第1話
目が覚めると、真っ青な空が広がった。
わたしはどうやらどこかで倒れていたようだ。ここは一体…。
そもそも、わたしは誰だ?わたしは必死に思い出そうとした。だが、何も思い出せなかった。
わたしはゆっくりと起き上った。すると、激しい頭痛を感じてわたしは右手で頭を押さえた。頭痛はしばらくの間続いた。
痛む頭を押さえつつ、わたしはゆっくりと自分の身なりを観察した。白いランニングシューズは泥で汚れ、着ている服はボロボロだった。
自分の身に何が起きたのだろうか。わたしには何も分からなかった。
わたしは頭痛が少しずつ収まっていくのを感じた。これからわたしはどうすればいいのだろう。
頭がボーっとする。何も考えられない。
とりあえず、このあたりを探索しよう。そうすれば何か分かるかもしれない。
わたしはゆっくり立ち上がった。
「美雨さん、起きてください」
美雨は勇紀の声で目を覚ました。
「…どうしたの?何かあったの?」
「いえ、そろそろ出発したいってアスカさんが言ってるので起こしにきました」
「もうそんな時間なの?」
「いや…、そんなはずじゃないんですけど」
勇紀がそう呟いて立ち去った。
美雨は眠い目をこすりながらベッドを出た。窓から外を見るとまだ薄暗い。夜明け前だろうか。
昨夜はお昼ごろに出発すると言っていたのに。美雨は少し嫌な予感がした。
部屋を出ると女性が険しい表情でパソコンの画面を見つめて椅子に座っていた。
「アスカさん、おはようございます」
美雨が声をかけるとアスカは我に返ったように表情が穏やかになった。
「ああ、おはよう、美雨。ごめんね、こんな朝早くに起こして」
「いえ、何かあったんですか」
「うん…、悟が来たら一緒に説明する。それまで待っててくれる?」
「悟さんは?」
美雨はアスカさんの前の椅子に座って聞いた。
「悟は今外の様子を見に行ってくれてる。勇紀が呼びに行った」
「そうですか」
「これ、食べる?」
アスカはパソコンを見ながら私に乾パンの入った缶を渡した。美雨はそれを受け取って蓋を開けた。
乾パンはもうわずかしか残っていない。
「…遠慮しないで食べていいよ」
美雨がためらっているのを察したのかアスカが言った。
「でも…」
「大丈夫、食料はすぐに見つかるから」
美雨は小さく頷いてパンを一つ口にした。
すると玄関から物音が聞こえてきた。男性の話し声が聞こえる。
「帰って来たかな」
アスカが立ち上がると勇紀に続いて男性が入ってきた。
「ごめん、遅くなった」
「おかえり、悟。外の様子は?」
「俺の見た限りでは問題ない」
「そう…、ありがとう。悟、疲れてるところ悪いけど話を聞いてくれる?」
悟は頷くと床にあぐらをかいて座った。
「まずは…、これを見てほしい」
アスカはそう言って美雨たちに見えるようにパソコンを動かした。画面には航空写真が表示されている。
「まだパソコンが使えたから今の状況が分からないかと思って少し借りたの。そうしたらここの家の人は『アンナ』の役人だったみたい。しかもパスワードとかちゃんとメモしてくれていたおかげで会社のサーバーにアクセスすることも出来た。そうしたらね、『天使』が目を覚ましたらしいっていうことが分かったの」
「え?」
「死んだんじゃなかったのか」
悟が小さく舌打ちした。
「うん。だから今『アンナ』は『天使』の確保に必死になっている。色々兵器とか投入して捕えるんじゃないかな」
「それで『天使』はどこにいるんですか?」
勇紀が不安そうに言った。
「GPSが壊れているから正確な位置までは分からないみたいだけど、この赤い円のどこかにはいる」
美雨はパソコンを覗きこんで範囲を確認した。『アンナ』の研究所と思われるところから大体半径二十キロといったところだろうか。そしてさらに外側に青い円がある。青い円はさらに大きい。
「この青い円は何ですか?」
美雨は気になって聞いてみた。
「この青い円は退避命令が出ているところ。安全確保のためみたい」
美雨は胸騒ぎがした。わたしたちは今どこにいる?
「…俺達は今どこにいるんだ?」
悟の質問にアスカはしばらく答えなかった。
「赤い円の中だよ。大体この辺り」
アスカはそう言って指さした。青い円の外に出るにはまだ相当の距離がある。
「何時から始まるか分かるか?」
「八時には決行するみたい」
美雨たちは事態の恐ろしさに言葉を失った。
『天使』の恐怖をみんな知っている。だから『天使』を捕まえるためにどれだけの力を投入するかも想像できる。
「急いでここを出よう。長居しすぎた」
悟はそう言って立ち上がった。
「うん。でも悟、ろくに休んでないのに大丈夫?」
アスカが引き止めたが悟は言うことを聞かなかった。
「俺の心配はしなくていい」
悟は優しく言うと外に出ていった。
「でも悟さん、ここ数日寝てないですよ?大丈夫ですかね」
勇紀が心配そうに言った。
「悟が無理してくれてる。それを無駄にしないためにも行こう」
アスカの言葉に美雨と勇紀は頷いた。
久しぶりの外だ。美雨は少し緊張した。
「美雨、大丈夫?」
それに気づいたのかアスカは美雨に声をかけた。
「大丈夫です。行きましょう」
美雨は慣れた手つきで服のフードを深くかぶった。念のためだ。いつどこで誰が自分を見つけるか分からない。
絶対に見つかりたくない。
美雨達は薄暗い町中を無言で歩いた。
町に人影は一切ない。『天使』が暴走した時に一帯の住民は避難をしたからだ。だが、美雨達は取り残されてしまった。
『天使』、それは『アンナ』が創りだしたもの。突然現れては人を救ってきたという。
どのように人を救ったのかは明かされていない。
だから目の前で起きた惨劇は美雨の中にあった『天使』のイメージを大きく変えた。
『天使』は人を救っていない。人の命を奪う怪物だ。
『天使』は必ず与えられた使命を全うする。もし『アンナ』が『天使』に自分を探せと命令したら逃げられない。
だから『アンナ』が『天使』を見つける前にここを出なければいけない。
そしてこの狭い世界から抜け出して外の世界を見たい。