夜⑱ 闇世界
キルの計画が明らかになります。
あと割と長いです。すみません。
「究極幻術・闇世界!」
さて。時は少し遡る。
くすんだ銀髪の魔王キルと交戦中の俺、小間竜騎はキルの闇世界という幻術にかかり、意識を失ってしまう。
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「あ? どこだここ」
目が覚めると。そこは辺り一面真っ黒な空間。神の間とは真逆の世界だ。だが、一切光が差していないにも関わらず、自分の姿だけは明確に確認できる。なんとも不思議な空間だった。
「目が覚めたようねぇ」
ぱっ。と光の点滅のように姿を現したキル。
「なんだよここ。個室? そんなに俺と2人きりになりたかったのかよ。素直じゃねぇ奴だな。仕方ねぇ、気持ちよくしてやるから、先にシャワー浴びて来いよ」
俺の冗談を死んだ目で聞いたキルは、指を軽く動かす。
すると、俺の口がジッパーで閉められたかのように開かなくなってしまう。
「ここは私が作った幻術空間・闇世界。この世界での私はいわば神。何もかもが私の支配下にある。今、貴方に発言権は無いわぁ。くだらない事しか喋れない下品なお口はチャックよぉ」
「……」
口が開かなくなってしまった為、黙って聞くしかない俺。どうやらこの世界に連れてこられた時点で俺の生殺与奪は奴に握られてしまったようだ。だが、こんな世界に連れてきて一体何を始めようというのだろうか。キルは、そんな俺の疑問を見通しているかのように続けた。
「人を完全に洗脳するのってね、簡単じゃないのよぉ。幻術に長けている私と言えど、永遠に人を操り続けることはできないのよ。クレアちゃんやアリサにかけた幻術だって、記憶の認識を少し変える程度のものでしかないし、2回戦で海藤が私やデブスにかけた『黒結界』も、時間が経てば効果は無くなる。それに、私はあの時操られてはいなかったわけだし。とはいえ、黒結界に嵌められたことは事実だけどね」
洗脳のノウハウみたいなものを突如語りだすキル。何を話すかと思ったら、正直どうでもいい事この上ない。結論を話すか、この世界から出すかどちらかにして欲しいものだ。いや、どちらかじゃないな。やっぱりここから出して欲しい。
「まぁつまりよ、人を完全に洗脳するには長い時間をかける必要があって、ほとんどの幻術を用いてもそれは不可能なの。でもこの闇世界は普通の幻術とは違う。ここでの時間の流れは全て私が支配している。つまり、ゆ~~~~~~~~~~~~~~っくり時間をかけて貴方を完全に私の支配下に置くことができるってワケなのよぉ」
「……」
この世界での時間が有限ではなく無限である事を体現したかのような、ゆったりとしたキルの話し方。
だが、長い時間をかけて俺を洗脳するつもりらしいが、具体的にはどうするつもりなのだろうか。拷問でもしまくって俺の心でもへし折るつもりなんだろうか。
「さ、時間は無限にあるし、まずは私の思い出でも一緒に振り返りましょうか」
暗闇の世界が一転、別世界の景色に変わる。
そこに映し出されていたのは戦場だった。無数の戦闘機、戦車、飛行要塞、人型のパワードスーツ兵士、そして百メートルを超える巨大ロボ……SFの世界レベルの光景に思わず俺は目を奪われる。
対して、SF軍団に応戦するのは無数の悪魔、魔獣、モンスターといったダークファンタジー軍団。
両者の桁違いの規模の攻撃が、世界を焼け野原に変えていく。
「これは私たちが人間界に戦争を仕掛けたとき。懐かしいわねぇ。まさか人間界に、魔術とは全く別の軍事技術が存在していたなんて。この戦争は100年以上続いたけど、残念ながら私は戦争の結末を見届けることはできなかった。人間界の戦力に追い詰められて、止むを得ず転生魔術を使う事になってしまったからね。私はこの戦争の発起人なのに、残念な話よねぇ」
過去の話をどこか愉快そうに話すキル。だが2017年に死んだ俺にとって、この時代の出来事は未来の話に当たる。なんとも不思議な感覚だ。だが、そんな事より気になるのは、この女が何故人間界に戦争なんて仕掛けたのかという事。この女が度々口にしている計画とやらが関係しているのだとは思うのだが……。
「何でこんな事したのかって顔ね。教えてあげるわ。結論から言うと、私は転生した海藤をもう一度蘇らせたかったのよ」
キルはパチンと指を鳴らす。
目前に映し出された光景が、戦場からどこかの城内のような場所へと変わる。壁のあちこちが崩壊しており、地面にも無数の亀裂が入っている。さらに、戦士のような外見をした者が4人ほど倒れている事から、恐らく何らかの戦闘行為があったのだと思われる。
「懐かしいわねぇ。これは魔王となった海藤……当時の蟻道冷人を封印しようとしたけど、結局失敗して犬死した勇者カイン様御一行の姿よ。あの中には私の片割れであるアリサもいるわぁ。ふふっ、情けない姿ねぇ」
そうか、あそこで倒れている4人は勇者カイン……万丈とその仲間だったのか。俺はカインとアリサの生まれ変わりである万丈と鳥皮の姿しか知らない為、どれがカインでアリサなのかは分からないが。
「蟻道冷人が魔王となった日から、私はある計画を企てていた。まず蟻道冷人に魔王の力を与えた邪悪な意思『サタン』。そのサタンを蟻道冷人を器にして復活させること」
邪悪な意思……確か1日目の夜、女神からそんなワードが出ていたっけな。蟻道冷人は邪悪な意思によって次の魔王に選ばれたとかなんとか。
「蟻道冷人は所詮サタンが復活するための人形に過ぎない。彼の魔王としての力が高まれば高まるほど、サタンの器として完成されていく。私は魔王軍四天王として蟻道冷人に仕えるフリをしながら、サタンの復活を待った。それは、サタンの強大な魔力を私の計画に利用する為」
そのサタンとやらが何者なのかは知らないが、キルが計画の為に強大な魔力を持つサタンの復活を待った……ということは、魔王となった蟻道冷人よりもサタンの持つ魔力は上ということ。おいおい、あのバケモンを上回る魔力ってどんだけ恐ろしい存在なんだよ。
「私の計画、それは全世界の全種族の存在を操り、私のお人形さんにする事。世界中なんて馬鹿げた規模だけど、サタンの魔力を媒体にして私の魔術を使えば、理論上は可能だった。私が作り上げた新世界、そこは争いも差別も無い究極の理想郷。まさに、平和の楽園そのものなのよ」
ネタで言ってるんだろうか。理想郷、平和、楽園……耳触りのいい言葉だけをどれだけ羅列しても、その実態は結局キルのエゴに過ぎない。自分以外の種族全員を操って自分の思い通りに動かす……そんな世界で争いも差別もクソも無い。この女、自分で狂ったことを言っている自覚はあるのだろうか。
そんな言葉が浮かぶも、口が開けない俺はただただ黙って聞くしかなかった。
「でもそんな私の計画は勇者カインたちのせいで頓挫した。蟻道が転生魔法を使った事で、蟻道に宿っていたサタンの意思もそのまま消えてしまった。でも、私は計画を諦めきれなかった。そこで私は転生した蟻道の魂をもう一度蘇らせることに決めた。いつ、どこに転生するかも分からない蟻道をただ待っているより、ずっと建設的だと思ったから」
ここまで話して、ようやく最初の部分に繋がった。
自分の計画の崇高さを理解させたかったのだろうが、随分と退屈な話だ。聞かされるだけの俺の身にもなってほしいものだ。
「蟻道を蘇らせる為に、私は転生魔法について調べた。普通に死ぬのと何が違うのか……ってね」
それは俺も前々から疑問だった。例えばただの人間である俺や、異世界で蟻道に殺された魔族のチンピラ2人など、ただ死んだだけであっても神の間に辿り着くことができるのならば、転生魔法を使う意味とはなんなのだろうか。
「転生魔法の効果は2つ。1つは必ず前世にいた世界に転生できる事。ただ死ぬだけだと、次に転生するのは人間界か異世界か分からないけど、例えば異世界で転生魔法を使った魂は、必ず異世界に転生する事ができるのよぉ。そしてもう1つ、転生魔法を使った魂は、次に転生するまでの間であれば何度でも生き返らせることができるのよ。私は計画を再始動する為に、蟻道をもう一度蘇らせることにした。そしてその手段こそが貴方も知ってる『死霊術』なのよ」
死霊術。キルがさっき使って見せた、他の魔王軍四天王を蘇らせた術だ。
って事はあのとき蘇った四天王は自らに転生魔法を使ってから、勇者カイン御一行に倒されたって訳だ。他の四天王の連中が転生魔法の事をどれだけ理解して使っていたのかは定かではないが。
「ただ、死霊術は無条件で使える訳ではなかった。死霊術で特定の魂を蘇らせるには、その魂に適合した器を用意しなければならない。サタンの器だった蟻道の器を用意する……私の計画達成はさらに遠のいたってわけ」
なるほどな。ぐだぐだと長ったらしい話だったが、なんとなく話の方向性が理解できてきた。
「魔王軍四天王の器は意外と簡単に準備できた。けど、蟻道の器だけがどうしても見つからず、計画は難航したわぁ。私は何か別のアプローチは無いものかと、色々調べて、考えたわぁ。そして私は、蟻道がかつていた世界……人間界と異世界を繋ぐ禁術の存在に辿り着いた。そこで、私はある結論を出した。それは人間界から蟻道の器を探し出す……というものよ」
「……」
ただただキルの話を黙って聞く俺。
やっぱりそこに繋がったか。コイツが人間界に攻めてきた理由が分かった。キルは人間を殺す前に必ず生け捕りにしていた……と、4回戦前に万丈が言っていたが、あれは蟻道の器を選定する為だったんだな。
「私が仮で統率していた魔王軍は、新しい勇者や異世界転生者の連中によって大分追い詰められていたからねぇ。異世界じゃ派手に動けない以上、人間界から探すしかないでしょ? 人間界には魔力が存在しない事は知っていたし、無駄に人間の数だけは多いみたいだから、カモにするには持って来いってわけなのよぉ」
べらべらと喋ってやがるが、要は自分たちより弱い奴らにターゲットを変更しただけ。
そんなくだらない理由で攻め込まれちゃ人間界もたまったもんじゃないな。まぁ俺はその時死んでるから別にどうでもいいが。
「私は戦力を立て直して、魔王軍を率いて人間界への扉を開いた。ここまで来るのに400年近くかかったわぁ。禁術を何度も自分の体に使って、異形の存在となりながらも延命し続けた私の苦労がようやく報われる……このときはそう思ってた。でも人間界には科学の力があった」
はっ。つまりこの女は、舐めてかかった相手が想像以上に大物で、100年以上も戦争ぶっ続けた挙げ句、事の顛末も見届けられずに死んだってわけか。情けねぇな。
「転生魔法を使う直前に私は、次に転生したときこそ計画を成就させることを誓った。それはいつになるか分からないし、もしかしたら今まで費やしてきた500年以上の時間がかかるかもしれない。でも私は必ず成功させてみせると、そう誓ったの」
異常な執念だ。500年なんて途方もない年月、俺には想像する事すら難しいってのに、そんな途方もない時間、コイツは目的を完遂させる事だけを考えて生きてきた。俺だったら途中で飽きて絶対やめる自信がある。
「ふふっ。そして次起きたらこの神の間にいた。ふふっ最初は本当笑みを抑えるので必死だったわぁ。だってぇ、私がずっと生き返らせたくて仕方が無かった蟻道が……海藤咲夜として生まれ変わって、私の目の前にいたのだから!」
まぁ500年も待った人間が目の前にいたらそりゃ熱くもなるよな……なんて、こんな陳腐な感想しか出てこなかったのは、俺が冷淡な人間だからなのか、それとも人間では計り切れないスケールの話だからなのか、イマイチ分からなかった。
「そして、今……海藤はサタンの器として完成した。サタンの復活は目前まで迫ってる! 私の理想郷はもう目の前なのよ!」
歪な笑みを浮かべながら声を荒げるキル。
「さぁて」
キルが指を軽く動かす。すると、俺の口に再び自由が戻る。
「どう小間竜騎? 私の崇高なる計画の全容は理解できたかしらぁ?」
「あぁ大体は。けど話が長いだけでクソつまんなかった。ぶっちゃけ全然興味ないし」
キルが指を軽く動かす。すると、俺の口が再び閉ざされた。
自由奪われるの早っ。喋ってからまだ5秒くらいしか経ってないのに。
「まぁ、貴方みたいな下等な猿に私の素晴らしさが理解できるとは思ってなかったけどぉ」
じゃあ聞かすなよ。途中寝ようかと思ったぞ。
「……やっぱり、誰も私の事理解してくれる人なんて、どこにもいないんだ……」
何かをぼそぼそと言っているキル。
まぁ聞かせる気が無い独り言程度なら、こっちも特に興味は無いが。
「ふふっ。じゃあ貴方はやっぱり私のお人形さん決定ね」
直後、俺の体が無数の鎖によって縛られる。
喋れないし、身動きも取れないしで、自由を完全に封じられてしまった。
「貴方は今からじーーーっくり私が懐柔させてあげる。私の『魅了』でねぇ」
キルが自分の唇をぷるっと触る。
『魅了』。確かキルが生まれつき持っている異性を勝手に虜にしてしまう力だとかなんとか。
何が魅了だ。残念ながらそんな程度で陥落するほど俺は簡単じゃない。やれるものならやってみろ……って感じだ。
「ねぇ。これからすること、分かる? 貴方は今からこの世界で、私とエッチな事をし続けるのよ」
え、なんでそうなった? アホなAⅤやエロ漫画みたいな展開に俺は喜びを隠しきれ……おっと危ない、危ない。
何が魅了だ。残念ながらそんな程度で興奮するほど俺は簡単じゃない。ヤれるものならヤってみろ、ヤラせてください……って感じだ。
「『魅了』を全開にした私とエッチな事をし続けるとどうなるか分かる? 理性が奪われ、私のこと以外考えられないお猿さんになっちゃうのよ。2日目の夜……海藤に化けた空木勇馬が私を襲ってしまったようにね」
あぁなるほど。空木……一式のチャラ男はキルに誑かされて襲っちまったってわけか。それなら仕方ないな。
「でもいくら『魅了』を全開にしても、私に惚れさせられる時間はせいぜい一日程度。そこでこの闇世界の出番って訳ぇ。途方もない時間、貴方とエッチな事をし続けることで、貴方は永遠に私に忠誠を誓うお人形さんになっちゃうって訳ぇ」
闇世界……いや、理想郷と呼ぶべきか。なんて恐ろしい能力なんだ!
奴に操られているせいか、股間が勝手に隆起して来やがった!
おのれ、操られてさえいなければ!
「そうねぇ。目標は私が今まで頑張ってきた500年……ってとこかしらぁ? あ、この闇世界で何百年経っても、外じゃ1秒も経ってないから、そこは気にしないでねぇ」
500年か……そりゃ望むところ……ん?
俺はふと、シンプルにスルーしていたある事に気が付く。そうか。という事はコイツ……
「さぁ、楽しい時間の始まりよぉ。お人形さん♡」
直後、キルの唇が俺の口元に重なり……
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「こうして、小間君は私のお人形さんになったってわけぇ」
キルの言葉に、しばしの沈黙が流れる。
万丈龍之介、愛染龍彦は真顔で小間竜騎を見つめる。
そして、最初に叫び出したのは、龍彦だった。
「竜騎テメェふざけんなよ! こんなときにくだらねぇ理由で操られやがって!! 大体お前っ、流されてセ〇クスする事多すぎんだよ! しかもなんで! 俺が股間にいないときに限って可愛い子とヤってんだよ! いいなぁ!」
「いや龍彦さん……怒るところが……その……ズレてるかもしれません」
恩人である龍彦に強気には出れない様子の万丈。
「キル。その男は?」
小間の事を知らないサタンが、威圧的に言い放つ。
「小間竜騎という男です。本来ならば始末する予定でしたが、この男は伝説の竜の力を半分所持している為、ただ殺すのは惜しいと思い、こうして洗脳致しましたぁ。サタン様のお役に立てればと思いましてぇ」
「クククッ。貴様の我に対する忠誠心……見事なものだ。この戦いに勝利した暁には、貴様の望みを叶えてくれよう」
「はい、ありがとうございます」
「クククッ。ならばその男を使ってあそこのハエ共を叩き潰して見せよ。仲間同士で殺し合わせるのもまた面白い……」
「かしこまりましたぁ、サタン様」
軽く頭を下げるキル。それと同時にキルの前に出た小間は、右腕の拳に光を集約させ始めた。
「おいおい竜騎……魔力なんか溜め始めて……マジで操られちまったのかよ……」
「小間、目を覚ませ! そんな奴に操られるお前じゃないだろ!」
龍彦と万丈は叫ぶも、その声は届かない。
その赤い目に生気は宿っていなかった。
「さぁて。潰してやりなさぁい、小間君」
直後、キルは小間の頭上に小さな渦を出現させた。
小間をワープさせる為の空間系魔術……いわゆるワープゲートだ。
「やめろ竜騎!」
「龍彦さん! 構えてください! 小間が空間系魔術でこっちに飛んできます!」
「竜騎ぃぃ!」
龍彦の叫びも虚しく、小間の体をワープゲートが通過する。
マジックのようにその場から姿を消した小間。
次の瞬間、小間は一瞬で別の場所へ姿を現した。
そこは空中。そして、目前にはサタンの顔があった。
「何っ!!?」
「ばーか。一発貰っとけクソ魔王が」
直後、白く光り輝く小間の拳が、サタンの顔面に向けて放たれた。
お読みいただきありがとうございました。
小間は操られていなかったのか…!?
どっちなんだい!




