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■04話 高寺電機株式会社-3

 高寺電機のミーティングルームで、深山は経理部長の篠原と業績確認を始めた。


「深山社長、今月の売上がまとまりましたので確認をお願いします」

「売上は横ばい、でも安定して利益が出るようになって来ましたね」

「赤字部門の処理が進んだことで現金の流出も止まりましたし、ようやくキャッシュフローがまともになってきました。おめでとうございます、この2年間の成果ですよ!」

「ありがとうございます」


 深山が就任後、高寺電機の経営状況はかなり改善した。しかし、この先既存事業が伸びていく見込みはなく、緩やかに衰退していくことは避けられない。


 結局の所、企業というものは成長していく事業があってこそ成り立つものである。ビジネスモデルの変化が激しい現代において、成長が頭打ちになった事業に支えて貰える期間は恐ろしく短い。



「社長、新規事業への投資について、他の役員は否定的なままなのでしょうか?」

「残念ですが、どうして今やらないといけないのかという意見がほとんどですね。もしくは、投資をするにしても身の丈にあった範囲でやるべきだそうです」

「普段はオフィスに来ない癖に、こういう時だけはまともなこと言い出すあたりが本当に......」


 他の取締役達の言い分も間違いではない。高寺電機の経営状況は大きく改善し、今期はようやくまともな利益を生み出せるようになったのだ。この状況で大きな投資をするということは、失敗すればまた以前と同じ状況に追い込まれるということになる。


 人間は一度手にした物を捨てることに抵抗を覚える。ましてや、彼らの場合は自分達が引退するまでの間、給料が払える程度に高寺電機が存続してくれればそれで十分なのだ。


 そのような人間達に対して、将来会社がなくなることを考えれば今ここで勝負するしかない、と言っても理解は得られない。会社が追い詰められている時ならまだしても、ある程度安定が見えてしまった今では腰が引けるのも当然だった。


 深山の手腕は見事だったが、皮肉なことにその結果が深山の足を引っ張っていた。



「他の役員が飲むとしたら他社への技術提供.....実質的な事業売却しかないでしょうね。過去になかった事業を売って金になるというなら、喜んで賛成するでしょう」

「でも、あれは社長肝いりの案件ですし、お金は入るかもしれませんけどそれで終わりですよ」

「入ってきたお金を元に、また新規事業を立ち上げるという線も否定はできません。そういう点で言えば、彼らの言うことにも一理あります」

「そんな簡単に新規事業が成功するなら苦労はしません!先代の時にどれだけ失敗を重ねたのか、あの人達はもう忘れたんですかね!」


 当時を知る篠原からすれば、他の取締役陣の意見の方が非現実的であり、とにかくリスクを取りたくないだけのようにしか見えないのだろう。自分達の失敗を深山に対処して貰っている立場であるのに、その深山がやりたいということに反対するとは何事かと、怒りを隠そうともしない。




 新規事業の取り扱いについては、現在の高寺電機において概ね2つの派閥が存在している。


 1つ目は深山を筆頭とした自社製造派。トラクションモーター製造は自社で管理・実行すべきという方針を掲げている。


 事業が軌道に乗れば、高寺電機は新しい中核事業を得ることができる。ただし、高寺電機の保有する現工場では生産量が圧倒的に不足しており、工場の拡張無しには話が成り立たないという問題を抱えている。



 一方、2つ目の派閥は事業売却派。高寺電機は保有するプロトタイプと合わせて技術・特許提供に専念し、製造・販売は他社に任せてしまおうという方針を掲げている。


 ただ、自社製造も賄えないような状況では次の製品が続くとは考えられず、技術提供とは名ばかりの事業売却となる可能性が高い。とはいえ、今回のトラクションモーターの評価は高く、得られる現金は高寺電機が抱える負債を返済するのに十分と見込まれていた。



 双方にも言い分はあるが、目先の問題が明らかになっている自社製造派に対し、問題を先送り出来る事業売却派の方が社内では優勢だった。銀行巡りの結果が芳しくないことを受け、深山としても自社製造を諦めるべきかと自問自答している状況である。


 折衝案としては、初期の生産を外部に委託し、入ってきた現金を使って段階的に工場を拡大させるという案も考えていた。ただ、大企業が保有する工場に対抗するためには、投資に必要な額もそれ相応のものとなる。加えて、工場の拡大後には人件費などのランニングコストも増加する。


 小さな企業が新商品で一発逆転という話はありふれているが、実際にそれを実現し成功を維持しようとするためのハードルは極めて高い。



 2人が業績関連の数字を確認しながら悩んでいたところ、ミーティングルームのドアがノックされる。ドアを開いたのは総務の女性だった。


「深山社長、申し訳ありませんが社長宛にお電話が入っています」

「どういった要件の電話ですか?今打ち合わせ中なので、できれば後でこちらから連絡すると伝えて欲しいのですが」

「お相手は上場企業の大日本モーターの事業統括部部長になります。内容を伺ったのですが重要な提案ということで、直接社長にお伝えしたいとのことです」



 深山はその名前を聞いて驚き、慌てて篠原の方を見る。しかし、篠原の方も全く心当たりが無いと首を振る。



 大日本モーターといえば日本を代表する大企業であり、高寺電機からすればまさしく天上の存在である。そして、大日本モーターはEV関連の製品市場を押さえるべく、様々な取り組みを進めており、高寺電機にとって最大の競合相手である。


 そんな大企業からの重要な提案、しかも事業部長クラスではなく直接社長に伝えたいというレベル。高寺電機の農業機器向け事業に興味を持ったとは考えられず、あるとすればトラクションモーターしかないだろう。



 深山は突如降り掛かってきた難題に頭を抱えながら、電話をミーティングルームに回すよう指示した。

 


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