ブサイク、おっさんに魔法をかける
貞一なりにいろいろ考えた結果、自分の魔法が効かないだろうゴブリンキングの討伐を受けることにした。『身体強化魔法を使うだけで良い』という条件なので、一流の冒険者の戦いを近くで見れる貴重な経験となるだろう。その辺にいるゴブリンと戦ってみても良い。身体強化魔法の効果も確かめられて一石二鳥だ。
「それじゃ、さっそく出発する準備をするわよ! ティーチも装備は整えてあるみたいだしね」
「もう行くでござるか?」
「巧遅より拙速よ! 今はなにより時間が惜しいわ!」
もともとそういう予定だったのか、姫のわがままには慣れているのか、治癒姫一行は特に不満もなく行動を始めた。さすが騎士サークルの姫である。
「じゃ、俺が『炎龍の牙』たちを呼んでくるわ」
「僕はティーチさんに足りないモノがないか確認いたしますね」
「『蒼剣』と『シャドーフォレスト』は2階にいるはずだ」
『炎龍の牙』や『蒼剣』、『シャドーフォレスト』は冒険者パーティの名前だろう。 治癒姫だけでなく、冒険者は自分たちを覚えてもらうためにパーティ名をつけるものだ。冒険者は目立ってなんぼなのである。
貞一はデーパに昨日買った冒険者必需品セットの確認をしてもらいながら、頭を悩ませる。
勢いでこの依頼を引き受けてしまったでござるが、大丈夫でござろうか・・・? 拙者、昨日初めて身体強化の魔法を使えるようになったんでござるよ? それもゴッドが自動で発動するようにしてくれて! シルバー級の冒険者に魔法が使えなかったら、ヤバイ空気になるのは確実でござるッ!!
冷や汗をダラダラとかきながら、貞一はデーパと準備を進めていく。
◇
冒険者ギルドの2階にはいくつかの会議室がある。ここは職員でも冒険者でも自由に使える場所だ。防諜管理もされており、下の雑談スペースではできないような話ができる。
冒険者には秘密が多くある。高額なアイテムのやりとりや、他に知られたくない美味い採取場所などさまざまだ。情報も大事な武器である冒険者にとっては、こういった会議室は必須の場所と言えよう。
そんな会議室の一室に、4つの冒険者パーティと1人の新人冒険者がいた。
「それじゃ、作戦は頭に叩き込んだわね? お昼も食べたし、出発するわよ!」
貞一は当然のように仕切っているブーシィを見ながら、作戦を思い出す。
今日までに、この前野宿した街道の地点まで進み一泊。明日のお昼には、ゴブリンキングが占拠していると思われる村へ辿り着き戦闘。
ゴブリンキングは配下のホブゴブリンを魔将軍として身体強化魔法を施すと思われ、その数は多くて5体、予想では4体のホブゴブリンが魔将軍として魔法使い並みの強化魔法がされている。人間の魔法使いと同様に、キングは攻撃魔法で蹂躙し、ホブがキングの盾となる戦法がやつらの定石らしい。いかにキングを牽制して魔法を討たせないかが勝敗の肝となる。
戦闘のメインはシルバー級の冒険者である治癒姫と炎龍の牙。治癒姫がキングのヘイトを受け、炎龍の牙が補佐をしながら魔将軍であるホブを引き付ける。事前にキングと戦う相手を決めているのは、連携の問題だ。シルバー級ともなれば連携を合わせることは簡単にできるが、真に呼吸があった連携はやはり長い年月が必要なのだ。
炎龍の牙は冒険者としてまだまだ経験の浅い治癒姫と違い、ベテランな冒険者だ。多くの魔物と戦い、その全てを屠ってきた。知識と経験を兼ね備えた、魔物のエキスパートである。
そんな彼らがキングではなくホブを受け持つのは、その蓄積された経験ゆえだ。魔法がメインのキングは、その魔法さえ封じてしまえばそこまでの脅威ではない。魔法には呪文のあり無しで威力が大きく変わる。呪文を唱える邪魔をしていれば、弱い無詠唱の魔法しか撃たれず決定打は阻止できる。ちくちくとハラスメント攻撃を繰り返せば、キングは完封できるとのこと。
それをさせないためにいるのが魔将軍であるホブゴブリンだ。ホブと戦いながらキングの魔法にも意識を割くというのは、なかなかに難しい。そして、ホブをキングからなるべく遠ざけるのも、巧みに誘導できる熟練の技が必要だ。
ここで肝になるのが、魔将軍であるホブは殺さず、キングから離しすぎないことだ。魔将軍でないホブゴブリンは多数いることが予想され、身体強化の魔法を掛けたホブゴブリンが死んだら、第二第三のホブゴブリンに魔法を掛ければ永遠に将軍は補充されてしまう。キングから離しすぎても同じで、近くにいる他のホブゴブリンを将軍にすればキングは守られる。
『身体強化魔法をかけなおせる』というのが厄介で、ホブゴブリンだけでなくゴブリンにもかけることができるのだ。魔王であるキングの影響下にいるゴブリンは強化されているが、魔法使いの防御を突破できるほど強くはない。しかし、キングから直接強化魔法を施されれば、魔法使いの防御を突破することも可能となる。
つまり、無限のように湧き出てくるゴブリンやホブゴブリンを近づけさせないようにしつつ魔将軍を抑え、キングを討ち取らなければならない。個々の力は弱くとも強化魔法の使いどころによっては戦況がひっくり返されるのが、魔王ゴブリンキングの恐ろしいところだ。
ただし、先ほども述べたが一度に強化できる数は多くて5体。炎龍の牙は5人パーティのため5人で半分以上のホブを相手にする。数の有利をとりつつ、治癒姫たちと協力してキングを討ち取ることができるだろう。
残ったゴブリンやホブは、蒼剣とシャドーフォレストのメンバーが掃討する。当然残ったゴブリンや魔将軍になれなかったホブゴブリンも指揮型の魔王であるゴブリンキングの強化はされているが、魔将軍ほどの劇的な強さではない。その程度では、シルバー級の蒼剣は当然として、カッパー級の中でも上位に位置するシャドーフォレストたちでも十分対処できる魔物だそうだ。
貞一は炎龍の牙に強化魔法をかけた後は、シャドーフォレストの皆さんに守ってもらうだけ。完全にバフアイテムである。
作戦自体は大雑把なものだが、歴戦の冒険者たちはその都度フォローし合うようだ。
「待ってくれ。一度ティーチさんに強化の魔法をかけてもらいたい。話はついてるだろうが、まだ信じらんなくてな。ティーチさん、本当に俺たちに強化魔法をかけてくれるのか? もしそうなら、すまないが今俺たちに魔法をかけてはくれないか?」
『炎龍の牙』リーダーであるガドが、貞一に頭を下げる。
なぜ一流の冒険者であるシルバー級の彼らが、下っ端冒険者であるアイアン級の貞一にこんなに下手に出ているのかには、二つの理由がある。
まず、魔法使い=貴族という図式が、この世界には出来上がっている。極少数だが貴族以外にも魔法使いは生まれるが、そういった者も結局は貴族家に吸収されてしまう。よって、炎龍の牙も貞一を『貴族ではないが魔法使いなので偉い』という解釈をしているからだ。
ちなみに、貞一が魔法使いであることはこの場にいる冒険者たちに共有されている。作戦上当然共有されているが、彼らには守秘義務が掛けられている。貞一としても平民の魔法使いは王都に連行されると聞かされているので、ありがたい。
もう一つの理由として、魔法使いから身体強化の魔法をかけてもらうことは大変名誉なことであるからだ。これはブーシィが言っていたのだが、身体強化を施す相手は近しい者たちだけらしい。ブーシィで言えば、パーティメンバー兼護衛の3人しか魔法はかけない。余力があっても、他の冒険者にかけることはありえないそうだ。他の貴族も同じで、基本的には貴族が冒険者に魔法を発動させるなどないらしい。
それもそのはず。無敵な貴族の身体強化魔法を破れるのは、同じ貴族か貴族から強化魔法をかけられた者だけなのだから。裏切られれば自分自身の魔法のせいで死ぬことだってある。過去にはそういった事件もあり、貴族は強化魔法を他人にかけることに対して極端に嫌うようになった。
ただでさえ強化魔法を使わないのに、魔法をかけられる人数は決まっているため、護衛の極一部の騎士にしかかけないのは至極当然である。そのため、魔法使いが身体強化魔法をかけるということは、その者をとても信頼しているという証になり、大変名誉なことなのだ。生涯自慢することができる。
そうしていつからか、魔法使いに強化魔法を掛けられる騎士のことを、〝聖騎士"と呼ぶようになった。
よって、炎龍の牙のみなさんは、『魔法使い様が自分たちに魔法をかけてくださる』という心理状況になっているというわけだ。貞一にそこまですごい力があるわけではないが、それがこの世界の常識なのだ。
とうとうきてしまったでござるね・・・。
貞一は期待のこもった眼差しを向けてくる、ガドを見る。
シルバー級冒険者である『炎龍の牙』は、貞一にも気さくに話してくれるとても優しいパーティだ。『普通に話してくれる』というのだけで、ブサイクという容姿のせいで暗い人生を送ってきた貞一にとってはとても貴重なことだ。
炎龍の牙のメンバーは30歳過ぎの冒険者で、貞一よりも何歳か年上のメンバー構成だ。自分の身長もあろうかというほどの大剣を操るリーダーのガドや、タワーシールドのような大盾を巧みにさばく者など、大味な装備が多い。彼らが冒険者として特化している部分は、その大物を遺憾なく発揮できる強大な魔物の討伐だ。彼らの信条はジャイアントキリング。格上の魔物において、彼らほど心強い冒険者はネスク・テガロには存在しない。
ゴブリンキングという強敵が現れた時など、彼らは十全に力を発揮できる。さらに今回は貞一の魔法の支援が入るため、いつも以上の活躍が期待できるだろう。
そんな彼らでも、魔法使いに魔法をかけられたことは無い。一体どれだけ強くなれるのかと、彼らは興奮を隠すことなく貞一を見る。それを羨まし気に蒼剣やシャドーフォレストが見ているところから、本当に魔法使いから魔法をかけられるということは名誉なことなのだろう。
しかし、おっさんに熱い目線を向けられながら『魔法をかけて』なんて台詞を言われる日が来ようとは・・・。拙者複雑な気分でござる・・・。
「わかったでござる。【オウフ】」
そして、貞一がその期待に応えるよう、力ある言葉―――呪文を口にする。貞一が力ある言葉を紡ぐと、貞一と炎龍の牙のメンバーに見えざる力のパスが繋がる。そのパスを伝い、貞一の魔力が流れていく。実際貞一も僅かながら魔力が減少していく感覚を覚えた。
魔法使いから身体強化魔法を初めてかけられた炎龍の牙のメンバーは、程度の差はあれど一様にどよめいていることがわかる。自分の手を握ったり開いたりを繰り返し、お互い顔を見合わせ生唾を飲み込んでいた。
「おいおいおい・・・。これが身体強化魔法だって? 確かに、俺たちのとは完全に別物のようだな・・・」
ガドも驚きとともに、今すぐにでも暴れたいという獰猛な顔をしている。自身がどれだけ強化されたのかを試したくてやまやまな様子だ。それはガドに限った話ではなく、炎龍の牙の全員が顔を興奮で紅潮させ、目を輝かせている。まるで新しいおもちゃをもらった子供のような姿だ。
貞一が身体強化魔法を一発で成功させられたのは、事前にブーシィと練習していたからに他ならない。ゴッドの補助がここでも活きたのか、苦労することなくすぐに使えるようになった。やはり、世界最高クラスの素質というのはこういったところにも効果が現れるようだ。
問題なく強化魔法が使えてよかったでござるよ・・・。でも、呪文が・・・呪文がまたも酷いことになってしまったでござる・・・。
貞一とブーシィが強化魔法の練習をしていると、受付嬢のクラシィが旅に必要な食料などを前が見えないほど抱えてやってきたのだ。運悪く出入り口の近くで練習していた貞一にクラシィはぶつかってしまい、今まさにカッコいい呪文を唱えようとしていた貞一は『オウフッ!』と思わず零してしまった。それが力ある言葉として魂に定着してしまい、呪文として登録してしまったのだ。
『フォカヌポゥ』、『くぁwせdrftgyふじこlp』そして、『オウフ』。・・・ヤバイでござる。ふざけるのも大概にすべきでござる! まともなのが一つもないではござらんかッ!!
貞一は早くもこの世界に来た瞬間に戻りたい気持ちになってしまう。この世界ではフォカヌポウもオウフも知られていないのが、せめてもの救いだろう。
ブーシィはそんなに短い呪文は凄い! 才能あるじゃない! と励ましてくれたが、何一つカッコいい呪文どころかまともな呪文を持っていない貞一にとっては、煽っているようにすら聞こえてしまう始末であった。
貞一は、戦闘中如何に呪文を聞かれないようにするかに頭を悩ませるのであった。
◇
災厄の化身たる魔王の盗伐を任された一行は、魔王であるゴブリンキングが占領しているであろう村に向かって街道を歩いていた。
討伐隊はシルバー級3パーティ、カッパー級1パーティ、アイアン級の貞一だ。
魔法使いであるブーシィを筆頭に豊富な魔力持ちで構成された、魔王と直接戦う役割のシルバー級パーティ『治癒姫』。
貞一の身体強化魔法を受け、魔王配下の魔将軍と戦うシルバー級パーティ『炎龍の牙』。
無限に湧き出るゴブリンたちを掃討し、魔将軍にするためのストックを減らすシルバー級パーティ『蒼剣』。
索敵や斥候に優れ、貞一の護衛を担うカッパー級パーティ『シャドーフォレスト』。
彼らは貞一が参加することに了承するや否やすぐさま集結し、軽い打ち合わせをしたと思えば出発していた。貞一はめまぐるしく変わる状況について行くのに四苦八苦していたが、どうせバフアイテムとしての参加なのでとりあえず後をついて行こうと思考を停止していた。
歩き始めてすぐは気まずさに足元を見て歩いている貞一だったが、炎龍の牙のメンバーが声をかけてくれ、今では楽しくおしゃべりする余裕すらあった。
炎龍の牙は貞一のようなブサイクであっても気持ち悪がらず、見下してくることは無かった。逆に貞一が魔法使いだからか、とても腰を低くして接してくれるため、貞一の方が恐縮してしまうくらいだった。
炎龍の牙は治癒姫一行とは違い、そこそこ顔は整っていた。欧州系の彫りの深い顔だちのため、貞一にとっては十分イケメンとよべるレベルであった。貞一とそう歳は離れていないが、彼らには貞一にない渋さがあった。
炎龍の牙は魔法使いチートを持っている治癒姫とは違い、アイアンからコツコツと実績を積み重ねてきた叩き上げのパーティらしい。周囲からの人望も厚く、ネスク・テガロの兄貴枠なんだとか。
やっぱり外国人ってだけで話すハードルがかなり減るでござるね・・・。日本語通じるでござるし。拙者の過去を知る人が一人もいないというのも、気を楽にしてくれるでござる。
着実にコミュ障を改善できている手ごたえを感じ、貞一は会話するのが楽しいとさえ感じていた。
やはり治癒姫というステップを踏んだことで、大分コミュ力が付いたんじゃないでござるか? 拙者今なら美人とだって話せる自信があるでござるよ!
調子に乗っている貞一は、情報収集 兼 コミュ力向上のために炎龍の牙たちとの会話に戻る。
「気になっていたのでござるが、魔王って街の大ピンチってくらいの脅威なんでござるよね? それにしては討伐隊が少ないでござらんか?」
シルバー級の残り1パーティは出払っているそうだが、他にも冒険者はいっぱいいる。カッパーなんてもっといるわけで、軍団で討伐に行かないことに違和感を覚えていた。
「いや、十分ですよ。これ以上は被害が大きくなるだけですから」
「リーダーの言う通りです。魔法使い様の強化魔法が無ければ、魔王の魔法が掠っただけで死ぬことも十分あり得ますからね」
魔王との戦いは、魔法使いの強化無しでは足手まとい以外の何物でもない。騎士級程度の魔力では魔王や配下の魔将軍に攻撃が通用しないため、敵の視界にすら入れてもらえない。命懸けで攻撃を試みても、目の前を飛ぶ羽虫を手で追い払うように、鬱陶し気に放たれる即死の攻撃になすすべもなく命を散らすだけだ。むしろ、味方側が気を使ってしまいかえって足を引っ張ってしまう。
この戦いはあくまで魔王と魔法使いの殺し合いであり、配下のゴブリンや露払いの冒険者の戦いではない。上が負ければ、自動的にそちらの陣営は負けが決まるようなものだからだ。魔王を殺せば、強化の解けたゴブリンなど魔法使いにとっては地を這う虫けらと変わらない。逆もしかりで、魔法使いである治癒姫や貞一が死ねば、生き残った冒険者はなすすべもなく殺されてしまう。
そんな戦いのため、戦闘の余波で魔王の魔法が当たって死ぬリスクもある戦場に、余剰戦力を投入することはできない。魔王が勝てば、次の標的はネスク・テガロなのだ。応援が来るまでの間、肉の盾として街を護る冒険者は一組でも多くいるに越したことは無いのだから。
それに、強化されたといっても、魔将軍でもないゴブリンやホブゴブリンではベテランの冒険者にとってそこまでの脅威ではない。そのため、シルバー級である蒼剣がいれば十分殲滅できるらしい。
今回は貞一がラーテラにカッコつけて、『ゴブリン程度拙者の魔法で瞬殺でござるよwwフゴッwww』と息巻いたため、最低限の構成で臨むことになった。
貞一が役立たずでゴブリンすら殺せなかったとしても、蒼剣やシャドーフォレストがうまく立ち回ってくれるだろう。
「なるほど。では騎士団などはいないのでござるか?」
ネスク・テガロは貞一から見ても大きな街だ。そんな街なのだから、騎士団や軍隊はいて当然。侯爵令嬢であるブーシィがいるのだから、騎士団の一つや二つはあるだろう。
仕えるべき主が魔王討伐に行くのに、なぜ騎士団は来ないのか疑問だったのだ。
「何言ってんですかティーチさん。騎士様ならピグー殿たちがいるじゃないか」
「騎士じゃなくて騎士団でござるよ! もっと大人数の軍でござる」
「あっはっはっは! さすがに騎士団なんてネスク・テガロにはいないですよ!」
なんでも、騎士とは魔力量が相当多くないと成れないものであり、大変貴重な存在らしい。騎士団と呼べるレベルの集団は、それこそ四大貴族家が守護している大都市にしかいない。街の管理は騎士ではなく衛兵が行っており、衛兵ではアイアンやカッパーと変わらない実力のため、参加させる意味がない。
「知らなかったでござるよ。では、次の質問でござる! なんで魔王が出るような危険な魔境の近くに、街や村があるのでござるか?」
ネスク・テガロから魔境までは、最も近い場所で歩いて半日もかからない。占拠された村なんて、魔境のすぐそばにあるという。危険とわかっているなら、普通遠くに住みたくなるものだろう。
「それには、二つの理由があるな。一つは魔境からは魔物がほとんど出てこないこと。冒険者が周回しているからゴブリンなんかも滅多に見かけることはないくらい、安全なんですよ」
「でも魔王は魔境から出てくるのでござるよね?」
「ああ。だが、私たちみたいにすぐに討伐隊が組まれ、街に来るまでに処理する」
「村は襲われてしまったでござるよね?」
「ああ~と。魔境近くに住んでる村人ってのは、金はないけど都会を捨てられない奴らなんですよ。街には住めず、かといって栄えている街から離れた田舎暮らしはしたくない、そんな連中が住んでるんです」
事業が失敗して金を失った者。一獲千金を願って冒険者になったが、うだつの上がらない者。貧困から街に住めなくなった者。
街を出ないといけないが、かといって都市であるネスク・テガロから歩いて1週間も離れたような村には移り住みたくない。すぐに街に行けて、かつお金が稼げる場所。それが魔境近くの村なのだ。
「魔境近くは魔力が多くて常に豊作ですからね。実際、魔王なんて数年、下手すれば数十年現れないこともざるですから。村でガッポリ稼ぐ奴もいるくらいですし」
「案外人気だったりするんですよ? 特に、畑を継げないけど冒険者になる自信がない農家の次男三男とかに」
魔境から漏れ出る魔力は農作物にとって何よりの栄養なのだ。魔力のおかげで土はやせることはなく、凶作とは無縁の快適農家ライフが送れる。たまにゴブリンなどが来るが、数匹のゴブリン程度鍬を振り回せば驚いて魔境に逃げていく。
冒険者は直接命の危険がある場所が仕事場だが、魔境農家は冒険者より遥かに安全が保障された仕事場で、命のやり取りではなく農業をすればいいのだ。それも豊作が約束されている。確かにこれは魅力的だ。
「二つ目が、魔境の恵ですね。貴重な薬草や武具の素材、それに食材もだ。魔境では大概の物が手に入りますからね」
「魔境ごとに取れる素材も違うので、交易の品にもなるから商人も集まる」
「魔王を討伐するために貴族様もいれば、魔境で稼ぐ冒険者もいる。人がいれば宿屋ができ、また人を呼ぶ。そうやって、魔境の近くに街ができるんですよ」
結局は、来るか来ないかわからない魔王という脅威に怯えてひもじい生活を送るか、多少のリスクはあるものの豊かな生活を送るかということだ。人間、一度高みを見てしまうとなかなか降りることはできやしない。
日本人だって、大地震が来るかもしれないからと海外に移住する人は滅多にいないだろう。数年後、数十年後に来るかもしれない脅威なんて、リアルに想像できる者はほんの一握りもいないのだ。
「ネスク・テガロはゴブリンが出るから、特に魔境近くの村は人気なんですよ」
「ゴブリンでござるか? 畑が荒らされそうでござるし、普通嫌なんじゃないでござるか?」
「ゴブリンはいい肥料になるんですよ!」
「肥料でござるかッ!?」
え? ゴブリンってあのゴブリンでござるよね? え? え? 肥料になるんでござるか?? むふ~ん。あ! わかったでござるよ!
「ゴブリンの糞は良い栄養になるんでござるね!」
「あはははは! 糞って! 何言ってるんですかティーチさん!」
「ゴブリンの糞を肥料にするんじゃないんでござるか??」
「ゴブリンそのものですよ! こう、ミンチにして土と混ぜ合わせるんです」
ミンチにしているらしきジェスチャーを交えながら、貞一に教えてくれる炎龍の牙の一同。
ちょうど貞一は魔法でゴブリンを爆裂させた現場を見ていたため、無駄にリアルに想像してしまった。吐き気を何とか堪え、青白い顔でプルプルしている貞一。
炎龍の牙たちはそんな貞一の様子に気付かず、話を進めていく。
「今回の魔王はゴブリンキングだから、きっとホブもいっぱい出てくるよな」
「ええ。決戦場になるだろう村はゴブリンの血肉でいっぱいになるだろうね」
「それなら、今回全滅した村もすぐに応募殺到でいっぱいになるだろうな」
「「がはっはっはっは!!」」
豪快に笑う炎龍の牙たちを見ながら、貞一は異世界人のバイタリティの高さに慄くのであった。
◇
ネスク・テガロを出発し、時刻は夕方。貞一が異世界で初めて一夜を過ごした場所まで着くことができた。
旅路は至って順調。ゴブリンが湧くこともないし、野生の獣に襲われることもない。
街へ向かっていた時とは逆に、街道の分岐点を通り過ぎるたびに人通りは減り、野営地に着くころには街道に貞一たち以外誰もいなかった。このあたりにゴブリンが多発していることは、すでにお触れが回っているらしい。さすがに魔王であるキングの情報は昨日の今日で周知されていないが、すでに冒険者ギルドが情報を拡散しているためすぐに広まるだろう。
そんな危険な場所へと向かう貞一は、この世界で新しく感じられるようになった魔力の残量を確認していた。
うーん、やっぱり全然魔力が減ってないでござるね。
貞一は自分の中に感じる魔力が、朝と全然変わっていないことに首をかしげる。貞一は今朝から自分に身体強化の魔法をかけ続けていた。一日歩いて暇だったので、貞一は自分の強化魔法を意識することで、解除することも可能になった。疲れるのですぐに身体強化魔法を発動したため、貞一は一日中ずっと使っていたことになる。
明日はいきなり強力な敵と戦うのだ。どれだけ自分に魔力があって何回なら魔法が使えるかもわからないまま戦地に行くなど、貞一には考えられなかった。幸い、ブーシィが言うには魔力はぐっすり眠れば回復するというし、安心して強化魔法を使うことができた。
しかし、一日経っても魔力を使ったような気がしなかった。
炎龍の牙のみなさんに魔法をかけたときはほんの僅かにでござるが、魔力が減った感覚があったでござる。もしかして、自分に魔法をかけた時は魔力が減らないとか? ・・・まさかぁ! さすがにそれはないでござるよ!
そのまさかである。貞一の世界最高クラスの魔力操作をもってすれば、体内で魔力を循環する身体強化魔法は、魔力の消費無しで行うことができるのだ! ただ、これは貞一限定のチートではない。ほとんどの者は、日常生活の補助程度の身体強化魔法であれば、ほぼロスなく使うことができる。全力で走ったり重いものを持ち上げたりなど、意識的に魔力を消費しない限り、魔力の消費など微々たるものだ。
身体強化魔法で消費する魔力は、運動量で決まる。そのことを知らない貞一は、魔力が全く減らないと勘違いしてしまった。
今日はあんなに歩いたのに全然疲れなかったし、身体強化様様でござる! 明日も・・・と言いたいところでござるが、ゴブリンキングとの戦いの日でござるし、念には念を入れて使わない方がいいでござるかね。・・・いや、疲れ果てて動けないようになりそうなので使っておくでござるか・・・。
野営する場所は、村と街の中間地点。明日も結構な距離を歩くことになる。
初めて異世界に来た日は身体強化魔法を使っていなかったため、疲労困憊で大変だった。あの日はゴブリンに襲われたり夜の森の恐怖なりで疲れを気にする余裕がなかったが、今回は違う。疲れ果てた後に命懸けの戦いなどごめん被りたい。
貞一は自分の体力も世界最高クラスの素質があればいいのにと、愚痴をこぼしていた。
「フハッハッハッハ! やっぱスゲーぜこりゃあ!!」
「今ならリーダーだって倒せるぜ!」
「ぬかせっ! 軽くもんでやる!! かかってこい!」
食後の運動とばかりにガヤガヤ騒いでいるのは炎龍の牙の皆さんだ。大剣を掲げるリーダーのガドと、それを受け止めるように大盾を構えるサブリーダーのネーキスト。貞一がかけた身体強化の魔法に歓喜しながら、明日のために身体を魔法になじませている。
出発するときに魔法をかけた時、予想以上の効果だったようだ。貞一は炎龍の牙のリーダーに、身体がついていけるか不安だから練習させて欲しいと頼まれたのだ。
凄いでござるなぁ・・・。人間、あんな早く動けるものなんでござるね。真剣で稽古するのも考えられないでござるよ。
これなら明日も余裕でござるね、と貞一の不安はなくなった。




