夜⑰ 大魔王サタンと伝説の勇者エト
サタンが語ると見せかけて邪神ちゃんが語ります。
と思いきやサタンも喋ります。よく喋りますね皆さん。
「ありゃ~遂に復活しちゃったっすね。大魔王サタン」
上空から戦いを眺めていた邪神は呑気にそんな事を言っていた。
「あれが邪悪な意思の正体、という訳ですか」
女神は異形な姿となった大魔王を見て、感情の無い声でそう言った。
そんな女神を見て、邪神はニヤリとしながら口を開く。とにかくお喋りな邪神は、早く説明したくて仕方が無いといった様子だ。
「もう何千年も前……地上に降り立った大魔王サタンは、人間たちを絶望と恐怖に陥れました。かつてのレイトのようにね」
「あぁ、懐かしいですね。私は他の神から噂で聞いた程度でしたけど」
「でも、そんなサタンに立ち向かおうとした人間が一人だけいたんすよ。それが伝説の勇者エトっす。エトは当時の女神から授かった伝説の聖剣を用いて、サタンと三日三晩戦い続けたっす」
「エトが使っていた伝説の聖剣……確かグラムとかいった名前でしたっけ」
女神のその言葉に邪神は一瞬驚いたような顔をすると、溜息をついて話を続けた。
「そして3日目の夜……ついに決着が着いた。エトは聖剣でサタンにトドメを刺し、世界に平和を取り戻した。エトはあまりにも強すぎる聖剣を封印し、束の間の平和を謳歌したっす」
「束の間……あぁ。その後、世界各地で魔族が暴れ出したんでしたっけ」
「そうっす。サタンは地上に降り立ったとき、自分の分身を無数に生み出してたんすよ。その分身たちがさらに数を増やしたのが後に魔族と呼ばれ始めた。故にそのオリジナルのサタンは魔族の始祖ってワケっすね。や~しかし、考える事ってやっぱオリジナルに似るもんなんすね」
「オリジナル……サタンにですか?」
「……や、なんでもないっす。そしてしばらくして、魔族たちが世界中で暴れ始める中、ある亜種族の者が魔族をまとめ始めた。それが次の魔王です」
「亜種族……あぁ。確かエルフの女の子でしたよね。でも邪悪な意思に憑りつかれて闇の力を得て、魔王ダークエルフになったとかなってないとか」
やや飽きたのか、力の無い感じでそう答える女神。
この女は本当、どれだけ下界の事に興味が無いのだろうか……と、内心毒づく邪神。下界に興味を持つ邪神も神の中では珍しい部類だが、逆にここまで興味が無いのも珍しい。
「そう、ここからサタンの長~い戦いが始まるんす。サタンはエトに殺される前に2つのモノを残しました。一つは先ほど話したサタンの分身……所謂魔族っすね。もう一つは自分の意思……まぁサタンの残留思念というか怨念といいますか。サタンの肉体は滅びましたが、死の直前に自分の意思のコピーを残す事に成功したんす」
「それが邪悪な意思……という訳ですね」
少し食い付いてきた女神に、邪神もややテンションを上げて話し続ける。
「邪悪な意思の目的は一つ。それは自身の新たな器となる固体を見つけ出し、大魔王サタンとしてもう一度復活を遂げる事です。邪悪な意思はサタンとの適合率が高い個体を見つけては強大な闇の力を与えました。邪悪な意思から力を授かった固体は人々から魔王と恐れられ、例に漏れず人間たちを滅ぼそうとしました。しかし、新たな魔王が生まれる度に、勇者が現れ、必ず魔王が倒されてしまう。ぶっちゃけいたちごっこだったんすよね。けど、このパワーバランスがある意味世界に調和をもたらしていた。我々神からすれば、案外まとまっていて管理の手間が省けるってもんですが、邪悪な意思からすればたまったもんじゃないっすよね。これじゃいつまで経ってもサタンとして復活できない」
「えーあーはい。そうかもしれませんね」
饒舌に話す邪神とは対照的に、眠そうな声で適当に答える女神。
神には基本睡眠は必要無い。寝るとしたら余程暇な時くらいだが、この女神、どれだけ私の話に興味が無いのだろうか。見てくれは神の中でも超一級品だが、中身はクソムシ以下だな……と、先輩への敬意の欠片も無い毒を内心呟く邪神。それでも邪神は話し始めた手前、中途半端なところで終わらせるわけにはいかないと、挫けそうになりながらも話を続けた。
「サタンとエトの激闘から、こんな事が何千年も続いた。そして邪悪な意思も、適合率の高い器を見つけて魔王にするまではできても、サタン復活を遂げるまでには至らなかった。でも邪悪な意思は、ついにサタンの器を見つけ出すことに成功した。史上最高の適合率を持った存在が遂に現れたんす。ここからはセンパイも知ってますよね?」
やや小バカにするような邪神の態度だが、女神は微動だにしなかった。
「えぇ。それが蟻道冷人……ですね」
「そうっす。皮肉なもんすよね。人間を憎み、嫌悪するサタンの器が人間だなんて。灯台下暗しというか何というか。でもレイトがサタンの器として適合できたのには、理由があるんすよ」
「蟻道冷人は千年に一人レベルの邪悪な人格破綻者ですからね。大魔王の器として選ばれるのは当然では?」
「勿論そうなんすけど、そもそもレイトがそうなったのには理由があるんすよ。サタンが残した邪悪な意思って言うのは、サタンの意思のコピーが魔力を持ったものなんすよ。言っちゃえばサタンのデータを持った鋳型ってとこすかね。サタンの肉体はエトに殺された時に消滅してるし、魂は既にあの世に行ってるんすよ」
「魂があの世に……という事はサタンの魂は消滅していないって事ですか。……ではまさか、蟻道冷人の前世はサタン……」
「って思うじゃないですかぁー? それが違うんすよねぇー!」
おちょくるような邪神の反応に、少し表情を曇らせる女神だったが、それを見た邪神は少し嬉しそうだった。無関心よりは嫌悪感……そんなところだろうか。
「レイトの前世は、実はぁー……」
邪神は語尾を可愛らしく上げながら、嬉々として話し続けた。
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「信じられん……」
復活したサタンは、巨大な体から異質な圧力を放ちながらも真実を語った。
伝説の勇者エトに敗れた事、何千年と人間を憎み続けた事、復活の為の器を探し続けた事、その器に選ばれたのが蟻道冷人だった事、そして……
「海藤……いや、蟻道冷人の前世が、伝説の勇者エトだと……?」
神話上の存在だった大魔王サタンが目の前で復活しただけでなく、蟻道冷人には伝説の勇者の魂が宿っていたという衝撃の事実に、万丈は驚きを隠せなかった。
「エトって……誰だ」
一方。人間界からやって来て、その辺の事情を知らない龍彦は首を傾げていた。
だが残念ながら、万丈も精神的に余裕が無いのか、龍彦に説明することなく話を続けた。
「だから海藤の奴……聖剣グラムを扱えたのか」
一人納得した様子の万丈が小さく呟く。
エトにしか扱えぬはずの聖剣「グラム」を何故海藤が扱えたのか、そして、海藤の類稀なる魔術の天賦の才……どちらも伝説の勇者エトの生まれ変わりだというのなら納得はいく。しかし、万丈には気がかりなことがいくつかあった。
「何故、伝説の勇者と呼ばれたほどのお方が、あんな最悪の人間に生まれ変わったんだ……」
「ククッ。それは簡単な話だ。エトもまた、人間を憎んでいたからだ」
サタンの口から語られる真実。それは万丈が知っている神話の言い伝えとは異なるものだった。
「エトは本来優しい性格だった。争いごとは好まず、誰よりも平和を愛する男だった。だが、奴には人間離れした強大な魔力が宿っており、さらに魔術の才にも比類なきほどに恵まれていた。皮肉なものだが、エトは戦いを好まないが、誰よりも強い男だった。故に我を倒す為の勇者として神に選ばれ、伝説の聖剣を与えられてしまった。我から言わせれば、奴は勇者などではない。むしろ人一倍臆病で、誰よりも勇気など持たぬ人間だっただろうな」
伝説の勇者の実態。それは誰よりも勇者からかけ離れた、ただ強いだけの臆病な人間だった。
「我を倒した後、僅かな平和が訪れたのも束の間、我が残した魔族が世界中で暴れ回り、新たな魔王が誕生した事で、エトは再び戦場へと駆り出される事となった。かつて我を倒した聖剣は封印したまま、新たな聖剣を持って魔王退治の旅に出た。本当はそんな事、望んではいないだろうに。だがそれでも、エトはあまりにも強かった。強すぎたのだ。新たに生まれた魔王をいとも簡単に倒してしまった。エトは再び伝説の勇者、英雄として祭り上げられた。だが、ここで悲劇が起きた」
「悲劇だと……」
深刻な表情の万丈。
一方の龍彦は話についていけず、何となく理解したフリを決め込んでいた。
「エトは魔族の女に恋をし、そして結ばれていた」
「えぇ!? 魔族と結婚したのか!? そりゃ恋愛ドラマみてーなドロドロの展開だな!」
ようやく理解できる話が来たと即座に反応してしまう龍彦。
だが、自らの反応があまりにも場違いだったことに気が付き、再び黙り込んでしまう。
「双方天敵同士である人間と魔族の恋など通常ではあり得ぬ。だが、戦いに疲弊しきっていたエトを理解してやれたのは同じ人間ではなく、同じく争いを好まぬ魔族の女だった。エトは晴れて女と結ばれ、そして子を授かった。無論、周囲には隠し通していたのだが、魔王退治の旅から帰って、ついにその事が知られてしまう。そして、裏切り者のレッテルを貼られたエトは、人間と魔族のハーフである幼子を人質に取られ、妻諸共人間たちの手で処刑された。当然だが、その後子供も殺された」
「……」
あまりに悲惨な出来事に言葉を失う万丈。そして同時に理解する。
万丈が異世界にいた時代では、人間と魔族同士の恋愛は禁忌とされていた。だが、万丈はこの事をずっと疑問に思っていた。というのも、そもそも人間と魔族は古来より続く因縁の天敵同士なのだから、わざわざ禁止事項として念を押さずとも誰もそんな事しないだろうに……という思いがあったからだ。
だが、まさか何千年も前にそのような悲劇があったからだとは、万丈は思いもしなかった。
「この出来事により、エトの慈愛に満ちた魂は、一変して黒く穢れた魂へと姿を変えた。そして、何千年もあの世を彷徨い続け、闇を増幅させていった。こうして、人間界に転生したのが蟻道冷人だ」
「信じられん……まさか、そんな……」
蟻道冷人は生まれつき、先天的な破壊衝動に憑りつかれていた。だがそのどす黒い破壊衝動の正体は、前世で人間たちによって行われた残虐な仕打ちがもたらした憎悪、怨念の塊だった。
「人間も魔族も、どっちも変わらないよ。悪い奴はどこにでもいる」
3回戦……今日の昼のフェーズだったか。万丈は、桃木瞑亜がそんな事を口にしていた事を思い出す。
そして万丈は自身の信じていたもの、価値観、倫理観に大きなヒビが入るのを感じた。
「ククッ。まぁ我にとってはそんな事は取るに足らぬ事だ。こうして、エトの転生体である蟻道冷人を媒体にして復活する事ができたのだからな! いや、復活というよりも再誕というべきか……。我の本体は既に消滅しているからな。だがそれもどうでもいい。今の我はかつて死んだオリジナルよりも遥かに強い! 蟻道冷人の魔術、魔力に加え、我が何千年と渡って増幅させてきた闇の力! 姿形は以前のサタンとは別物だが、我は神をも超えた存在となったのダ! グワッハハハハァッ!!!」
赤黒い肉体の悪魔は大きく嗤った。それだけで、強大過ぎる魔力が大気を震わせる。最強の魔王の殺気、威圧感が万丈と龍彦の全身の細胞を軋ませた。
それと同時に、万丈はもう一つの疑問を思い出す。今、目の前にいるサタンは、邪悪な意思が持つサタンのデータを元に生み出された複製品。ならば……
「貴様の……サタンの魂は一体どこへ消えた?」
「ククッ。それは我も知り得ぬことだ。未だにあの世を彷徨っているかもしれない。あるいはエトのように、どす黒い憎悪を引きずったまま人間界か異世界へ転生しているかもしれないな。まぁどうでもいい事だが、クククッ」
不気味に嗤うサタンは続ける。
「ククッ。クククッ。さて、こうして外に出るのは実に久しい。久しいゾ。まずは貴様らを血祭りに上げ、このバトルロイヤルに勝利する……。そして、海藤咲夜として異世界へ転生し、異世界を地獄の底へと沈めてくれるワ! グワッハハハハァ!」
「ったはは! やっと始める気になったかバケモノ!」
退屈そうに話を聞いていた龍彦がウォーミングアップを始める。
龍彦にとって重要なのは異世界の危機ではない。親友である小間竜騎を守る事。それだけだった。
「(竜騎……お前、あの女に負けちゃいないだろうな)」
一抹の不安がよぎる龍彦だったが、そんな思いを払拭するように首を振り、目前の魔王へと向き合った。
万丈と龍彦。そして大魔王サタン。両者は睨み合ったまま一歩も動かない。張り詰めた空気の中、最後の戦いの火蓋が切られようとしていた。
しかし、その直後だった。
「あらぁ。貴方がサタン様……復活出来て何よりですわぁ」
荒れ果てた大地の向こう側から、くすんだ銀髪に黒い装束の魔女が姿を現した。
「キル。久しいな、我を蘇らせる為に尽力した事、褒めてつかわすぞ」
「はい。ありがとうございまぁす」
軽い口調で軽く頭を下げるキル。
「お、おいお前……竜騎はどうした……」
声を震わせながら、小さな声で尋ねる龍彦。
「えーなんのことぉ?」
「ふざけてんじゃねぇ! 小間竜騎をどうしたかって聞いてるんだよ!」
「いやん、冗談なのに怖いわね。彼ならほら、ここにいるじゃない」
ゆらぁ……と。生気のない抜け殻のような人影が、キルの背後から姿を現した。
「小間……お前……」
「竜騎……嘘だろ……オイッ!」
耐えられなくなった龍彦は叫ぶが、返事は無い。
「無駄よぉ。彼は私の忠実なお人形さんになったんだからぁ。ねぇ小間くん」
少し無造作な小間の黒髪が風に吹かれて揺れる。
その奥から見えた瞳は、海藤咲夜と同じように赤い色をしており、不気味に輝いていた。
お読みいただきありがとうございました。
キルに操られてしまった小間。どうする!?




