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■06話 接触-2

「深山社長、ワシが欲しいのはあなたですよ」


 向日の言葉に、流石の深山も思考が停止する。



「私......ですか?」

「その通り。結局の所、企業や事業というのは指揮する人間の能力次第です。正直に申し上げますと、高寺電機の経営が傾いたのは経営者の問題であり、今立て直せているのも経営者の努力の成果です。下の努力で為せることなど僅かですわ。」

「......おっしゃることは理解できます」


 向日は机をコツコツ叩きながら続ける。


「ボトムアップだの、現場に経営意識を持てだの言う輩は多いが、それは現実を知らない者の発言ですな。リーダーが明確な指針を打ち立て、それを何度も下に言い続ける。大きな事を成し遂げようとするに際し、これ以外のやり方は通用しません」

「しかし、それと私が必要という話が繋がっていないように思えます」

「そんなことはありません」



 向日は仰々しくお茶を一口飲み、一拍おいて続ける。


「EV事業への投資を決めたのは深山社長。EV事業を指揮したのも深山社長。問題に対処し続けたのも深山社長です。事業担当者も必要ですが、今の成功は深山社長が居なくてはありえません。だからこそあなたが必要なのです。指示されたことをただこなすだけの人間は多くおります。しかし新規事業のようなものを成功に導くためには、自らが問題・市場を定義し、湧き出てくる課題に取り組み続けられる人間が不可欠です。リーダーとは単に知識や経験があるとかではなく、意思を示せる人間でなければ務まらんのです」



 高寺電機の参加者は向日の発言に驚き、互いに顔を見合わせる。今の向日の発言は良く言えば深山を褒め称えているが、悪く言えば深山以外の経営陣を全く評価していないという意味でもある。


 高寺電機の経営陣の多くは経営が傾き始めた頃から就任している者が多く、向日からの評価が著しく低いとなれば追い出される可能性も十分にありえる。深山が高寺電機の経営を立て直したのは事実であり、その際にろくに仕事をしていなかったことが露見すれば、買収後に責任を追求される可能性は非常に高い。


 取締役とは単に地位が高いというだけではなく、経営上の問題点があった場合には責任を負う義務が法的に認められているのである。



 また今の向日の発言により、買収の目的はEV事業とそれを指揮する深山ということが明確になった。では、残りの事業と人員はどうなるのか。


 買収後に即解体とはならないだろうが、徹底した運営見直しを要求されるか、最悪事業を分割して売却される可能性もありえる。つまり、今の自分達の地位や待遇が守られる可能性は極めて低い。



 副社長の高寺が思わず口を挟む。


「向日社長、それはつまりEV事業と深山以外は必要ないということでしょうか?」

「そこまでは言いません。ただ、我々の第一の目的はそれだということです。残りに関しては通常の買収と同じく、我々のやり方に沿って経営見直しを順次進めていくことになりますな」

「大規模なリストラは行わないと約束して頂ける?」

「弊社の買収では基本的にリストラは行いませんな。ただ、徹底したコスト削減や業務見直しを行います。徹底してです」

「弊社には弊社のやり方というものがある。それを無視されるのはいかがな.....」

「失礼ながらその結果経営が傾いたわけです。我々は基本赤字の企業を買収することが多い。気がついておられない改善点も多くあるでしょうし、そういった取り組みには慣れております。より利益が出せるような組織を作ることに反対する人はいないでしょう」


 今までは見逃されてきたこともあるだろうが買収後は許さんぞと、言外に圧力をかける向日と高寺副社長の間で緊張感が高まる。


 同族企業で大株主となれば何かを言えるような人間はおらず、副社長という地位も名誉職のようなものだった。働かなくとも十分な地位と給与が与えられてきた。それが今後は許されなくなるとなれば、買収などとんでもないという反応になるのも当然だった。




 高寺副社長が苛立ちながら告げる。


「それなら企業買収でなくEV事業買収だけで十分でしょう。深山は元々経営の立て直しのために呼ばれた人間。無事に目的を果たして社長辞任というのはおかしくない」



 この発言に今度は大日本モーター側の参加者が慌てだす。


 事業と合わせて社長も売るなど、これまで聞いたことがない対応だった。しかも、その社長は傾いた経営の立て直しを実現した有能な人材であり、普通の企業であれば金を積んででも招聘したい逸材なのである。


 これまで多くの企業買収を手掛けてきた向日と藤堂にとっても、流石に社長を売るから手を引けと言われるのは想定外過ぎた。流石にそんな話は飲めないだろうと考えていたからこそ、わざわざ高寺電機ごと買収しようとしていたのである。


 しかもその提案を副社長が行う。大株主とはいえ、社内確認も無しに発言して良い内容ではなかった。



 高寺副社長にこいつは駄目だなという視線を送る向日に代わり、大日本モーターの藤堂が話を続ける。


「高寺副社長、申し訳ありませんがそのご意見は弊社の想定外でした。ただ、今仰られた内容に関しては、その可能性は十分にありえるという理解でよろしいでしょうか?」

「全ての可能性を検討するためにこういった場が開かれているわけです」

「大変ごもっともです。企業ごとの買収となりますと、どうしても抵抗を覚える方もおられます。実際に、買収後に思ってもいなかった点で問題が見つかることもあります。双方にとって最善の形で話がまとまる、それが弊社としても理想です。」

「全くです」

「ただ今のお話を検討するには、深山社長のご意向を伺う必要があると思われます。深山社長、社長として個人としてのお考えを伺ってもよろしいでしょうか?」




 深山は藤堂から話を振られるが即座には回答せず、少し時間を置いてから答える。


「......株主などへの説明責任を考えれば、そういった可能性に関しても十分に検討すべきでしょう。ただ、個人的にお伺いしたことがあります。大日本モーターと言えば日本屈指の大企業です。それであれば既に人材には困っていないのではないでしょうか?」

「正直なところを申し上げますと、お恥ずかしい話ではありますが優秀な人材というのは弊社でも不足しております。組織を動かすのは結局のところ人ですが、優秀な人材というのはどこの企業でも常に不足しているものです。特に深山社長ほどの方となりますと、招聘できる機会も多くはありません。そのため深山社長にはぜひ弊社にお越し頂きたいわけです。」


 藤堂の回答は当然深山を持ち上げたものではあるが、人材の不足というのはどこの企業でも頭を抱えている問題である。深山は実際に高寺電機の立て直しの際に同じ問題に直面した経験から、大日本モーターもEV事業が順調に行っていないことを理解した。


「なるほど......。もし私が大日本モーターに行った場合、立場としてはどうなるのでしょうか。元々大日本モーターにもEV製品の事業部門はありますよね」

「その辺りに関しましては、深山社長のご要望も伺いつつといったところですが、基本的にはトランザクションモーターを含めてEV事業全般を管理頂く想定です」

「高寺電機のEV事業もその中に収まると?」

「そのご認識で問題ありません」



 日本屈指の大企業で将来の基幹事業と見込まれている事業を統括する。高寺電機の規模を考えれば、信じられないほどの高待遇だった。しかも、高寺電機では社長の座にありながら、当の副社長から社長を売っても良いと言われるほどの酷い扱いである。


 傾いた経営を立て直すという当初の目的は果たした。それであれば、自分を評価してくれる場所に移るというのも当然の選択肢である。


 ただ、それで本当に良いのかという問いが深山の中で燻り続けていた。


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