■05話 接触-1
『高寺電機を買収したい』
大日本モーターからの連絡により高寺電機は混乱に陥っていた。
元々提携先を探していたが、かといっていきなり買収提案をされることなど全くの想定外。しかも、相手は高寺電機では手が届かない大企業である。
事業売却という意味では社内でも賛成派が多かったが、会社が買収されるとなると話は大きく変わってくる。なぜなら、一般的に買収した側が最初に着手することは、無駄な人員や経費の削減といったコストカットであるからだ。
特に給料の高いマネジメント層はコストカットの対象となる可能性が高く、良くて降格や給与引き下げに異動、悪ければそのままクビとなる。事業売却であれば会社に残る自分達の既存の地位や役職が変わることはないが、買収されるとなれば自分に火の粉が飛んで来る。
ましてや、高寺電機の取締役の多くは真面目に責務を果たしているとは言い難く、買収後の業務監査があれば間違いなくクビ、怒りを買えば善管注意義務違反で訴訟を受ける可能性すらあった。
そのため、今までは他人事だった役員達も必死になっていた。副社長の高寺は大株主ということでまだ余裕はあったが、それでも今の地位から追われるとなれば猛反発する姿勢を見せていた。
とはいえ第三者に意見を伺おうにも、外部に話が漏れればインサイダー情報の漏洩となり関係者が処分される。双方が上場企業ということもあり、情報の取り扱い次第では株主から訴訟を受ける可能性もある。
EV事業の売却だけで飲んでくれれば良し、では飲まなかった場合にはどうするのか。その場合、大日本モーターが同じ分野に進出してくることは明確であり、圧倒的大手との直接対決となれば間違いなく高寺電機に付く企業はいないだろう。
大日本モーターの向日社長は性格の苛烈さがよく知られており、そのような相手を敵に回せるほど高寺電機の経営陣の肝は太くなかった。かといって、買収をそのまま飲めば自分達の立場も危なくなるのは間違いない。
結局、高寺電機は社内としての意見統一すらできないまま、大日本モーターとの打ち合わせとなる今日を迎えたのだった。
高寺電機の応接室で、高寺電機と大日本モーターの参加者達が向かい合って立っている。
大日本モーターの参加者を前に、深山はこれが普通の事業提携であればどんなに良かったかと思いながら立っていた。そして、今回の連絡窓口となっている大日本モーターの藤堂から挨拶が始まる。
「はじめまして深山社長、私が大日本モーターの事業統括部部長の藤堂と申します。先日のお電話では急なご連絡となり申し訳ありませんでした。今回、貴重なお時間を割いて頂き大変ありがたく存じます」
「はじめまして、藤堂様。社長の深山です。こちらこそ大企業の大日本モーター様にご興味を持って頂いたことは身に余る光栄です」
「そう言って頂けると助かります。今回の参加者ですが、私の部下と......そしてこちらが弊社社長の向日となります」
藤堂の説明を受け、向日が一歩前に出る。
「やあやあ、深山社長!私が向日です!よろしく!」
「よろしくお願いします向日社長。本日は副社長の高寺などを含め、お話を伺わせて頂く予定です」
「分かりました!では早速ですが買収の話をさせて頂きたい!」
あまりに急な展開に深山は一瞬思考が停止した。
通常、こういった打ち合わせの際には、アイスブレイクとして手短な世間話や事業の調子を話すことが多い。そういった前フリで緊張感をほぐしてから本命の話題に移るのであるが、向日はそういったプロセスを全て飛ばして即買収の話を始めたのだった。
加えて高寺電機からすれば信じられないことに、今回は大日本モーター社長である向日が最初から参加している。買収交渉である以上、それなりの地位の人間が出てくるのは当然としても、大日本モーターほどの大企業であればいきなり社長クラスが出てくることは極めて珍しい。
せめて大企業同士ならともかく、大日本モーターと高寺電機では象と蟻ほどの差がある。そんな相手に対し、社長である向日が先陣を切って乗り込んでくるなど完全に想定外だった。
文字通り向日の話を聞き続ける高寺電機の参加者。相槌を打つくらいはできるが、向日の勢いは凄まじく話の主導権を握り続ける。将来のEV業界の見通し、それに合わせた部品メーカーの取るべき立ち位置、そして高寺電機のトラクションモーターのプロトタイプへの賞賛。
大日本モーターの参加者は慣れているのか口を挟もうとせず、ただ黙って向日に話をさせている。一方で高寺電機側は、向日が話している内容ほどEV業界についての見通しを持っておらず、向日から質問されてもまともに答えられない有様だった。
それでも深山だけは向日の話についていくことができた。そして向日の話を整理した上で、最重要ポイントに踏み込んでいく。
「お話は理解できましたし、弊社の新製品を高く評価頂いている点についても納得できました。その上で確認させて頂きたいのですが、あくまでも企業買収であって事業買収ではないということでよろしいでしょうか」
「うむ、その理解で問題ありません。そちらのトラクションモーターが最重要ではありますが、それだけでは足りません。事業だけではなく、指揮する人材も必要です」
「事業を買収すれば、当然責任者もついていくことになると思いますが.....」
「それは事業部の今の担当者という話でしょう。そちらではありません」
向日は体をテーブルにせり出して続ける。
「深山社長、ワシが欲しいのはあなたですよ」