夜⑤ 飯とゲスとおっぱい
前回登場した新キャラ
・蟻道冷人
元異世界転生者にして元魔王。新しい名前と姿で、今回のバトルロワイヤルに参加しているらしい。
・元勇者
かつて異世界で魔王と化した蟻道冷人と戦った者。新しい名前と姿で、今回のバトルロワイヤルに参加しているらしい。
「……メシ食って風呂でも入るか」
俺、小間竜騎は、女神から非常に面倒くさいことを頼まれた後、なんとなく気分転換したくなった。
「食堂と大浴場に行けば、他のプレイヤーがいるかもしれないな」
元魔王・蟻道冷人と、その元魔王を命と引き換えにあと一歩のところまで追いつめた元勇者。女神曰く、2人とも前世とは別の姿になっているらしい。つまり前世とは別の性別に生まれ変わっている可能性も十分にあり、どのプレイヤーが元魔王か元勇者でもおかしくはない、ということだ。
「でも、クレアが元魔王である可能性は低そうだな」
女神の話だと、元魔王は、元勇者に封印される直前に自らを転生魔法とやらで魂に変えて、しばらくあの世を彷徨い、その後この神の間に来たらしい。異世界での死後と神の間に来る間に人間に生まれ変わっている、とは言っていなかった。
つまり、最近まで人間界におり、そのときにチャラ男と交際していたというクレアは、少なくとも元魔王である可能性は低い……と思う。
「だが警戒しておくにこしたことはないな。クレアのやつ魔王とか勇者とかじゃなくても、大分強いし」
何故か俺の竜のオートガードが全く効かないため、むしろ一番の天敵といってもいい。
「一人で考えてても仕方ないし、行くとしますかね。ん? なんだこれ」
部屋を出ようとすると、先ほどまで女神が座っていたソファに、薄い金色の液体が入った容器が落ちていることに気が付いた。
「これは、香水か?」
試しに手首の当たりにプシュ……と付けてみる。
「うぉ、すげーいい匂い」
甘くそれでいて爽やかで、クセのない香りだ。男女問わず多くの人が好きになりそうな香りだ。
「面倒ごと引き受けたんだし、これくらいくすねてもいいよな」
俺はもう一度手首に香水を付けた後、上着のポケットに香水の入った容器をしまう。
「さて、行きますか」
俺は下半身に衣服を纏っていないことなどお構いなしに、食堂と大浴場を目指した。
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「うお! すげぇ広いな」
俺は食堂につくと、つい一人で大きな声を出してしまった。学校の食堂……なんてレベルの広さと装飾ではない。何百人分用意されているのか分からない、高級感溢れる金色の椅子。半透明のクリスタルのような材質で作られた、いくつもの長テーブル。
そして座席スペースの奥には、様々な料理がビュッフェ形式で用意されていた。ハンバーグや唐揚げ、サラダといったお馴染みの料理から、よく知らんが高そうな料理など、和洋中問わず、普通のビュッフェとは料理の数が桁違いだった。
「個室といい、料理といい、死人に振る舞うにしては豪華すぎるな」
「いやぁホントでやんす。なんならここに住みたいでやんすねぇ」
「あぁそうだな……って誰だお前!?」
俺の独り言に誰かが反応していることに驚き、声のした方向に視線を向ける。
そこには、こげ茶色の髪をオールバックにしたビーバーのような顔をした小柄な男がいた。
「おれは松笠剛平でやんす。キミは小間竜騎でやんすね。よろしくでやんす」
「あ、あぁ。よろしく」
相変わらず俺の名前はひとり歩きしているようで、知らないやつに勝手に認知されていた。可愛い女の子ならともかく、こんなゲスい顔した男なんぞに知られても全く嬉しくはないが。
「つか何か用か?」
「すまんでやんす。おれもメシにしようと思ったんだけど、ズボンも履かずにドラゴンぶら下げてるやつを見かけて、つい声をかけてしまったでやんす。なんでズボンとパンツ履いてないでやんすか?」
「破いた」
最早、説明とは呼べないレベルで端的に説明する。
「まぁ能力でそんな股間になっちゃったら、大変でやんすよね」
「え? あ、あぁ」
この手のタイプは、自分が納得いくまで会話を掘り下げるタイプだと思っていたが、意外とあっさり引いてくれた。案外、空気が読めるやつなのかもしれない。
「それはそれとして。こかんっち」
「誰がこかんっちだ。人をたま〇っちみたいに呼びやがって。全年齢対象と見せかけて18禁になりそうな名前で呼ぶのはやめろ」
「おぉ……でやんす」
おぉ……でやんす、ってなに? どういう反応だよ。普通に疑問だった。
空気が読めるやつかと思ったが、こいつとはどうも波長が合わないな。ボケをかましてコミュニケーションを図っているのかもしれないが、肝心なボケは程度が低いし、返したら返したらでクソみたいな反応だし。
「まぁさっきのは冗談として、小間っち」
「なんだよ」
正直さっさと切り上げたい気持ちでいっぱいだったが、一応話を聞くことにした。
「メシ食ったら、女湯覗きにいかないでやんすか?」
「行くでやんす」
つい松笠と同じ口調で返してしまった。もしかしたら、こいつとは気が合うのかもしれない。
「よし。そうと分かればさっさとメシ食っちまおうぜ」
「了解でやんす!」
俺と松笠は、ビュッフェ用の皿に好きな料理を素早く乗せると、適当な座席についた。
「さて、食べますか」
「いただきますでやんす!」
「すみません。お隣よろしいでしょうか?」
俺と松笠が料理に手をつけようとすると、金髪ロングの美人さんに声をかけられた。
「あぁ。別にいいぞ」
「ありがとうございます」
美人さんは丁寧な言葉遣いでそう言うと、向かいの席の松笠ではなく、俺の隣に座った。おいおい、こんだけ席が空いてるのにわざわざこっちに来て俺の隣に座るなんて、もしかして俺のこと好きなのか? なんて、初対面でそんなワケねぇか。
しかしすげぇ美人だな。クレアとはまた違うタイプの。ぱっと見た感じ、170センチ近くありそうな長身に、艶やかな白に近い金髪、きめ細かやかな白い肌。少したれ目気味のぱっちりとした綺麗な目。こりゃ相当可愛いな。
なにより……。
俺はほんの一瞬、目線を金髪美女の胸部に落とす。松笠に至っては、向かい側の席なのをいいことにガン見している。やっぱりか。いや、こりゃ一目瞭然だもんな。
「(……おっぱいでかいな)」
「(……でかいでやんす)」
俺たちは声に出さずにアイコンタクトで意思疎通した。普通の会話よりアイコンタクトの方が意思疎通できるとはこれ如何に。だが、それほどまでにこの金髪美女は巨乳だった。何カップくらいだろうな。GかHくらいはありそうだ。しかも形もすげぇ綺麗だ。あー揉みしだきてぇな。
「……っと。そういや、アンタ名前は?」
あんまりおっぱいのことばかり考えていると怪しまれてしまいそうなので、とりあえず名前を聞くことにした。
「申し遅れました。私は天上ミコトと申します」
「ミコトか。俺は小間竜騎。よろしく。コイツは……おい」
「はえっ!!? あゅどぅ……お、おれは松笠剛平でやんす!! よろしゅくでやんす!」
「……どうした松笠」
「な、なんでもないでやんす!」
松笠はすげぇ勢いで噛みまくっていた。おいおい、確かにミコトはどえらい美人だから緊張するのも分かるが、いくらなんでもテンパりすぎだ。さてはこいつ童貞か? よく見たら、松笠はミコトと目を全く合わせていなかった。
そして、松笠の行き場を失った視線はおっぱいに吸い寄せられていた。おい松笠、いくらなんでも見すぎだぞ。つか、それでよく覗きなんてしようと思ったな。
ミコトの方を見ると、松笠がなぜテンパっているのか理解していない様子だった。おいおい、こいつ天然さんか?
俺は空気を変えるために適当に会話を続けることにした
「俺、高校生だったんだけど、ミコトも高校生?」
「私は大学1年生……でした。なんだか過去形になってしまうのは不思議な話ですね」
「あ、年上だったんすね。いきなりタメ口で話してすんません」
「ふふっ。大丈夫ですよ。小間さんは敬語が苦手なのですか?」
「そっすね。大分」
「みたいですね。お好きなようにしてくれて構いませんよ」
「じゃあこのままで」
「ふふっ。分かりましたよ」
なんて優しいんだ。どっかの赤髪のメスゴリラとは大違いだ。あの女は見た目はともかく中身は暴力的すぎるからな。それに比べてミコトは全てが美しい。外見も中身もおっぱいも。いや、おっぱいも外見か。まぁいいや。
そんなこんなで食事をしながら、しばらく雑談をした俺とミコト。何故かミコトは俺が下を履いていないことと、竜が生えていることには一切突っ込まなかった。やっぱり天然さんか? いや、そんなレベルじゃないような気がするが、まぁいい。
ちなみに松笠はほとんど会話に入らずに、カッコつけて髪をかき上げるか、ミコトのおっぱいをチラ見するかしかしていなかった。
「そういえば、一個聞きたいことあったんだった」
「なんでしょうか竜騎くん」
竜騎くんだってよ。聞きましたか皆さん? この短時間でここまで親密になれましたよ。
なんて舞い上がっている場合ではなく。俺はミコトにある質問をした。
「話せなかったらいいんだが、ミコトがここに来ることになった原因ってなんだ?」
俺にしては随分遠回りに聞いてしまったが、神の間は死んだ人間の魂が迷い込む場所。つまりミコトの前世の死因が知りたかった。
そうではないと信じたいが、女神が話していた元魔王がミコトである可能性もある。あるいは元勇者かもしれない。ミコトが死因を聞かれたときにどう返すか。それを見ておきたかった。
「細かくは覚えていませんが、交通事故に巻き込まれたと記憶しています」
また事故死? クレアやエセ関西弁の空木もそんなことを言っていたな。
「奇遇でやんすね! 俺もでやんす!」
お前には聞いてねぇよ……と言いかけたが、これも貴重な情報だ。まだ4人にしか聞いていないとはいえ、こうも事故死が重なるものなのか?
「ちなみに竜騎くんは、どういった経緯でここへ?」
「俺? 俺は……」
「はぁ! ごちそうさまでやんす! 天上さんはこれからどうするでやんすか?」
言いかけたところで、松笠に遮られてしまった。本当こいつは空気が読めないというかなんというか。
だが、今回ばかりはグッジョブだ。俺の死因はわざわざ人に言うもんでもないからな。
多分、首を傾げられてしまうだろうしな。
「私はこれからお風呂に入ったら寝ますよ。明日もありますし」
「明日か……。なんつーか、こんな風に話せるのも今日で最後かもしれないと思うと……」
「それは言わないようにしましょう。竜騎くん。とりあえずは、お互い生き残れるようにしましょう」
「あ、あぁそうだよな。つい、な」
俺は思ってもいないことを口にしていることに気が付く。全く我ながら、くだらない嘘だけはべらべらとよく喋る口だな、なんて思った。
「ふふっ。今は考えないようにしましょう。それではお休みなさい」
そういったミコトは席を立ち、空いた皿を片付けに行った。心なしか、ミコトが手に持っていた皿が震えているように見えた。
「聞いたでやんすか、小間っち」
「あぁ。なんつーかすげぇ優しい人だったな」
「いや、そっちじゃないでやんす」
願わくばあの人が元魔王じゃないことを祈る。あんな優しい人が実はサイコキラーの魔王様だなんて、考えたらショックで寝込んでしまいそうだ……なんて思っていたのだが、松笠が言いたいのはミコトの優しさについての話じゃないらしい。
「天上さん! 風呂に入るらしいでやんすな! あの巨乳を覗くなら今がチャンスでやんす!」
「あぁ、そういや忘れてた」
「忘れるなでやんす! ほら、おれらも行くでやんすよ!」
「へーへー」
気分屋な俺は、意外と初志貫徹な松笠に引っ張られ、食堂を後にしたのだった。
女湯を覗くために。
お読みいただきありがとうございました。
次回、果たして風呂は覗けるのか?