夜㉔ 最初で最後
戦いが終わります。
「ギャオオオオオオオッ!!」
全長百メートルを超える黒竜と化した小間竜騎。
黒竜の口に禍々しい魔力が集約されていき、闇を帯びた黒炎へと変わっていく。
「来るぞ!」
万丈が叫んだと同時に、黒竜の口から黒炎の破壊光線が放たれる。
「防御魔術・アイギス!」
龍彦から竜の魔力を借りて、最高位の防御魔術を展開する万丈。
魔術、異能、物理攻撃……あらゆる攻撃から身を守る絶対防御、海藤の最強魔術「終末世界」をも防いで見せた最強のバリアである。しかし……
「なんだこの黒い炎……バリアの燃えた箇所がどんどん灰になっていく!?」
一度アイギスの力を見ている龍彦は、目の前の光景に驚きを隠せなかった。
破壊の黒炎は無敵の盾をも無に帰そうとしていた。
「ヤバいぞ、どうする!?」
「空間系魔術・悪魔の飛躍!」
キルが魔術名を詠唱した直後、万丈たちの姿がアイギスの中から消える。
それと同時に、黒炎から少し離れた場所へと瞬間移動する。
黒炎の破壊光線が大地を焼き払っていく。
「空間系魔術か、助かったぞキル。あと少し遅かったら、俺たちはアイギスごと火炙りにされていただろうな」
「えぇ。でもこの魔術、結構魔力使うのよねぇ。そう何回も使える代物じゃないわぁ」
「おい、黒い炎がこっちまで広がって来てるぞ!」
乾いた大地を焼き尽くしながら、黒炎の魔の手が龍彦たちに迫る。
「龍彦さん、魔力を!」
「おうよ!」
「私にも貸して!」
龍彦の肩に手を置く万丈とキル。
迫りくる黒炎に向けて、勢いよく手を向ける。
「水属性魔術・海神!!」
万丈、キル、龍彦3人の魔力を合わせた水属性魔術。
大洪水レベルの水量が生み出され、巨大な鯨のような姿を形成していく。
水の鯨はその巨体に似合わぬ速度で燃え盛る黒炎へと突進していく。
しかし……
「あの黒い炎……水を燃やしてやがる!?」
黒炎は鎮火されるどころか、巨大な水の鯨を吸収し、さらに勢いよく燃え始める。
「おいおい! 火って水被せりゃ消えるんじゃねのかよ!」
単調な言葉だが、龍彦の疑問は最もだ。
水を食らって大きくなる黒い炎など、完全に常識の範囲外の存在だった。
「飛ぶわよ!」
膨大な水を全て食らい尽くして燃え盛る黒炎を、キルたちは空を飛ぶことで躱す。
「なんなの、あの黒い炎……あんな魔術今まで見たことないわぁ……」
辺り一帯の大地を焼き尽くしながら、さらに勢いを増していく黒炎を見て、キルが唖然とした様子でそう言った。
「あれは炎というよりも闇……熱を帯びた闇とでも言うべきだろうか。恐らく光属性以外では太刀打ちできない。しかしこの闇の魔力をここまでコントロールするとは……」
「えぇ、流石は竜騎様というべきね。あの膨大な竜の魔力を全て光から闇へ変換させるなんて。これじゃ海藤やサタン並ね……」
地上を焼き尽くしても尚、勢いが衰えない黒炎を見つめながらキルがそう言った。
「……なぁ。小間はもしかして、死んだサタンの……」
万丈が何かを言いかけたが、途中で飲み込む。
その言葉を消し去るように、被せ気味にキルが口を開く。
「魔力も大分消費してしまったし、長期戦は不利ね。龍彦、今から融合魔術で貴方をもう一度アテナに戻す。万丈に力を貸してあげなさい」
「おう分かった。でも竜の力の半分は竜騎に持っていかれた。サタンの時みたいに完全な竜神の剣にはなれないぜ」
「それでもいいの。アテナも竜の力も、共にある事で真の力を発揮するのだから」
「おっけ。じゃあ頼むわキルさん」
龍彦の体が白い光へと包まれていく。
白い光となった龍彦を吸収したアテナが、白金の剣へと姿を変える。
「万丈。今から空間系魔術で竜騎様の付近へ飛ぶ。私が竜騎様の動きを止めておくから、その隙に貴方が彼を倒して。残りの魔力からしてチャンスは一度きり。頼んだわよ」
「あぁ……これで終わりにしよう」
黒竜へと向き直す万丈とキル。
直後、黒竜が再び破壊光線を放った。
「行くわよ! 空間系魔術・悪魔の飛躍!」
瞬間移動により破壊光線を躱す万丈とキル。
空中で姿を消した万丈とキルは、黒竜の数メートル手前に姿を現した。
「幻術・エンデュミオンの眠り」
囁くように呟くキル。
それと共に黒竜の動きが鈍くなっていく。まるで眠りにでもつくかのように。
しかし……
「私の体が……燃えてる!?」
キルの体から黒い炎が自然発火し始める。
黒い炎はキルからライフを奪い、そして燃えている箇所から灰にしていく。
「幻術で彼の精神に干渉したせいで、彼の闇が私に浸食しているってことね……万丈! 時間が無いわ、早く!」
「だがキル! お前、体が……!」
「いいから行きなさい!!」
これまで聞いたことが無い、鬼気迫ったキルの叫び。
「私の代わりに……竜騎様を救ってあげて……」
涙を浮かべながら、小さくも力強く万丈へ最後の言葉を送るキル。
「……分かった」
万丈は再び黒竜の方へと向き直す。
聖剣アテナを両腕で握り締め、真っ直ぐ黒竜の頭上へと飛ぶ。
「うおおおおおおおおっ!!」
万丈は叫んだ。
迷いを払拭するように。
目の前の禍々しい姿をした黒竜が、自分の敵であると言い聞かせるように。
そして、聖剣を黒竜の頭部に勢いよく突き刺した。
「ギャオオアアアアアッ!!!」
響き渡る黒竜の悲痛の叫び。
それと同時に白金の聖剣がさらに輝きを増していく。
邪悪な魔力と聖なる魔力……相反する力同士が混ざり合い……
そして……
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「……ここは?」
気が付くと、龍彦は全てが白で塗りつぶされた純白の空間に立ち尽くしていた。
「神の間……に似てるけど。なんだここ」
人間界での死後、神の間に来た時の事を思い出す龍彦だったが、目前の光景はその記憶の景色とは何かが違っていた。
「来たか、龍彦」
いつの間にか、龍彦の目前に人が立っていた。
小間竜騎。
邪悪に光る赤き瞳が龍彦を捉える。
「よぉ竜騎。どこだよここ」
「ここは俺の精神世界……みたいなもんだ。万丈が俺の頭に聖剣をぶっ刺したせいで、お前の魔力が俺の精神世界に入り込んだらしい」
「精神世界、お前の心の中って事か」
小間は目線を少し斜め上にやると、再度口を開く。
「今、外では聖剣と黒竜の魔力が激突してる。力はほぼ拮抗している状態だ。一体どっちが勝つんだろうな」
他人事のように淡々と語る小間。
「龍彦。お前がここから大人しく出て行ってくれれば、勝負は俺の勝ちで終わるんだがな」
「ふざけんなよ竜騎。俺は絶対お前をそこから救ってやる。今度こそ、お前をそのぐちゃぐちゃで真っ暗な世界から引きづり上げてやるんだよ。もう、前みたいな思いはたくさんだ」
生前。
龍彦が数人の友人を連れ、小間の家に向かうと、そこには2人の男が倒れていた。
1人は小間の父親。もう一人は小間。
小間の父の顔は原形を留めぬほど殴られていた。
顔のあちこちから血が噴き出していて、目も鼻も口もぐちゃぐちゃに潰れていた。
小間は糞尿を垂れ流しながら、泡を吹いて死んでいた。
そして、小間の血まみれの拳から飛び出した何本もの骨が、状況を全て物語っていた。
この時、龍彦は自分を恨んだ。
親友を助けられなかった無力な自分を。
小間がこんな惨劇を起こすまで、ずっと何かを抱え続けていた事に気が付いてやれなかった鈍感な自分を。
「竜騎ぃ……。なんであんとき、俺に何も言ってくれなかったんだよ! 親友のあんな酷い姿見せられる気持ち、考えた事あんのかよ! 悩んでるなら、何か抱えてんなら、俺に話してくれよ! あんとき……俺がどんな気持ちで……」
龍彦が涙を流しながら叫ぶ。
嘘偽りない、親友への思いを。
「……俺が何を抱えていようと、お前には関係無い。関係あったとしても、お前に何ができるんだよ。俺はあの最低最悪のクソ親父の息子だ、最低最悪のクソ野郎……海藤咲夜の同類だ。ただでさえ生まれた時から最低最悪だってのに、生前もここに来てからもロクな事しちゃいねぇ。こんな俺をどう救うって?」
生気のない死人のような笑みを浮かべる小間。
「救えるさ。だってお前は優しいし、強いじゃんか」
希望に満ちた笑みで、龍彦ははっきりとそう言った。
「は。めでてぇ野郎だな。優しい? 強い? 俺のどこをどう見りゃそんな……」
「お前は自分の中の闇を外に出さないように抑え込んでた。俺たちがサタンを倒すまで、俺がお前の体から離れるまで、ずっと抑え込んでたんだろ? そうやって一人で真っ黒な闇と戦ってたんだ。優しくて、強いじゃんか」
「バカだな、お前は。……本当にバカな奴だ」
ほんの僅かに柔らかく微笑む小間。
「残念だが、俺はお前が相手であっても迷わず殺す。最後通告だ、ここから出ていけ」
『俺は相手が友人であっても、自分の命が懸かってたら迷わず殺す』
小間は、2回戦で天上ミコトに言ったそんな言葉を思い出していた。
だがあの時と違うのは、今の小間は自分の命に全く重きを置いていない事。
破滅願望と破壊衝動……コインの裏表のような感情に板挟みにされた小間の精神は破綻寸前だった。
「嫌だ。今度こそ俺はお前を救う」
だが、龍彦は折れない。もう二度と後悔しない為に。
「そうか。なら殺すしかねェな」
首をゴキゴキと鳴らし、不敵に嗤う小間。
その言葉は小間の本心なのか、それとも植え付けられた誰かの感情なのか。
それはもう小間本人にも分からない。
「……竜騎よぉ。お前とタイマン張るのは、これが初めてだな」
「あぁ。だが、これが最初で最後だ」
「……全部、ぶつけて来いよ。竜騎ぃ!」
龍彦の掛け声と同時に走り出す2人。
両者の拳が交差し、2人の姿が真っ白な光に包まれた。
お読みいただきありがとうございました。
次回、ついに異世界へ…。




