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昼⑭ 最強VS最凶

頑張れクレア


 紅クレアは神童だった。

 彼女はこと格闘技においてはまさに天才であり、格闘技に携わっている者は誰もがその才能に嫉妬した。

 空手、柔道、ボクシング……習える格闘技は片っ端から習っていき、そして優秀な結果を残していった。

 だが、彼女はその結果に満足していなかった。格闘技の神童である彼女の夢は「世界最強」だったからだ。

 ここでいう彼女の世界最強は「女子の」ではなく「男女問わずの」である。何とも子供らしい大きなスケールの夢だが、それを子供の夢だと笑う者は誰もいなかった。それほどまでに紅クレアの才能は抜きんでていた。

 そんな世界最強を目指す彼女だったが、周囲から抜きんでた成長速度故に、ある事に気が付いてしまう。


 私じゃ世界最強にはなれない……と。


 子供である今なら、男女でそこまで差は出ないものの、いずれは身長も抜かされるし、単純な腕力なら男性に勝ち目はない。同じ女性だってそうだ。紅クレアは決して大柄な方ではない。才能では圧倒できても、体格差がある相手に対してパワーでは勝てない。紅クレアは幼くしてそんな事を思ってしまった。

 そもそも格闘技には、体重によるハンデを極力無くす為に体重別階級があるのだから、自分の階級で最強を目指せばいい……という話ではあるのだが、紅クレアが目指していた最強はそんなフェアな戦いの中にはなかったらしい。

 やがてモチベーションを失っていった紅クレアは、格闘技に本格的には取り組まなくなり、高校生になった頃には、体型維持の運動程度にしか思っていなかった。


 そんな紅クレアは、ある日、交通事故で命を落とし、神の間へとやって来ることとなる。

 手に入れた異能は「A-03 : 超人化ウォーリアーズ」。その名の通り、超人的な身体能力を得る異能。体格差など簡単に埋めてしまうほどの絶対的なちからだ。

 つまり才能と力、その2つを持つ今の紅クレアは、まさに最強と呼ぶに相応しい存在と言えるだろう。



--------------------



「立ちなさいよ海藤。こっちはまだ殴り足りないんだから」


 バトルロイヤル3回戦。

 元魔王、海藤咲夜を殴り飛ばした紅クレアは威風堂々とそう言い放った。


「伝説の竜のオートガードが効いていない……小間が言っていた「竜を倒せる異能」とは、これの事だったのか」


 その様子を見た元勇者の万丈龍之介は、クレアの異能について理解する。


「アァ゛……イタイイタイィ……ウ゛へへへェ」


 一方、クレアの渾身の一撃を食らった海藤は不気味に嗤っていた。


「ハハ……殴られるのなんざ随分久しぶりだぜェ……。この痛みは100倍にして返してやるからよォ、覚悟しておけよ女ァ……ハハハッ!!」


「上等よ。やれるもんなら……」


「待て、紅」


 クレアが海藤に攻撃を仕掛けようとした瞬間、万丈が呼び止めた。


「どうしたの万丈さん」


「海藤はただ倒せばいいという訳では無い。この剣の光で奴の闇を魂ごと消し飛ばし、二度と復活できないようにしなければならない」


「んー。要するに、トドメだけ万丈さんに譲ればいいって事ね」


「それはそうなのだが、奴は一人で倒せるほど簡単な相手じゃない。俺も協力する」


「折角だけど、あいつは私が倒すって決めてるしなぁ。う~ん」


 中々互いに譲ろうとしない万丈とクレア。

 そんな様子を見て、不敵に嗤う海藤。


「ククッ。いい根性してるじゃねェか女ァ。数人でオレを袋叩きにすることしか頭にない卑怯者の勇者サマより、よっぽど肝が据わってやがる」


「黙りなさい。アンタに人をどうこう言う資格なんてないわよ」


「ククッ。こいつァ手厳しいなァ」


 海藤がそう嗤った直後。

 ドゴォ!

 ……と、2メートル以上の体躯を持った黒い鉄人が、隕石のような勢いで空から落ちてきた。


「うわ! 何これ?」


「これはパワードスーツ……桃木か!?」


「いってて。あ、ばんじょー……と、くれあちゃん。ひさしぶりー」


 パワードスーツを身に纏い、落ちてきたのは桃木ももき瞑亜めあだった。

 それと同時に、海藤の元へ魔王キル……の姿をしたアリサが降り立つ。


「あら、結局合流しちゃったわね」


「フン。外野がぞろぞろと湧きやがって」


 退屈そうに呟く海藤。


「くっ。まさかアリサとこんな所で……」


「アリサ? あのガラの悪そうな女のこと? というか、あんなプレイヤーいたっけ?」


 鳥皮好実の正体が魔王であり、万丈の幼馴染であるアリサであることを知らないクレアは、そんな疑問を口にする。


「紅。海藤の相手、やはりお前に任せてもいいか? あそこの女は俺と桃木が相手する」


 伝説の竜を持つ海藤相手に異能と魔術は効かない。例え万丈と桃木が加勢したとしても邪魔になるだけ。

 ならば、今の海藤の相手はクレアに託すしかない……それが万丈の判断だった。


「えぇ分かったわ。けど……」


「(紅はどうにかして海藤を抑え込んでくれ。お前が奴に触れている間は、あの右腕の竜を無効化できる。その隙に、俺が海藤にトドメを刺す。奴を抑えたら、こんな風に頭の中で俺に話しかけてくれ)」


 万丈はテレパシーを用いて、手短にクレアに作戦を伝える。


「(なにこれテレパシー……みたいな? 万丈さんこんな事もできるのね。分かったわ。あいつは私がぶちのめ……抑え込むわ)」


「(頼んだぞ。そして桃木、お前は俺と協力してアリサを倒すぞ)」


 万丈は同じ要領で、倒れている桃木にもテレパシーを送る。


「(うわビックリしたー。テレパシーかー。うん了解ー)」


「(よし、ではいくぞ!)」


 直後、万丈は一瞬でアリサとの距離を詰め、神速の蹴りをお見舞いした。

 何十メートルも吹き飛ばされるアリサを、さらに追撃する万丈。そして、起き上がった桃木はパワードスーツに搭載されたジェットエンジンを起動させ、高速で飛行しそれを追っていった。


「……ククッ、出たり消えたり忙しい奴らだ」


 そんな様子を見ながら、海藤は首をゴキゴキと鳴らす。


「さァて。人生最後の雑談は楽しめたか女ァ? これからオマエが発する声は全部断末魔になるだろうから、今の内に発声練習でもしとくんだなァ」


「そう? じゃあ遠慮なく」


 そう言ったクレアは大きく息を吸い込む。

 そして……


「わあっ!!!!!!!!!」


 超人的な肺活量を持つクレアの叫び声は、最早衝撃波だった。

 辺りのビルの窓ガラスは粉々に砕け散り、地面には小さな亀裂が入った。

 そして、音の大砲は海藤に直撃し、体をのけぞらせた。


「(ただ叫んだだけでここまでの衝撃ッ……! しかも耳がイっちまいやがった! クソがッ!)」


 強烈な音の大砲は、海藤の鼓膜を破壊し、一時的に聴力を奪った。

 そしてこの隙を、クレアは当然見逃さなかった。


 ゴウッ!

 ……と、魚雷の如き勢いで海藤の元へ直進するクレア。

 右腕を弓矢のようにキリキリと引き、右ストレートを放とうとするクレア。


「(確かに速いが、バカの一つ覚えだなァ。オートガードが効かなくてもこんなモン簡単に避けられる。同じ轍は踏まねェよ!)」


 聴覚を奪われた海藤だったが、冷静にクレアの一挙一動を見切り、クレアの右ストレートの軌道を読む。

 直後、クレアの右腕が残像のように消える。

 そして、クレアの()()()()()が、海藤のこめかみに炸裂した。


「ぷぁっ!? な、に、がッ!?」


 ぐらっ……と視界が揺れ、目の前が真っ暗になる海藤。

 クレアが行ったのはフェイント。囮の右ストレートを寸止めし、それを引いた勢いを利用して左の上段蹴りを放ったのだが……あまりの速さと流麗さに、技を食らった海藤は時を飛ばされたかのような感覚に陥っていた。


「ど、う、なって……!?」


「まだ休憩には早いわよ」


 瞬間、クレアのパンチラッシュが凄まじい勢いで海藤に放たれた。


「ごっぺっぐっりっがっぬっぎょぶぇっ!!!?」


 何十発もタコ殴りにされ、言葉を発する暇もない海藤。さらに、仕上げの左ストレートを顔面にモロに食らい、大きく吹き飛ばされてしまう。


「(マ、マズい……! 相当ライフを削られた! 一旦回復しねェと……ッ!)」


 海藤の左腕に、淡い緑色の光が灯る。

 海藤が使おうとしているのは回復魔術。その名の通り、ライフを回復させるための魔術なのだが……

 バチィ!

 と、何かに弾かれるように、緑の光は消えてしまった。


「(まさかッ……!? 小間のヤロウがこの竜を使っている時は分からなかったが、コイツは自分が使う魔術すらも無効化しちまうのかッ!?)」


 伝説の竜の思わぬアキレス腱に、動揺する海藤。

 そんな海藤に、ゆっくりと歩み寄るクレア。


「く、クソがアアァァァァッ!!!!!」


 海藤は右腕の竜から、噴火のような勢いの炎をクレアに向けて放つ。

 しかし……ぺしっという小さな音と共に、片手で炎を弾かれてしまう。


 伝説の竜の攻撃は、全てクレアには通用しない。

 ジョーカー単体では、どう足掻いてもスペードの3に勝つ事はできないのだ。


「このックソ駄竜がアァァーーーー!!!」


 海藤の目の前までやって来たクレアは、ゆったりと構えを取る。

 だが、それを避ける力は今の海藤には残っていなかった。


 直後、紅クレアの正拳突きが海藤の鳩尾に直撃した。



お読みいただきありがとうございました。

次回、海藤が変身…?

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