たる魔王のゴブリンキングを討伐する任務に関わったと聞いている。その時にゴブリンとは戦い、問題ないと自信を持って言っていた。
そもそも、魔法使い様であるティーチ様をゴブリン程度が傷つけることなどできないか。
魔力を持つ者であれば誰でも発動することができる魔法として、身体強化の魔法がある。効果は魔力量に依存する魔法で、魔力の低い者が発動してもあまり恩恵は得られないが(それでも十分な効果がある)、一流冒険者のような魔力の豊富な者が使えば身体機能を何倍にも増幅することができる魔法だ。
そんな魔法を魔力の桁が違う魔法使いが使えば、一体どれほどの力を得られるのか。一般的にも魔法使いが行使する身体強化の魔法は、別の魔法と言ってもいいほど効果に差があると言われている。そのため、魔法使いの身体強化魔法だけを魔法と呼び、魔法使い以外が発動する身体強化魔法は魔法ではないと呼ぶ者も少なくない。
そんな魔法使いであるティーチがパーティメンバーとしているのだ。安全を見るのであれば、ティーチと肩を並べてゴブリンと対峙することが正しいだろう。
しかし・・・
それではダメだ。ティーチ様には魔法がある。魔法など見たことないが、もし一つの魔法でゴブリンが全滅してしまえば、私の剣を見てもらう機会が無くなってしまう。
魔法使いの魔法など、レリアにとっては母が語ってくれたお伽話や冒険譚でしか知らない。骨すら残さぬ灼熱の魔法や、湖すら凍りつかせる極寒の魔法。そんな魔法が振るわれれば、ゴブリンなど抵抗すら許されず全滅するだろう。
それでは困るのだ。レリアにとってこの依頼は、レリアの有用性をティーチに見てもらうことが目的なのだ。
ティーチとはこの依頼でパーティを解散することになるだろう。魔法使いであるティーチがレリアとパーティを維持してくれると思うほど、レリアは自惚れても夢見る少女でもない。
ティーチとパーティを解散した後、レリアはまた別の冒険者とパーティを組んでもらう必要がある。しかし、このままでは前回と同様、誰ともパーティを組めずに無為な時間を過ごすことになってしまうのは目に見えている。
ならば、どうするか。
簡単だ。レリアが戦力になると分かってもらえばいい。まぁ一回くらいならと、組んでくれる冒険者が現れるかもしれない。それも魔法使いであるティーチが『使える』と言えば、効果は劇的だ。複数の冒険者たちとパーティを組めることが確実になる。
だからこそ、レリアはここで活躍しなければならなかった。
ロストの割には使えるでも、剣術も役に立ったでも、なんでもいい。自分の存在意義を剣に見出した者として、全てを剣に捧げた者として。
認めて欲しい。
私は間違っていなかったと。
母さんの剣は正しかったと。
そのために、今ここで、レリアは自分の有用性を証明する必要があった。
この数のゴブリンに突っ込むのは無謀。全匹殺す前にこちらが囲まれて殺されるだろう。しかし、囲まれさえしなければ問題ない。
レリアはチラリとティーチの方を見る。そこにはレリアの方へ疾走しているティーチの姿があった。身体強化魔法を行使しているのだろう。周囲の村人たちを置き去りに、ものすごい速さで向かってきている。
あの速さなら、私が囲まれる前にティーチ様が追いつかれる。そうなれば私の役目は終わり。ティーチ様の魔法でゴブリンたちは一掃される。
レリアは一度目を閉じ、開く。
覚悟はもとより決まっている。彼女は自分が為すべきことを理解している。
後ろの心配はない。なら、暴れるだけ暴れよう。ティーチ様の心に、私たちの剣術の爪痕を残せるくらいにッ!!!
ゴブリン達は弓を番えるが、逃げる村人か突っ込んでくるレリアどちらに矢を放つかもたついている。レリアはその隙に、ゴブリンとの距離を詰めてゆく。自分の剣が届く、絶対の距離まで。
「ギャギギギャギッ!!」
先頭を走るゴブリンは、金属を爪で引っかいたような肌をざわつかせる不快な声をあげながら、粗悪な剣を振り上げる。誰がどう見ても、素人臭丸出しの袈裟斬りだ。軌道も攻撃のタイミングも丸わかり。
しかし、その攻撃には殺意がべったりと纏わりついている。いくら小柄なゴブリンであろうとも、魔力が無く身体強化を行えないレリアが受ければただでは済まない。
真剣での殺し合い。冒険者になりたての新人にとって、最大の関門。死ぬかもしれない。その恐怖が身体を強張らせ、緊張し普段通りの動きができなくなってしまう。
だが、それは殺し合いをしたことのない新人の話。とうにその洗礼を受けているレリアは、構わずゴブリンへ肉薄する。今更迷うこともない。
ゴブリンが迫りくるレリアへ剣を振り下ろすタイミングに合わせ、急制動を掛ける。仮面を切っ先が掠るほどのギリギリで止まったレリアに対し、ゴブリンは空振りを想定しておらず剣を振り切ってしまい無防備な姿を晒した。その隙をレリアは逃がさない。
力強く地面を踏みしめ、急制動を掛けたことで前屈みになっていた身体を勢いよく起こす。力は脚から腰を伝わり上半身へ。力を余すことなく伝えられた剣は風切り音を上げながら、吸い込まれるようにゴブリンの首を薙いだ。
振り上げられた剣とともに、ゴブリンの頭が宙を舞う。断面から血を噴水のように噴き出しながら崩れる身体を横目に、レリアは止まらない。
振り上げた剣をそのままに、近くにいる別のゴブリンへ向け、地を蹴り大きく踏み込む。標的となったゴブリンは振り下ろされる剣を受けとめるため、水平に構えようと持っていた粗悪な剣を持ち上げる。
が、間に合わない。踏み込みとともに振り下ろされた一閃は、剣を握りしめた腕を根元から切断した。
ビタリッと止めた振り下ろした剣から、ゴブリンの血が一文字に地面を汚す。その上へ、切断された腕から流れる血が水たまりのように広がってゆく。
綺麗な切断面。それを成しえるのは、レリアの技量が高いことも当然であるが、母親から受け継いだ剣による所が大きい。
この世界における剣とは、叩き斬るものがほとんどである。刃の厚みは分厚く、斬るというよりも叩き潰すように使う者も多い。
これは、戦う相手が魔物であることに起因している。ゴブリンは弱く包丁でさえ殺せるが、他の魔物たちは違う。堅牢な鱗に覆われた魔物や、硬質な毛皮に身を包む魔物のように、防御に優れた魔物は数多く存在する。
そんな魔物に対し、日本刀のような鋭利で斬ることに特化した剣で立ち向かうのは容易ではない。攻撃が弾かれれば刃こぼれをおこし、何匹も斬れば血脂や毛が絡まり切れ味は落ちていってしまう。
そして何より、技術が必要となる。扱う技術もさることながら、手入れの手間も製造の難易度も含め、総じて使い勝手が悪い。逆に、刃が分厚く重厚な剣は、たとえ切れ味が落ちようとも、その丈夫さを活かし叩き潰す攻撃が可能となる。例え堅固な鱗に守られていようと、斬れはせずとも衝撃は鱗を通して与えることができる。
極めつけに、この世界の戦い方は、魔力によって身体能力のフルブーストを行うことが前提とされている。それにより、刃を厚くすることによって生じる重さのデメリットは問題にならず、むしろ重さを活かして叩き潰すことさえできるため、メリットにさえ成りえた。
故に、この世界では切れ味に特化した武器ではなく、叩き斬ることに特化した武器が主流となっていた。
何故このような話しをしたかというと、レリアの剣が切れ味に特化しているからだ。対魔物では、確かに刃が分厚い剣の方がメリットはある。しかし、それはあくまで存分に振り回せるだけの強化魔法を扱える、魔力があってこそ輝く代物。魔力無であり、鍛えているとはいえ細身のレリアでは、重量のある分厚い剣を上手く扱うことは難しい。
そこでレリアが、・・・いや、レリアの母親が辿り着いた答えが、鋭利な剣。
敵の関節や脆い場所を見極め、神速の一閃で斬り飛ばす。敵は選ぶものの、もとよりロストでは全ての敵と渡り合えるわけもなく。汎用性を捨て、特化型に研鑽を積み上げた集大成がレリアの剣術。
しなやかで強靭な筋肉を鞭のようにしならせ、増幅させた力を余すことなく刃へ伝える。体重移動、重心の取り方、間合いの把握、反射神経、瞬発力。全てを兼ね備え、それでもなお常に自分を高め続けた。慢心など、ロストであるレリアができようもなく。だからこそ、辿り着いた極致。
しかし、その極致へ至って、ようやく低ランクの魔物と渡り合えるレベル。魔力さえあれば、そのような修練も技術も必要無し。身体強化の魔法を施し力任せに剣を薙げば、レリアが倒せないような魔物であろうとも一刀のもと叩き潰せる。
魔力を使えば簡単に強さを手に入れられる世界。そんな世界だからこそ、辛い修練の果てに手に入れられる僅かな強さは魅力が無く、鋭利な剣同様、廃れていくのは自明の理。
強さの象徴である貴族が魔力によるごり押しの戦いで、弱さの象徴であるロストが剣術による戦いなのだ。その道の頂点を参考にするのはどの世界も同じであり、最底辺を模倣する奇特な者などいるはずも無し。
そんな時代錯誤を絵にかいたようなレリアは、血を噴き出し暴れまわる片腕のゴブリンを無視し、矢を番えているゴブリンたちへ走り出す。
村人かレリアどちらに矢を放つかもたついていたゴブリン達だが、ここまでくれば迷うこともない。一斉に引き絞った矢をレリアめがけて解き放つ。
対するレリアは、矢などお構いなしに突貫する。弓の角度からおおよその矢の軌跡を読み取り、矢を避けるように疾走する。レリアの高い戦闘センスが、感覚で安全地帯を見分けていく。
躱し切れない最低限の矢を叩き落とし、弓兵を護るように立ちふさがる3匹のゴブリンを射程に捉えた。
盾を構えレリアの攻撃を防ごうとするゴブリンだが、体格の差が如実に表れる。レリアは盾を前面に押し出すゴブリンの真横へ回り込み、ゴブリンが反応するよりも早く振り抜くような一撃をもって首を刈り取る。リーチも踏み込む距離も劣るゴブリンの防御を掻い潜るなど、レリアにとっては児戯にも等しかった。
レリアは動きを止めることなく、流れるように隣にいたゴブリンの首も刎ねる。
「ギギャアァ!!!」
しかし、ゴブリンもやられてばかりではない。首を刎ねた後の無防備になったレリアの側面から、1匹のゴブリンが襲いかかる。
防御を無視した文字通り必死の攻撃だ。上段から振り下ろされた攻撃が、無防備に空いたレリアの側面へ迫る。
だがレリアは焦らない。ゴブリンの攻撃を剣で受けつつ横へ逸らすことで、受け流すことに成功する。
「ガギガッ!?」
攻撃を逸らされたゴブリンは勢いを殺せず、レリアに対しお辞儀をするように下を向いてしまう。まるで介錯を行うように、レリアは晒されたうなじへ剣を滑り込ませ、首を落とした。
何故、毎回首を落とすのか。ティーチに自分の技術を見せつけるためではない。それが最も早くゴブリンを殺す方法だからだ。
レリアの力では、身体を真っ二つにするにも頭をカチ割るにも膂力が足りない。するにしても、1匹処理するのに時間がかかり過ぎてしまう。
首を落とすよりも簡単に殺す方法としては刺し殺す方法が挙げられるが、これも同様刺して抜いてと繰り返す動作が時間を食う。かといって、腕を斬ったり肉を斬る程度ではゴブリンは死なず、結果無数の傷だらけのゴブリンを生むだけだ。
だからこそ、致命傷であり確実に殺せる首を刈るのだ。首を刈るなら、足りない膂力も時間も必要ない。必要なのは圧倒的な技量であり、レリアが唯一持ち合わせているものだ。
3体のゴブリンを殺したところで、どうやらタイムリミットのようだ。他のゴブリンたちが再度矢を番え、レリアめがけ放たれる。
レリアは殺したゴブリンを蹴り上げ盾にし、後方へ跳躍し矢を回避する。後方へ下がる際、ティーチがすぐ近くで待機していることを確認する。
魔法を撃つのに私が邪魔だったのだろう。ティーチ様の性格から、ゴブリン共々魔法で攻撃されることはないと思っていたが、良かった。
魔力至上主義のこの世界において、魔力無の人権などあってないようなもの。いつまでもチマチマとゴブリンと戦っていたら、業を煮やしたティーチが攻撃魔法を放てばレリアもただでは済まなかった。
ゴブリンとは距離もとってしまった。まだやれるが、この辺りが頃合いか・・・。後はティーチ様が私の戦いを見て、少しでも評価してくれることを祈るだ――――
ドグンッッッ
後退しようと下がりかけたレリアに、それは訪れた。
まるで道を歩いていたら雷に打たれたように、歩いていたら突然後ろから刺されたように、いつも通りの生活を送っていたら脳の血管が切れて立ち上がれなくなったように。それは、本当に突然やってきた。
力の本流。
全容すら掴めぬほど巨大な何かから流し込まれる、圧倒的な力。全てを平伏できそうなほどの魔の力。この力が神の力だと言われれば、素直に納得できるほどの全能感。
それがレリアに注がれる。
あまりの衝撃に思考は追い付かず頭は真っ白になり、目に映る光景にはバチバチと閃光が迸る。考えられぬ頭で、ただ本能が叫んでいる。
知っている。
私はこの力を、使い方を知っている。
それは遥か昔の祖先の追体験。細胞に刻み込まれた記憶が、レリアにどうすればよいのか教えてくれる。
瞬間。
レリアは後退しかけた足に魔力を纏わりつかせ、ゴブリンの群れ目掛け駆け抜ける。
ゴブリン達が止まったように遅く流れる時の中、レリアは早送りのように疾走する。その様子はまるで、陸地に打ち上げられた魚が海へ還るように、ようやく自分の生きる世界へ辿り着いたようであった。
思考が停止している中、本能だけで身体を動かす。目の前のゴブリンたちを殺すために。
最初の数匹は今まで通り首を刎ねた。止まっている敵の首を刈るなど、レリアにとって造作もないこと。
そしてレリアは気づく。この力を剣にも纏えば、ゴブリンなど刃こぼれもせずに一刀両断できるな、と。
そして、魔力を剣に纏わせる。初めて触れる力のはずなのに、何故か生まれた時から共にしたこの身体の様に、想像通りに扱える。
剣に魔力を纏わしたレリアは、ゴブリンを数匹まとめて横一文字に切り裂いてゆく。
先程までのゴブリンとレリアの戦いが子供と大人の戦いであったならば、今は死刑囚と処刑人。戦いではなく、一方的に命を摘み取る作業のようなもの。
瞬く間に死んでゆく仲間に怯えたゴブリンたちは逃げ出すが、レリアにとっては同じこと。逃げる背中を横に撫でれば死んでゆく。
そして、逃げ惑うゴブリンも最後の一匹となる。一歩踏み出すだけでジェット機のような加速を体現するレリアは、最後のゴブリンを始末するため力強く踏み込む。
しかし、突然得られたその力は、唐突に終わりを告げる。
全身に迸られていた力は綺麗に霧散し、後に残るのは鈍重な、肉体に依存した自分の力のみ。天と地よりも余りあるほど大きなギャップに身体はついて行けず、レリアはつんのめるように転がった。
地面にぶつかる痛みも、転がったことで揺れる三半規管の不快感も、全てがいつも通り。レリアの頭は事象の整理について行けず、土に汚れた身体を持ち上げ、目の前にいる追いつめたはずの最後のゴブリンを、呆けるように見上げることしかできなかった。
先程まで自分たちを殺しつくした悪鬼のような存在。それが今、目の前に転がり無防備にこちらを見上げている。ゴブリンは逃げるのを止め、握りしめた剣を振りかぶる。
その様子を茫然と見やるレリアの耳に、何事か叫ぶティーチの声が聞こえてきた。
そして、目の前のゴブリンは臓腑をぶちまけ爆裂四散した。




