ブサイク、パーティで依頼を受ける
良く晴れた心地の良い朝。太陽もすっかり顔を出せば、この世界にとっては仕事を始めるには十分な時間だ。
往来には忙しなく人が行きかい、店先では威勢のよい掛け声を上げ、店主が隣の店と張り合っている。仕入れから戻ってきたのか大きな荷物を携えた馬車を引く者や、逆にこれから出かけるのだろう大きな荷物を背負った者は門の方へ歩いて行く。
この世界ではいたって普通の日常な風景で、一か月もこの街で過ごした貞一にとってはもはや見慣れた風景だ。
しかし、何故だろうか。今日に限っては、そのなんでもない光景がやけに鮮明に映って見えた。いや、色づいて見えるというべきか。
昨日も同じ晴れだったのに、今日の空は澄み渡るように蒼くみえる。道の脇に生えている雑草も、今日はなんだか力強い生命に満ち溢れているようだ。道行く人々は皆笑顔を携えているようにすらみえるのは、キラキラ光る陽光のせいだろうか。視界は広く、まるで自分の世界が一気に広がったような錯覚におちいる。
体調も申し分ない。昨夜は大きな心配事が解消されたことで、この世界に来て一番の快眠であった。そのおかげで体調はすこぶる良好。宿に戻って丹念に手入れをした武器と防具はピカピカの新品のようで、いつもよりも気合が入っている。
気合が入っているのは武器だけではない。たるんだ頬をきりりと引き締め、貞一なりに精一杯の凛々しい顔をしている。が、すぐに元に戻ってしまった。宿から出て気合の入った顔をしていたが、普段使わない表情筋を使ったことで肝心の目的地に着く前に疲れてしまったようだ。とりあえず目的地までは休憩しようと、いつものコミカルなブサイク面に戻しておく。
貞一がやる気に満ち溢れているのには理由がある。
事の発端は薬草を納品しに冒険者ギルドへ行った時だ。受付の列に並ぼうとしたとき、女性からパーティを組まないかとお誘いを受けたのだ。声をかけてきたのは超絶美人な凄腕冒険者・・・ではなく、残念ながら仮面で顔を隠さざるおえないほどのブスな新人冒険者であった。
しかし、それでも貞一にとっては初めてのパーティであった。嬉しくないはずがない。
そもそも、貞一はここ数日悩んでいた。ネスク・テガロで冒険者になり早数週間。それだけの間貞一は冒険者として活動していたにもかかわらず、一向にパーティに誘われなかったのだ。
アイアン級の冒険者はすぐにパーティを組んでは解散し、組んでは解散しを繰り返すもの。そのことは冒険者ギルドでアイアン級冒険者同士のやり取りを見ていればすぐに分かった。
だからこそ、自分から誘うことができない内気でシャイなコミュ障である貞一は、きっとすぐに誰かが声をかけてくれるはずだと待っていたのだ。時には何の用事もないのに冒険者ギルドをぶらぶらと不審者の如くうろつくことさえした。
しかし、結果は誰も貞一をパーティに誘うことは無かった。
もちろん、美人とパーティを組むという、大いなる野望を胸に抱いていた。しかし、誰にもパーティに誘われないというのは、堪えるものがある。
貞一は悩んでいた。ああ、ここでもやっぱり拙者は嫌われ者なんでござるね、と。魔法使いだなんだとはやし立てはするでござるが、それでもパーティとして一緒には過ごしたくないんでござるね、と。
魔法使いといえども、冒険者は危険な仕事が多い。森に入って遭難してしまえば、魔力がいくら多かろうと関係ないのだから。貞一のような冒険者としての知識のかけらもない人間にとっては、早急に他の冒険者とパーティを組む必要がある。
炎龍の牙や蒼剣、シャドーフォレストたちからのアドバイスもあり、貞一は冒険者としての生活は順調であった。しかし、誰も貞一に近づいては来なかった。
そんな時だ。普通の冒険者に声をかけるようにパーティに誘われたのは。
声をかけてくれた新人冒険者―――レリアは、同じブサイクのため貞一に声をかけやすかったのだと本人は思っている。
なんせ、あれだけいる冒険者の中でわざわざ貞一に声をかけてきたのだ。ブサイク同士は話しやすい気持ちがわかるだけに、貞一は快くパーティの誘いを受け入れた。
貞一も冒険者として活動し始めたころは、可愛い女冒険者とパーティを組みたいでござるなぁなんて考えていた。けれど、可愛い女冒険者どころか男ですら貞一にパーティの誘いを出さないのだからすぐに現実を思い知ったものだ。
それでも、可愛い女冒険者のいるパーティに入れるよう頑張ろうと思っていたが、まずは同じブサイク同士から始めるのも一考かと思い至ったのだ。
それにしても、レリア殿は剣術を嗜んでいるとは驚きでござったなぁ。とても冒険者っぽいでござる。剣術を使っているところを見てみたいでござるね。楽しみでござる。
昨夜は、パーティとして活動するための懇親会として、貞一とレリアは一緒に夕食を食べに行った。いくらレリアがブスで話しやすかろうとも、もともとコミュ障の貞一にとっては会話を続けること自体難しい。それはレリアも同じだったようで、ガドたちと話していた時には感じられなかった微妙な間ができていた。気まずい沈黙というやつだ。
そんなときでも、貞一は頑張った。初めてのパーティなのだ。ここでがっかりされて依頼に行く前に解散になったら目も当てられない。貞一は昔取った杵柄とばかりに、Go〇gl先生で学んだ合コン質問100選を思い出しながらなんとか会話を取り持つことができた。
女性と二人きりでディナーを成功させるなんて・・・拙者、成長著しくないでござらんか!? 順調にコミュ力が上がっている気がするでござるよ!
実際、貞一のコミュ力は上がっていた。日本にいたころは声を出さな過ぎて、警備員におはようと声をかけられたとき、とっさに挨拶を返せず「ぁ、ぉあ」と意味わからない言葉を発してしまうほどだったのだ。
喉を使わな過ぎて声すらでなかった貞一。そんな貞一が、仮面で顔を隠すほどのブスであろうとも女性と二人で会話をし、楽しく食事をとることができたのだ。これにはゴッドも貞一の成長にスタンディングオベーションしていることだろう。
デュルフフフ。これならいざ可愛い女冒険者とパーティを組んだとしてもやっていけるでござるね! レリア殿を練習台に、しっかりコミュ力を磨くでござるよ!
冒険者としてのパーティなのだから、コミュ力ではなく冒険者として生き残る術を学べとツッコみたくなるが、それはそれ、これはこれなのだ。貞一の野望はあくまで美人な嫁をゲットすること。アイアン級では危険な依頼は少ないため、少しくらいは野望のために努力することも許されるだろう。
「ティーチ様、ちょうどいいタイミングでしたね。おはようございます」
後ろから声をかけられた貞一は振り返ると、飾り気のない仮面をつけたレリアが立っていた。
顔をすっぽり覆うことのできる仮面は昨日見たまま。見づらくないかと聞きたいところではあるが、コンプレックスを隠すために被っているのだろうしツッコまれたくないだろうと、貞一は仮面にふれない。
「おはようでござるよ、レリア殿。昨日は楽しかったでござる」
「ええ、こちらこそ楽しかったです。ご飯も美味かったですしね」
しっかりと挨拶を交わす二人。昨日の食事会でお互い打ち解けたのか、余所余所しさは見られなかった。
あの料理は素晴らしかっただの、どんな依頼を受けようかなど、二人は他愛もない会話に花を咲かせる。すぐに冒険者ギルドへ到着し、パーティらしく仲良く中へ入っていった。
「おい、あれって・・・」
「噂は本当だったんだな・・・」
「嘘よ! なんであんなブスと・・・!」
レリアと貞一がギルドへ入った途端、混雑している場所特有のがやがやとした喧騒が止み、代わりに貞一とレリアを遠目に見ながらざわざわとさざ波のように静かな混乱が漂いだした。周囲の目に敏感な貞一は、すぐさま騒ぎの中心は自分だと気が付いた。
むむ!? な、なんでござるか? 注目されているでござる・・・。拙者、この視線には覚えがあるでござるよ。これは・・・。
貞一は自分に向けられているこの視線を、散々日本で味わった相手を蔑むようなあの冷たい―――
あれ? 変でござるぞ? たしかに拙者たちが注目の的になっているでござるが・・・あの冷たい視線じゃないでござ・・・る?
視線の大半は貞一が感じたことのないもの。その正体は困惑。
冒険者たちは、あの災厄の権化ともいえる魔王討伐の依頼をこなした魔法使いの貞一と、浅黒い褐色の肌に老婆のような白髪の見るからに魔力が完全に無いロストのレリアが一緒にいることに、ひどく混乱していた。
貞一たちがパーティを組んだという話は、昨日のうちにすでに知れ渡っている。情報一つで生死を分けることもある冒険者たちは、この手の情報にも敏感だ。SNSでもあるのではないかと思うほど、疾風のように噂は駆け巡っていた。
だが、多くの冒険者たちはこの話を信じてはいなかった。噂の確証は高くとも、理解できなかったのだ。魔法使いという高貴な者が、ロストという下賤な者とパーティを組むなんて。
冒険者たちは貞一とレリアが一緒にいる現場を見ても納得はできず、貞一の真意を測りかねているからこそ、混乱した様子で貞一たちを眺めていた。その中の一部には嫉妬している者やロストを見下している者もいるが、そんな者はごく少数。やはり一番は困惑、混乱の視線が多いだろう。
「うっ・・・」
レリアはその視線に一瞬怯えた様子を見せるが、ちらりと貞一を窺うと周囲の目線など一切無視してしっかりと前を向きながら依頼が張り出されている掲示板へ向かっていった。
貞一はレリアの様子から何かを感じ取り、黙って後ろをついて行く。
やっぱり、レリア殿は過去に相当ひどい目に合わされてきたのでござろうな。あの怯えた様子・・・。拙者と同じくらい・・・いや、ここは異世界でござる。もっと酷い目に合っているかもしれないでござるよ。
周囲からの不躾な視線に対する怯えた様子から、貞一はレリアの過去を幾ばくか読み取ることができた。それは同じ境遇だからこそ通じ合えるものであった。
掲示板に着くと、レリアはとても真剣な顔で依頼書を見比べていた。周囲の眼があって居づらいからと、適当に依頼を選ぶつもりは微塵もなさそうだ。貞一もレリアも同じアイアン級のため受けられる依頼はたかが知れているが、貞一はレリアの真剣さが嬉しかった。
貞一にとって、これがパーティで受ける初めての依頼なのだ。荷物運びとか警備の仕事ではなく、せっかくなら街の外に出て冒険者らしい仕事がしたいと思っていた。
「たしか、ティーチ様は薬草採取や警備の依頼がメインと言っていたな?」
「そうでござるよ! 拙者薬草ならいい場所を知ってるでござる!」
貞一もまだ冒険者になって日も浅いため、薬草採取も警備の仕事も数度しか行ったことがない。森に入れれば珍しい薬草や薬になる花などの採取系依頼や、動物や魔物を仕留める討伐系依頼もできるが、貞一はまだやっていない。一人で森の中を入っていくのにはまだ勇気も経験も足りないし、動物を殺しても怖くて触れる気がしないのだ。
日本で育てば肉を捌くことなんてまずない。そんな環境で育った貞一が鹿や猪の死体など、解体はおろか触れられもしないだろう。ゴブリンだって結局魔法では殺せても槍では殺せなかったのだ。ビビりだが蛮勇にならないだけましだと思うしかない。
いずれそういったことも経験するべきなのだが、そういったことはパーティを組めば自ずと学べると積極的に動いていなかった。森に入るのは、まずは野伏とパーティを組んでからだと決めていたのだ。
「薬草か・・・。それだと私の力を見せることはできないな・・・。だが危険の伴う依頼では・・・」
レリアはぶつぶつ言いながら、依頼書を見比べていく。貞一も同じように掲示板を見るが、街の外でぱっと片づけられる依頼は薬草採取くらいしか見当たらなかった。
「ティーチ様、おはようございます。これから依頼へ行かれるんですか?」
挨拶された方を見てみれば、そこにはニコニコと笑顔を浮かべている受付嬢がいた。お世辞でも可愛いとは言えない受付嬢が『私って可愛いでしょ?』とでも言いたげに小首を傾げながら挨拶する様は、あまり朝から見たいものではない。
このブスな受付嬢は、貞一が冒険者になる手続きをしてくれた受付嬢だ。面識もあることから、貞一は空いていれば受付を彼女のところに並ぶようにしていた。どうせ全員ブスなのだ。ならば少しでも話しやすい者の方が気が楽というものだ。確か名前は―――
「クラシィ殿、おはようでござるよ。お察しの通りこれから依頼を受けるでござる」
「やっぱりそうなんですね? ということは、ティーチ様はレリアさんとパーティを組んだということで間違いありませんか?」
「そうでござるよ!」
貞一は自慢げにクラシィに頷いて見せた。まるで拙者にも友達いるんでござるよ、と自慢するかのようだ。陰キャのささやかなマウントの取り合いである。
「レリアさんもティーチ様とパーティを組めてよかったですね」
「あ、ああ。まさか魔法使い様と組めるとは思っていなかったからな。クラシィさんも、昨日はいろいろと面倒を見てくれて助かった。ありがとう」
レリアも貞一とパーティを組んでいることに同意してくれた。レリアから誘ってきたことであり当たり前の事実だが、貞一にとっては自分が認められたような気がしてとても嬉しかった。
貞一には今まで友達といえる存在はいなかった。こちらの世界では炎龍の牙や蒼剣、シャドーフォレストと交流はあるが、友達というよりも仕事仲間というほうがしっくりくる関係だ。逆に、パーティメンバーは仕事仲間ではなく、仲間・友達という認識が貞一にはあった。
「いえいえ。それも私の仕事ですから気にしないでください。それで、受注する依頼はお決まりになりましたか?」
「それがなかなか良いのが見つからなくてな・・・。アイアン級でも受注できる依頼で。害獣の駆除やゴブリン程度の弱い魔物の討伐依頼なんかはないだろうか? 魔境も浅い場所なら探索できる知識はあるつもりだ」
「あら! それはちょうど良いタイミングでした! お二人にぜひお願いしたい依頼があったのです!」
クラシィは手を叩き、ちょうど良かったと顔を綻ばせる。
クラシィは『もともと依頼を頼みに来たんですよー』という体を装ってはいるが、アイアン級に依頼を頼む程度でこの朝の忙しい時間に受付の仕事をほっぽり出せるはずがない。本当は依頼を頼みに来たのではなく、周囲の冒険者達から貞一達が本当にパーティを組んでいるのか聞いてきてくれとせがまれたからだ。
しかし、依頼の件も嘘ではない。
「ここから半日ほど離れた村に、ゴブリンが出たみたいなんですよ。被害は野菜を盗まれたくらいで、数も多くないみたいです。どうでしょうか?」
ゴブリンが現れた村は魔境から少し離れた場所に位置する、穏やかな村だ。ゴブリンキングに占領された村のように魔境の魔力の恩恵はあまり得られないが、その分魔物の出現は滅多にない。
魔物は魔境でしか生きることはできない。魔境を1日でも離れれば、途端に身体がずぶずぶと腐れ落ち死んでしまうのだ。魔境の外で活動できる魔物は魔境が生み出す人類の敵である魔王と、魔王の支配下にいる魔物だけだ。
しかし、低俗な魔物は稀に魔境から出てくることがある。魔境で自生することができず、魔境を一時的に離れて外で餌をとってくるためだ。
魔境は中心にいくほど魔力が濃いため、魔物も強くなる。逆に、魔境の外周に生息する魔物は弱いゴブリンなどの魔物たちだ。外周に生息する魔物は、時折餌を求めて近くの村から農作物や家畜を狙うことがある。頻繁ではなく、時折だ。人間にとって魔物が脅威であるように、魔物にとっても人間は脅威なのだ。魔力が豊富で自然の実りが豊かな魔境にいて、わざわざ魔境の外に出てまで餌を探す機会はそう多くない。
では、なぜ危険を冒してまで魔境から離れた村にゴブリンは現れたのか。それは魔境にゴブリンの居場所がなくなったからにほかならない。
元々ゴブリンは魔物の中でも最弱の部類である。しかしつい最近、ゴブリンたちは調子づき魔境で好き勝手やっていた。そう。ゴブリンキングがいたから。
ゴブリンキングは魔王の中でも最弱の部類に入る。ゴブリンは魔物の中で最弱であり、ゴブリンキングは魔王の中で最弱なのだ。
しかし、そこは魔王。他の魔物とは一線を画し、魔境の外周に生息する雑魚とは比べるまでもなく強い。キングの影響下にあるゴブリンたちも強化され、我が物顔で魔境を支配していた。
だが、キングは死んだ。あれだけ数のいた強力なホブゴブリンすら全滅してしまったのだ。
ゴブリンは大きなツケを支払うときが来たのだ。
こうして、ゴブリンは魔境にすら居場所を失い、日々命がけで魔境の外に遠征する羽目になったのだ。
「ゴブリンか! ちょうど良い相手だな! 私はこの依頼を受けたいと思うのだが、ティーチ様はどうだろうか?」
「ゴブリンなら大丈夫でござるね。村なら道もあるから迷わないでござるし、距離もいい感じでござる! 拙者もこの依頼で問題ないでござるよ!」
「ありがとうございます! ではさっそく手続きをいたしますね!」
言うが早いか、クラシィは自分の持ち場である受付へ急いで向かって行く。いくら冒険者たちに頼まれたからと言っても、忙しい時間に変わりはない。
もちろん、途中冒険者たちにウィンクをしてパーティを組んでいると伝えることも忘れない。そこかしこから上がる驚愕のどよめきをしり目に、クラシィは楽しそうに受付へと戻っていった。
余談ではあるが、貞一はウィンクしてざわめかれているクラシィに同情を禁じえなかったのは、また別の話である。




