昼⑥ 裏切り
ミコトが……?
バトルロイヤル3回戦『異能シャッフル宝探し』
殺風景なコンクリートジャングルの中、万丈と別行動をとっていた俺は天上ミコトと出会った。
「竜騎君。よかった、無事だったんですね」
「あぁ。お前もな」
「竜騎君は宝箱は見つけられましたか? 私の方は全然でして……」
「さぁ。わざわざそんな事教える義理はない」
「……あの、なんか私の事警戒してます?」
「そりゃそうだろ」
何を言っているんだこいつは。当然だろう。
2回戦とは違い、今回は個人戦だ。万丈の様に一時的な協力関係にあるならまだしも、今は敵同士だ。
それに、こいつは海藤と繋がっている可能性がある。
今まで以上に警戒するのは当然の事だ。
「私は……竜騎君に会えて、ほっとしていますよ」
「あ? なんで」
「……こうして2人きりで話せるのも、これで最後かもしれないので言いますね……。すごく言いにくいんですけど……」
「……」
「……私は、竜騎君の事が好きです」
「は?」
一瞬、意味が分からずショートする俺だったが、すぐに冷静さを取り戻した。
「嘘つくんじゃねーよ。お前2回戦で何を見てたんだよ。股間に竜ぶら下げて、勝つ為なら汚ぇ手を使いまくる。外見も中身も最低な俺の事を好きになる奴なんてこの世にいねぇだろ」
生憎、この程度の嘘を見抜けない俺ではない。
こんな聖人のような金髪のナイスバディ美女が、俺のような野良犬みたいな奴を好きになることなどあり得ない。
「そんな事はありません! 竜騎君はかっこいいですし、どんな時も堂々と自分を貫く姿に、私は何度も勇気を貰いました! それに……今は別にドラゴン生えてませんし。いや、生えててもいいんですけどね! あと、竜騎君は汚い手を使っている訳では無く、常に勝つ為に必要な選択をしているだけです。とにかく、私が知る限り竜騎君は最高の男性です!」
「え? ちょ、おま……そ、そうかなぁ~?」
人生初レベルで褒め殺しにされ、まんざらでもない俺。
なるほど。ミコトはついに俺の隠された魅力に気が付いてしまったらしい。
「……でも、無理ですよね。竜騎君には、クレアちゃんがいますし……」
「クレア? あんなゴリラみたいな女どうでもいいわ」
「でも、クレアちゃん凄く可愛いですし……」
「可愛くても中身がゴリラじゃなぁ。ほら、可愛い着ぐるみの中身がおっさんで幻滅した事あるだろ? そんな感じなんだよ」
「何もそこまで言う事……」
「あんな赤髪メスゴリラより、ミコトの方が100倍可愛いぜ」
「え、えぇ!? りゅ、竜騎君何を!?」
綺麗な白い頬を真っ赤にして、ふりふりと揺れるミコト。冗談抜きで可愛い。あと揺れるおっぱいがでかくて最高。
いやぁしかし、つくづく思ったが……俺は今まで何をしていたのだろうか。
ここに来てから俺に女性絡みで起きた事を振り返る。ある時はクレアに殴られ、ある時は全裸の覗き魔扱いされ、ある時はクレアに殴られ、ある時はデブと一夜を共にし、ある時はクレアに殴られた。
マジでロクなもんじゃなかった。しかし、灯台下暗しとはよくいったものだ。
俺の事を好いてくれる女神は、こんな近くにいたんじゃないか。
「いやぁ、今日はいい日だな!」
勝手にテンションを上げ、俺は空を見上げる。
輝く太陽、綿あめのような白い雲、全てを包み込む青い空。
今まで当たり前にあった景色が、まるで桃源郷のように見える。
心境の変化で、見える景色も180度変わるもんだなぁ。
俺はミコトに背を向け、大きく深呼吸する。
「あー空気がうまいなー。ミコトもやってみろよー気持ちいぜー」
何回か深呼吸をした俺は、ミコトに話しかけながら後ろを振り返る。
するとそこには。
音も無く接近していたミコトが、俺に刃物を振り下ろす姿が映っていた。
--------------------
「……このタイミングで遭遇するとはな」
一方。
小間竜騎と別行動をとっていた万丈龍之介は、最悪の敵と遭遇していた。
「クハハッ! 元気そうじゃねェか。勇者カイン!」
海藤咲夜。元魔王であり万丈の宿敵。
万丈の考えでは、小間か万丈のどちらかが伝説の竜の異能を手に入れ、万全の状態で海藤に臨むつもりだったが、残念ながらそれは叶わなかった。
「……海藤。俺の正体には気が付いていたか」
「あァ。オマエが小間と組んで、何かくだらねェ事を企んでることもなァ。しっかし……」
海藤は狂犬のような目つきで万丈を睨みつける。
「流石にカンニング対策は万全だなァ。幻術を使ってターゲットを吐かせて、「宣告」でさっさと終わらせようと思ったが、オマエ相手じゃそうはいかねェか」
「何を言っている。確かに貴様の幻術をブロックしてはいるが、プレイヤーのターゲットに関する情報は、女神の力でプロテクトがかけられている。そもそも覗き見できるものじゃない」
「ククッ。んな事ァ分かってる。オレがやろうとしているのは別の事だ」
海藤は愉快そうに嗤う。
「(……小間、聞こえるか。伝説の竜を見つける前に海藤と鉢合わせてしまった。予定より早いが、これから奴と戦う。例の合図を送ったらお前も来てくれ)」
万丈はテレパシーで小間にメッセージを送る。
だが、小間からの返事は無い。
「(小間……どうした! 聞こえているのか!?)」
「ククッ。何をこそこそやってるんだか」
万丈と小間がテレパシーでやり取りしていることを見抜く海藤。
「まァあれだ。カイン……いや万丈。オレから一つアドバイス送ってやるよ」
海藤は首をゴキゴキと鳴らしながら楽しそうに続ける。
「あんま余所見してっとよォ、寝首かかれちまうぜェ?」
「……何を言って」
直後、万丈の背後に何者かが現れ、鎌のような武器を万丈の首目掛けて振り放った。
「ぐっ!」
だが、万丈はその一撃をギリギリのところで屈んで躱す。
そして、前に屈んだ勢いを利用し、下から振り上げるように後方にいる人物を『アテナ』で斬りつける。
そこで初めて、万丈は自分に襲い掛かって来た人物の姿を確認する。
「……嘘だろ」
その人物の姿に、万丈は愕然とする。
「どうしてお前が……アリサ!」
万丈を襲ったのは、前世で万丈の幼馴染だったアリサ……鳥皮好実だった。
鳥皮好実は万丈を素通りし、海藤の元へゆっくりと歩いて行った。
「ククッ。ほら、勇者サマがお困りの様子だ。答えてやれよアリサ……いや、キル」
「キル……!? なんだと……」
「フフッ。貴方がネタバラシしてどうするのよ。海藤」
すると、鳥皮の姿が徐々に別の女性の姿へと変わっていった。
まず黒紫色のショートカットはくすんだ銀色の長髪へと変化した。
白い肌からは徐々に血色が無くなっていき、より青ざめた不健康そうな白い肌へと変わっていった。
服装も、所々露出した黒い装束へと変化した。黒い装束の露出部分からは、蛇や竜、蜘蛛といった派手なタトゥーが入れられているのが見える。
万丈は、この女の事を知っていた。
かつて海藤率いる魔王軍の幹部だった女、『地獄の魔女キル』だ。
「貴様はキル! お前が何故アリサの体に……アリサをどこへやった!」
「フフッ。おめでたい男ね。そういうところ嫌いじゃないけど」
キルはくすっと笑う。
そして、万丈を嘲笑うかのように話を続ける。
「キルは私が……アリサが操るお人形さんの一つなの。魔王軍の幹部キルというのは、私が作ったお人形さんの肩書きに過ぎないのよ。ちなみにこの姿はキルの姿を模倣したものよ。私、自分が操るお人形さんの姿に変身できるの。すごいでしょ」
「キルはアリサが操る人形だった……? あり得ない……そんなバカな……。アリサ! お前なんの為にそんな事を!?」
「私の計画の為よ。あの日、私たちの村を滅ぼされた日から……いえ、それ以前から計画していた事なの。貴方と魔王退治の旅に出たのも、全部計画の内よ」
予想外の裏切りに、まともに思考が働かない万丈。
子供の頃から生活を共にしてきた、幼馴染にして親友だった。
かつて、生まれ故郷を海藤……蟻道冷人に滅ぼされた時に、共に蟻道冷人を倒す事を固く誓った。
その誓いの元、万丈はアリサと何年も旅を続けた。その道中、たくさんの仲間と出会った。
だがそれでも、一番信頼できるパートナーはアリサだと……そう信じていた。
なのに……
「分からない……計画だと言われても、何も納得などいくものか!!」
「まぁそうよね。ごめんなさい」
微塵も誠意を感じない上辺だけの謝罪をするアリサ。
万丈に計画の事を話す気は一切無いらしい。
「なら、紅や砂肝の記憶を書き換え友人のフリをしたのも、昨晩、天上ミコトの姿に化け海藤の元に訪れたのも、全てはお前の計画とやらの為か!?」
「フフッ。違うわよ。単に「鳥皮好実」の姿が女子高生みたいだったから、それに近い見た目の子とお友達になりたかっただけよ」
「外道が……」
「そうかしら? 別に危害は加えてないし、何も問題ないと思うけど。それに、貴方何か一つ勘違いしているわ」
「勘違いだと……」
「天上ミコトってあの金髪の可愛いお嬢さんよね? 私、その子に化けたりなんてしてないけど」
「なんだと、あれは貴様ではないのか……」
「そもそも貴方、昨晩は小間の部屋に行くまでほとんど私と一緒に居たじゃない。こんな簡単な事に気が付けないなんて、混乱してるのかしら? フフッ可愛いわね」
昨晩、小間が言っていた事。
天上ミコトが海藤の元を訪れていた、という情報。
ミコトが所持している異能の特性から、ミコトの前世が魔族である可能性は低いと見られており、つまり、ミコトが元魔王である海藤の仲間である可能性も低い……と思われていた。
だが、単純にアリサがミコトに化けて海藤の元を訪れていただけの話なら(何故そんな事をしたのかは知らないが)小間の話にも納得はいく。
そう思っていた万丈だったが……
「天上……あァ、あれの事か。知ってやがったのか、万丈」
海藤が何かを思い出したようで、他人事のようにあっけらかんとそう言った。
「あら。貴方何か知ってるの? 変な濡れ衣着せられると困るから、早く誤解を解いてくれる?」
「ククッ。なァに。アイツとは2回戦の時に知り合って、昨日の夜に一時的に協定を結んだってだけだ」
「何それ。私その話知らないんだけど」
「オマエには関係無い」
「あら。冷たいのね」
雑談でもするかのように、マイペースに話す2人。
だが、アリサの裏切りによって精神を支える柱を折られた万丈には、その会話は半分も届いていなかった。
「……」
「オイ。オマエのせいで勇者サマが賢者サマになっちまったぞ」
「え? 私のせいなのかしら」
「フン。さァな」
冗談……ではなく、本気で理解できないといった様子の海藤とアリサ。
他人への共感性や罪悪感など、欠片も持ち合わせていないようだ。
「でも、貴方が他人と協力関係を結ぶなんて珍しい事もあるものね。私だけだと思ってた」
「ククッ。アイツは中々面白れェからな。なんせアイツは……」
海藤は嗜虐的な笑みを浮かべながらこう言った。
「『ジョーカー』だからな」
お読みいただきありがとうございました。
次回、海藤の言うジョーカーの正体が……!




