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■03話 高寺電機株式会社-2

「......ようやく最初の一歩を踏み出せたか」


 2年に渡る努力の成果を前に、深山は高寺電気の社長に就任してから初めて達成感を味わっていた。


 まだ荒削りではあるものの、このプロトタイプは小型でありながら出力性能は高く、製造工程の簡略化のために様々な工夫が盛り込まれていた。EVメーカー各社の要望を満たすためには、出力性能を分けたバリエーション拡大も必要になるが、基本設計としては十分すぎる水準だった。


「深山社長、ウチみたいな小さい会社がこんな製品を作り上げるだなんて、私は今でも信じられませんよ」 


 隣に立っていた元自動車部品部門の男性が目頭を押さえながら話す。プロトタイプの前には元工場機器部品部門の男性が立っており、どこか見落としが無いか様々な方向から何度も確認していた。


 この2人は解体・売却された部門に所属していたが、深山社長がEV市場への進出を打ち出した際に異動を願い、再編された新規部門にて研究開発に当たっていた。両名とも深山より一回り年上だったが、深山の技術者・経営者としての能力を認めており関係は極めて良好だった。


 十分な設備・資金もない中、彼らが旧部門でのノウハウを持ち寄り、小さな工場で失敗を積み重ねた結果がこのプロトタイプとなる。




 深山が設計図を確認しながら隣に立っている男性と話す。


「周辺特許も抑えてあるし、冷却機能が想定以上の性能を発揮できたのは大きい。これなら大型車向けの製品にもすぐに展開できるだろう」

「国内外を含め、プロトタイプの話をしただけで問い合わせが殺到してますよ」

「それは何より。この前の展示会も反響が大きかったから、提携先には困らないな」

「最初に手を組む先はもう決めているんですか?」

「いや、まだだ。大口からも声はかかっているんだけど、1つ大きな問題が残ってるから」


 そう言って深山は狭い工場に目を向ける。


「結局、工場拡大は目途が立たないままですか......。今の設備状況だと、今後の引き合いには全く答えられませんね」

「すまない。経営陣は新規事業への大規模な設備投資に難色を示しているし、銀行も今の当社に対して大型融資には乗り出せないようだ」

「大口の受注に答えるなら、3年後までには生産体制を整えてないと間に合いませんよね。段階的な工場拡張でも構わないと思いますが、それなりの計画を見せないとあちらも本採用する気はないでしょう」

「今の試算だと最終的に必要な投資額は40億円。......今期の営業利益の20倍だね」

「かー、厳しいですね。社長に聞くのもどうかと思いますが、会社の資産で担保になりそうなものってありませんよね?」

「残念だけど」


 深山は椅子に腰を下ろし、コーヒーを啜りながら思案する。


 社長就任時の財務状況の悪さを考えれば、今はかなりマシになった。しかし、事業売却やコストカットで浮いた分はそのまま債務の返済に当てられており、40億円もの投資資金はどうやっても絞りだせそうになかった。


 そもそも高寺電機は今期売上が30億円、時価総額ですら40億円しかないような企業である。上場しているとはいえ、規模で言えば同業他社に比べても特別大きいわけではない。


 深山の事業改革によりようやく黒字になったというレベルで、担保になりそうな資産もない以上、銀行からすれば大口融資は到底受け入れられなかった。


 深山は融資ではなく増資による資金調達も考えたが、時価総額に匹敵するような規模とあってはまともな証券会社は引き受けを嫌がり、残ったところと言えば反社会的勢力のような怪しいブローカーばかりだった。


「このプロトタイプを材料にすれば、5億円くらいの増資なら大丈夫だろう。株式市場もかなり好調だから、最初の増資分の買い手はある程度出てくるだろうけど、果たしてそこから後が続くか」

「ウチってそんなに評判が悪いんですか?」

「社名出すだけで顔が変わるくらいには」

「......積み上げた実績が違いますね」



 希薄化が10%程度の増資なら話を通せるかもしれないが、それで拡張できる生産力では大口の需要には全く答えられない。小口の受注には答えられるが、市場におけるある程度の地位を築くには程遠い。


 EVメーカーからすれば、いくら革新的な製品だからといって必要な分が納品されないのでは意味がないのだ。


 車というものはそれなりの数を揃えて売ることで初めて成り立つビジネスである以上、高寺電機の生産能力がボトルネックになって事業拡大できないのでは話にならなかった。EVメーカーが求める生産力。まずはこのハードルを超えなければ新規事業も潰える未来にあった。




 深山は指を1本立てる。


「状況を整理しよう。現状考えられる選択肢は3つ。まず1つ目が5億円程度の増資を行い、最低限の生産ラインを整える」

「でも、それだと当初の目標には不足するので、すぐに増資を繰り返すことになりますね。ある程度販売実績はできますが、それで銀行が融資を飲むものでしょうか」

「厳しいな。競合のことを考えるなら、資金調達にかけられる時間は2年程度だろうし、半年ごとに増資するくらいじゃないと間に合わない」


 深山はため息をついた後に2本目の指を立てる。


「2つ目が試験導入を踏まえた上で実績を作り、その後取引先に出資を募る方法」

「それだと時間がかかりますし、対応できる取引先数も限られます」

「最初から大口1本に絞るしかない。資金の出し手になれるのもそういった企業に限られるから、分が悪いわけではないが相手の都合次第で状況はひっくり返る」


 そして、深山は3本目の指を立てようとして留まる。


 残りの選択肢として考えられるのは自社製造を諦めること。自社の製造力が足りないというなら、最初から外部の製造業者を利用すればよい。高寺電気は設計・開発だけを担当し、製造面は大規模な工場を持つ業者に依頼する。


 中核となる自社工場を持たない企業も珍しくなく、大口EVメーカーもこの条件であれば先行して資金提供してくれる可能性が高い。資金調達の目処が立たない状況では一番現実的な案だった。




 しかし、ここにいる3人からすれば、その案は受け入れがたいものだった。自社製造を捨てるということは、製造業者としての誇りを捨てるように思われたのだ。


 事業の縮小・撤退という敗戦処理を続けてきたが、それはあくまでも経営を立て直し製造業者としてやり直すためのもの。ただの意地ではあるが、この一線を超えてしまうと今までの努力が泡沫に消えてしまう気がしたのだった。


 この選択肢は早い段階から思い浮かんでおり、他の2人も最有力案として理解していたが、だからといって素直に受け入れるつもりはなかった。


 実際のところ、高寺電気の技術水準は下降する一方で、製造を外部に委託した場合には維持できないのが目に見えていた。研究開発企業として生まれ変わる選択肢もあるが、グローバルで戦えるだけの人材を揃えられるとは到底思えなかった。




 深山は腕を組み、天井を見上げながら喋る。


「とはいえ、残された時間もあまりない。引き合いがあるからといって先延ばしにも限界がある。遅くとも3ヶ月以内には方針を決めることになるだろう」


  深山が社長に就任してからの2年間、この間はひたすら資金繰りに追われる2年間だった。そしてようやく出口が見え始めた今、最後に立ちはだかるのも金の問題だった。


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