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プロローグ

逆転世界ですが、ハーレム物にする気はありません。悪しからず。

「はぁ、とうとうこの日が来てしまったでござるか・・・」


 とぼとぼと足取り重く、一人の男が歩いている。


 いや、訂正しよう。実際にはドスドス(・・・・)と物理的に足取り重く歩いている、だ。


 何を隠そう、どこにも隠しようのないずんぐりむっくりなこの男こそ、拙者、鈴木貞一(ていいち)でござる。


 ただいまの時刻は深夜23時。貞一は日常化している残業を終わらせ、住んでいるアパートへの帰路の途中。ただでさえ鬱陶しい体型に加え、今は見るからに負のオーラがただよっており、より一層近づきがたい風体ふうていだ。警察が貞一を見かければ、迷わず職質すること間違いなしである。


「期待はしてなかったでござるよ? 無理ってことは何年も前から分かり切っておりましたからな。でも・・・でも、いざこの日を迎えるとなると、やはり何かクルものがあるのでござるよ・・・」


 貞一の言う〝この日″とは、貞一の誕生日のことである。


 それだけ聞けばなんてことないと思うだろう。しかし、世の中には、歳をとりたくないからと誕生日を嫌がる人もいるだろう。特に三十路みそじ四十路よそじの節目ともなれば、それに拍車がかかるのではないだろうか。


 貞一は現在29歳。

 そう、29歳なのだ。


 勘の良い人ならば気づいたのではないだろうか。


 この喋り方。見るからに暑苦しく、その縦にも横にも大きな体を縮こませながら歩いている姿。そして、明日は誕生日だというのに、ため息ばかりこぼす態度。


 そうなのだ。

 貞一は童貞なのだ。

 童貞全一、略して貞一なのだ。


「ははっ・・・。30歳で童貞なら魔法使いになれるんでござったか? そしたら真っ先に唱えてやるでござるよ。バ〇スとね」


 くたびれた暗黒微笑を浮かべながら、滅びの呪文を口にする。しかし何かが起きることもなく、眠りについた街は静かなままだった。


 それもそのはず。今はまだ日をまたいでいないし、たとえ30歳になろうとも魔法使いになどなれはしない。もし本当に魔法使いになれるなら、秋葉原は最強の軍事都市として世界に君臨しているだろう。


 仕事で疲れた頭ではろくなことは浮かばず、貞一はリア充をゴミのように屠る意味のない妄想をしながら近所のコンビニへ向かった。


 またいつものコンビニ弁当に、お茶の組み合わせでござるか・・・。


 疲れてご飯をつくる気力もないため、貞一の夕飯はもっぱらコンビニ弁当と決まっている。いつものコンビニ、いつものやる気のなさそうな店員、駐車場にはタクシードライバーがサボってスマホゲームで遊んでいる。そんな様子を横目に貞一はコンビニへ入ると、勝手知ったる我が家のような流れる動きでカゴを手に取り、弁当を吟味する。


 コンビニ弁当と言えど、一日の楽しみの一つである夕飯なのだ。弁当の選択には余念がない。


 明日は誕生日でござるし、久しぶりの休日でござるなぁ・・・。何か美味しいものでも買うでござるか。自分へのご褒美でござるよ!


 丸の内のOLならぬ、アラサーのDT(どうてい)がスイーツコーナーを物色する。


 うーむ、期間限定という言葉は甘美なる響きでござるね・・・。いや、やはり定番のもっちりシュークリームも捨てがたいでござる・・・!


 スイーツコーナーで悩んでいると、ふと視界にお酒コーナーが見えた。


 貞一は晩酌などせず、会社の飲み会も極力参加せずに生きてきた。お酒が飲めないという程ではないが、わざわざ自宅で飲むほど好きではない。普段なら見向きもしないが、今日はどんよりブルーな気分。お酒でも飲んで気分上げてかないとやってけないぜ!と、フラフラお酒コーナーに吸い寄せられていく。


 特に悩むこともなく、貞一はウィスキーを手に取った。理由は単純。海外映画に出てくる酔っ払いの定番だからだ。


 なんだがちょっぴりアウトローな気持ちになりながら、会計を済ませる。


 会計は電子マネー。空中つり銭受け渡しに心を削られることを防ぐため、いつしか買い物は電子マネーで済ますようになっていた。精神衛生は守られ、ポイントもついてくるなんてお得!と自分に言い聞かせるも、男の店員まで空中つり銭をされることにはいささか納得できない貞一である。


 貞一の名誉のために言っておくが、貞一は別に不潔ではない。しっかり洗濯はしているし、スーツも定期的にクリーニングに出すしファブ〇ーズも毎日している。汗っかきではあるが、汗をかけばハンカチで拭うし、夏には常に替えのシャツに制汗シートを持ち歩いているくらいだ。


 ブタが実はキレイ好きなように、貞一もまた身だしなみには最低限の注意を払っているのだ。その理由は単純に貞一がキレイ好きということもあるが、一番の理由は周りの眼がさらに厳しくなることを知っているからだ。


 一度下げられた評価を覆すことは容易ではない。評価が下げられた末に行きつくのは、これまで歩んできた人生で答えは知っている。


 貞一は自分の容姿が人よりも劣っていることを自覚している。しかし貞一はそのへんのブサイクとは違った。不貞腐れず、根暗にならず、開き直ることもしない。もう二度とあの辛い日々を送らないように、少しでもよく見えるように努力しているのだ。


 それでも、最底辺に堕ちないというだけで、彼女はおろか女性の知り合いすらできたためしがない。


 なになに? 自分から動かないから恋人ができないだって?


 確かに貞一は彼女を探す努力は怠った。今日日きょうび、出会いの場はいたるところにある。職場や知り合いの紹介、合コンだけでなく、マッチングアプリや婚活パーティーに街コン。ツイッターにネットコンテンツのオフ会など、本当に様々だ。


 ナンパやお見合いなどせずとも、出会いというのは探せば見つけられる環境が今の日本には整っている。


 しかし、貞一はそういったものをしなかった。努力もせずに彼女ができないことを嘆くなと言いたいだろう。


 だが、違う。

 違うのだ。


 貞一だって出会いがあれば彼女が作れる、そんな希望があるのなら頑張っていた。


 貞一はブサイクだ。

 ブサイクなのだ。

 それはもう、オークやトロールかと見まごうほどのブサイクさだ。


 例え貞一が街コンや婚活パーティーに出たとしても、それが金の無駄に終わることが始める前からわかってしまう程、貞一はブサイクなのだ。


 街コンや婚活パーティは形式にもよるだろうが、一人と話せる時間はせいぜい数分程度だろう。どんなに貞一の性格がよくとも、たった数分程度で伝えきれるわけがない。全てが顔で決まるわけではないにしろ、ある程度の水準以下の容姿は、勝負の土台にも上がれないのだ。


 顔、身長、スタイル。それらルックスは、相手を測るうえではこの上なく大きな要素なのである。


「結局は顔なのでござる。こぎれいに着飾っても、出会いがあっても、見られるのは顔でござる・・・」


 貞一はブサイクである。そのせいで、学生時代にはいい思い出はない。いじめられたか隅っこで静かに生活していたかの記憶しかないのだ。


 その体型から、満員電車では周囲から疎まれ、痴漢に間違われないように必死に両手を上にあげている。たまに席に座ろうものなら、9割隣の席の人から眉をしかめられる始末だ。眉を顰めない残りの1割は、熟睡しているサラリーマンというオチ。つまり起きてる人はみんな眉を顰める。辛い。


 露骨に肩をぶつけて舌打ちしてくる者もいれば、貞一を指さして笑ってくる者もいる。会社では雑用係パシリの様に扱われ、侮蔑や嘲笑のネタにされても『あいつならいいよね』と、誰が許可したかもわからないようなそんな空気が流れている。


 人は見た目じゃないとかなんとか、耳障りの良い台詞は何度も聞いてきた。しかし考えてほしい。人は大なり小なり見た目を気にするものだ。貞一は今までの人生で、その言葉がブサイクに無責任な夢を持たせる空虚で言葉足らずでなんて悪意あるキレイごとであることかを知っている。


 人は見た目ではない。正確に言えば『ある程度の容姿であれば、人は見た目以外のことも評価される』だ。ある程度以下の容姿の者は、評価される前に自分のことを知ろうとさえ思ってもらえないのが現実だ。


 運動が得意な人、歌が上手い人、計算が得意な人、心が優しい人、イケメンな人。それらはどれも才能で、努力だけでは埋められない差が、れっきとして存在する。


 運動が壊滅的な人、音痴な人、算数すら危うい人、考えが陰湿で嫌らしい人、目を逸むけたくなるブサイクな人。それらはどれも個性で、努力だけでは改善できない差が、れっきとして存在する。


 貞一は容姿を除いたところで没個性の一般人。頭の出来もそこまでいいわけではなく、休日に熱中できる趣味などゲームやアニメ程度。お金を持っているわけでもなければ、これといった自慢できる特技もない。はまっているゲームでさえ、トッププレイヤーと呼べるほどの腕前はなく、せいぜいが中の上くらいだ。


 容姿で劣り、それ以外にも魅力らしい魅力がない貞一では、たとえ女友達ができたところで振り向かせられるとは思えなかった。


 そもそも、貞一だってブスより美少女や美女の方が好きだ。当たり前である。公理である。だから、女がブサイクを恋愛の対象外とするのも、納得できてしまうのだ。


 顔が好みじゃなければ、話しかけてもらえないんでござる。話さなければ、性格なんてわからないでござる。つまり性格よりも顔のほうが重要なんでござる。Q.E.D.(証明終了)でござるよ・・・。


「世の中不公平でござる・・・。拙者の人生、ハードモードでござるなぁ・・・」


 しかし、恋愛以前に、ブサイクは生きていくうえでも苦労する。


 周囲の蔑むような視線。キモデブは分を弁えろよ、と暗黙の空気。常に冤罪のリスクを背負わせる社会。


 自意識過剰ともとれるが、そうさせたのは紛れもないこの社会で、俺は知らないと傍観を決め込み、可愛い女の子以外は困ってようが知らん、と見て見ぬふりをする君たちなのでござる。


 家に着くと、貞一はコンビニで買ったウィスキーを開けた。


「きっと、リア充どもに言わせれば努力が足りないとか言うんでござるよ・・・。性格だって、雑に扱われて生きていれば歪みだってするでござるよ・・・」


 珍しくお酒を呑んでいるからだろう。ポツリポツリと弱音が溢れてしまう。


 仕事終わりにやけ酒など、貞一の人生で初めてなのだ。心が弱ってしまうのもしょうがない。


「はぁ・・・いいさいいさ! いいでござる! 別に彼女がいなくたって、拙者は楽しくアニメ見れればそれで幸せなんでござるよ! イジメられていた頃に比べたら、拙者の今の生活は天国でござる!」


 慣れないお酒。それも度数の強いウィスキーをがばがば飲んだせいで、貞一は情緒不安定になりながらも、なんとか沈んでいた気持ちを持ち上げることに成功した。


「うっし! やるぞー! やるでござるぞーー!!! 明日は休みでござる! 今日はめいいっぱいオ〇ニーするでござる!」


 仕事が忙しく、普段は帰宅しても晩飯を食べながらアニメを見てすぐに寝てしまう生活。そんな生活がここ最近続いていたため、貞一は性欲とオカズが溜まりに溜まっていた。


 今日だって残業をこなしてきたが、酔っぱらったハイテンションで疲れがとんだようだ。言うが早いか、貞一は本気を出すために全裸となり、己の限界へと挑む険しい戦いへと赴くのであった。


 時刻は深夜0時過ぎ。鈴木貞一は、めでたく30歳を迎えた。



 ◇



 目が覚めると、真っ白な世界にいた。右も左も上も下も全て真っ白で、どこまでも壁がない終わりの見えない空間にも見えるし、すぐそこに壁があるようにも感じられる不思議な世界。そんな場所に貞一はいた。


「ここはどこでござるか!?」


 がばちょっと起き上がり、貞一は周囲を見回す。起きたばかりだが、貞一の意識は完全に覚醒していた。それだけ今の状況に混乱しているようだった。


 気づけば世界が真っ白になっているでござるよ!?な、何を言っているのかわからぬと思うが、拙者も何を言っているのかわからねぇでござる・・・!!


「まさかあの条件をクリアする者がいるとはのぉ・・・末恐ろしいわい」


 あまりの急展開に落ち着きなく挙動不審な動きをしていた貞一に、背後から声がかけられた。その声は貞一を警戒しているようなモノではなく、するりと心に入り込むような、深みと落ち着きが合わさったような声だった。


 貞一は声のしたほうへ振り向く。そこには、白いローブのようなものを纏い、手には木でつくられた大きな杖、そして地面に届きそうなほど長い白ひげをこしらえたおじいさんが立っていた。


 その姿はまるで・・・


「おぉ・・・あなたが神でござるか・・・!」

「なぬ? よくわかったのぉ。さすがあの条件を達成しただけはあるわい」

「え? マジでござるの? マジもんの神様でござるの?」


 思わずついて出た冗談に、おじいさん、通称ゴッドはその通りだと頷く。な、何を言っているかry。


「む? 信じておら何だか? まぁ、よい。何と思われようと気にせんのでな」


 長いアゴヒゲを撫でながら、鷹揚にうなずくゴッド。


 ま、まさか本物なのでござるか? そもそもこの部屋は・・・。


「つかぬことをお伺いしますが、ここはどこでござるか?」

「死後の世界、その一歩手前のようなものかのぉ。三途の川を渡っていると言えばわかるかの?」

「し、死後の世界でござるか!? つ、つまり拙者は死んでしまったと!?」

「うむ、おぬしは死んでおるぞ」


 お、おかしいでござるよ!? 拙者まだトラックに轢かれていないでござるよ!? 死ぬようなことは一切してないでござるよぉおおおお!!??


「拙者死んだんでござるか!? い、一体どうして!?」

「死んだ原因が知りたいのか? それはあれじゃよ、あれ。―――テクノブレイクというやつじゃ」


 ・・・What? ちょ、ちょーーーっと拙者耳が悪くなったようでござるぞ? 死後の世界じゃ言葉が聞き取りにくくなるのでござるかね? とりあえず、念のためもう一回聞いてみるでござるか。


「・・・パ、パードゥン?」

「現実から目を背けるでない。おぬしの死因はテクノブレイクじゃ」


 テクノ・・・ブレイク?


「自慰行為のし過ぎが原因じゃな。それにアルコールも良くなかったのぉ。酔っぱらって血圧が下がりきったところで、自慰行為で血圧をストップ高にするとは・・・ワシ、恐れ入ったわ」


 貞一は思い出す。記憶に残っている最後のシーンを。


 それは、日の出とともに猛り狂うリビドーを放出し、心身共に果てたあの瞬間。数えてはいないが、少なくとも20回以上はしていただろう。酔った勢いとはいえ、今までの最高記録を余裕でぶち抜く大記録であった。


 どうしよう・・・。身に覚えがありすぎるでござる・・・。


「どうじゃ? 心当たりがあるじゃろう?」

「拙者は・・・限界を超えたというのですね・・・」


 がっくりと、しかしどこか誇らしげに貞一は言った。


「して、ワシは何かと忙しくてな。おぬしのこれからについて説明するとしよう。よいな?」


 こくり、と貞一はうなずく。死因がオナニーとは我ながら何とも残念ではあるが、どこか自分らしいなと貞一は納得し、すんなり受け入れていた。超展開のためについていけてないわけではない。ないったらない。


「まずおぬしがここにいる理由・・・それは儀式に成功したからじゃ。誇るがよいぞ。おぬしはこの世界が誕生して以来初の儀式に成功したのじゃからな」

「儀式?」


 世界が誕生して初とな・・・? それに儀式でござると?


 ・・・何でござろうか。胸がときめく素敵ワードが飛び出してきたでござるよ?


 つまり、何かはわからぬが拙者は特殊条件を満たしたってことで・・・、そしてここはゴッドのおわす不思議空間であるからして・・・。つまりこれは・・・この流れはまさか・・・! まさか異世界転生の流れではござらんかッ!?


 ・・・待て!待つでござる! ももももちつくでござる・・・!1! もちつつくでござるよ拙者!!!


「その通り。正直誰も達成しないと思っておった儀式じゃ。ワシもすっかり忘れておったわい」

「ち、ちなみにその儀式とはどういったものでござるか? 教えてほしいでござるよ!」


 自分の全てがダメだと思っていた貞一は、いつのまにそんなすごい儀式を行っていたのか気になってしょうがなかった。


「よいぞ。儀式は大きく分けて三段階じゃ。

 ①30歳になるまで童貞を護る。

 ②30歳になった日の0時から日の出までに、自慰を30回こなす。

 ③その後、日の出とともにテクノブレイクで死ぬ、じゃな」


 ・・・ミラクル。ミラクルがおこったでござるよ。なんと・・・なんと狭き門でござるかッ・・・!! 拙者酔いと、もうどうにでもなぁれの精神で、何という開かずの間を開けてしまったんでござろうか! 怖い!拙者は拙者が怖いでござるッ・・・!! ・・・ふっ、まったく。拙者は重く果てしないカルマを背負っているのでござるねッ・・・!!


「この儀式・・・拙者でなければ到底乗り越えられないものでござるね・・・!」

「そんなことはないぞ。今までこの儀式をクリアしたものは、おぬし以外にもおった」

「な、なんですとぉおおおおお!?」


 こんなミラクルを起こした武士もののふが、拙者以外にもいたというのでござるか!?


 あれ? 待つでござるよ? 確か拙者が初めてと言っていたような・・・。


「そうじゃ。儀式達成には条件があるのじゃよ」

「条件でござるか?」

「実在しない者・・・つまり妄想だけで自慰をする、という条件じゃ。それを達成せねば、儀式を正しく行ったとて成功せんのじゃ」

「妄、想・・・? せ、拙者ゲームや漫画をおかずにしてしまったでござるよ?」


 そうでござる。 いくら拙者といえども、妄想だけではせいぜい20回が限界でござる。


「それはアニメや漫画であろう? 二次元、空想の産物であれば、それは実在しないのだから妄想として扱われるのじゃよ。逆に、妄想であっても実在する人物を想像してしまえば、条件は達成されぬがの」


 この条件は絶対破られぬと思ったのじゃがのう、とゴッドはしみじみと続けた。


 な、なんと・・・! つまりアダルトなビデオを見ていたら、条件は達成されなかったと? 拙者、二次専門でよかったでござるよ!!


「そして、この儀式を達成した者には、特典がある」

「ごくり・・・」


 特典。これは本当にあるのではなかろうか!? 異世界行きの切符を手に入れられるのでなかろうかッッ!?


 唐突な展開。いきなり奇々怪々な場所で目覚め、神を名乗る者が表れ、お前は自慰行為のしすぎで死んだと言われる。あまつさえ、そんなお前に特典をやろうというのだ。


 普通であればこの展開についていけないだろう。しかし、ヲタクである貞一は現状に一切の疑問もなく、すべてを受け入れている。貞一にとってはこの突拍子もない急展開であっても、『あ!これなろうで見たやつだ!』程度の認識だ。


 貞一は死んでいるにもかかわらず現状を楽しむかのように、固唾をのんで特典の内容を発表するゴッドを見つめる。


「特典は・・・テクノブレイクで死んだことをなかったことにする、じゃ!」


 ばばーーん!!とゴッドは腕を広げ、ドヤ顔でそういった。


 一方、貞一の表情は対照的。先ほどまでの楽し気な顔はどこにもなく、あるのは感情を失った真顔のブサイク面だ。


 ・・・はい。解散解散でござる。いい夢見させてもらったでござるよ。よくできた夢でござるねぇ、これ。


「む、なんじゃ。いきなり不貞腐れおって」

「いや、特典と言うでござるから、異世界に行けるものかと心躍らしていたでござる。まさかテクノブレイクをなかったことにする、なんてしょぼいものだとは思わなかったでござるよ・・・」

「生き返らせることがしょぼいとな? おぬしにとっては得難いものになると思うがのぉ」

「それなら異世界に行きたいでござるよ・・・。夢ならせめて自分の都合がいいように、事が進んでほしかったでござる」

「まてまて、待のじゃ。残念ながら、これは夢ではないぞ。ほれ」


 そう言ってゴッドが杖を振ると、鏡のようなものが空中に現れた。そこに映っているのは、マイルーム。


 けれども様子がおかしい。普段なら、几帳面な性格からしっかりと整理整頓されている自室が映るはずだった。だが、マイルームは強盗でも入ったのかと思うほど見るも無残なモノへと変わり果ててしまっていた。


 それもそのはず。ついさっきまで、全裸で盛大にオ〇ニーをしていたのだ。それも酔っぱらってやってしまったため、もうなんていうか直視できない惨状となっていた。全面モザイク処理をしても、むせ返りそうなイカ臭い悪臭が漂ってきそうなほどである。


「こ、これはひどいでござる・・・」

「うむ。凄惨な現場じゃの。ほれ、あそこに倒れとるのがおぬしじゃ。こと切れておるだろう?」


 確かに拙者が倒れている。言われてみれば、胸も上下していないし死んでいるように見えなくもない。


「おぬしは先ほどしょぼいと言うたが、よ〜〜く考えてみるのだ。このままおぬしが死ねば、あの姿を衆人に晒すことになるのだぞ? するとどうなる? 周囲からはオ〇ニーデストロイヤーと呼ばれるのだぞ?」


 ディスプレイには規制スレスレの幼女モノのエロゲが付きっぱなしで、部屋にはエロ本や薄い本が散乱している。シコティーはゴミ箱に収まりきらずに、溢れている始末だ。きっと臭いもすごかろう。常人では10秒と耐えられまい。


 これを、衆人に晒せと・・・?


「・・・大変貴重なる特典でありました、はい」

「うむ、そうであろうそうであろう」


 危なかったでござる。危なかったでござるよ!拙者鈴木貞一、PCのデータを削除して集めに集めた薄い本(コレクション)を闇に葬り去るまでは、死んでも死に切れぬ!!


「・・・じゃが、異世界か。悪くないのぉ。たしかアヤツのところなら空きがあったはずじゃ」


 心の底からゴッドに感謝をささげていると、ゴッドは一人納得したようにうなずいている。


「この儀式を突破したのはおぬしが初。特典もおぬしの希望に沿ったものにしてやるのも一興かのぉ。どうじゃ? そんなに異世界に行きたいのならば、異世界へ送ってもよいぞ」


 ここにきてゴッド、デレる。貞一は雷にでも打たれたかのような衝撃を受け、わななきながらゴッドに対し90度の完璧なお辞儀を見せた。


「ゴッドさん、一生ついていくっす!! 御願いするでござる!!!」

「それは喜んでおるのか? 」


 なんと、ゴッドは先ほど溢した愚痴を叶えてくれるとおっしゃっている。まじゴッドでござる。


「本当でござるか? 嘘じゃないでござるか? とうとう拙者も異世界に行けるでござるか?」

「うむ、よいぞよいぞ。それに、ちゃんとおぬしが生きやすい世界へ送ってやろう」

「デュフフフ!! やったでござる!! これで勝つる! 拙者の時代キタコレ!!」


 やった! やったでござる!異世界転生!? 拙者が生きやすい世界!?夢が広がりんぐでござるよ! 妄想が捗るでござる!!


 定番の平凡な村人からの最強剣士コース!?地方領主の線も濃厚でござるよ! 何番目の子供でも良いでござる!トップクラスの冒険者の子供というのも捨てがたい! 魔法使いを目指すのでござるよ!!


 突如決まった異世界行きに喜びはしゃいでいると、今だマイルームが映ったままの鏡が目に入った。


 これを放置で異世界へ? それは・・・よろしくないでござる・・・。拙者、まだオ〇ニーデストロイヤーとは呼ばれたくないでござる・・・。


「あ、あのう・・・ゴッド? あのでござるね・・・?」

「異世界に行くならば、あの部屋の惨状はああなる前に戻してやる。主のコレクションはワシが預か・・・ゴホンゴホンッ! しっかりと処分しておくのでな。心配するでない」

「ゴッドまじゴッドでござる!!」


 なんとご都合主義でござるか! まさか、拙者にこんなご都合主義が働くなんて! なんかゴッドが変なこと言っていたような気もするでござるが、きっと気のせいでござる! ゴッド万歳! ご都合主義万歳でござる!!


「しかし、よいのか? 異世界にいけば、元の世界へは戻れぬぞ? 」

「問題ないでござる。未練は名作たちの続きが見れないことと、積みゲーにやり残したイベントのクリア以外無いでござるゆえ! それに拙者一度死んでしまった身ゆえ!」


 会社? 迷惑かけてすまぬでござる! さんざんこき使ってくれたんでござるし、これくらい大目に見てほしいでござるよ!


 友達? クランのみんな、拙者は異世界を救ってくるでござる!


 家族? 疎まれ追い出されるように家を出た身。きっと生き返っても顔を見せることは一生無いでござるし無問題(モウマンタイ)でござるよ!


「ふむ。ならばよい。ではおぬしを送る世界の神に連絡するのでな、少し静かにしておれ」

「ゴッド以外にもゴッドがいるのでござるか?」

「そうじゃぞ。一つの世界に一人の神がおるのじゃ。たまに皆で集まって各々の世界を語りあったりするぞ」


 ゴッドたちが世界を持ち寄って語り合うでござるか?

 ・・・なんだかおじいちゃんの盆栽談義みたいでござるね・・・。


『この枝ちょっと伸びすぎじゃな』

『この幹のうねりはいい味でとるのぉ』

『主の枝配りは絶品じゃな』


 などなど、神々の世界評価を盆栽に置き換え想像する貞一。


 そのころ、ゴッドは貞一を派遣する世界の神と交信を始めていた。親指と小指だけを伸ばしたアロハの形を作り、親指を耳に、小指を口元に当てている。


「あ、もっしー? ワシワシ! ぅんぅん・・・ねー! てヵ、チョー久しぶりじぇね? みたいな!」


 ・・・?


 あまりの出来事に、貞一は神々の盆栽談義など吹き飛ばす衝撃を受けていた。だがゴッドは電話中。ツッコミを入れることすらできず、貞一はきゃぴきゃぴと裏声で話すゴッドを唖然としてみるばかりだ。


「そうーそうー聞いてー、ぅちであの儀式成功したゃついんの! まぢでまぢで! やばくね!? チョーウケるんですけどwwそれでそいつが特典で異世界に行きたいとか言ぃ出して〜。ぅんぅん、え、ォッケー? まぢー! ぁりがとう〜ちょっぱやでそっち送るねー! じゃ!」


 ふぅ・・・と一息吐き、ゴッドは何もなかったかのように貞一に話し出す。


「主を受け入れてくれる世界が見つかったぞ」

「いや、ちょっと待ってほしいでござるよ! さっきのあれは何だったでござるか!? 全然キャラが違ったでござるよ!」

「あれは神語じゃよ。主には理解できぬことわりの言葉じゃて」


 神語・・・? どう聞いたってギャル語にしか聞こえなかったでござるよ!! それもひと昔前の!!


「そんなことよりも、ほれ。これよりおぬしを異世界へと送るぞ。準備はよいか?」


 貞一にツッコむ隙さえ与えず、ゴッドはせかしてくる。


「待ってほしいでござるよ! 質問があるでござる! 何かチートは貰えるでござるか?」


 図々しいが、しょうがないでござる。異世界転生とチートは切っても切れない関係でござる。逆説的に、チートがなければ平凡な日本人なんて生きていけないんでござるよ!


 それに、さっきからゴッドは大盤振る舞い。きっとチートも付けてくれるに違いないでござる!


「ずば抜けたものはバランスを崩すため与えられぬが、送る世界において最高クラスの素質は授けてやろう。おぬしが生きやすい世界へ送ると言ったであろう? 安心せい」

「っしゃおらぁあッ!!! さすゴッドでござる! 約束された勝利でござるよ!!」


 我が城(マイルーム)秘宝たち(R-18指定)の処理に、全裸放置の拙者の世話。これから転生する世界は、拙者が生きやすい世界(チート能力付き)。


 夢にしたってできすぎでござる。もしかしたら、妄想のし過ぎで頭がおかしくなってしまったのかもしれない。


 それでも、目の前のゴッドを信じ踏み出す。ハードモードのこの世界から、イージーモードの世界へ行けるなら!


「では、残りの余生を謳歌するがよい」

「カモンでござる! いつもでOKでござるよ!!」


 ゴッドが杖を振ると、拙者は白い光に包まれた。


「待っているでござるよ異世界! 拙者が転生して無双してやるでござる!!」

「む? 転生ではないぞ? ワシは―――」


 ゴッドが何か言いかけていたが、興奮している貞一の耳には入らなかった。そして、貞一の意識は白く塗りつぶされた。

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