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ブサイク、精神攻撃を喰らう

 ブーシィは襲ってきたゴブリンを無造作に斬り捨てる。型も何もあったものではない大雑把な剣筋だが、魔力によって補正された攻撃力が必殺の一撃に変え、ゴブリンを粗末な木の槍ごと叩き切った。


 ブーシィのような素人丸出しの剣でも倒せるのは、自分が絶対に傷つかないという確信もあってのことだ。魔法使いであるブーシィを傷つけられるのは、同じく魔法使いのみ。ゴブリン程度の攻撃では怖くもなんともないため、攻撃されても気にせずに自分が攻めていける。身体強化の魔法が無ければ、ブーシィは今頃血まみれになっているほど攻撃を受けているくらいだ。


 治癒姫たち魔王キング討伐組の戦況は有利。ホブは二体だけのため、ブルー、デーパ、ピグーの戦士三人の治癒姫たちの方が人数も勝っており、終始押している。


 しかし、ホブたちは大きな盾で頑丈にキングを護る壁役に徹することで、致命傷を避け見事にキングを護衛していた。ところどころで猛威を振るうキングの攻撃魔法も合わさり、堅牢で高火力な要塞を相手にしているような気分になる。


「らちが明かないわね!! どこかで突破口を見つけないと!!」


 襲い掛かるゴブリンどもをうっとおし気に斬りながら、ブーシィは考える。


 この様子から分かるように、ブーシィはホブたちと戦ってはいない。周囲でゴブリンの掃除に精を出していた。


 ブーシィは回復魔法の使い手であり、攻撃魔法を持たないため物理的な戦闘は苦手だ。ブーシィが前線にいるのは、その回復魔法をいつでも使えるようにするためだ。離れていては発動にも時間がかかるだけでなく、必要な時に使えない。


 他の仲間たちがキングの魔法をひきつけている間、ブーシィは安全地帯でゴブリンを狩りながら秘策をめぐらす。


(やっぱり魔力によるごり押ししかないんじゃないかしら? あの強力な盾ごと魔力で押し切って、一気に距離を詰めてキングを討つ・・・うん! これしかないわね!!)


 貴族の戦いとは、優雅で優美で優然としたものなのだ。無駄に策を弄したり、泥臭く小手先の技術で乗り切ろうとはしないのだ。


 込めるは絶対の魔力。敵の狙いも作戦も、圧倒的な魔力で押し潰してこそ、華のある美しい戦いとなる。


(私は勝たないといけないのよ・・・。だから・・・ここで決めるッ!!)


 ブーシィはガドたち炎龍の牙の方を見やる。戦況は芳しくなく、何人かは重症を負っている。早めにケリをつけて、回復する必要がありそうだ。今は何とかガドとネーキストがうまく連携することでしのいでいるが、それもいつまでもつかわからない。


「みんな!! これ以上時間はかけられないわ! 出し惜しみ無し! 本気で行くわよ!!」


 ブーシィ―――姫の声を聴き、家来たちは瞳に力を宿し身体に魔力を滾らせる。


「姫がああ仰せだ! 二人とも行くぞ!」

「ええ。私とブルーであの盾をこじ開けるので、ピグーは止めを刺してください」

「早くケリをつけ、姫の笑顔(ほうしゅう)をいただくとしよう」


 デーパとブルーは一切の防御もせず愚直に護衛のホブへ突き進んでゆく。持てる全魔力を強化にまわし、ただ目の前の敵を邪魔な盾ごと切り伏せるために。


 キングは賢く狡猾な魔物。何がしかの策があるだろうと警戒し、魔力を温存しながら慎重に戦ってきた。しかし、姫が止めを刺せと言うのならば従うのみ。その小賢しい策ごと魔力でもって押しつぶすのだ。


 後先は考えない。魔力のぶつかり合いこそが貴族の戦い方であり、侯爵の令嬢であるブーシィをリーダーに掲げる冒険者パーティ治癒姫の戦い方だ。


 魔将軍であるホブも今までの攻撃と違うことを感じ取り、より強固に盾を構え衝撃を受けきろうとする。デーパたちもホブたちも、主たちから同じレベルの身体強化魔法を受けている。しかし、地の魔力量には大きな隔たりが存在する。


 デーパやブルーが本気で魔力を込めた攻撃は、ただ強化されただけのホブゴブリンが防げるほど甘いものではない。ホブは盾に強化魔法を集中することで攻撃を防ごうとしてくるが、デーパたちはさらに魔力を上乗せし小手先の技を吹き飛ばす。今まで何度も攻撃を防いできた大盾は紙切れの様に切り裂かれ、デーパ達の刃は大盾もろともホブゴブリンを斬り捨てた。


 宣言通り、デーパとブルーはキングの前に立ちふさがっていた大盾持ちの護衛を排除することに成功する。


「これで終わりだ、魔王ッ!!!」


 二人がこじ開けた道を、ピグーが駆け抜ける。護衛を失った魔法使いである魔王など、魔力をほとばしらすピグーにかかれば簡単に討ち取れる。


「ガガギガギョ・・・ガギガギョ・・・ギギ・・・」


 キングは護衛がやられることを想定していたのか、矢継ぎ早に呪文を詠唱している。どうやら、キングはブーシィが号令をかけた時から何か来ると思い詠唱していたのだろう。キングの様子から見て、ピグーが追い付くよりも早く呪文は完成される勢いだ。


「させねぇよ!!」


 ピグーはとっさに弓に矢をつがえ、魔力を纏わせキングめがけて撃ち放つ。


 魔法は詠唱を中断してしまえば発動しない。ただの矢であれば魔法使い並みに魔力のあるキングには攻撃にすらならないが、魔力を纏わせたピグーの攻撃であれば届く。矢を避ければ呪文も途切れ、ピグーが止めを刺すことができる。


 ピグーのとった行動は正しい。そのまま突っ込んでいては魔法を直撃させられたため、弓矢で阻害するしかなかった。


 しかし、弓矢だけで呪文を止められると判断した甘さは失敗だ。キングにとっては矢が当たろうが避けようが、呪文が完成しなければ死んでしまうことに変わりはない。ならば、一縷の望みにかけて矢を受けようと呪文を完成させようとするのは、至極まっとうなことではなかろうか。


「【ガガギグガ】ッ!!」

「何ッ!?」


 キングはピグーの矢を右眼で受けながらも、詠唱を途切らさず呪文を完成させた。


 キングの前に現れたのは、光り輝く球体。表面が波打っているように揺れ、輝きは直視すらためらわすほどの眩さだ。ティーチが見れば、太陽のようだと言っただろう。


 直後、熱線がピグーを襲う。油断していたこともあり、ピグーは回避することができなかった。熱線はピグーの腹を焼ききり、貫通したまま射線にいたブルーの脚をも貫いた。


「ぐぁあああああああ!!!!!」


 あまりの痛みにピグーはのたうち回り、ブルーは顔いっぱいに脂汗を浮かべ必死に耐えている。


「二人とも大丈夫ッ!?」


 ブーシィは急いで二人の下に駆け寄る。脚だけで済んだブルーは熱線で傷口が焼き塞がり、今すぐ命に係わるほどではない。しかし、腹部をやられたピグーは調べるまでもなく重症だ。対応を誤れば、救うことはできない。


「姫ッ!! 全体回復魔法が必要です!! 今すぐに!!」

「そうしたら魔力が無くなるわ!! 強化魔法も打ち切りよ!!」

「キングを見てください! さっきの魔法はあいつの奥の手! あいつも魔力が枯渇してます!!」

「そんなわけないでしょ! 指揮型といっても魔王ならあれで終わりのはずがないじゃない!!」

「キングをよく見てください!! あれなら炎龍の牙でも対処できます!! それに僕とブルーは魔力がほとんどありません! あれがたとえ演技でも、戦えません!」


 キングは魔法を放った後、膝をつき気絶しないよう必死に意識を繋ぎ止めていた。目の前でのたうつピグーに止めを刺さないことからも、キングの魔力が欠乏していることは誰の眼から見ても明らかだ。周りにいたホブゴブリンに何とか強化魔法をかけ、身を護らせている。あれならばデーパが言うように、炎龍の牙たちでも簡単に殺せるだろう。


(いくら何でも魔王の魔力が少なすぎるわ! さっきの魔法も含め、大技はそんなに撃っていないはず・・・。待って、魔将軍の数! そうよ! 7体なんて多すぎるわ。キャパシティー超えの強化魔法を使っていたなら魔力欠乏の辻褄も合うわ!!)


「ガドォオオオオ!! 任せたぞ!!」


 魔王の魔力欠乏の原因へと至ったブーシィと同じくして、ブルーがその叫びをもってキング討伐を炎龍の牙へ引き継ぐ。


 もはやブーシィに回復魔法を使わない手はなかった。彼女自身、大事な仲間を一刻でも早く回復させたかったのだから。


「いいわ! 炎龍の牙たちも一気に回復させるわよ!!」


 強化されたホブたちを引き受けていたガドたちも、傷だらけで回復魔法が必要な状態だ。キングを討伐するにも、重傷者たちを回復させ復帰させる必要がある。


 ブーシィは魔力を集中させ、自分が使える最高位の回復魔法の呪文を唱えた。


「【元気にな~れ♡ 元気にな~れ♡ 萌え! 萌え! キューーーーーン】ッッッ!!!」


 詠唱を圧縮した高等技術を使って唱えられた呪文は、すぐさま効果を発揮する。たるんだどてっぱらに穴が開いていたピグーの傷口は見る間に塞がってゆき、ブルーの脚は元の毛深い脚へ元通りになっていた。痛みは柔らぎ、身体の奥底から力が湧き出すような気さえする。それは傷だけでなく体力や気力をも回復している証左。それは炎龍の牙たちも同じで、利き腕を深く傷ついていたチェイスの腕も全快していた。


「う、うぉぉおおお!! さすが姫の魔法だ!! 俺が止めを―――」

「ピグー!! 状況を見てください!! 私たちは姫の護衛をします!!」


 蕩けるように甘い呪文によって精神的な疲労さえ癒してしまうほどのブーシィの魔法だが、その反動は大きい。全魔力をつぎ込んだことで、キング同様今にも意識を失いそうだ。こんな状態のブーシィを放置すれば、ゴブリンたちに蹂躙されるのは明白だ。


 当然身体強化魔法も解けている。この状態での攻撃では、魔王であるゴブリンキングを仕留めることはできない。


「あとは・・・頼んだわよ・・・ティーチ」


 炎龍の牙を強化している魔法使いの名を呼ぶとともに、ブーシィは意識を手放した。




 ◇




 酷いものを見てしまったでござる・・・。


 貞一は、先ほど目の前で行われたグロ映像を思い出さないよう必死になっていた。


 貞一たちは順調にゴブリンを掃討し、ホブゴブリンの数も減らしていった。目ぼしいゴブリンたちの集団も駆逐したことで、貞一たちは徐々に前線へと近づいていた。


 キングを殺せば終わりの戦いではあるが、キングが倒れてもゴブリンの掃討は必要だ。なるべく散らさないように狩ってゆく蒼剣やシャドーフォレストに、貞一はついて回っているだけであった。シャドーフォレストも貞一がゴブリン如きの攻撃では傷さえつかないことを確認しているため、護衛もそこそこにゴブリン殲滅を優先していた。


 何もやることのない貞一は、前線に近づいたことで治癒姫や炎龍の牙の戦いを観察することができた。炎龍の牙の戦況は貞一が見ても押されているように感じたが、貞一では何も援護することはできないため、見守るしかない。炎龍の牙たちは一流の冒険者に恥じず、見事な剣捌きでホブたちの攻撃をしのいでいた。


 一方治癒姫たちは優勢で、押せ押せドンドンな雰囲気だ。しかし、その猛攻は護衛のホブが持つ大盾によって防がれてしまっている。


 もどかしい気持ちで貞一が治癒姫たちを見ていると、ブーシィの掛け声を合図に先ほどまでの戦いは何だったのかと言わんばかりに、デーパとブルーが大盾を切り裂き護衛に止めを刺した。


 行ける! 勝利は目の前でござる!


 貞一がそう思った直後、小さな太陽のような球体から放たれた魔法により、ピグーとブルーが重傷を負ってしまった。あれでは死んでしまうとパニックになった貞一は、シャドーフォレストを呼び止め、治癒姫たちの下へ向かったのだ。


 そして―――


「【元気にな~れ♡ 元気にな~れ♡ 萌え! 萌え! キューーーーーン】ッッッ!!!」


 この放送事故である。


 きっついでござる・・・。これはきっついでござるよぉ・・・!! え、アレが呪文でござるか? 拙者のよりひどいんじゃないでござるか?


 ブーシィが唱えた全体回復魔法は、貞一の精神にクリティカルヒットを与えた。貞一はブーシィから目を逸らし、深く深く呼吸することでなんとか冷静を保つ。


 ブーシィが魔力切れにより気絶したように、貞一もあまりの光景のひどさに気絶しそうになっていた。貞一が気絶すれば、当然炎龍の牙にかけている身体強化の魔法も消えてしまう。そうなれば、まだ辛うじて意識を保ち強化を解いていないキングを殺すことはできなかっただろう。ブーシィは知らず知らずのうちに味方を助け、味方を窮地へ追いやっていたのだ。


 あれでメイド服でも着ていたら、恐らく泡を吹いて気絶していたでござるね・・・。それくらいの破壊力があったでござるよ。キングが放ったビーム攻撃並みでござる・・・。


 貞一がブーシィの呪文に打ち震えている中、事態は急速に進んでいく。キングが魔力切れを起こしかけていることで、炎龍の牙が受け持っていた残りのホブ4体のうち1体の強化魔法が打ち消された。それだけでなく、炎龍の牙のメンバーもブーシィが最後に使った回復魔法のおかげで全快しており、逆襲とばかりにホブを囲み攻めている。


 炎龍の牙がホブを抑えている間に、ガドは一人抜け出しキングへと迫っていく。ガドはブルーの言葉を聞き、その言葉に込められた意味を正確にくみ取っていたのだ。


 治癒姫がダウンしたことにより、魔法使いが貞一だけになったことで、ガドはこの機会を逃せば次はないと覚悟し突っ込む。貞一の魔力はまだ十分にあるのだが、ガドは自身にかけられた強化魔法の質の高さから、貞一が無理して多くの魔力を注いでいると勘違いし、いつ貞一が魔力切れを起こすかと頭を悩ませていたのだ。


 ガドは貞一の誠実さを信じ魔法の強さも信じてはいるが、冒険者としての経験の無さから全てを信じ切れていなかったのが原因だ。実績もない新人冒険者を、初対面で全面的に信用することなど無理な話なのだが。


「うぉおおおおおお!!!」


 キングを護ろうと立ちふさがるゴブリンたちを、ガドは一切無視して突き進む。貞一の強化魔法だけでなく、自身の魔力も強化魔法へ惜しみなく注いでいる。今のガドにとって、ゴブリンなどいくら湧こうが邪魔することさえできない。


「グガギギギャ!!」


 キングが何事か叫びガドを睨みつける。手のひらをガドに向けていることから、攻撃魔法の呪文を叫んでいるらしい。


 しかし、キングの呪文は貞一のような単語ではなく、長い詠唱を必要とするもののようだ。キングは魔力がほとんど枯渇しているために、朦朧としながら呪文を紡いでいる。呪文を唱える速さよりも、圧倒的にガドの剣がキングに届くほうが疾かった。


 当然、キングを護るために新たに魔将軍となったホブゴブリンは、呪文を唱える時間を稼ぐためにガドの前に立ちはだかる。しかし、キングによる身体強化を受けているが、先ほどまでガドが戦っていた魔将軍より装備も練度も数段劣る。突然の強化に、ホブゴブリンは体の制御が上手くできず、大ぶりな攻撃となってしまった。


「甘いッ!!!」


 それでは時間も稼げない。貞一の強化魔法に自身の魔力も上乗せしているガドは、ほとんど止まることもなく2体の魔将軍を切り伏せる。


 その様子を見て詠唱を諦めたキングは、近くに落ちていた剣を拾い上げガドに攻撃する。しかし、そんなとっさに振るった剣がガドに通用するはずもない。キングの剣はキンッという澄み渡るような金属音を響かせ、後方に弾き飛ばされた。


 剣を失いがら空きとなった胴体へ、ガドの大剣が滑り込む。すでに魔力がほとんど枯渇し自分の強化魔法すら覚束なかったキングの防御は、ガドが極限まで練り上げた魔力を纏った剣の前では何の抵抗も許さなかった。熱したナイフをバターに突き刺すように、ガドの大剣はするりとキングの胸を貫く。


「グギ・・・ギャア・・・ァ・・・・」


 キングはか細い断末魔を上げながら虚空に手を伸ばすが、すぐに垂れ下がり動かなくなった。


 キングが死んだことにより、ホブにかけられていた強化魔法は解かれた。シャドーフォレストでも囲んですぐに殺せたホブを、貞一の強化魔法をかけられた炎龍の牙が手こずるはずもない。強化魔法が切れたことによる急激な身体能力の差に戸惑うホブゴブリンを、炎龍の牙たちは一瞬で殺しつくした。


「終わった・・・でござるか?」


 ガドの重戦車のような圧倒的な突貫に見入っていた貞一は、キングが死んだことを思い出したようにそう呟いた。


「まだです、ティーチさん。まだゴブリンは残ってますし、ホブも数匹ですが残ってます」


 シャドーフォレストのリーダーであるバッテラが、警戒を緩めることなく貞一に答える。


「ですが、勝負は決まったと言っていいでしょう。魔王を倒したのですから!!」


『魔王を倒せば勝利』という条件を達成したのだ。それは勝負に勝ったと言って問題ないだろう。


 治癒姫と炎龍の牙の仕事は魔王を倒すこと。しかし、蒼剣とシャドーフォレストの仕事はゴブリンの殲滅だ。残党が周囲の村や街道を襲ったりしないよう、ここで一気に叩く必要があるのだ。


 それでも、キングに止めを刺したガドに労いの言葉をかけるくらいの時間はある。すでに蒼剣はゴブリンたちを掃討しながらガドたちの方へ向かっていた。


「行きましょうティーチさん。ガドさんの下に!」

「行くでござる!!」


 ティーチは、自分の魔法が少しでも役に立ったことに興奮し、こんな大きな戦闘をやりきった充実感でいっぱいだった。日本で働いていた時には感じられなかった達成感だ。


「ガド殿! さすがでござる! かっこよかったでござるよ!!」

「ティーチさん! ティーチさんの強化魔法があったからこそですよ。本当に助かりました」


 最後の攻撃に自身が持てる魔力のほとんどを使い切っていたため、ガドは今にも倒れそうなほど憔悴していた。しかし、その顔には確かな勝利の余韻が感じられる。


「さすがだな。最後の突撃は見事なものだった」

「ブルー。いや、治癒姫様の魔法が無ければ無理だった。仲間たちも助けてもらったしな。目が覚めたら改めて礼を言わせてもらおう」


 ブルーが魔力欠乏によって、顎だけでなく顔も青く染めながら、ガドに賞賛の言葉を贈った。治癒姫たち一行も、ガドの下に集まってきた。


 貞一にトラウマを植え付けた回復魔法を使ったことで、ブーシィは魔力切れとなり眠りについている。魔境は魔力が豊富な領域。すぐに回復して目を覚ますだろう。そんなブーシィを役得とばかりに背負うピグーと、そんなピグーを大盾を斬るためにほとんど魔力を使い果たしてフラフラなデーパが羨まし気に見ていた。


 ブーシィの魔法によって回復したため、終わってみれば全員が無傷な状態だった。お腹に大きな穴をあけたピグーでさえ、ブーシィを背負えるくらい元気なのだ。貞一は回復魔法のすごさを思い知ったようだった。呪文も含め。


 あの呪文はちょっと・・・何と言っていいか言葉に困るほど残念でござったね・・・。これからは同じ残念呪文を持つ者として、ブーシィ殿には優しくするでござるよ。


「では、私たちはゴブリンの殲滅に戻ります。ティーチさんはここで待っててください」

「さ、私たちも終わらせちゃうよ」


 炎龍の牙や治癒姫たちに声をかけていたシャドーフォレストと蒼剣は、彼らの仕事であるゴブリン狩りが残っていた。蜘蛛の子のように逃げるゴブリンを追う必要があるため、挨拶もそこそこに行く必要があるのだろう。


 そう言うや、すぐにシャドーフォレスト達はこの場から離れ、残党狩りを始めていた。


「・・・んん? あれ? 寝てた?」


 寝ぼけ眼を擦りながら、魔力欠乏によって気絶していたブーシィの眼が覚めたみたいだ。普通は目が覚めるのにはもっと時間がかかるが、魔境のような魔力が豊富な場所では回復も早い。


「姫! 起きたか?」

「ピグー? ・・・ハッ! 魔王は!? ゴブリンキングはどうなったの!?」

「安心しろよ! ガドさんがきっちり止めを刺してくれたぜ!」

「そうですよ、姫。魔王はしっかり討伐できました」


 臣下でありパーティメンバーでもあるピグーとデーパが、魔王の最後を語っていた。といっても、ガドの大剣が魔王を貫いたというくらいしか話すことは無いのだが。


「そう・・・。よかった・・・本当によかったわ・・・」


 ブーシィは本当に心配していたようで、魔力の枯渇により青白くなっていた顔にも生気が戻ったように顔色がよくなっていた。


「それじゃ、ドロップアイテムでも確認しちゃいましょ」

「ドロップアイテムでござるか?」


 外野として治癒姫たちを見ていた貞一だが、聞きなれない単語に思わず反応してしまった。


「ええ。ドロップアイテムよ。魔王は倒すと霧みたいになって死体も残らないんだけど、強力なアイテムを残すのよ」


 なぬ? そんなお宝アイテムもゲットできるでござるか!? 拙者聞いていないでござるよ!? ・・・いや。魔王からしかドロップしないとなると、冒険者が持っていなくても納得でござるね。


 魔王というボスモンスターからのドロップアイテムなら、貞一が想像しているような強力なアイテムも存在しているかもしれない。炎の刀身を持つ剣とか、氷を纏う杖とか。


 期待を込めて魔王であるゴブリンキングの死体に目を向ける貞一。


「んん? ドロップアイテムってあのローブのことでござるか? 死体は残ったままでござるが・・・」

「何言ってるのよティーチ。魔王は死んだら跡形もなく―――」


 ブーシィが貞一に答えようとした瞬間、とてつもないプレッシャーが場を支配する。あまりにも急なことに停止した貞一たちだが、直後にその視界が真っ白に染まった。その様子を遠くから見ていれば、巨大な落雷が落ちたことが分かっただろう。


 完全な不意打ち。魔力切れの者が多く勝利の余韻に浸っていたところに撃たれた落雷は、冒険者たちに防御すらろくに取ることさえ許さず蹂躙しつくした。


「ッブハ!! ボゲラ! プギャッッ!!!」


 突然の落雷に、貞一は枯葉の様に転がっていく。縦にも横にも大きな貞一が面白いように吹き飛んだのだ。落雷の威力は相当なものだったろう。


「っぺっぺ! うぅ~・・・口に土が入ったでござる・・・」


 転がったことで三半規管が揺さぶられた貞一は、ふらつきながらもなんとか立ち上がる。貞一は常に身体強化魔法を発動していたため、魔法のおかげで落雷のダメージはそれほどなかった。強いてあげるなら、口に土が入って不快なことと、転がったためふらつくくらいだろうか。


 しかし、立ち上がった貞一が見た光景は、絶望するのに十分なものだった。


 魔法使いの強化魔法を受けていなかった蒼剣やシャドーフォレスト、治癒姫たちは、ボロ雑巾のように汚れたままピクリとも動かない。距離が離れていた蒼剣やシャドーフォレストでさえ、このダメージなのだ。攻撃を直撃した治癒姫たちは、瀕死といってよい有様だ。


 貞一の強化魔法を受けていた炎龍の牙たちは、意識はあるものの上手く立ち上がることすらできていないようだ。それは、落雷が貞一の強化魔法を突き破ってダメージを与えたことに他ならない。


 そして、一件の家屋から残虐で狡猾で嫌らしい嗤い声を上げながら、魔境の王―――ゴブリンキングが姿を現した。

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