夜⑯ 終末世界
荒れます
「まるでこの世の終わりだな……」
何百メートルと続く死の砂漠、暗雲に包まれた空に轟く雷、地上から命を根こそぎ奪っていきそうな砂嵐……愛染龍彦の目前に広がっていた光景は、終焉を迎えた世界そのものだった。
「っ! 万丈さん!」
上空から万丈龍之介の姿を確認した龍彦は、ゆっくりと下降し地上へと降り立つ。
「小間っ!? ……じゃないな。お前は?」
「俺は愛染龍彦。竜騎の親友だ」
「小間の? そうかお前が……。だが、なぜここに?」
「ん~説明が難しいな……」
どう説明したものか、と首を傾げながら悩む龍彦。
だが、説明が難しいというよりは、小間に説明した事をもう一度繰り返すのがなんとなく面倒といった様子。
「まぁ細かい事はともかく、俺は味方だ! 今は伝説の竜の力を竜騎と半分ずつ使える状態だから、力になれると思うぜ!」
「伝説の竜の力を……。そういえば小間はどうした?」
「竜騎は今砂肝……あー、確かキルって女と戦ってる。キルは竜騎に任せて、俺は万丈さんを助けに来たってわけ」
「そうか……向こうは随分と苦戦しているようだな。まぁそれはともかく、力を貸してくれるなら助かる。今のアイツは、俺一人では倒せそうもない」
万丈の視線が上へ向く。同時に龍彦も万丈の視線を追う……が、実際は見る前からその存在は既に視界に入っていた。
「クハハハッ! 久しぶりだな愛染龍彦! 性懲りも無くまたオレサマに殺されに来たのかァ?」
百メートルを超える巨大な魔王、海藤咲夜は威圧的にそう言った。
その声質は最早人間が発生できるものではなくなっていた。
「蟻道……いや、今は海藤か。お前には2度も負けてるからな。今度こそリベンジさせてもらうぜ!」
「2度? そうか、その魔力と気配……あの時の伝説の竜がオマエだったとはなァ。これは驚いた」
細かい事は知らないだろうが、大まかな事情を理解し、心底愉快そうに嗤う海藤。だが実際驚いていたのは海藤ではなく万丈の方だった。
「あの時の伝説の竜……だと。まさか貴方が……」
「え? どしたの万丈さん」
「俺はあのとき村にいた子供です。貴方が助けてくれなかったら、俺は村と一緒に焼き尽くされていたでしょう……本当にありがとうございました……」
ビシッ! と綺麗なお辞儀をする万丈。急に畏まった態度を取られたせいか、少し動揺する龍彦。
「いやいいって、そんな敬語とか使わないでくれよ……。あの時、俺がもっと早く来ていれば、村の人たちを救えたかもしれないのに……」
「でも貴方は来てくれた。俺と幼馴染は貴方のおかげで救われたんです。俺たちにとっては、貴方こそ真の勇者です」
「おまっちょっ……え~」
止まらない万丈の感謝の言葉に満更でもない龍彦。
「ま、まぁともかく。まずはあいつを倒さないと……」
「そうですね。貴方の力があれば百人力です!」
「いや、だから敬語……まぁいいや、好きにして」
万丈と龍彦は再び海藤へと向き合う。
「ククッ。随分と悠長なもんだなァ愛染龍彦ォ。『まずは』……だと? オレサマと戦って生きて帰れるとでも思ってんのかァ!?」
魔王の咆哮が響き渡ると同時に、不可視の力で大地が割れる。
膨大な見えない力に重力ごと持ち上げられた大地の欠片たちが宙に浮き始める。
「な、なんだこりゃ!?」
「サイコキネシス……海藤が持つ異能の力です。奴が完全体となったことで、以前とは比べ物にならないほど力が増している」
「厄介だな……万丈さん! 早いとこカタつけるぞ!」
万丈と龍彦。2人の魔力が高まっていく。
直後、2人の姿が消え、流星の如き勢いで海藤の元へと飛んだ。
「顔面に同時攻撃だ!」
「はい!」
万丈の持つ伝説の剣「アテナ」に光が宿っていき、通常の倍以上の刀身へと伸びる。そして、もう片方の腕からは、光を飲み込んでしまいそうなほど黒い物質が出現し、海藤に向けて放たれた。
「光属性魔術・天叢雲剣 + 冥王星!」
同時に、龍彦も拳に膨大な竜の魔力を凝縮させた全力の一撃を海藤に放つ。
「ドラゴンパンチ!」
双方の全力攻撃が、海藤の顔面に直撃する。
別種の力同士が混ざり合い、巨大な爆発を生み出した。しかし、視界を覆うほどの爆煙から姿を現した海藤の顔には傷一つ付いていなかった。
「ククッ。オイオイこんなモンかよ。蚊に刺されたのかと思ったぜ」
平然とした様子の海藤は、巨大な指を軽くピンと弾く。
直後。万丈と龍彦の体を、膨大な不可視の力が吹き飛ばした。
「ごっっっぁ!!?」
言葉にならない衝撃。大きく吹き飛ばされ、地面に砲弾のような勢いで直撃しても、自分たちがどんな攻撃を食らって吹き飛ばされたのかが理解できなかった。万丈、龍彦の全身に正体不明のダメージが染み渡る。それは痛みよりも脱力に近いものだった。全身の力を根こそぎ奪っていくような、そんなダメージだった。
「くそ……これもサイコキネシスなのか? 体が変なダメージを食らってやがる。うまく動けねぇ……」
「えぇ。それにこちらの攻撃が全く効いていない。弱点の光属性も無効化された上、冥王星でも消し飛ばせないなんて……。魔力の質量があまりにも膨大過ぎるのか……」
回復魔術で自身と龍彦のダメージを回復させる万丈。
冥王星は全てを消し飛ばす黒い物質を発生させ、操る異能だが、使用量に応じてライフが減少するというデメリットがある。先ほど、海藤の頭部を吹き飛ばすほどの冥王星を発生させた筈だったのだが、強大な質量を持つ魔力の集合体である今の海藤を消し飛ばすには、出力が足りなかったらしい。恐らく、今の海藤を冥王星で完全に消し飛ばすのは、万丈のライフが何十個あっても不可能だろう。
「クハハハッ! 残念だったなァ! 今のオマエラとオレサマじゃ次元が違い過ぎるんだよ!」
地響きと共に鳴り響く海藤の叫び。
ゴゴゴ……と、地響きが徐々に大きくなっていき、地割れを起こすほどの大地震が発生する。
「くそ! こっちは疲れてんのによ!」
宙に浮くことで、巨大な地震と地割れから逃げる2人。
だが、海藤がもたらした災厄はそれだけでは終わらなかった。
「ッ! 龍彦さん!」
地響きとは違う、今まで地下深くに眠っていたものが一気に溢れ出ようとするような、ずっしりとした音の連鎖。
その正体はマグマ。地が割れたことにより、眠っていたマグマが火柱のように勢いよく地底から吹き出した。
「うおおっあっぶねっ!!」
何千メートルにも及ぶいくつもの火柱を、かろうじて躱す万丈と龍彦。天高く突き上げられた火柱は、徐々に勢いを失っていく。やがて柱の形状が失われていき、数多もの火の雨となって地上に降り注いだ。
「おいおい! いちいち攻撃の規模がデカいんだよ! どうする万丈さん!」
「氷属性魔術・魔女の吐息!」
すかさず氷属性の魔術を発動させる万丈。
万丈を起点に冷気の暴風が吹き荒れる。大量に降り注いだマグマの雨が、冷気によって急速に固まっていき、さらに暴風の勢いによって凍ったマグマの雨は吹き飛ばされていった。
「氷属性の魔術も使えたのか。流石だな、万丈さん」
「いえ……」
「クハハッ! やるじゃねェか万丈! だが所詮はその場凌ぎだなァ」
そう言った海藤は巨大な両腕を天に向かって掲げる。
「オレサマの場合、魔術詠唱は必要ねェワケだが……今回は特別に聞かせてやるよ。キサマラに死の鉄槌を下す最強魔術の名をなァ! 耳の穴かっぽじってよォく聞けェ! クハハハハハッ!!」
海藤の周囲に今までとは桁違いに膨大な魔力が渦巻いていく。
「五大属性魔術・終末世界!」
海藤がそう言い放った直後。
大地は勢いを増して崩壊し、崩れた土や岩が空中に吸い寄せられ、巨大な隕石を生み出した。
地中のマグマは先ほどとは比較できない勢いで噴火、大爆発を起こした。
暗雲に包まれた天が割れ、天の狭間から赤き雷が迸り、地上へと放たれる。
空気がうねり、風が集まっていく。やがてそれは無数の竜巻へと姿を変えた。
数キロ離れた海ステージから、何百メートルもの津波が発生し、地表の全てを飲み込んでいった。
地震、地割れ、隕石、噴火、落雷、竜巻、津波……考えうる限り全ての災厄が、世界を飲み込んでいった。
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「ア? どこだここ」
気が付けば。海藤咲夜は無限の闇の中にいた。
不気味に輝く闇。だが、この闇は掴みどころがない訳じゃない。重みのあるどす黒く汚れた液体……知っているものだと泥が一番近いかもしれない。泥のような闇はまるで生物のように呼吸をしていた。
そして、何かを喋り出した。
「よくやった蟻道冷人。いや、海藤咲夜」
闇は海藤の名を口にする。
「お前はついに我の器として完成した。何千年の時を経て、ついに我が復活するときが来たのだ」
「誰だオマエ」
闇に沈みながら、海藤が問う。
「お前に魔王の力を与えた、邪悪な意思……とでも言っておこうか」
闇はそう答えた。
しばし沈黙が流れた後、海藤が愉快そうに嗤いだす。
「クハハハッ! そうかァ。オマエがあん時の……いや、魔王になってからオレの中にずっといやがった怪物ってワケかァ……」
「そうだ海藤咲夜。お前は役割を終えたのだ」
「役割ねェ……。つまりオレァもう死ぬって訳だ」
何が楽しいのか、薄ら嗤いを浮かべながらそう答える海藤。
そんな海藤を見て、闇は言葉を続ける。
「いや、死にはしない。お前は我の中で生き続ける。無限の闇の中で、永遠に破壊と殺戮の底知れぬ快楽の海に沈み続けるのだ……」
「ふひっ……ヒャハハハハァッ!! そいつはいいなァ……。今まで、何千人、何万人ぶっ殺しても……いくつもの村や国を滅ぼしても、オレは満たされなかった! 足りなかった! 足りねェんだよ! オレの中のどす黒い獣はずっっと何かをぶっ壊してなきゃすぐに乾いちまう! ずっと苦しかった! 乾く! 乾くんだよォ!」
海藤は叫んだ。己の中の底知れぬ闇を、さらに強大な無限の闇に向かってぶちまけた。
「だがもう誰も殺す必要はねェ。何かを壊す必要もねェ。オレが欲しいものは全部、オマエがくれるんだろ?」
「そうだ」
「なら、もうこんな体は必要ねェ。全部テメェにくれてやるよ」
海藤の体が、さらなる闇の深淵へと沈んでいく。
そこはいわば人間にとっての地獄そのものだった。無限に続く破壊、殺戮、怒り、憎しみ、恨み……そして生者と亡者の阿鼻叫喚が止むことなく響き渡る。屈強な精神がいくつあっても足りない……この世の悪が全て凝縮されたかのような、そんな場所。
だが……
「ヒャーーーーハハハハハハッッハァ!! アハハハハハハハハハハハハハハァッ!!!」
この男にとって、そこはまさに理想郷だった。
全ての人間にとっての苦痛、恐怖、憎悪……海藤にとってそれらは甘い蜜のようで……。
海藤咲夜は高らかに嗤いながら、無限の闇の奥底へと沈んでいった。
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「……危なかった」
世界を飲み込んでしまいそうな天災地変。海藤が発動した魔術・終末世界だったが、万丈と龍彦はなんとかこの大魔術から逃れていた。
「万丈さんのおかげだ。マジ助かったぜ」
「いえ……龍彦さんの魔力がなければ、これは発動できなかった」
万丈と龍彦は、半透明の膜に覆われていた。その膜は僅かだが虹色の光を帯びており、美しく輝いていた。
「防御魔術・アイギス」
最高位の防御魔術で、あらゆる属性の魔術、異能、そして物理攻撃を完全に防ぐ防御膜を展開する事ができる。身も蓋もない言い方をすれば無敵バリアである。
だが魔力消費量が桁違いで、本来ならば万丈であっても、展開し続けられるのはほんの数秒が限界である。しかし今回は、伝説の竜の力を持つ龍彦の魔力を媒体にして発動した為、発動時間を大幅に延長する事が出来た。
「でもよぉ、またこんな攻撃されちまったらシャレにならねぇよな……」
「いや、いくら海藤と言えど、これほどの大魔術を使っては、しばらくは……」
そう言いかけた直後、万丈は荒れ果てた荒野の奥に異業の存在を見た。
完全体の海藤よりもさらに大きい、巨大な赤黒い身体。六つに増えた邪悪な翼、腰の部分から生えた無数の触手、より鋭利になった爪と牙、そして胸から腹部にかけて、一つの巨大な顔が飛び出している。その表情は鬼や修羅、悪魔そのものだった。
「なん……だ、アレ……」
完全体の海藤を遥かに凌駕する威圧感、存在感を持つ異形の者を前に、万丈と海藤は言葉を失い、まるで蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなっていった。
「お前……は?」
重く閉じられた口をなんとか開き、巨大な異形の悪魔に向けて問う万丈。
異形の悪魔は、邪気に満ちた不気味な声質で答えた。
「我はサタン。魔族の始祖であり、原初の魔王だ」
最強最悪の魔王が今、君臨した。
終わりの時は刻一刻と近づいていた。
お読みいただきありがとうございました。
次回、最強の魔王サタンから語られる真実。
そして、あの男がようやく…?




