ブサイク、依頼に勤しむ
細いあぜ道のような街道を、2人の冒険者が歩いている。
一人は縦にも横にも大きなブサイク。鈍重そうな見た目をしているが、魔力による身体強化のおかげで足取りは軽い。武器として槍を背負っているが、とても扱えそうには見えない。むしろ長物のため周囲の仲間を誤って攻撃しそうである。
もう一人はスレンダーな体つきの白髪の女性。指通りの良さそうな純白の髪を、邪魔にならないように短く切り揃えている。しなやかな筋肉をつけたスレンダーな体形は、褐色の肌と相まって見る者に健康的な印象を与えてくれる。健康的な美は内包した力強さも感じさせ、まるで戦を司る女神の彫像のような美しさがあった。
美しいのは体形だけではない。彼女の所作一つとっても美しいのだ。綺麗に伸ばされた背筋に、歩く動作の腕の振り方までも目で追ってしまうほど洗練されていた。武道を極めた者特有の軸がブレない歩き方は、惚れ惚れするほどだ。
そんな彼女の後姿を見れば、100人が100人美人だというだろう。なんなら早歩きで追い越して何気ない風を装い顔を拝みたくなるほどだ。
しかし、彼女の顔を見ることは叶わない。なぜなら、彼女の顔は飾り気のない仮面で覆われてしまっているからだ。口元すら隠す仮面は、絶対に素顔を見せないという彼女の意思の表れだろう。だが、逆にその仮面が彼女の素顔に興味を抱かせ、美人を想像させる道具となっていた。マスク美人と同じ原理だ。
そんな二人が肩を並べて歩いている。
男は身体強化の魔法のおかげで疲れることもなく、女の歩幅に合わせるそぶりすら見せずにドスンドスンと歩いてゆく。一方、女は強化魔法を使っていない。しかし、決して足場の良い道ではないにもかかわらず、重心も軸もブレることなく男に合わせて歩いている。
女性に限定することでもなく、一緒に歩く相手に合わせて歩くスピードを調整するというのは、エスコート以前の問題だ。そういった配慮ができないあたり、男の対人スキルが乏しいことを物語っていた。
君のことだぞ。童貞全一、略して貞一君。
身体強化でバフのかかっている貞一の速度もあってか、依頼先の村へはお昼前にたどり着いた。それでも数時間は歩いていたのだ。身体強化が無ければ貞一がこの村につくのは3日後であっただろう。身体強化魔法のありがたみがわかるというものだ。
「むむ? なんだか様子が変でござるねぇ」
田畑に囲まれた家屋。暖かな日差しが降り注ぎ、家畜の鳴き声がのどかな田舎を思わせる。時刻は正午で、普段なら村人は畑仕事を行っている時間だろう。
しかし、今は村の周りを囲うように男たちが徘徊していた。手には農具や木の槍、質の悪そうな剣を握っている。
警戒態勢中という言葉がぴったりの状況だ。
「ゴブリンが現れたので、きっと警戒しているのでしょう」
「ああ、それもそうでござるか」
ゴブリンは怖いでござるからねぇと、貞一は納得して村へ進んで行く。
「待て! お前たちは冒険者・・・だ・・・な?」
警戒中の村人に呼び止められる貞一たちだが、貞一の顔を見るや否や村人の顔が驚愕していった。
貞一はそんな対応には慣れた様子で、村人に応える。
「そ、そうでござる。冒険者でござるよ」
少しつっかえはするが、問題ない返事。貞一のコミュ力は確実に上がっていた。
「す、少し待っていてくれ。すぐに村長を呼んでくる」
村人は血相を変えて村長がいるであろう村の中へ走っていった。
そんな逃げるようにいかなくてもいいと思うんでござるよ。確かに拙者はブサイクでござるが・・・露骨すぎでござるよ。拙者この村を救いに来たのに・・・。そもそも、こんな田舎の村人がイケメンってどういうことでござるか・・・。ネスク・テガロに派遣して顔面偏差値上げてほしいでござるよ・・・。
ブツブツと文句を言っていると、すぐに村長らしき初老の男性が走ってきた。相当急いできたのか、肩で息をしながら呼吸を整えている。
「ぼう・・・ぼうけッ・・・はぁはぁ、冒険者の方だね?」
「そうでござる。ゴブリン退治の依頼で来たでござるよ」
「おおぉ!! ありがたい! 助かったよ」
村長はゴブリンに相当悩まされていたようで、ほっと胸をなでおろし安心している。
「実は昨夜、うちの若いのがゴブリンに殺されましてな」
「ええ!? そ、それは・・・」
「あぁ。馬鹿な男だ。畑を守ると言って返り討ちにあうなんて」
こういった場面でなんとコメントをすればいいのかわからない貞一は、とりあえず黙ることを選択した。
「あれだけ手を出すなと言っていたのだが・・・。ご存知の通り、ゴブリンは食材を盗むことはあるが、村を襲うことは滅多にない」
知りませんとは言えない貞一は、ここでも無言を選択し、とりあえず頷いておく。
「ゴブリンも村を襲う危険性を理解しているからな。畑の端から盗みを働く程度で、村には近寄って来ない。が、村人が弱いと知ったゴブリンは違う」
話が読めてきた貞一は、納得した顔で相槌を打つ。
「村人、それも若い男を殺したことで、ゴブリンはこの村が大したことはないと判断するだろう。そうなれば今日にでも・・・」
「この村は襲われる、でござるね」
美味しいセリフだけを喋る貞一。どや顔がうざい。
「その通りだ。いつもは見つからないように夜更けに現れるゴブリンも、今日は日中に来て攻めてくる可能性が高い。だから、こうして村を上げて警戒しているんだよ」
なんと。ゴブリンはいつも夜に来るのでござるか。たしかに盗むだけであれば夜の方がゴブリンも安全でござるよね。ちょっと考えればわかることでござるなぁ。日帰りのつもりでござったし、昨日村人が襲われたのはナイスタイミングでござるね!
人が死んでいるのに不謹慎極まりないことを思う貞一。貞一にとっては見ず知らずの人間が殺されたところで、割とどうでもよいのだ。そもそも、貞一は『通り魔に刺され男性死亡』というニュースを聞いた程度の認識で、死んだ男に感情移入はできなかった。
「まったく。少しばかり収穫が減るのを我慢すれば、こうして冒険者の方が来てくれるというのに・・・。無駄死にをしおって。あのバカめ」
村長は死んだ男に悪態をついているが、貞一にはその様子がどこか悲しそうに見えた。
「おっと、いかんいかん。着いたばかりで申し訳ないが、すぐにでも警備の連中と合流して警戒してほしいのだが・・・」
貞一を見て何か言いよどんでいる村長。その様子を見て、コミュ力の成長著しい貞一は、日本人特有の空気を読む能力ですぐに察することができた。
「自己紹介がまだでござったね! 拙者はティーチでござる。アイアン級の冒険者でござるよ」
「ティーチさん、よろしく頼むよ」
村長は笑顔でティーチを受け入れた。
「そしてこちらが拙者のパーティメンバーの・・・」
「レリアだ。私もアイアン級の冒険者だ。よろしく頼む」
そう言って、レリアは貞一の巨体で隠れていた場所から一歩前へ出て、姿を現した。
今までずっと貞一が喋っていたのは、レリアが隠れるように貞一の陰に引っ込んで黙っていたからだ。貞一はコミュ障の気持ちが人一倍わかるため、レリアを庇い矢面に立って村人たちと話していた。
ほとんど同期ではあるが貞一の方が冒険者として先輩であり、かつ女性でもあるレリアのために貞一にしては逃げずに頑張って対応していたのだ。貞一は紳士な男なのだ。
貞一の陰に隠れていたことで、村長はレリアを認識していなかったのだろう。急に表れたレリアに驚いた様子を見せたが、次第にレリアのいでたちを見て怪訝な表情を浮かべ始めた。
そして・・・
「アイアン級で・・・ロスト? 冒険者ギルドは何をやっているんだ? 本当に大丈夫なんだろうな・・・」
ブツブツと文句を垂れる村長。本人は独り言のつもりだろうが、しっかりと貞一たちにも聞こえていた。
「安心するといい。私は確かにロストだが、ティーチ様は魔法使い様だ。ゴブリンごとき問題ない」
人の悪意に激弱な貞一は村長のその態度の変化に委縮してしまい固まってしまっていたが、レリアは貞一の前に歩み出て、凛とした美しい声で村長の不安を吹き飛ばす台詞を吐いた。
貞一はレリアの背中を見ながら、「イケメンでござる。コミュ障だと思ってすまなかったでござるよ・・・」とレリアの評価を爆上げした。
「ま、魔法使い様だって!?」
驚愕と恐れが入り混じる表情で、村長は貞一を見た。この世界での魔法使いは貴族を指し、こんな辺鄙な村にはまずやってこない。
先程までの自分の態度を思い出し、村長はどう謝罪し如何にこの場を切り抜けるべきか思考するが、村人とそう変わりない村長程度では良案が思いつくことは無かった。むしろ下手に考えてしまったことで頭がフリーズし、フラフラと貞一とレリアに視線を彷徨わすだけであった。
「拙者は魔法使いでござるが、貴族ではないでござるよ。ゴブリンなら問題なく倒せるでござるから、安心して任せてほしいでござる!」
貞一も魔法使いは珍しいということを学んでいるため、慣れた様子で返答する。
「そ、そうなのか? あ、いや、そうなんですか?」
「敬語もいいでござるよ」
「そ、そうか・・・。すまんな。あまり畏まった喋り方は苦手でな・・・。それじゃあ警備の連中のところに行こうか」
貴族でないことに安心したのか、戦力的に問題ないことで安心したのか、村長はにこにこ笑顔で貞一を警戒している村人たちへ合流させた。
◇
貞一が警備のために畑の周りを歩き始めて半刻が経ったか経たないかのころ。夜を待たずして、お目当てのゴブリンは現れた。
「ゴブリンがきたぞッーーー!!!」
遠くの方でゴブリンを発見した村人が叫んでいる。村自体は小さなものだが、畑は大きい。それをカバーするように警戒していたため、ゴブリンが現れた位置と貞一の距離は遠かった。逆にゴブリンの位置はレリアのすぐそばで、レリアは貞一よりも先にゴブリンと戦うことになるだろう。
ゴブリンの数は遠目から見て30匹程度。ゴブリンキングと戦った時程うじゃうじゃはいないが、それでも30匹は多い。
粗悪ながらも武装した敵だ。農具で戦えば村人側にも結構な被害がでていただろう。村人側の戦力である男たちは20人足らずのため、最悪村が壊滅していたかもしれない。
貞一はぶるんぶるんとふくよかなお腹を揺らしながら、ゴブリンのもとへ走ってゆく。
貞一は焦っていた。よりにもよって、ゴブリンはレリアの近くに現れたからだ。
ゴブリンを討伐する依頼を受けているからといって、レリアはアイアン級の女性だ。冒険者として先輩であり男である貞一は、レリアを護ってあげようと思っていた。魔法使いの自分ならゴブリンの攻撃は効かないし、魔法を使えば瞬殺できるためだ。
いや、違う。それは本心ではない。護ってあげたいという気持ちは嘘ではないが、貞一の本音はもっと別にあった。
〝カッコいいところを見せたい。″
そう。貞一はカッコつけたかったのだ。数多のゴブリンを『くぁwせdrftgyふじこlp』によって瞬殺し、頼れる先輩冒険者を演じたかったのだ! ゴッドから授かったチートを思う存分見せつけたかったのだッ!!!
たとえ見せつける相手が顔を隠すほどのブスであろうと、貞一はカッコつけたかったのだ。それは今まで何をしてきても評価をされてこなかった自分が、この世界に来て唯一自慢できる力であったから。仲間に褒めてもらいたかったから。
そんな貞一は、自分の活躍の場がなくなってしまうという焦りから、必死に走った。
「なっ!? みんなどこ行くでござるか!!??」
しかし、貞一の焦りは自分の活躍の機会損失から、レリアの身を案じる本気の焦りへと変わった。何故なら、警戒にあたっていた村人たちが、レリアを置いて脱兎のごとく逃げ出しているからだ。
彼らは村人とはいえ、日夜畑仕事で鍛えられている男たちだ。農具を持った姿は貞一よりも数段頼りになる見た目をしている。
しかし、そんな男たちは逃げていた。それはもう見事な逃げっぷりである。武器こそ手放さないが、わき目も振らずに村へ向かって走っていた。その後ろ姿は、『ゴブリンを倒すのはお前たちの仕事だ! 後は任せた!!』と雄弁に物語っている。
当然と言えば当然で、依頼を受け報酬を受け取るのだから、貞一たちが命を張ってゴブリンを倒すのが筋だ。女だろうが子供だろうが、この世界には関係ないのだ。貞一の考えは、平和な日本人の思考だ。
そして、貞一がフゴフゴと全力ダッシュしながら本気で焦っている理由はもう一つある。それは、逃げ行く村人とは逆に、レリアがゴブリンに向かって突貫していったからだ。
貞一が来るのを待てばよいものを、迷う素振りすら見せずにレリアは走り出していた。
『ゴブリンを見つけたら、まず私に戦わせてほしい』
ゴブリン警備に着く前に、レリアが貞一にお願いしてきた内容だ。自分の剣術を、戦いを見てほしいと、彼女は言っていた。なので、貞一は2~3匹を残すように魔法で殲滅し、ドヤ顔でレリアに手番を譲ろうと考えていた。
2~3匹とはいえ相手は殺す気でかかってくるのだ。女性に相手させるのには気が引けたが、冒険者になるのならそれくらいは出来ないといけないでござるよ! なんて先輩ヅラをしていたし、レリアの剣術を見て見たいという気持ちもあった。
「レリア殿ーー!! ま、待つでござる! 早まってはいけないでござるよ! 拙者が行くまで待つでござるーーー!!」
貞一は必死に声を上げるが、レリアには届かない。
もうダメでござる! ぶつかってしまうでござるよ! せめて拙者が追いつくまで持ちこたえれば、後は拙者の魔法で!
レリアとゴブリンがぶつかる瞬間、思わず貞一は目を固く瞑った。視界を閉ざした貞一に聞こえてきたのは、レリアの苦悶の声でも、武器同士がぶつかりある剣戟の音でもない。金属が軋むような、聴く者に不快感を与えるゴブリンの叫び声であった。
「え・・・?」
貞一はパチクリと閉じていた目を開き、レリアを見る。そこには一瞬のことであったにも関わらず、ゴブリン1匹の死体と、武器を握りしめた腕を斬り落とされ叫んでいるゴブリンがいた。
レリアが怪我を負った様子は無い。
「・・・ふむ」
貞一は意味深に頷くと、止まっていた足を動かす。レリアがゴブリンよりも強いことはわかったが、数は圧倒的にゴブリンの方が多いのだ。先程までの焦りは和らいだが、必死に魔法の射程圏内に入るべくダッシュする。
貞一が走っている間も、ゴブリン達の攻撃は止まらない。仲間がやられたことで前衛のゴブリンはたじろぐが、逆に後方にいたゴブリン達がレリアに向かって弓を引き絞る。一斉に放たれた矢は、前衛ゴブリンとの距離を詰めるべく前進したレリアに殺到した。
「危ないでござる!!」
もうダメだと、貞一は声を上げる。しかし、レリアは止まらない。
矢を避け、叩き落とし、今度は3匹のゴブリンの首を跳ね飛ばした。
レリアに向かって放たれた矢はレリアに掠りもせず、腕を斬り落とされたゴブリンに止めを刺すだけであった。
「・・・ふむ」
貞一はさも当然という風に取り繕いながら頷くが、周りには取り繕った姿を見せる相手などいないため意味がない。それくらい貞一は動揺し、レリアの動きに見惚れていた。
綺麗であった。
大剣を豪快に振り回す炎龍の牙のガドのような剣でもなく、敵の攻撃を盾で弾き安全に確実に止めをさす蒼剣やシャドーフォレストのような剣でもなく、身体強化に任せて防御を無視した治癒姫のような剣でもない。
流れるような太刀筋。無駄を削ぎ落とし、最適化された体捌き。合理的で洗練された現代格闘技のような剣術。
それを見た感想は、強いでもカッコイイでもない。
綺麗。ただただ綺麗な剣であった。それは剣舞のようでもあり、殺すために磨き抜かれた剣であった。
「・・・あっ。忘れてたでござる」
思わず呆気に取られていた貞一は、そこでレリアに身体強化の魔法をかけていないことに気が付いた。身体強化の魔法さえかければ、ゴブリンの攻撃は通用しないことは身をもって体験している。
走り続けたことですでに爆裂魔法も射程圏内に入っているが、貞一はまだまだレリアの剣術を見ていたいと思い、安全のためレリアへ身体強化の魔法を施すことにした。
「【オウフ】」
こんな呪文名になってしまった原因たる受付嬢を苦い気持ちで思い出しながら、貞一は身体強化魔法の呪文を唱える。
そして、レリアが消えた。




