夜⑦ 幼馴染
万丈から語られる内容とは…!?
「あぁそうだ小間竜騎。俺こそが前世で勇者だった者、勇者カインだ」
筋肉バキバキのコワモテ男、万丈龍之介ははっきりとそう言った。
「そうか。あんたが勇者か」
なんというかまぁ、全然勇者に見えないなこいつ。
ぶっちゃけ、本性を現す前の爽やか海藤の方が勇者っぽいなぁって思いました。
「まぁ言いたいことは分かる。今の俺はとても勇者には見えないだろうな」
「いや、そんな事……」
コイツ、何で俺の考えてることが分かったんだ? エスパー万丈?
「つか、そんな事はいいんだよ。お前が本当に勇者なのか確認させてもらうぞ」
俺はテーブルの上にあった香水を、万丈と鳥皮に向けて吹き掛ける。
海藤の正体を見破るのに役立った香水、もとい上物の魔除けだ。
もしこいつらが魔族の類なら、この香水の匂いに悶絶するはず。
「なんの真似だ小間? 香水なんて吹き掛けて」
「……小間、あなた本当に死ねばいいと思う」
2人の目が心底呆れ果てたものになったのを感じたが、俺はめげなかった。
「2人共ノーリアクションってことは、特に問題なさそうだな」
少なくとも、この2人が魔族ってことはなさそうだ。
「さて万丈。今からあんたが勇者だってことを証明させてもらうぞ。魔王・蟻道冷人との因縁について話してくれ」
「構わないが、お前に話して分かるのか?」
「大体事情は把握してるつもりだ。俺が聞いた話と辻褄が合うかどうか確かめさせてもらう」
「分かった」
あっさりと了承した万丈は口を開き始めた。
そして語り始めた。自分の故郷が魔王となった蟻道冷人に滅ぼされたこと。
故郷の敵を討つ為、世界を救う為に仲間たちと共に蟻道冷人を倒しに向かったが、結局敵わず、禁術で封印しようとしたが失敗したこと。
そして、今に至るということ。
なるほど。女神や海藤から聞いた話とすれ違いはない。
というより、海藤の奴がやけにこの辺の出来事を具体的に話せていたのは、あいつが加害者側だったからなんだな……と、今更思った。
「以上で話は終わりだ。どうだ、信用してもらえたか?」
「あぁ。お前が勇者カインで間違いなさそうだ。しかし、なんで俺をあっさり信用して話してくれたんだ?」
「……お前のその股間の竜」
「あ?」
「蟻道冷人が俺の村に攻めてきた時、奴を退けたのがその伝説の竜だ」
「なんだと?」
予想外の情報に驚く俺。万丈はそのまま話を続ける。
「俺の村で代々守って来た伝説の剣『アテナ』。蟻道冷人が村に攻めてきた日、流星の様な一筋の光が『アテナ』が眠りし神殿に降り注いだ。その直後、伝説の竜が神殿から姿を現し、蟻道冷人と戦い始めた。俺が生き残れたのはその伝説の竜のおかげと言っていい」
「この駄竜が?」
「伝説の竜は、絶対的な力を持つ蟻道冷人とほぼ互角に戦った。伝説の竜を倒せないと踏んだ蟻道冷人は、一瞬の隙を突いて、伝説の竜を異次元の彼方へと封印してしまった。だが、伝説の竜を無理矢理力技で封印した蟻道冷人は魔力を大量に消耗し、回復の為に村を去っていった。あの戦いが無ければ、蟻道冷人は村の人間を焼き尽くすまで暴れまわっていただろう。俺も間違いなく殺されていただろうな」
「その異次元の彼方ってのが、まさか神の間だったとはな」
「あぁ。次元を超えた封印術など、あの時はとても信じられなかったが、この神の間に来て納得がいったよ。まさかこんな所に飛ばされていたとはな。とはいえ、何故異能の一旦として利用されているのかまでは、俺にも分からないが」
まさか、この駄竜がそこまでの力を持っていたとは。まぁ異能と魔術、そして物理攻撃をオートガードで無効化する時点で、冷静に考えたらとんでもないチート性能だが。
「話が少し逸れたが、俺は小間がその竜の異能を引き当てたことに、どこか運命じみたものを感じている。お前は伝説の竜に選ばれたんじゃないかと。そんな気がしてな」
要約すると、かつて自分を救ってくれた竜に選ばれた俺は信用に値する……ってことか。
正直、論理的な考えとは言えないが、まぁ信じてもらえるならなんでもいい。
「しかし小間。お前は何故、蟻道冷人……いや、海藤咲夜を倒そうとしている? お前と海藤には何の因縁もなかろう。いや、そもそも何故お前が魔王や勇者について知っている?」
どうやら、海藤の正体が蟻道冷人だということには気が付いていたらしいな。
「俺にこの話を聞かせたのは女神だ」
「女神だと。どういう事だ?」
「さぁな。女神が何故この話を俺に聞かせたのか、その辺の細かい事は分かっていない。だが女神は何らかの理由があって俺に海藤を倒すように頼んできた。そしてその話を聞く限り、海藤がこのバトルロイヤルで最も危険な存在だと判断した。だから、海藤が力を取り戻す前にさっさと倒しちまおうと思ってな。それだけだ。あいつと俺の間に因縁なんてものはねぇよ」
「なるほど。だが理由はなんでもいい。海藤を倒すまででいい。俺たちに協力してくれ」
「もちろんだ。女神にも勇者と協力して海藤を倒すように言われていたからな。最初からそのつもりだ。だが、その前にはっきりさせておきたいことがある」
俺は視線を万丈から鳥皮へ向ける。
「砂肝から聞いたぞ。鳥皮。お前なんで砂肝とクレアを騙すような真似したんだ?」
「……騙すって何?」
俺の質問に眉一つ動かさない鳥皮。相変わらずポーカーフェイスを保ったままだ。
「俺の竜が2回戦で砂肝に触れるタイミングがあったんだが、その時に全部思い出したんだと。鳥皮好実なんて友達は前世に存在しなかったってよ。お前、異能か魔術で砂肝とクレアを洗脳か何かしてたんじゃねえのか? だから俺の竜が砂肝に触れたことでその洗脳が無効化された」
「……」
「どういうことか説明してもらおうか」
この話を砂肝から聞いた時、俺はずっと鳥皮に抱いていた違和感を払拭することができた。
俺が鳥皮に初めて会った時、鳥皮は力さえ戻れば俺をどうにかできる……といった趣旨の発言をしていた。
力というのが前世、すなわち異世界にいた時のものだとすると、鳥皮が蟻道冷人である可能性がある……と、その時は考えていたが、同時にある矛盾が発生していた。
異世界から神の間に来た者は、名前と姿、そして記憶をリセットされる。つまり、鳥皮が異世界から来た者だとすると、前世で人間界出身のクレアや砂肝と友人である……という関係が成り立たない。
まぁ異世界の記憶が、クレアや砂肝と人間界で知り合うさらに前の記憶であれば、一応成り立つものではあるが、今思えばその可能性は低い。
一日目の夜、俺が砂肝と鳥皮を全裸で追い掛け回す直前の事だ。砂肝が一瞬、鳥皮の性格について指摘しようとした際に、何やら混乱した様子を見せていたのだ。最初は、俺が現れたことで動揺しただけだと思っていたが、実はあの時、鳥皮の洗脳と砂肝の昔の記憶とのズレが発生していたのではないだろうか。
まぁ考えてみれば当然の話だ。何せ、本来あるはずのない記憶を呼び起こそうとしたのだから。
「……あの子たちには申し訳ない事をした」
しばしの沈黙の後、鳥皮が口を開いた。
「……それについて話す前に、私の素性について話しておかないとね」
鳥皮がすーっと深呼吸をした。
「……私の名前は『アリサ』。ここにいる万丈龍之介……カインの幼馴染だよ」
小さくも強い芯を持った声で、鳥皮がそう告げたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回、鳥皮好実に迫ります。




