夜㉑ 光と闇
決着!
「竜神の剣ドラグ・アテナ!」
真の姿を取り戻した聖剣を手に、万丈が叫ぶ。
「おのれッ! 貴様如きにエトの聖剣がッ!」
「小間の言う通りだったようだな。かつてサタン倒した聖剣はグラムではなく、このドラグ・アテナだったようだ」
「流石ですわ。竜騎様」
小間……ではなく、ドラグ・アテナに話しかける万丈とキル。
「(あぁ。てか剣になるってこんな感じなんだな。体は全く動かないのに意識がある。不思議な感じだ)」
「(だろ? あんときの俺の気持ちが分かってもらえて何よりだぜ!)」
ドラグ・アテナの中でそんな会話をする小間と龍彦。
「ク、クククッ。だが聖剣が真の姿を取り戻したから何だというのだ! 我の力は海藤を器とすることで全盛期以上に仕上がっている! 今回死ぬのは貴様の方だ!」
サタンの体を禍々しくどす黒い魔力が覆っていく。
「闇・雷属性魔術・魔界!!」
直後。
夥しい数の黒き雷が天から地へと放たれた。
たった一撃の黒き雷だけでも、半径数百メートルを更地に変えるほどの威力……そんなものが何千、何万と放たれる、その光景はまさに魔界そのものだった。
「グワッハハハァ!! 消し飛べ砂利共がッ!」
「ちょ、ちょっとヤバくなぁい!? 私も今からその聖剣の中に入れてもらえないかしらぁ!?」
「……風属性魔術・ワイバーンの翼」
万丈が一瞬、聖剣を振るう。
直後、数キロ先までの暗雲が一瞬で消し飛び、天が真っ二つに割れた。
「……は?」
あまりに馬鹿げた光景を前に、言葉を失うキル。
何千、何万という黒き雷は、たった一太刀によって暗雲ごと消し飛ばされた。
空に再び星々の光が戻る。
「あ、はは。いくら聖剣が真の姿を取り戻したと言っても、これは強すぎじゃないかしらぁ……」
「……ここまでとは俺も予想外だ。威力も、そして魔力消費量もな」
竜神の剣ドラグ・アテナの力によって桁違いに跳ね上がった万丈の魔力量だったが、その分、魔術のコストも桁違いに上昇した。
「どうやら連撃というよりも、一撃必殺に長けた聖剣らしいな……。以前のアテナとは随分使い勝手が違う」
「グワッハハハハァ! やはり貴様ではエトほどその剣を使いこなせないようだな! 勇者よ!」
サタンの咆哮と共に、空の色が再び変化する。
満点の星空は、血のように真っ赤な空へと姿を変えた。空が生まれ変わったと同時に、サタンは腰の部分から生えた無数の触手を地面に潜り込ませた。
「闇・土属性魔術・黙示録の獣!!」
「あらぁ……何をするつもりなのかしらぁ」
ゴゴゴ……と、徐々に大きくなっていく地鳴りに不安を覚えるキル。
突如、大地が崩壊し、サタンよりも巨大な七体の大蛇が顔を出した。その大蛇は獣のような顔をしており、それぞれ二本の角を有していた。
さらに七体の大蛇の獣が発生した付近から、それの半分ほどの大きさの無数の大蛇が顔を出す。こちらは一目では数え切れないほどの数だった。
「ギシャアアアアアアッ!!」
蛇のようであり獣のようでもある不気味な咆哮をあげる無数の怪物たちは、口から毒々しい黒紫の液体を吐き出した。大量の毒は万丈たちが逃げる隙間も無く、空間を埋め尽くしていく。
「嘘でしょお!? これじゃ逃げ場がないじゃない!!」
「炎属性魔術・サラマンダーの繭!!」
万丈が聖剣を振るうと、巨大な炎の繭のようなものが生み出され、万丈たちを大量の毒から守った。
炎が液状の毒を焼き尽くし、蒸発させていく音が響き渡る。
「助かったわぁ万丈。あんな量の毒食らったら、状態異常回復なんて使う間もなく即死ね」
「あぁ。だが、この炎の繭を維持するだけで徐々に魔力が消費されていく。あまり長くこうしてはいられない……」
「どうするの? 魔力が溜まるのを待って、外に出たらあの怪物たちを薙ぎ払うの?」
「だが、同じ魔術を再び奴に使われたらいたちごっこだ。いやむしろ、先にガタが来るのはこっちだろうな。だが奴は恐らくあの怪物たちを生み出している間、地面に触手を這わせなければならない。言い換えれば怪物たちがいる間は、サタンの動きを止めておけるという事だ」
しばらく考える万丈。
そして一つの答えを出す。
「キル、お前に頼みがある」
「あらぁ。あれだけ敵対した私に頼み事かしらぁ」
「今はそれどころじゃない。いいか、お前にこの怪物たちを足止めしてほしい」
数秒ほど、唖然とした顔をするキル。
そして、やや呆れた顔で答える。
「無理よ。あれはいわばサタンの分身みたいなもの。私じゃ魔力が圧倒的に足りないわぁ」
「分かっている。だからこの竜神の魔力を少しお前に分ける」
万丈はそう言うと、聖剣の切っ先をキルに向ける。
すると、赤く輝く光の魔力がキルの体へと流れ込んでいく。
「な、なんてすごい力……。これが竜神の力ってわけ? これでもまだほんの一部だなんて信じられないわぁ」
「おい、今与えた魔力はそのまま使うなよ? 光属性の魔力をそのまま使っては、魔族のお前の体を蝕んでしまう」
「アンタ……バカよねぇ……」
キルは少し俯き気味にそう言った。万丈は黙ってそれを聞く。
「私はサタンを復活させる為に、自己中心的な新世界を生み出す為に500年以上暗躍してきた。その為にたくさんの人間を殺してきた。はっきり言って、殺した数は海藤よりも断然多いわ。それだけじゃない。私は貴方の幼馴染、私の片割れであるアリサを操って、貴方に殺させた。私は貴方にとって、いえ、事情を知ってる人間なら誰にとっても世界最悪の大悪党よ。そんな私の体を心配するなんて馬鹿げてるわぁ」
「確かに、お前の事を憎んでいないと言えば嘘になる。だがさっきも言っただろう。今はそれどころじゃない。海藤をも凌ぐ最悪の魔王サタン。そんな奴を異世界に転生させるわけにはいかない」
覚悟を決めた万丈の表情を見て、キルは少し微笑む。
「その為なら、魔女とでも手を組むってワケね?」
「あぁ。だがお前は元々魔女なんかじゃない。アリサの過去、闇、魔族と人間の因縁……その全てがお前を狂わせてしまったと俺は思っている。それに、もう悪巧みはしないんだろう?」
「悪巧みってそんなチープな……。それに計画を諦めたとて、私の罪は消えないわ」
「ならこれから償っていけ。ここから生き残っても、新しく生まれ変わったとしてもだ」
「万丈……」
「それに、お前はアリサの片割れなんだろう。なら俺の相棒として相性はいい筈だ。頼りにしてるぞ」
「えぇ……分かったわぁ」
柔らかい笑みを浮かべるキル。この笑顔を見て、彼女を魔女だと思う者は恐らくいないだろう。
「じゃあ万丈。お願いがあるんだけどぉ……」
「なんだ?」
「一言でいいから竜騎様の声を……応援の言葉を聞きたいわ」
「だそうだ。これから戦地へ赴く女戦士に何か言ってやれ、小間」
竜神の剣ドラグ・アテナに向かってそう呼びかける万丈。
「竜騎様! 私に愛の言葉を!」
「(……)」
「無視……無視ですわぁ♡ 流石です竜騎様! 私など相手するに値しない虫ケラ以下の存在という事ですわね! 畏まりましたぁ! 必ずや万丈と協力してサタンの首を持ち帰って見せますわ! その時は……ハァハァ……私を虫けらから犬っころへ昇格させてくださいましぃ~~♡」
下品な笑みを浮かべるキル。この笑顔を見て、彼女を淑女だと思う者は恐らくいないだろう。
「さぁ行くわよ万丈! こんな炎の檻、早く消し去っておしまいなさい!」
「お前は本当、七変化が凄まじいな……。では頼んだぞ!」
万丈がサラマンダーの繭を解除する。
それと同時に万丈が凄まじい速度で飛び出し、怪物たちを躱して先へ進む。
怪物の内何匹かが、サタンの元へ向かう万丈を目で追う。
「おっと! 行かせないわよぉ!」
キルの足元に巨大な魔法陣が出現する。
「死霊術・死者の軍勢!」
キルが発動した巨大な魔法陣から、千を超える戦士の軍勢が出現する。
ただしその戦士たちは全て死者。死の淵から蘇った戦士たちは、無数の大蛇の怪物に向かっていく。
「死者の軍勢……私の死体コレクションを全て呼び出す禁術。これを使えば、本来なら2日間はほぼ魔力を使えないけどぉ……今なら問題無く使えるわぁ!」
千を超える死者の軍勢……その中にはかつての勇者、魔族、異世界転生者がおり、圧倒的な力で無数の怪物たちを倒していく。だが……
「倒しても倒しても大蛇の数が減らない……いえ、むしろ増えてる? 勘弁してほしいものだわぁ、こっちは数に限界があるのよぉ……」
サタンが生み出した黙示録の獣は、キルの言った通りサタンの分身である。
サタンの魔力が尽きぬ限り、攻撃を受けても何度でも分裂して蘇る特性を持つ。
「今の万丈なら、恐らく再生できないほど巨大な一撃でアレを倒せる筈なんだけど……。それをしなかったのは、もう一度アレを生み出されたら面倒だからっていうのと、サタンを地面に縫い付けておく為なのよねぇ。はぁ、意外と人使い荒いじゃない、あの人。結構興奮しちゃうわぁ……」
「ぎゃああっ!!?」
禁術で蘇った死者の悲痛の叫びが木霊する。
大蛇が吐き出した猛毒が何十体もの死者の軍勢の体を一瞬で溶かし尽くしていたのだ。
「あの猛毒……威力が桁違いすぎるわぁ。あの毒を浴びた箇所は一瞬で溶けてなくなる。しかも強力なヴェノム状態になるせいで、どの道アレを浴びた時点で、回復する間もなく死ぬって訳ねぇ……」
キルは夥しい数の大蛇に死の戦士たちが倒されていくのを見て、さらに魔法陣を発動する。
「奥の手その2よ! 魔召喚・ヴァナルガンド!」
発動した魔法陣から勢いよく飛び出したのは、50メートルを超える巨大な灰色の狼だった。
「私が魔契約を結んだ中で最強の魔獣よ! さぁ生蛇食べ放題よぉ! 愛の力を見せてやりなさ~~い!!」
地獄の魔女改め、小間の愛のメス犬・キルの全身全霊の愛の叫びが響き渡った。
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キルが黙示録の獣を足止めしている一方。
万丈は猛スピードでサタンの元へ突き進んでいた。
「追い詰めたぞサタン!」
「おのれ……来おったか勇者めがッ!」
体外から放たれた両者のとてつもなく膨大な魔力がぶつかり合い、大気が震える。さらには空間にヒビが入るという不可思議な現象までもが発生する。
「……これで最後だサタン。もう終わりにする」
万丈は持てる全ての魔力を聖剣へ注ぎ込む。
強大な魔力は深紅の光となって、聖剣の周囲を渦巻いていく。あまりの激しさに万丈を中心に烈風が吹き荒れ、周囲の大地を削り取っていく。
「グワッハハハハァ!! いいだろう勇者よ! 貴様の戯言、敢えて乗って見せようではないか!」
サタンは両手を合わせ、再び離していく。
掌の中心に黒い球体が生まれ、それを空に向かってかざすサタン。
それはサタンが生み出した究極の闇。
全てを飲み込み、全てを無に帰す闇の球体は加速度的に膨張していき、ついには直径十キロ以上の大きさにまで膨れ上がった。
「我の持つ最強の力……貴様にこれが消し飛ばせるか!? 見せてみろ勇者ァ!!!」
「……光属性魔術・竜神の矢」
黄金の雷を放電しながら、巨大に膨れ上がった深紅の魔力が矢のように放たれる。
「闇属性魔術・黒無!」
巨大な黒い球体が空間を歪ませながら、全てを破壊し飲み込もうと突き進む。
2つの相反する力が衝突し、爆発的な衝撃波を生み出す。
衝撃波はやがて、光と闇の力が織り交ざった未知の大規模爆発を引き起こした。
それは超新星のように輝かしい光をもたらすものか。
あるいはビッグバンのようにさらなる闇を広げていくのか。
その答えは……
「グオオオオオオオオオオッ!!!? バカなァ!!? 我の闇がアアアアッ!!!」
光の矢は闇の球体を貫き、サタンに直撃した。
竜神の光が、サタンの無限の闇を浄化していく。
「ア、ア、アリエン!! 我ガコンナトコロデエェェ!!!!!」
サタンの体に大きな亀裂が入っていく。
「消え去れ、サタン!!」
「グオオオオアアアアアアアアッ!!!!」
深紅の光の奔流と共に、大魔王サタンの体は跡形も無く消し飛んでいった。
竜神の矢の勢いは、サタンを跡形も無く消し飛ばしても衰えることはなく、天空を貫き、赤き闇を祓った。
そこには、雲一つない夜空が広がっており、無数に光る星々が、真っ暗な夜空を輝かせていたのだった。
お読みいただきありがとうございました。
消えゆくサタンを見て、小間は一体何を思う…?




