レリア、魔法使いのフレンドリーさに面食らう
1話の文字数は5000文字を目安に書いているのですが、たまにそれよりも多くなってしまうことがあります。
長いですがお付き合いください、、、
レリアは、多くの冒険者に声をかけて周っていた。それはもう目に付いたアイアン級には片っ端から。
そうしているうちに、あの者たちはロストだろうかとか、魔力の多そうなパーティだから様子を見ようとか、相手を見て声をかけるという手間がだんだん疎かになっていた。
そして、つい先ほどカッパー級の冒険者に声をかけてしまったことから、レリアは相手ではなく、相手がぶら下げているプレートだけを見て声をかけてしまった。
「よければ私とパーティを組まないか?」
そのセリフをはいてから、ようやくレリアは胸元にあるアイアン級のプレートから視線を上にあげた。そして、声をかけた相手を見てレリアは思わず固まってしまった。
声をかけた相手の、あまりの美男子さにだ。
縦にも横にも大きく、触れればどこまでも沈んでしまいそうなほど柔らかそうなお腹。お腹に負けず劣らずもっちりしている頬は、まるで福を呼んでいるかのようにふくふくだ。
レリアが声をかけた相手は、その顔だちも、体型も、全てが完璧だった。美というものは目の前の人物のためにある言葉だと、本能で理解できた。ロストのため初めから恋など諦め、男に興味がなかったはずのレリアでさえ見惚れてしまうほどに、目の前の男は完成されていた。
「お、おい! あいつとうとうティーチ様に声かけやがったぞ!」
「あそこまで身の程知らずだとイライラするわね」
「魔力無しのロストが、魔法使い様のティーチ様に釣り合うわけないじゃない!」
「むしろティーチ様を視界に入れることすら不快よね」
「てか干すしかないでしょ、もう」
外野の声を聞き、レリアは現実に戻った。
(ま、まさかっ!? この方は受付嬢が言っていた魔法使い様なのかッ!!?? 周りの反応を見ても本物っぽいぞ・・・)
外野からの言葉が正しければ、目の前の絶世のイケメンはどうやら魔法使いらしい。魔法使いと言えば、貴族だ。そして、貴族と言えば美男美女の権化だ。
レリアは目の前の男の顔をもう一度見る。これだけ整った面構えならば、魔法使いであってもおかしくない。いや、魔法使いに決まっている。
(どうするッ!? カッパー級冒険者に声をかけるのとでは訳が違うぞ!! くそッ!! もうこの街で冒険者をすることは無理だ!! いや、生きて出られるかも怪しいぞッ!?)
カッパー級に声をかけただけで、あそこまで凄まれたのだ。魔法使いに声なんてかけたら、骨すら残らず殺されてしまうのではないだろうか。
レリアにとって、魔法使いとはそれほどまでに隔絶した存在だ。実際、ロストが声をかけるどころか視界に入っただけで殺されたなんて話は、枚挙に暇がない。
周りの冒険者も先ほどまでの嘲笑するようなものとは違い、物理的な圧力さえ伴うほど殺気じみたものに変わっている。主に女性からの視線だが、男性からも不快な様子は見て取れた。
(ああーーー!! くそっ!! こんな失敗を続けてするなんて!! ・・・・・・ふぅ。無理だ。謝ろう。魔法使い様を誘ってしまったのは私だ。謝って許されるかはわからないが、それしかないな)
レリアは何とかこの場を収めようと、声をかけてしまった無礼を詫びるために口を開く。しかし、それよりも先に目の前のイケメンが動いた。
「もちろん。拙者でよければパーティを組んでほしいでござるよ」
「・・・・・・は?」
イケメンの返事は、レリアの予想のどれでもなかった。怒号でも蔑みでも攻撃魔法でもなく、まさかのOK。それも慈愛に満ちた聖母のような優しい笑顔を浮かべて、だ。
あまりの展開に、レリアは思考が追い付かず呆けてしまう。
しかし、それもしょうがないというもの。ロストが魔法使いに声をかけること自体ありえないのに、それに返答して会話が成立するなどここ数百年存在しなかったと言ってよい。それほどまでにロストと貴族の地位は隔絶しているのだ。
ロストはこの世界で最下層の住人。力と尊さの象徴である魔力が欠片もなければ、それでいて見た目も醜悪なのだから目も当てられない。せめて見た目さえよければ愛玩奴隷として貴族と話す機会があったかもしれないが、そんな奇特なことをする貴族は残念ながら現れはしなかった。
レリアの思考停止をどう思ったのか、魔法使いは徐々に額に汗を浮かべ、眼は右へ左へと忙しなく動き、レリアにはその様子が慌てているように感じられた。
「あ、あ~~。人違いでござったかな? せ、拙者としたことが早とちりしてしまったでござるよ。拙者なんかに声をかけるなんておかしいでござるしね」
あはははは、と勘違いしたことを恥ずかしがっているように、照れ笑いを浮かべながらイケメンは受付へ進もうと踵を返してしまう。
(は・・・? どういうつもりだ? まさか本当に私とパーティを組んでもいいと思って、了承したということか?)
レリアは信じられないと驚愕ながらも、このチャンスを逃しては一生後悔すると直感していた。母に鍛え上げられた冒険者としての勘が、思考するよりも先に身体を動かしたのだ。
「あ、ああ、すまない! いや、すみません。少し呆けてしまっていました。私でよければパーティを組んではくれないでしょうか? この通りです」
レリアは深々と頭を下げる。分不相応も良いところだが、それでもレリアは魔法使いに懇願する。人生で魔法使いとパーティを組むなど、きっとこれを逃したら二度と訪れないと断言できる。もう失うものは何もないレリアにとっては、希望が欠片でもあるのならそれに賭けるしかないのだ。
「もちろん構わないでござるが・・・拙者でいいんでござるよね? 人違いではござらんよね?」
「も、もちろんです。ぜひともあなたとパーティを組みたいです。お願いします」
もう一度、レリアは深々と頭を下げる。これがきっかけでネスク・テガロに居られなくなろうともよいと、レリアは思った。
レリアの目的は冒険者として活躍し、剣術が強いと認めて貰うこと。魔法使いと組めるというのは、最高の宣伝材料になる。この千載一遇のチャンスを逃すことはできない。
「わかったでござるよ! う~ん、パーティとはどうすればいいんでござるかね・・・。とりあえず依頼の報告を済ませてくるでござるから、ちょっと待っていて欲しいでござるよ」
レリアの願いは受け入れられたのか、魔法使いは一番空いている受付へ並びに行ってしまった。やはり魔法使いの彼は有名なのか、すれ違う冒険者たちに口々に挨拶をされていた。そのほとんどがカッパー級で、クラスが下のはずのアイアン級の冒険者にも関わらず下手下手にでている。
(私・・・魔法使い様とパーティを組める・・・のか?)
夢でさえ見ることがないほど想像だにしたこともなかった事が、今現実で起きようとしている。周囲からは凄まじい嫉妬や怨嗟が渦巻いているが、今のレリアには気にする余裕も残ってはいなかった。誰が魔法使いの前で他の冒険者に気をさけるというのだろうか。
魔法使いと共に冒険に出る。そんな英雄譚のような物語の登場人物に、自分は選ばれたのだ。レリアは浅ましくも、魔法使いによる身体強化魔法を施してもらえるのではと淡い期待までしていた。
しばらくすると、鞄をスカスカにした魔法使いが戻ってきた。受付はそこそこ混雑していたため報告に時間がかかっていたが、ぼうっとしていたレリアにとっては一瞬で戻ってきたかのように感じられた。あまりの出来事に、レリアはこれが現実なのかすら判別付きかねていた。
「お待たせしたでござる」
「い、いや、大丈夫です。今後について話したいのですが、今から少し大丈夫でしょうか?」
「もちろん大丈夫でござるよ! それならこっちで―――」
くぅ~~~・・・。
気が抜けたような、ご飯前によく聞くような、お腹が食べ物を要求する声が、レリアのボディから聞こえた。
ちらりと魔法使いがレリアを窺ってくる。レリアは火でも噴き出すんじゃないかと思うほど顔を赤く染め上げ、羞恥に震える。こんな顔を見られずに済んでよかったと、仮面を作ってくれた母に深く感謝したが、顔どころか全身真っ赤になっているため、魔法使いには羞恥で悶えていることがバレていた。
何と声をかければよいかとてんぱっている魔法使いを他所に、レリアはただでは転ばぬと恥ずかしさを押し殺し一つ提案をした。
「も、もういい時間ですよね! パーティについても話す必要がありますし、ご、ご飯でもいかがだろうか? 」
お腹の音は一切スルー。この切り返しに、レリアは自分の機転に賞賛を贈った。レリアのように醜い女と一緒にご飯など行ってくれるか疑問であるが、打ち合わせのためのご飯ですと予防線を張ることで成功率を上げている。
図々しい申し出ではあるが、魔法使いは受け入れてくれるだろうか。
「そ、そうでござるね! いいでござるよ! 拙者もお腹が空いているところだったんでござる!」
魔法使いも何かを察したのか、レリアの醜く打算的なお誘いにのってくれた。
ご飯と言っても、レリアはもちろんしっかりパーティについて話し合うつもりだ。一生に一度くらいは記念にこんな美男子とご飯を食べてみたいものだな、なんて一切考えてはいない。断じて。
それに、そんな浅ましい思惑だけでご飯を誘ったわけではない。打ち合わせが必要なのは本当であるし、ギルドはレリアに対しての殺気と嫉妬と怨念が渦巻いてるため、話し合いなんてできそうになかった。
場所を変える必要があるなら、お店に入るしかない。魔法使いも依頼が終わったばかりのようだし、時刻は夕方。きっとお腹を空かしているだろうという配慮も、誘った理由には僅かながらにあったのだ。
「では行くでござるか! 拙者いいレストランを知っているのでござるよ!」
「あ~~と。すみませんが、持ち合わせが少なくて高いお店は厳しいのですが・・・」
「大丈夫でござる! 安くて美味しいお店でござるから!」
レリアは前を行くたくましい背中に思わず見惚れながら、魔法使いの後をついて行くのだった。
◇
レリアと魔法使いがいなくなったギルドは騒然としていた。
「嘘だろ? ティーチ様があんなロストと組むなんて!」
「ありえないわよ! きっとからかってあげてるだけでしょ? きっとそうよ!」
「夢よ!! 誰か夢って言ってッ! これは悪い夢よッ!!!」
「私も声かけたらパーティに入れてくださるかなぁ・・・」
「アンタみたいなブス無理に決まってるじゃない」
「はぁ!? アンタだって人のこと言える顔してないじゃない!」
すでに喧嘩すら始まっているが、ギルド職員は傍観に徹している。こんな喧嘩はよくあることだし、武器を取り出して戦っているわけでもないからだ。それに、強化魔法や武器を手にすれば自ずと周りの冒険者が取り押さえてくれるため、職員は止める必要が無い。
「ねぇ、クラシィ! あなたはいいの? 大好きな王子様が他の女・・・それも魔力無とパーティ組んだのよ?」
冒険者たちを眺めていたクラシィに、同僚が茶々を入れてきた。受付が混雑する時間帯なのだが、冒険者たちはティーチとロストの話で盛り上がっており、受付が暇になっていた。
「さすがティーチ様、と言ったところかな」
「えー、なにその反応! つまんない!」
「つまんないって、あなたね・・・」
クラシィはティーチがロストと組んであげた理由が、ある程度察せられた。お優しいティーチ様らしいですね、とクラシィはティーチの対応に笑みさえ浮かべていた。
「どういうことか説明してよ!」
「そうね~。まずティーチ様はレリアさん・・・あのロストの方ね。彼女と正式にパーティを組むことはないわね」
「まぁ、魔法使い様とロストじゃねー」
凸凹コンビにしても、あまりにも二人に差がありすぎる。あれでは受けれる依頼のレベル差に、パーティを組むメリットどころかデメリットしかない。
ティーチは依頼のレベルを落とさざる終えなく、収入も下がればランクも上がらない。ロストは無理してティーチに合わせれば、すぐさまついていけずに死んでしまうだろう。お互いに利が無いのだ。
「じゃあなんで一時的なパーティを組んであげたんだろ?」
「それがティーチ様の優しさよ。周りの冒険者を見てみなさいよ」
同僚は周囲を見渡すが、ティーチとロストの話に盛り上がっている者たちしかいない。話の内容はロストへの怨嗟の声と、ティーチとパーティを組みたい願望の叫びばかりだが。
「う~ん。ロストの子・・・レリアさんだっけ?の知名度を上げるため・・・とか? でも、これじゃあ逆効果じゃない? あ! ティーチ様はパーティに誘われたことを本当は怒っていて、晒しものにするためとか!」
それなら納得ね! と同僚は頷いている。
「それは違うわね。いい? 普通魔法使い様であるティーチ様が、ロストと組むことなんてありえないわよね?」
「当たり前じゃない! こんなこと、冒険者ギルドが出来て以来初めてのことよ!」
「じゃあ、なんで今回はティーチ様がパーティを組んであげることになったの?」
「それがわからないから聞いてるんでしょ!」
からかわれてると思ったのか、同僚はプリプリしながらクラシィを見る。しかし、クラシィは一切からかっていなかった。彼女は答えを告げたつもりだからだ。
「もう、私もふざけてないわよ? もう一度聞くけど、なんでティーチ様はロストの方とパーティを組むことになったの?」
「そんなの、レリアさんがティーチ様に声をかけたからでしょ?」
「それよ。他の冒険者が誰とも彼女とパーティを組まなかったから、アイアン級で残っているティーチ様にまで声をかけて、組むことになったのよ。冒険者はお互いに協力し合うものなのだから、ティーチ様は困っていたレリアさんの誘いに乗った」
「それが答え?・・・あっ! そういうこと?」
同僚は周囲をもう一度見渡し、合点がいったように頷いた。
「他の冒険者がレリアさんとパーティを組まなかったせいで、ティーチ様の手を煩わすことになった、ってことね! よく見てみれば、レリアさんを断ってた人たちの顔が青いわ。自分たちのせいってことがわかってるみたいね」
「そうね。それに、これからレリアさんがパーティを組みたいと言えば、もう無下にはできないでしょ?」
ティーチが組んだ相手をつっぱねるということは、ティーチを軽んじることにもつながりかねない。それでティーチが怒るかは別として、周囲の者たちはきっと良い反応をしないだろう。これで、これからレリアが組みたいと言えば、受け入れざるおえない環境ができたのだ。
「さすがティーチ様ね! そこまで深く考えてるなんて!」
「本当、お優しい方ですよね」
クラシィは艶っぽい息を吐きながら、あの紳士な魔法使いを思い出すのだった。
◇
レリアと魔法使い―――ティーチは、大通りから一本ずれた小洒落たレストランに来ていた。店はこじんまりしており、客も貞一たちの他には老夫婦一組しかいない。調度品のセンスはよく、手入れの行き届いた店内は店主のこだわりが随所に見て取れる。
落ち着いた店内は、ゆっくり話すには最適な場所だった。酒場では他の客からの視線も多く、ロストであるレリアにとっては居心地の良いものではない。そのあたりを踏まえてこうした場所を選んでくれたのかと、レリアはティーチの気遣いに感謝した。
「いいお店ですね。酒場のように騒がしくなくて落ち着けます」
「そうでござる! 知り合いのグルメな冒険者が教えてくれたお店でござるが、ここの料理は絶品でござるぞ! 楽しみにしててほしいでござるよ!」
「ほう、それは楽しみです」
レリアは何とかティーチと会話することができていた。ティーチからは仮面のおかげでレリアの表情を読み取ることができないが、仮面の下ではテンパりながらなんとか話題を見つけようと必死な形相を浮かべている。
ありえないことに、魔法使いであるティーチからはロストであるレリアに対して嫌悪している様子はない。それどころか、まるで古くからの友人の様に話しかけてくるのだ。
レリアのようなロストと目の前の魔法使いである絶世の美男子に、共通点など皆無だ。そのはずだ。なのにまるで同類のようにフレンドリーに接してくるのだ。
これにはレリアも思わず混乱してしまう。ロストとしてのこれまでの人生で、レリアは人の醜さというものをその身で嫌というほど味わってきた。醜さとは見た目のことではない。人間の本質というべき内面の汚さだ。そんなレリアだからこそ、自分に向けられている敵意には人一倍敏感であった。
今まで会った者は、母親以外すべてに嫌悪感を抱かれてきた。醜くおぞましい容姿をしているのだ。レリア自信、嫌悪感を抱かれるのは納得できなくとも理解はできた。
さきほどの丁寧な接客をしてくれた受付嬢も、笑顔の下では眉を顰めていただろう。父親ですらレリアを忌み嫌い出ていったほどだ。それが普通なのだ。しかし、この男からは悪意が何も感じない。
それが逆に怖い。なにか企んでいるのではないかと、遅ればせながらレリアは不安になってきた。
だが、乗り掛かった舟だ。ティーチの考えは分かりかねるが、魔法使いとパーティを組めるチャンスなんてこの先一生得られることは無いだろう。混乱している場合ではなく、積極的に話し、自分の有用性をアピールすることを決意する。
レリアはその容姿から、普通に会話するという経験が少ない。そもそも会話は成立せず、一方的に命令されるか罵声を浴びせられるかの二択しかなかった。
しかし、話せないわけではない。ティーチの美男子っぷりに緊張するが、相手が確実に自分を意識していないと思えるからこそ、積極的に話すことができた。
「まずは自己紹介をしませんか? 私の名前はレリア。前衛の剣士です」
「あ、すっかり忘れていたでござるよ! 拙者はティーチでござる。職は魔法使いで、後衛でござるね! 一応槍を持っているでござるが、期待はしないで欲しいでござるよ」
外野が言っていた通り、目の前の美男子―――ティーチは魔法使いだった。
「本当に魔法使い様なんですね・・・。確認なんですが、本当に私とパーティを組んでくれるのでしょうか?」
「もちろんでござるよ! 拙者もパーティを組むのは初めてでござるし、よろしくお願いするでござる」
「いいのですか。 私はロストですよ?」
「ロスト? え~と、確か魔力が無いんでござるよね? ・・・うん? それが何か問題なんでござるか?」
改めて、レリアは魔法使いと本当にパーティを組めるのか不安になり、聞いてしまう。ティーチの回答はギルドで言っていた通り、OK。ロストについても言及したが、ティーチは首を傾げて逆に何が問題なのか聞いてくる始末だ。その様子には、やはりロストに対する偏見は見られなかった。
(ロストの私では見ることすら叶わないと思っていた魔法使い様と、まさか一緒にパーティを組む日が来るとはな・・・。これがたとえ一回限りの一時的なパーティだとしても、きっと得られるものはとても多いはず)
レリアは、母から『見て盗む』ことを体で覚えさせられた。魔法使いでは剣術などは使わないだろうが、魔力の使い方や身体強化魔法を使った動きなどは観察できるはず。多くのことを学ばせてもらおうと、レリアは依頼を受ける前から気合を入れた。
「い、いや。ティーチ様が気にしないのであれば、問題ないです。忘れてください」
「そうでござるか? わかったでござるよ。あと、様はいらないでござるぞ? 同じパーティなんでござるし!」
何てこともないように、ティーチは様付けは止めるように言った。
(同じパーティだから上も下もないということか? ロストのこの私に? ありえない・・・が、何故だかこの方なら、本当にそういう意味なのかと思えてしまうな)
都合の良い解釈だと我ながら思うが、レリアはティーチがとても器の大きい人物だということはこの短時間で伝わっていた。しかし、それに甘えるわけにはいかなかった。
「ありがとうございます。・・・ですが、すみませんが様付けのまま呼ばせてください」
「むむ、なんだか様付けで呼ばれるのはむずがゆいんでござるが・・・。あ、拙者は魔法使いでござるが、貴族ではないでござるよ?」
「ええ、それは受付嬢から聞いています。しかし、私からすればどちらも敬意を表する相手です。ティーチ様のままで通させてください」
敬意を持っているのは本心ではあるが、立場を明確にしておきたいというのが本音のところだ。ロストであるレリアがティーチを呼び捨てにしようものなら、周囲からの敵意がさらに膨れ上がってしまう。ただでさえティーチとパーティを組むことを快く思っていない者がごまんといるだろう現状で、馴れ馴れしい態度は自分の首を絞めるようなものだ。
そんな気の置けないパーティに憧れはするが、今すぐ実現するものではない。
「わかったでござるよ・・・。気軽に呼んでくれていいでござるからね」
「感謝します。自分が納得できた時に呼ばせてもらいますね」
ひとまず名前の件は納得してもらえたので、レリアは話を進めてゆく。
「それで、依頼についてですが、さっそく明日受けても大丈夫でしょうか?」
「問題ないでござるよ。どういった依頼を受けるつもりなんでござるか?」
「あっ・・・。すみません。パーティを組むことに集中していて、どんな依頼を受けるのかは考えていなかったです」
思えば冒険者登録を済ませてからはパーティの誘いばかりしており、依頼が張り出させている掲示板などはチェックしていなかった。さっそくの失敗に、レリアは失望されてやしないかと不安げにティーチを見る。
「それならアイアン級でも受けれる依頼はいくつかあるでござるから、明日依頼を見て決めることにするでござるか」
しかし、やはりというべきかティーチは否定するわけでもなく、何も問題ないとフォローを入れてくれる。普通の人に接するように、レリアにも接してくれている。
「あ、ああ。それでお願いします」
「了解でござる!」
ティーチが頷くと、タイミングよく料理が運ばれてきた。出された料理はどれもおいしそうで、辺境の村に住んでいたレリアが見たこともない料理ばかりであった。
ひときわ目を引くのは、湯気が立っている芳醇な香りのするスープだ。シチューにはよく煮込まれた肉や野菜がゴロゴロと入っており、空腹であったレリアは涎が垂れるのを必死に抑え、一匙掬い口に運ぶ。
「んん~~~!!! 美味い!! これは美味しいですね!!」
あまりの美味しさに、たまらず二口三口と掬っては口へ運んでいく。
「仮面を付けながら器用に食べるとは・・・お主、やるでござるな。あ、いただきますでござる」
ティーチが何やら言っていたが、レリアの耳には入ってこなかった。それほどまでに出された料理はどれも絶品であった。
半分ほど平らげたところで、レリアはようやく落ち着くことができた。一人で盛り上がってしまったと反省し、ティーチに何か話しかけようとして止まってしまう。
話すネタがなかった。
パーティの活動については特に話すことがない。お互い初のパーティのため事前に何を決めておけばいいのかわからないし、依頼については明日冒険者ギルドで決めることになった。戦闘での立ち回りや分担などは、前衛と後衛がはっきり分かれているので話し合うまでもない。
魔法使いと話せるようなネタは持っていないし、何気ない会話を面白く話せるほどレリアの会話力は高くなかった。
「あーえーっと・・・。こ、ここの料理は美味いですね」
「美味いでござるね。さすがガド殿のおすすめでござるよ」
「そうですか」
・・・会話が終わった。
(くそッ! これで呆れられてパーティの件が流れたらどうする!! 何か・・・何か話す話題はないのか・・・!?)
ガドとは誰なのか、このお店にはよく来るのか、他にも美味しいお店を知っているかなど、先ほどの貞一の返答から質問を膨らませることはいくらでもできる。しかし、てんぱっているコミュ障にそんな高等テクニックが使えるわけもなく。
レリアの苦悩が伝わったのだろうか。ティーチもこの〝間″に思うところがあるようで、何か話そうとしている雰囲気を感じられる。
しかし、話題は出てこない。
当たり前だ。ロストであるレリアが魔法使いとの話題が無いように、魔法使いであるティーチもロストなんかと話すネタも聞きたいこともないのだろう。お互い住む世界が違いすぎるのだ。
「れ、レリア殿の趣味は何でござるか?」
「趣味・・・ですか?」
『思い出すでござるよ拙者。Go〇gle先生直伝、合コンおススメ質問100選を!!』などとティーチがブツブツ喋っているが、レリアには何のことかはわからなかった。
趣味がパーティを組むうえで必要な情報ではないため、ティーチはレリアとの会話のために話題として挙げてくれたのだろう。話題に困っていたレリアとしては嬉しい限りだが、質問の内容は難しかった。
「趣味・・・趣味、ですか・・・。あえて言うなら、剣術ですね。しかし、趣味と言うにはちょっと違う気がしますが」
剣術が趣味とはどうなんだと自分でも思うが、レリアは剣術一筋でここまで生きてきたため、それ以外知らない。女性らしい編み物や綺麗なモノを集めたり、花を育てるなどしたことがなかった。料理はできるが趣味といえるほどのものではない。やはり、真っ先に頭に浮かぶものは剣術だ。剣術は、レリアにとって趣味であり人生の全てでもある。
魔法使い相手に剣術なんて馬鹿にされるのがオチだろうが、レリアにとってはそれが誇りであり、胸を張るべきことだ。
レリアも、さすがに魔法使いには馬鹿にされても腹を立てたりはしない。魔法使いほど魔力があれば、レリアが如何に剣術をもって多彩に攻めようとも、傷一つ負わせることができないのだから。ティーチにとっては、なんで剣術なんてやっているのか馬鹿らしく感じられるだろう。
「おお! 剣術でござるか! それは冒険者向きな趣味でござるね! どれくらいやっているんでござるか?」
しかし、レリアの予想に反し、ティーチに馬鹿にしたような雰囲気は感じられない。むしろ、感心しているような気さえしている。
「え、ええ。私が物心つくころからやっていますからね。15年くらいでしょうか」
「15年でござるか!? それは凄いでござるね・・・達人でござるな・・・」
ティーチは凄いでござるね~とか、努力の天才でござるね~とか、どうやら本気で感心しているようだ。
(本気・・・なのか? ティーチ様の眼は、今まで向けられてきたあの馬鹿にしたようなものではない。本当に・・・本当に剣術をやってきた私を褒めている?)
どんなに口で言い繕うとも、眼の奥ではレリアのことを格下と位置付けているような、そんな底冷えするような視線をレリアは常に受けてきた。
剣術とは弱者の証。すでに最下層の人間であるロストが剣術を嗜むなど、恥の上塗りもいいところ。嘲笑すら超え、明確な嫌悪を向けられるのが関の山だった。
そんな視線を受け続けたレリアだからわかる。目の前の男は、本気で剣術を馬鹿にしていないと。
「じゃあ、とっても強いんでござろうね」
「つよ・・・い? ティーチ様は剣術が強いと思っているのですか?」
「むむ? 剣術は強いでござろう・・・?」
レリアは信じられないという思いと衝撃で、二の句がでなかった。頭が麻痺してしまったように固まり、思考がうまくまとまらない。
ティーチの言葉は、レリアが焦がれに焦がれ続けた言葉だったのだから。
剣術は強い。弱者の技だろうと、磨き上げれば強者ですら喰らいつけるほどの武器になるとレリアは本気で思っている。
母と共に鍛錬し、馬鹿にされながらも信じ抜いてここまで来たからこそ、剣術は強いとレリアは絶対の自信を持っていた。そして、母から貰ったこの剣術を誰にも馬鹿にさせないために、強さを証明するために、冒険者になったのだ。
そんなレリアの胸の内を、ティーチが知るわけが無い。相手の顔色を窺う癖のおかげで、ティーチがおべっかを使っていないことは分かった。
(この人なら・・・この人となら、私の剣術も活かしてもらえるかもしれないッ・・・!!)
レリアは沸々と希望が胸に湧いてくる。パーティを組めても雑用や威力偵察のための特攻など、ろくな使われ方はしないだろうと覚悟していただけに、目の前の人物は自分を認めてくれるかもしれないのだ。期待は嫌が応にもしてしまう。
ティーチは、この世界では違うんでござるか? とかぶつぶつ呟いているが、混乱しているレリアの耳には入ってこなかった。
「し、質問してもいいですか?」
「どうぞでござるよ」
「ティーチ様は・・・ティーチ様は以前に、剣術が強いと、そう思わせられるような人物とお会いしたのでしょうか?」
レリアが剣術を認めさせたいと思っているように、同じ考えを持つ人とティーチが会っているかもしれない。そうであれば、剣術が強いとティーチが思っていても不思議ではない。
「そうでござるねー。ガド殿の突撃は・・・あれは剣術ではないでござるよねぇ。多分。この前のみんな強かったでござるが、あれも剣術なんでござろうか・・・? う~む、そう言われてみれば、すごく剣術がうまい人と会ったことないでござるね」
「そ、そうですか・・・」
そんな人がいればぜひ会ってみたいと思ったが、ティーチに心当たりはないようだ。では何故ティーチは剣術が強いと思ったのだろうか?
それを質問するには、次のティーチの質問に答えてからだ。レリアの中では、お互い一つずつ質問するという方針になっていた。情報は貴重だ。会話の話題作りではなく、情報を抜き出すというならば、お互い質問を掛け合うのが自然だろう。
「ティーチ様は他に何か質問はありますか?」
「う~ん。休日は何して過ごしているでござるか?」
ティーチは数瞬思考をめぐらすと、またも冒険者としては必要のなさそうな質問をした。
(休日・・・ということは、依頼を受ける合間に何をするか、ということだろうか?)
レリアのような村人に休日など存在しない。田畑を耕し、薪を広い、家畜を育て、家事をし炊事をし料理をする。それが村人の生活で、遊ぶのは子供たちか、年に数度の祭日の日くらいだろう。
祭日の日は飲んで歌って踊る日だ。ティーチが指している休日とは違う気がする。レリアは、冒険者になってから依頼のない日にどういう生活をするのか聞いているのだと解釈する。
「そうですね・・・。装備の確認や手入れ、剣の稽古も欠かせないですね。あとは必要なモノの買い出しとかでしょうか」
特に変わったことは無いが、これが答えで大丈夫だろうかとティーチを見やる。
「なるほど、ショッピングでござるね。女性らしいでござる」
ティーチはうんうんと何か納得したように頷いているため、レリアの回答で問題なかったのだろう。
(依頼の合間の時間を無駄にしないためのアドバイス・・・か?)
同じアイアン級とはいえ、ティーチの方が冒険者として先輩だ。きっと質問にかこつけて自分にアドバイスをしてくれたのだろうと、納得するレリア。
「次は私の質問をいいですか? 何故、ティーチ様は剣術が強いと思ったんですか?」
「え、それが質問でござるか? 何でも何も、素人と達人だと達人の方が強いのは当たり前ではござらぬか?」
「素人と達人?」
剣術の達人ということだろうか? そんな人物はいるのだろうか。それに、ティーチは剣術がうまい人と会ったことがないと言っていた。それなのに何故達人は強いと思うのだろうか。
「え~とでござるね。剣を一度も振ったことがない人と、毎日素振りをして訓練している人が戦ったら、どっちの方が強いでござるか?」
「両者の魔力量によるな」
身体強化の魔法を使えば、素振りをしていようがいまいが関係ない。威力も速度も魔力量が多いほうが強いに決まっている。
「あー、そうだったでござるな。なら、今のレリア殿と、もし剣術を習っていなかったレリア殿が戦ったら、どっちが強いでござるか?」
「当然今の私だ」
剣術を習わなかった自分をうまく想像はできないが、母と磨いた剣術を持っている自分が、持っていない自分に負けるはずがなかった。
「それが剣術が強い理由でござるよ。同じ人でも、剣術を習ったかどうかで強さは変わるものでござるからね」
え、これで説明合ってるでござるよね? と、当たり前のことを話したけどそれが答えでいいのかわからない者が見せる不安な顔を、ティーチは浮かべていた。
「それは正しいと思いますが、結局は自分自身の問題ではないでしょうか? 剣術の強さよりも、結局は魔力量で強さが決まります。ならば剣術は学ぶ必要がないモノではないでしょうか? 現に、私は剣術に自信がありますが、魔法使い様であるティーチ様が身体強化魔法を使えば傷一つ付けることができないのですから」
結局、最後は魔力で決まってしまう。剣術は小手先の技術と言われる所以だ。
(何故私が剣術を否定しているのだ・・・。だが、否定しても聞くべき内容だ。私も散々言われてきたこれらの言葉は的を射てもいる。これを否定できる理屈があれば、剣術を認めさせる足掛かりになるかもしれないのだから)
レリアはティーチの態度が予想に反しすぎて混乱しながらも、同時に期待を込めて仮面ごしにティーチを見つめる。
「魔力と剣術は別のものではござらぬか? 拙者がレリア殿に身体強化の魔法を使えば、拙者ではレリア殿を倒せなくなるでござるし、そうなればレリア殿は魔法使いでも倒すことができるでござるよ?」
「そんなこと・・・」
あるはずがないと、口にすることができなかった。そんなこと考えたこともなかったから。
ロストであり魔力が一切ない自分が、強化魔法を?
ぶるりと背筋が震えた。肌が泡立ち、思わず闘気が立ち上ったかのように興奮する。
自分が、母と育んだ剣術が、更なる高みへ登れる方法が目の前にあるのだ。レリアは興奮せずにはいられなかった。強力な魔物に負けないように、強化魔法を使っている相手にも負けないようにと生まれたのが剣術だ。その使い手が強化魔法を受ければ、へっぴり腰で振るう剣などに負けるはずがない。
だが、レリアはすぐに冷静さを取り戻す。それがあまりにも無謀なことだと思い直した。
なぜ自分がそんなことを思いつかなかったか。それは、ありえないからだ。
(魔法使い様がロストで魔力すら持っていない私に強化魔法を?)
少し考えればわかること。誰かに言おうものなら、最高の冗談だと腹を抱えて笑いだすだろう。
そう。それはありえないこと。
けれど、もしありえたなら、自分は絶対誰にも負けないだろう。
「それが剣術が強いと思った理由・・・ですか。わかりました。ありがとうございます」
それから、レリアは今までどんな依頼を受けてきたのかや、他の冒険者についてを質問し、ティーチは家族構成や今まで付き合った、またはパーティを組んだ異性など質問してた。
始めこそ会話が続かず話題を考えるのに必死だったが、気が付けば自然と会話ができるようになり、あっという間に時間が過ぎていった。
料理もおいしく、パーティも組むことができ、自分に嫌悪感を出さずに接してくれる冒険者とたわいもない会話をするこの時間を、レリアは心の底から楽しんだのだった。




