夜⑤ 桃木瞑亜との遭遇
ミコトが何故…?
俺、小間竜騎の部屋の前に、砂肝汐里と出部栖マキナの死体(?)を送り付けた海藤咲夜。俺は海藤の元へ一人で向かうことにしたのだが、そこで予想外の人物が海藤と会話しているのを目撃する。
その人物とは、天上ミコトだった。
「なるほどなァ。ククッ。いい趣味してやがんなァ」
「……」
廊下の角に隠れながら2人の会話を聞き取ろうとするが、よく聞き取れない。
そもそも、なんであの2人がこんな所で話してるんだ?
そう疑問に思った所で、2回戦の時にミコトが蟻道冷人の名前を聞いた瞬間に、何かをぶつぶつと言っていた事を思い出す。
まさか、ミコトは蟻道冷人と何か関係が……?
頭の中を整理する俺だったが、その間に2人の会話は終わったらしく、既にミコトの姿はなくなっていた。
「……」
そしてミコトとの会話を終えた海藤も、そのまま自分の部屋へと入っていった。
「何か引っ掛かるな……」
「なにがひっかかるのー?」
「うおビックリした! ……桃木か」
いつの間にか俺の後ろには、身長140センチ弱の小柄なロリ系美少女、桃木瞑亜がいた。
「俺をつけてきたのか? あまりいい趣味とは言えないな」
「それ、こかんちゃんが言えることじゃないよねー。しかも全裸でかいどうちゃんの部屋を覗き見なんてー。もしかしてソッチ系?」
俺は桃木に言われて自分が全裸である事に気が付く。そう言えば服着てなかったな。いっけね。
「そんな事より、こんなとこで何をしてるんだ桃木」
「それもこっちのせりふ……。まーいーや。こかんちゃんに話があってさ。向かおうと思ってたところー。そしたら廊下で偶然見かけて、跡をつけてきて今に至るってかんじー」
「お、おう」
すげぇ脱力した話し方だな。話の内容が頭に入ってくるまで、若干のタイムラグがあった。
「で、話ってなんだ?」
「……ゆうしゃコカインって何者?」
「勇者を薬物みたいに呼ぶなよ。カインな。勇者カイン」
「……ゆうしゃコカン?」
「コカンは俺な。いや俺でもねぇよ」
なんかマジでやってんのか冗談なのかいまいち分かりづらいなぁ、こいつ。
とりあえず深く突っ込むのは止めておこう。永遠に話が脱線しそうだ。
「俺も詳しくは知らん。勇者カインには魔王を倒すのに協力してほしいだけだ」
「魔王が来てるの!? この神の間に!?」
先程までの眠そうな表情から一変。険しい表情で話しに食い付いてきた桃木。
というか、勇者に魔王……このワードに食い付くということは、桃木は異世界からここに来た人間なのか?
だが、仮にそうだとしても敵か味方かまだ判断が付かない。少し探ってみるか。
「あぁ。というかお前、魔王について何か知っているのか?」
「……知ってる。けどわたしが知ってる魔王かどうか分からないなー。魔王の名前は?」
お互いが探りを入れてる為、俺も桃木も質問には最低限の返事しかしない。
こいつ、思ったより慎重な奴だな。
仕方ない。海藤の事を話してもさして困ることは無いし、もう少し切り込んでみよう。
「魔王の名は蟻道冷人。元々は人間界から来た異世界転生者。そして、破壊と殺戮の果てに異世界の魔王になった者。異世界で勇者との戦いで死んだらしいが、新たな姿に生まれ変わって再び神の間に辿り着き、今に至るらしい。そしてそれが……」
「その元魔王がかいどうちゃんってわけねー」
「……よく分かったな」
「こかんちゃんがかいどうちゃんの部屋を監視してたのってそれが理由でしょ? それに2回戦でのかいどうちゃんの変貌っぷりにはわたしも驚いてたからさー。多分、途中までは元魔王としての本性を隠してたんだろうけど、なんらかの理由で隠すのをやめた……ってとこかな」
こいつ……想像以上に頭が回るな。敵だとしたら油断ならない相手だ。
いや、この場所に本当の意味での味方なんて一人もいないか。我ながら甘い事を考えることになったものだ。
「そうだ。で、お前が知っている魔王ってのは蟻道冷人の事か?」
「いや違うよー。わたしが知ってるのは『魔王キル』。別名『地獄の魔女』。先代魔王が死んでから魔王の座を継いだみたいだけど、それ以外のことは知らないなー」
「魔王キル……。地獄の魔女ってことは女の魔王か」
「うん」
「そうか……。あ? 待てよ……」
「どしたのー?」
俺は、ついさっき海藤とミコトが話していたのを思い出す。
俺が見てきた天上ミコトという女は、何の理由もなく危険な橋を渡るような人間じゃない。だから、2回戦であれだけ酷い目に合わされた海藤に、なんの理由もなく接触するとは考えにくい。
だがもしも、ミコトがその『魔王キル』だとしたら。
『魔王キル』の先代の魔王が蟻道冷人……海藤だとしたら。
それなら、海藤がミコトと話していたのにも説明が付く。前世で既に知り合いだったんだからな。
「天上ミコトは知ってるな?」
「うん。すごい美人でおっぱい大きいお姉さんでしょー?」
「そうだ。実は、さっき海藤とミコトが話しているのを見てな」
「……本当?」
「あぁ。まだ仮説に過ぎないが、もしかしたらミコトがその『魔王キル』かもしれない」
「……『魔王キル』の先代魔王が蟻道冷人ってこと?」
「あくまで仮説な。だが、ミコトが海藤に接触する理由には説明が付く」
「……まぁみこっちゃんが魔王キルじゃないにしても、前世でかいどうちゃんと知り合いだった可能性があるってことねー。こりゃ要注意だね」
「つーか、お前は何者なんだよ桃木。お前も異世界からこの神の間に来たのか?」
順番が前後した気がするが、これは絶対に聞いておかなければならない。
まぁ、ここまで異世界や魔王について詰まることなく話しているのだから、ほぼ異世界出身の者とみて間違いないだろう。……と思っていたのだが、桃木から返ってきたのは意外な言葉だった。
「いやー? わたしは人間界からこの神の間に来たよー」
「は? これだけ異世界やら魔王の事を話しておいて、それはおかしいだろ。お前には異世界にいた頃の記憶がある筈だ」
「ないよー」
簡潔にそう答える桃木。
「ないって……じゃあなんでお前は異世界や勇者、魔王について知ってるんだよ」
「悪いけど、これ以上は答えられないかなー。こかんちゃんの事もまだ信用しきってないしー。もしかしたら、こかんちゃんも魔王側かもしれないしねー」
「なるほど確かにな。まぁそれはお前もだけどな桃木」
「うんそうだねー。でも『魔王キル』の話は本当だから。それだけは神に誓うよー」
「そうか。ならさっきの俺の話も本当だ」
「りょーかい。とにかく、かいどうちゃんとみこっちゃんはグルの可能性があるから要注意ってことでぇー。じゃあねーこかんちゃん」
言いたい事だけ言って、桃木は俺の部屋とは別の方向へ歩いて行った。
「……今さら異世界も人間界も大して変わんないしねー」
去り際に桃木が何か言った気がしたが、小声過ぎてよく聞こえなかった。
……さて、海藤を問い詰めに行くつもりだったが、思わぬ情報が手に入ることとなった。
俺は海藤の部屋には向かわず、踵を返して自室へと戻ることにした。
お読みいただきありがとうございました。
次回、勇者ついに現る…?




