夜④ 元魔王と元勇者
前回登場した新キャラ
・空木勇馬
黒髪糸目のエセ関西弁。へらへらしているお調子者。
「……俺に元魔王を倒せだと?」
自室の27番の部屋にて。
俺、小間竜騎はしばしの静寂の後、女神の言ったことを復唱することしかできなかった。
それだけ女神の言ったことは、俺にとって突拍子のない話だった。
「はい。かつて異世界で暴虐と殺戮の限りを尽くした魔王が……」
「ちょっと待て。一回整理させろ」
俺は勝手に話を進めようとした女神を制止した。
「まず、この神の間って人間界……って言えばいいのか? 人間界で死んだやつが来る場所じゃないのか?」
「神の間は、人間界と異世界で死んだ者の魂が迷い込む場所ですので、異世界の者が来ても不思議ではありません」
「そうなのか」
つまり俺たち普通の人間と違って、異世界からこの神の間に来たやつからすれば、元居た世界に戻る権利を賭けて、このバトルロイヤルに参加していることになる。
「つか、なんで俺が元魔王を倒さなきゃいけないんだ?」
「そうですね。順を追って説明致します」
頼みごとをする立場だからか、心なしか先ほどまでより女神の態度が柔らかい気がする。
「まず元魔王はそもそも、異世界で暴れまわる前は、小間さんと同じ人間界から来た者だったのです」
「元魔王が元人間界の……ややこしいな。魔王が前世だとしたら、人間だったときは前々世ってことか?」
「はい。元魔王は人間界にいた頃は快楽殺人鬼、いわゆるサイコキラーと呼ばれる類の人間でした。名前は蟻道冷人。年は小間さんと同じ高校生で、史上最悪の異世界転生者と呼ばれています」
「蟻道冷人。サイコキラーで史上最悪の異世界転生者……ね。フィクションみたいな話だな」
「人間界で快楽殺人を繰り返していた蟻道は、最終的には暴力団の事務所に直接殴り込みをかけ、組員の一人に銃殺されました」
「それはまた……」
快楽殺人の時点で十分理解の範疇を超えてはいたが、いよいよ頭のネジがぶっ飛んでやがるな。
「ここで蟻道が死んだままでしたら話は終わっていたのですが、蟻道の魂の力はとても強く、導かれるようにこの神の間にやってきました」
「そんなサイコ野郎、門前払いしちまえばよかっただろ。なんで神の間に入れちまったんだ?」
「当時、この神の間を担当していた女神は私ではなかったので」
「なるほど」
それは確かにどうしようもない。というか、女神って他にもいるんだな。
「無論、私でなくても普通の女神であれば、そんな危険人物を異世界に送り込むなんて馬鹿な真似はしません。ですが、そのとき神の間の担当だった女神はかなりの変わり者でしてね。蟻道の素性を全て知った上で、蟻道に試練を課し、そして異世界に転生させたのです」
「その女神が完全に戦犯じゃねぇか。あっ。それでその女神がクビになって、代わりにアンタがここの担当になったってことか」
「その通りです。そして本来、ここ神の間で行う試練は今回のようなバトルロイヤル形式ではありませんでしたが、蟻道の件で試練の内容が大きく変わったと言っても過言ではありません。しかし、まさか試練の内容が変わった途端に54人もの転生者候補が現れるとは思いませんでしたが」
蟻道のような異常な人間を異世界転生させないために、試練の内容を大幅に変更したってことか。
しかもその直後に54人も転生者が現れた。どうやら今回のことは女神にとってもかなりイレギュラーな事態らしいな。
女神はこちらの様子を伺いながらも話を続けた。
「異世界に転生する際に強力な能力を授かった蟻道は、転生した直後に、駆け出しの勇者たちが集まるギルドに行き、大量殺戮を行いました」
「それはまた……開始からぶっ飛んでんな」
「蟻道はその後も、人間やモンスター、魔族など、種族を問わず無差別に生物を殺し続けました」
「そんだけ暴れまわってて、他の勇者とかが止めたりしなかったのか? それに異世界転生者は蟻道が初めてじゃないだろうし、他の転生者もなんとかできただろ」
「無差別に殺戮を続けた蟻道は、過去に類を見ない速度で成長してしまい、他の勇者では歯が立たなかったのです。他の異世界転生者も強いは強いのですが……」
何やらばつの悪そうな顔をする女神。
「他の異世界転生者でも、蟻道には勝てなかったのか?」
「それは分かりませんが、他の転生者は蟻道が暴れていても我関せずでして……」
「なんか問題児ばかりじゃねぇか異世界転生者。もう異世界転生なんて制度、廃止しちまえば?」
「神の間にたどり着いた魂は、それだけ強力なんですよ。異世界に転生すれば、それだけで世界に調和をもたらすための大きな力となる。まぁ、人格の面で非常に問題がある者ばかりが転生していることは認めますが」
平和じゃなくて調和ねぇ……。
「まぁそっちのことはよく知らないからいいや。それで?」
「異例の速度で強くなっていき、強い相手を殺すことを求めていた蟻道は、ついに魔王城へ辿り着きました」
「おぉすげぇな。しかも一人で行ったんだろ? 魔王の部下とかたくさんいるだろうに」
「いえ、黒魔術で無理やり操った仲間を何人か連れて行ったそうですが、相手の残りが魔王のみになった瞬間に、全員蟻道に殺されました」
「その黒魔術とやらでわざわざ操ったのに、なんで殺したんだか」
「蟻道曰く、魔王城にいる雑魚の掃除が終われば用はなかったようです。あと、魔王とは一人で戦いたかったんだとか」
「ホント、とことん悪党だな。蟻道って野郎は」
「そして魔王との死闘の末、蟻道はついに魔王を倒しました。過程はどうあれ、魔王を討伐できたこと自体は、異世界にとって大きな功績でした。しかし、地獄はここからでした」
女神は少し間を空けてから、話を続けた。
「魔王を倒した蟻道は、邪悪な意思によって次の魔王に選ばれました。蟻道は躊躇うことなく人間を辞め、その場で魔王となりました。そして、魔王となった蟻道はこれまでの比じゃないレベルで破壊を繰り返したのです」
邪悪な意思ってなんだ? ……と思ったが、今はあまり関係なさそうなので、なんとなく言及は避けた。
「蟻道は村や国を何度も滅ぼし続けた。まさに異世界壊滅の危機でした。ですがそれから数年後、成長した異世界の勇者とその仲間たちの命と引き換えに蟻道は封印され、どうにか脅威を封じ込めることに成功した」
「封印ねぇ。あれ、でも蟻道は確か……」
「蟻道は勇者たちに封印される直前に、自らに転生魔法を行使しました。こうして永遠の眠りにつくはずだった蟻道は、魂となりあの世をさまよい続け、この神の間にやってきた。そして、今回のバトルロイヤルに参加することになったのです」
「勇者のやつはとんだ死に損ってわけか。ちなみに蟻道ってどんな外見してるワケ? 今生き残ってるプレイヤーの中にいるんだろ?」
「そこが厄介なのですが、異世界から神の間に来た者は人間界から来た者と違い、名前や外見、人格も全く違うものになってしまうのです」
「はぁ? それは面倒くせぇな。つまり、今は男か女かも分からないと?」
「そうなりますね」
「でもよ、外見と人格が違うってことは、既に蟻道は別人に生まれ変わったってことだろ? わざわざ元・蟻道冷人を倒す必要なんてないんじゃないか?」
「確かに異世界からここに来た者は別人に生まれ変わります。しかし、今の蟻道は過去の記憶を取り戻してしまいました。だから、なんとしても倒す必要があるのです」
「記憶を取り戻した蟻道が今回のバトルロイヤルで優勝したら、異世界に地獄の再来ってわけか。つか、それこそ俺に倒させないで、蟻道のやつを失格にしちまえよ」
「一度バトルロイヤルに参加した者は、ルール違反した場合を除いて、失格にすることはできないのです。これは規則なので、私にはどうすることもできません。私が蟻道の存在に気が付いたのは、一回戦終了後でしたので、すみません」
「……じゃあ、蟻道が生まれ変わったプレイヤーの名前を教えてくれよ。じゃねぇと、こっちから倒しになんていけないだろ」
「すみません。それも規則で教えられません」
「……使えねぇな」
元魔王である蟻道を倒さなければならない理由は分かったが、それだけだ。規則、規則と、肝心なことは教えてくれやしない。こちらの都合などお構いなしだ。
「てかなんで俺に頼むんだよ。他のやつじゃダメだったのか?」
「……」
「それも規則で教えられないか。もう面倒だから、この件について話せること全部話せ」
俺から質問するが女神は答えられない、という形式を繰り返すのはただ手間なだけ。もう面倒だ。
「では、最後に一つだけ。このバトルロイヤルには元魔王の蟻道だけでなく、蟻道をあと一歩のところまで追いつめた伝説の勇者も参加しています。おそらく元勇者も前世の記憶を取り戻しているので、小間さんには早い段階で元勇者を見つけ出し、一時的に協力して蟻道を倒していただきたい。ちなみに、元勇者もこの神の間に来るのは初めてですので、お互いにカバーしあって下さい」
「さっき話してた封印に失敗した勇者か。つーかよ、そんな急ぐ必要あんのか? どうせバトルロイヤルを進めてりゃ、嫌でも戦うことになるんじゃねぇの?」
「前世の記憶を取り戻した異世界出身の者は、神の間で手に入れた異能だけでなく、前世で使えた魔術も使えるようになるのです」
「は? マジかよ」
基本、今回のバトルロイヤルのプレイヤーは女神から異能を一つしか与えられていない。だが、それに加えて魔術とやらも使えるということは、他プレイヤーよりも手数を多く持っていることになる。おまけに異能と違って、使い慣れていた力を取り戻すというのは、大きなアドバンテージとなる。
「ですが記憶を取り戻しても、前世の力を完全に取り戻すまでにはしばらく時間がかかります」
「それで早いうちに倒せってことね。確かに放置しておくと面倒なことになりそうだな」
正直、元魔王なんて危ないやつに自ら関わっていくなんて自殺行為だと思っていたが、時間が経てば経つほど強くなってしまうとなると話は別だ。最終的に困るのは俺自身ということになる。
「……まぁ分かった。できるか分からないがやってみる」
「頼みましたよ。では私はこれで」
女神はいつものように淡泊にそう言うと、早々に立ち去ろうとした。
このクソアマ。頼み事するときだけへりくだった態度取りやがって。ナリが可愛くなきゃぶん殴っていたところだ。
「元魔王と元勇者ねぇ……また面倒くさいことになったな」
俺はどこか空虚な気持ちで天井を見つめながら、頭を抱えたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回はゲス男と美女が登場します。