昼⑩ 51対1
一式は最低です
「(小間! 聞こえるか! 小間!)」
右腕を伝説の竜へと変化させた海藤を前にして、万丈は小間にテレパシーを送る。
先程テレパシーを送った際は小間から応答が無かった為、小間の安否が心配になる万丈。
「(まさかやられてはいないだろうな……)」
「(はい小間でーす。どうした万丈きゅん)」
すると、緊張感のないだらけた声が万丈の脳内に流れてきた。
「(無事だったか! いいか、単刀直入に言うぞ。伝説の竜が海藤の手に渡った)」
「(は!? おいおい最悪の事態だな……マジどうすんだよ)」
「(できるならお前の力を貸してほしい。今からこっちに来れるか!?)」
「(生憎、俺も宿敵と対峙中なんでね……。そっちに行くのは厳しいな。それに伝説の竜が海藤に渡ったなら、今俺が行っても戦況は変わらねぇ。でもまぁ、あの竜を破る方法が無い訳じゃないが)」
「(何か策があるのか!?)」
「(策というより、探す異能が変わっただけだ。取り敢えず、俺はこいつを倒したら伝説の竜を倒せる異能を探してみる。見つけたら合図するから、それまで時間を稼いでくれ)」
「(分かった。健闘を祈る)」
「(互いにな)」
テレパシーを一旦切断した万丈は、再び海藤と向き合う。
「ククッ相談は済んだかァ?」
伝説の竜を右腕に宿した最強の魔王は、その赤き瞳で万丈を睨みつけた。
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「さーて……。こっからだなぁ」
俺、小間竜騎は万丈との連絡を終え、一式和人へと目線を向ける。
まずはこいつを倒さねーとな。
「俺を前に余所見なんて、随分よゆーじゃん。小間君」
「別に。むしろ最悪の状況だ」
「そっかぁ! お前の追い詰められた表情を見れて俺は何よりだよ! あ、そうだそうだ。そういえばこれ話すの忘れてたわ」
一式は不敵に笑いながら続ける。
「昨日、デブとギャル子ちゃんが海藤に襲われたの……あれ俺の仕業なんだよねー」
「デブとギャル……。そうか、海藤の姿に化けて出部栖と砂肝を襲ったのはやっぱりお前か」
「へぇ~気が付いてたんだぁ。やるねぇ小間君」
別に気が付いていたわけでは無いが、元々この話を聞いた時から妙だとは思っていた。
2人を突然襲うところまでは、海藤ならやりかねないと思っていたが、その後砂肝に乱暴したってのは、あまり海藤らしくないと思っていた。
「他人に罪を擦り付けるなんざクソのやる事だぜ? チャラ男よぉ」
「えーヤリたくなったんだから仕方なくね? いちいち口説くのも面倒だし、かといって嫌われたくはないしさ。だったら元々嫌われてる奴に擦り付けても問題ないっしょ。これ以上好感度が下がる事なんてないんだから、あの男は」
「海藤もクソ野郎だが、テメェも大概だな。一式」
「まーギャル子ちゃんもかなり良かったけど、俺的にはやっぱりミコトちゃんだなぁ。あの美貌とカラダは反則だって。男をたぶらかすために生まれてきたようなもんだよなぁ!」
「は?」
ちょっと待て。ミコトだと?
俺は予想外の名前が出たことに動揺を隠せなかった。
そんな俺を余所に、一式は愉快そうに続ける。
「動揺してるねぇ小間君。実はここに来る前にミコトちゃんを襲わせていただきました!☆ いやぁ最初見た時からずっとヤリてぇと思っててさー。我慢しようと思ってたんだけど、昨日ギャル子ちゃんを襲ってから歯止め効かなくなっちゃってさー。男の性欲は底無しだわマジで! ぎゃはっ!」
「お前……」
「けどさーあんなエロいカラダしてるくせに、一丁前に清純派ぶっちゃってさーあいつ。俺の彼女になるなら生かしといてやろうと思ったんだけどさ、残念ながらフラれちゃったんだよねー。だから殺したよ」
散々楽しそうに話していたくせに、突然つまんなそうにする一式。
そうか……女神からアナウンスがあった脱落者2名の内1人はミコトだったのか……。
「……発情期の猿かテメェは。あちこちに子種ばら蒔きやがって。つか、お前にはクレアがいんだろ」
「あーあいつか。あいつとは付き合ってたけど、ヤラしてくんないから却下。すげぇ可愛いんだけど、格闘技バカだからそっち方面はからっきしよ。キスが精一杯。本当、つまんねー女だよな」
「つまんねーのはお前だよゲスヤロー」
俺は一式に冷たくそう言い放つ。
胸糞悪い話を散々聞かされたが、不思議と怒りはない。何故かは知らないが、非常に落ち着いている。
代わりに……というのは変な話だが、目の前の一式の姿を正確に捉えられなくなり、だんだんと一式の姿がドブネズミに見えてきた。
この感じには覚えがある。生前、薬物に狂った親父を殴り飛ばしたときも、あいつが害虫に見えたことがあったっけ。そっか、こいつも一緒って事か。
「べらべらとクソの足しにもならねぇ話をさも武勇伝のように話しやがって。たまたま当たりの異能を引き当てたからって、力に溺れて図に乗ってんじゃねーぞ害獣が。まずはそのお粗末な棒を切り落としてお前に食わせてやる。最後の晩餐になるだろうから、よーく味わうんだな」
俺の頭の中は、無機質な殺意で溢れていた。
「……ふふ。俺の事が気に入らないみたいだね。けどさ、小間君は俺のこと非難できるほどできた人間なの? そんな真っ黒な目してさ、まるで海藤じゃん」
「別に正論振りかざそうってんじゃねーよ。ただ単にお前が目障りだから殺そうってだけだ」
俺はドブネズミにそう言い放つ。
「いいねぇ……個人的な恨みはあるけど、人間的には小間君の事嫌いじゃねーよ俺。本物の悪の匂いがプンプンするよ」
その直後。
俺はガドストの能力で一式の背後にワープした。紫のオーラを拳に纏わせ、一式の後頭部目掛けて拳を突き出す。しかし……
「ちっ!」
あと数センチで直撃というところで、拳がビタっ! と止まる。
まるで見えない壁を殴ったような感覚だ。
「サイコキネシス……よく知ってるよね? 海藤の異能だ」
そう言いながら、人差し指を軽く上に向ける一式。
ゴウッ!!
……と、巨大な烈風が一式の足元から上へ突き上げるように放出される。
「がっ!!」
烈風の衝撃で、数メートルほど吹き飛ばされる俺。
背中から地面に落ちたが、オーラを纏っているためダメージは無い。
「サイコキネシスって便利だよねー。流石、超能力の代表格なだけあるよ」
一式は両腕を2、3回軽く振るう。
すると、近くのビルが横に切断される。切断されたビルは、さらに何個かの塊に細切れにされる。それらを周囲に浮遊させる一式。
「あちゃー俺料理しないからなー。あんま上手く切れなかったけど、まぁいいか!」
直後、一式はサイコキネシスを使いコンクリートの塊を、俺目掛けて高速で射出した。
俺はその攻撃を、紫のオーラを巨大な盾の形にすることで防ぐ。
「物をたくさんぶん投げるのが好きみてーだなテメェは! 運動会の玉入れとか向いてるんじゃねーの!?」
「運動会ねぇ。学校行事がお好みなら、次は避難訓練でもするか?」
突如、拳を振り下ろして地面を殴りつける一式。
すると1~2秒の静寂の後、地面がカタカタと揺れ始める。
「なんだこれ。……まさか」
どんどん揺れが激しくなる。
そして……
カタカタ……ガタガタ……ゴゴゴォッ!
……と、揺れは巨大な地震へと変わり、大地を割り、近くのビルは一瞬で崩壊した。
崩壊したビルがこちらに向かって崩れ落ちてきた。
「マジかよ! 出鱈目なチカラぁ使いやがって!」
俺はオーラを足に集中させて崩れ落ちたビルを躱すも、地割れが起きているせいで足場が悪いせいか、全ては躱しきれなかった。
「地震ときたら、お次はこれでしょ!」
一式がそう叫ぶと、雲一つなかった空が暗雲に覆われる。
バチィッ! と、暗雲から雷が落ちる。
さらに2発、3発……と、無数の雷の雨が俺の近辺に向かって放たれる。どっかで聞いた話だが、雷が落ちる速度は秒速10万キロもあるらしい。伝説の竜を持っていればオートガードで無効化できただろうが、当然、人間の動体視力でそんなものを認識して躱せるはずも無く、俺は紫のオーラをジェットエンジンのように放出し、ただ高速で逃げ回ることしかできなかった。
だが、いつの間にか周囲には炎が燃え盛っており、簡単には逃げられない状況になっていた。
「クソ地震、雷、火事か! いちいち再現しやがってムカつくヤローだぜ!」
「知ってる? 小間君」
突如。
真後ろから一式の声がした。
「地震、雷、火事、親父……この親父って、大山嵐っていって台風の事を指してるっていう説もあるらしいよ」
振り返った俺はオーラをまとった拳で一式に殴りかかる。
しかし、一瞬早く動いた一式に大気の爆撃……いわゆる巨大な空気砲を放たれ、何十メートルも吹き飛ばされてしまう俺。
「ごばぁっっっ!!」
纏っているオーラで防御はしているが、衝撃を殺しきれずダメージを負ってしまう。
「がっはぁっ! げほげほ!」
腹部と肺をぶっ潰されたかのような衝撃のせいで、まともに呼吸ができない。
まぁ、もしガドストがなかったら今頃は粉々の肉片となっていただろうから、この程度で済んでむしろラッキーかもしれんが……。
「あぁーきもちいい! お前みたいな常に上から目線で偉そうに喋るバカをぶっ飛ばせて、俺はさいっこうに気分がいいっすよ~」
散歩でもするかのように、ゆっくりとこっちに歩いてくる一式。
「理解した? 俺との力の差を」
「がはっ! ……うるせぇ!」
俺が甘かった。
一度倒した相手だから、伝説の竜が無くてもなんとかいけるんじゃないかと、そう思っていた。
「小間君が使える異能はたった1つ。それに対して俺は51個の異能を好きに切り替えて攻撃できる。それこそ、伝説の竜かクレアが持っていた異能を使わない限り、俺は倒せねぇよ!」
1個でも強力な異能を51個も使える男。
その神にも等しき力を前にして、俺はただ打ちひしがれるしかなかった。
お読みいただきありがとうございました。
バトルの行方は如何に!?




