夜㉓ 黒竜の慟哭
あの男が再び…。
「やーなんとか倒したな、あのバケモン。マジやばかったわ……」
「龍彦さんが力を貸してくれたおかげですよ。そして、小間もな」
「……」
満点の星空の下。
龍彦、万丈は最大にして最強の敵である大魔王サタンを倒したことに安堵していた。
一方、その様子をただ静観している小間竜騎。
そんな3人の下へ、少し離れた場所からゆっくりと歩いてくるキル。
「さっきのとんでもない爆発だったわねぇ」
「キル、お前も無事だったか」
「えぇ。でもあと少し遅れてたら殺されてたかも」
「それは済まなかった。だがお前があの怪物を足止めしてくれたおかげでサタンを倒せたよ。ありがとう」
「ま、まぁ別にいいけどぉ。アンタの為じゃないしぃ」
敵対していた時の殺伐とした空気はどこへやら。
まるで昔からの仲間同士で話すかのように弛緩した空気感の万丈とキル。
「は! りゅ、竜騎様!」
万丈から視線を逸らしたキル。その視線の先には、生涯仕えると誓った主、小間の姿があった。
「竜騎様! 私、精一杯頑張って参りましたぁ~!」
勢いよく小間に抱き着くキル。
払いのけられた後に罵詈雑言を浴びせられるかと思った(むしろ所望していた)キルだったが、無反応を貫く小間の様子に少し違和感を覚える。
「竜騎様……どうなさい……っ!」
小間から腕を離し、急いで後退するキル。
「どうした、キル」
聖剣アテナを構える万丈。
慌てて小間から距離を取ったキルに……ではなく、只ならぬ殺気を放つ小間竜騎を警戒しての行動だった。
「竜騎……?」
不気味な気配を感じ取った龍彦が、恐る恐るそう言った。
「……ふひひっ」
小間の口から不気味な嗤い声が漏れる。
人間味を感じない冷たい声に、万丈は背筋が凍るような感覚に陥る。そして同時に、その嗤い声に既視感を覚える。心臓を鷲掴みにされるような感覚、生存本能を直接揺さぶってくる死神のような声質。それはこのバトルロイヤルで最も危険な男の声に似ていた。
魔王にして史上最悪の異世界転生者、海藤咲夜の声に。
「ククッ……。クハハハハハァッ!!」
狂ったように嗤いだす小間。
姿形が間違いなく小間のもの。だがその声質と体に纏う歪な空気感は、まさに海藤咲夜のものだった。
「やっと出てこれたぜェ……。随分とお預けしてくれるじゃねェかァ。小間ちゃんよォ」
「魔力の質が変わっていく……。貴様、海藤なのか?」
小間の魔力の質が急激に変化した事を察知する万丈。伝説の竜の力を押しのけて出てきた禍々しい魔力。
それは、目前の人物が海藤咲夜であるという事実を、視覚情報よりも色濃く万丈たちに刻んでいく。
「蟻道……いや海藤。なんでお前が竜騎の体にいやがる」
「そう睨むなよ愛染龍彦。ビビッて小便ちびっちまいそうだぜェ。ヒャハハッ」
首をゴキゴキと鳴らし、人を食ったように嗤う小間……の姿をした海藤。
「なァに簡単な話だ。大魔王サタンがオレの体を器にして復活したろ? あれと同じさ。オレも小間に自分の分身を植え付け、こうして復活したってワケだ」
「分身だと? 貴様いつの間に……」
「3回戦で小間がゴールする直前、小間のドタマに直接ぶち込ませてもらった」
こめかみを指でトントンと叩く海藤。
「やっぱり出てきたわねェ海藤。よくも竜騎様の体に……」
「おォ誰かと思えば、小間に尻尾振ってキャンキャン吠えてたメスイヌじゃねェか。小間の中で見てたぜェ? 面白いモン見させてもらった」
「今の貴方こそ、竜騎様がいなきゃ喋る事もできない寄生虫じゃない。元魔王が随分と汚い手を使うのね」
「ククッ何言ってやがるマゾブタが。オレァ自分の手を汚さなかったことはねェぜ? ずっと汚ェままだ」
「あらそう。じゃあ消毒して洗い流してキレイキレイしてあげましょうか」
そう言って、右手を素早く海藤に向けるキル。
「水属性魔術・水銃!」
「まァ落ち着けよ」
魔術詠唱と共に水の塊を複数出現させたキルだったが、海藤の一言で、水が電気と共に霧散した。
「オレは無詠唱で魔術を使える。チンタラ技名こいてるテメェらとは術スピードが違ェんだよ」
「ちっ!」
露骨に舌打ちをし、海藤のペースに飲まれそうになるキルだったが、それを龍彦が抑える。
「……海藤、なんでこんな真似しやがった。竜騎はどうした?」
「ククッ、オレにも色々あんだよ愛染。オレの本体は既にサタンによる浸食が進んでいて、オレの自我が無くなるのも時間の問題だった。そこでオレは自分のバックアップを取っておくことにした。それが小間だっただけの話だァ」
歪んだ笑みを浮かべる海藤。
赤き瞳を不気味に輝かせ、海藤は続ける。
「しかし流石は小間だな、オレの同類なだけはある。オレのスペアをコイツに植え付けたのは3回戦終了直前だったってのに、4回戦であっという間に同期が完了しちまったァ……アハハハッ!」
「竜騎の様子がおかしかったのはテメェのせいだったって事か。で、竜騎はどうしたって聞いてるんだよ」
「竜騎、竜騎って……テメェはそればっかだな愛染。男のケツばっか追いかけてるホモヤローが。まァ、そんなに会いたきゃ会わせてやるよ。オレの出番はもう終わりだ」
「何?」
意外な反応に驚く龍彦。
「精々楽しむんだなァ……ギャハハハッ!」
悪魔のような嗤い声をあげる海藤。
直後、小間の体が糸の切れた人形のように脱力する。
「……随分とご機嫌だな、海藤の野郎」
どこか冷たくそう言い放つ小間。
小間のその表情に先ほどまでの狂気はない。
どうやら海藤から意識が戻ったらしい。
「竜騎ぃ。ったく心配させんなよ」
「心配? 何をだ」
まるで機械のように淡々と話す小間。
自身が持つ小間のイメージとの差に少し恐怖を覚える龍彦。
「何をって……そりゃお前が敵になっちまったんじゃねぇかって……」
「何言ってるんだ龍彦。敵になるも何も、俺は最初からお前たちの敵だろ」
「じょ、冗談よせよ竜騎。俺たち仲間だろ?」
無機質に喋る小間に動揺を隠せない龍彦。
それは万丈も同じようだが、キルだけがそんな小間をただ黙って見つめていた。
「小間、一体どうしたというのだ。まさか、まだ海藤に……」
「操られていない。これは俺の意思だ」
万丈の言葉を遮るように淡々と言い放つ小間。
「そもそもこれはバトルロイヤルだ。お前たちとは、当面の邪魔な敵を排除する為に、あくまで一時的に手を組んだだけの事。それが終われば再び敵同士。当然だろ」
「だが、何か方法がある筈だ……。俺たち全員で生き残る方法が……」
「随分とめでたい事を考えてるんだな万丈。残念だがそんなものは無い。仮にあったとしても、俺はそんな事望まない」
「竜騎! 本当にどうしちまったんだよ!」
とうとう我慢できなくなった龍彦が叫ぶ。
そんな龍彦に目もくれず、小間が続ける。
「俺はお前たち全員を殺して、このバトルロイヤルに勝利する。そして異世界転生を果たし、世界を滅ぼす」
冷淡に言い放つ小間。
あまりに唐突な一言に、龍彦と万丈は言葉を失ってしまう。
「なんで……どうして……こんな」
涙を滲ませ、声を震わせながらそう口にする龍彦。
それは意味のない言葉。ただ感情任せに吐き出された、龍彦の不器用な思い。
「小間、お前が何を思っているのかは俺には分からない。本当に自分の意思で話しているのかも、海藤に操られているのかも分からない。だがもし、お前が世界を滅ぼすというのなら、俺はお前を斬らなければならない。勇者として……友として」
「万丈さん……そんな……」
固い決意を秘めた万丈の言葉に力を失い、膝をつく龍彦。
「もうお喋りは終わりだ。……全部壊してやる」
どこか諦めたように、力強くそう言い放つ小間。
白い魔力に覆われていた小間の体が、邪悪なオーラを纏い始める。
「りゅう……!!」
小間の名を叫ぼうとした龍彦。
だが、竜騎を中心に暴風が発生し、大きく吹き飛ばされてしまう。
小間が纏う邪悪な魔力が爆発的に膨れ上がっていき、何かを形作っていく。
「竜騎様……務めを果たす時が来たようです……」
吹き荒れる暴風の衝撃に耐えながら、キルが小さくそう呟く。
「務めだと……。キル、お前何か知っているのか!?」
万丈の言葉に、キルは少し間を置いて答える。
「……闇世界を使って竜騎様の精神へと入った時、彼の心には2種類の闇が存在していた。海藤に植え付けられた闇と、彼が先天的に生まれ持っていた闇」
一呼吸置いて、キルがさらに続ける。
「でも竜騎様が持つ闇は本来表に出ることはなかった。しかし、海藤に闇を植え付けられたことがトリガーとなり、徐々に表に漏れ始めた」
「4回戦で小間の様子がおかしかったと言っていたのは、海藤の浸食を抑え込んでいたから……それだけじゃなかったという事か……。クソッ海藤め……」
「竜騎様の闇は海藤に匹敵するモノ。けど決定的に違う点がある。破壊衝動や殺戮衝動に塗りつぶされた海藤の闇と違って、彼の闇の矛先は自分自身に向けられたものなの」
「自分自身……それはつまり」
「異常なまでの破滅願望。それが、竜騎様の心に巣食う闇の正体なのよ」
破滅願望。
その言葉を聞いて万丈はある事を思い出した。4回戦開始直前に小間が言いかけた事を。
そして理解する。あれは自分が暴走したら止めてほしいという、小間からのメッセージだったのだと。
「竜騎様は前世で自ら命を絶った。けど彼の闇はそれでは満足しなかった。彼は全てを破壊し自らが絶対悪となる事で、勇者やヒーローといった正義の存在に裁かれることを望んでいる……。ここに駆けつける直前、彼に頼まれたの。『俺が変わってしまったら、その時は迷わず殺してくれ』って……。だからそれが、私の務め……」
「キル……」
「……ふざけんじゃねぇよ」
小さく、それでいて力強く龍彦が呟く。
「何が闇だ! 何が破壊だ! 中二病も大概にしとけよあの野郎! なんでも一人で背負いやがって大バカヤローがっ!!」
龍彦は拳をパシッと合わせる。
そして力強く叫ぶ。
「万丈さん、キルさん! あいつの目を覚まさせる! 協力してくれ!」
「あぁ、勿論だ!」
「貴方に言われるまでも無いわぁ!」
3人は力強く、この暴風の発生源へと目を向ける。
「……」
暴風が止んだ頃、それは姿を現した。
漆黒に包まれた鋼の如し身体。
巨大な黒い翼。
鋭く光る両手足の鉤爪。
深紅に輝く眼に邪悪な2本の角。
それは全長百メートルを超える黒竜の姿だった。
「ギャオオオオオオオッ!!」
邪悪な黒竜の咆哮が響き渡る。
他を寄せ付けぬ威圧感を持った孤独な咆哮。
だがそれは慟哭のようでもあり、どこか悲哀に満ちていた。
お読みいただきありがとうございました。
次回、最終決戦です。




