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小間竜騎の過去

今回は小間竜騎が神の間に来る前、生前のお話です。

ですが、結構重めな話なので、苦手な方は読み飛ばして下さい。

読み飛ばした方用に、次話の最初の数行でざっくりと説明させていただきます。


「おい()()()()。お前、俺の金パクったろ」


「え? し、知らない。僕じゃないよ!」


「嘘付いてんじゃねぇよ。てめー以外に誰がいんだよコラ!」


「ぐっ!」


 それは、小間竜騎がまだ小学1年生だった頃。

 俺は学校から帰るとほぼ毎日、飲んだくれのクソ親父、小間竜我こまりゅうがから暴力を振るわれていた。それも全部訳の分からない理由で。


「さっさと返せよ俺の5千円! 今日はぜってぇパチ勝てんのによ! 間に合わなかったらてめーのせいだぞ! ()()()()コラ!」


 何発も顔を殴られる俺。ちなみに、親父は俺の名前を正確に覚えていない。たまに竜騎だったり、りゅうやだったりする。それほど俺に愛着が無いのだろう。


「知らないよ! 僕じゃないよ!」


 本当に俺じゃない。当然だ。朝からずっと学校にいて、ついさっき帰って来たのだから。一日中家で酒と煙草に溺れているクソ親父とは違うんだ。


「お父さんのポケットにあるんじゃないの!? 僕がお父さんのお金を取るなんて、そんなことできるわけないじゃん!」


「は? クソガキコラ。俺のこと疑ってんのか?」


「い、いえ違います! ごめんなさい! 殴らないで!」


「あーいいぜ。じゃあ蹴りがいいってことだよな? あぁコラァ!」


「ぐふっ!」


 殴るのが駄目なら蹴りならいいだろ……という幼稚な解釈しかできないバカ親父に腹部を蹴り飛ばされる。蹴られた瞬間に、内臓全部がぐちゃぐちゃにかき回されたような感覚に陥る。

 そういや、この日は特にひどかったけか。

 この後も何発か殴られ、仕事から早めに帰って来た母親が親父を止めたことで、事なきを得た。

 ちなみに、結局5千円は親父のポケットにあった。俺は完全に殴られ蹴られ損という訳だ。

 まぁ、親父はそんな理由が無くても俺に暴力を振るうだろうがな。


「おえぇ……げえぇ……」


 その後、俺は便所に駆け込み、胃の中のものを全てぶちまけた。口の中は血まみれで、吐いたものには血と抜けた乳歯が混ざっていた。


「くそ……くそが……」


 毎日毎日、もううんざりだった。俺は何の為に生まれて、何の為に生きてるんだ?

 こんな答えのない自問自答をした数は最早数え切れなかった。

 小学生にして、俺は自分の人生を呪っていた。そんな俺だったが、生きていく上で絶対に守っていこうと決めたことがある。

 それは、死んでも親父の様な人間にはならないこと。

 クソみたいな理由で暴力を振るって、息子の名前もロクに覚えないカスにだけはなりたくなかったからだ。


 だが、そんな意思に反して、俺はどんどん暴力に手を染めていくことになる。

 初めは同級生に自分のケガをからかわれたのがきっかけだった。今思えば、相手にする価値もない安い挑発だったが、当時の俺には耐えがたかった。俺は同級生の顔を2、3発殴り、そいつの人差し指をへし折った。

 この時に初めて思ったのだが、日頃誰かから暴力を受けていると、暴力を振るう側になった時に一切抵抗を感じなくなるのだ。なんならむしろ清々しい気分だった。

 何の関係もない同級生に暴力を振るっている間、俺は心の中の毒が抜けていく気分を味わった。そうか、こうやって発散していくんだ……と、その時の俺は学んだ。

 

 こうして、小学生から暴力沙汰を繰り返しているうちに、俺に近づいてくる奴はいなくなった。それにつれて俺の良心も徐々に無くなっていったのか、問題を起こす度に母親が相手の親に何度も謝ったり、治療費やらなんやらを支払っているのを見ても、微塵も心は痛まなくなっていった。

 ちなみに俺がまだ小学生ということもあってか、学校のお偉いさん方は、俺が起こした問題を全て子供の喧嘩ということで片付けた。自分の立場を守るために問題を隠蔽する、そんな連中を見て、俺は子供ながら教師という生き物も嫌いになった。

 そもそもは俺が起こした問題の癖に、我ながら滅茶苦茶だと思った。


 そして、こんな生活を送っていった結果、俺は完全に親父の様な人間になってしまった。

 

 息苦しい。

 足に重りを付けられ、冷たい水の中に沈められている気分だ。もがいても身動きは取れず、地上に上がって呼吸をすることすらままならない。

 なのに……こんなに苦しいのに、俺は何故か死ぬこともできなかった。


 毎日、毎日、ずっとこんな調子で生きてきた俺は、ついに県内で最底辺といわれる高校に入学することになる。札付きのワルばかり……と思いきや、そんな奴はほとんどおらず、大体が根暗で何事に関しても無気力な、本物の底辺ばかりが通う学校だった。

 

 だがこんな最低な高校に入学して、俺に初めて友人ができた。

 「愛染あいぜん龍彦たつひこ」という、ちょっとヤンチャだが、アホな友人だった。どうやら「愛染あいぜんグループ」という資産家の息子らしいのだが、兄と比べてできの悪かった龍彦は、グレて完全に親と別居状態。一応、家賃やら生活費だけは振り込まれているらしいが、親とはもう何年話していないか分からない状態だったらしい。


 俺は龍彦と友達になってから、家にはほとんど帰らなくなり、龍彦が一人暮らししているマンションにしょっちゅう泊まるようになった。

 俺が高校生になって体が大きくなってきてから、親父も暴力を振るわなくなってきたが、それでもあの家が息苦しいことに変わりは無かった。

 でも龍彦とバカやってる間だけは、その息苦しさを忘れることができた。


「うっしゃぁ! 俺の勝ち! 脱げよ龍彦!」


「マジかよ! んじゃ、仕方ねぇな!」


 龍彦の家でゲームをやっていた俺たち。負けた方は全裸になるという意味不明な罰ゲームをかけて対決をしていた。


「しかし龍彦ぉ、お前筋肉すげぇよな」


「まー無駄に鍛えられてたからよぉ。やりたかった訳じゃねえけどな」


「はぁん。つかそれよりチ〇コでかすぎんだろお前。毎度ビビるわ」


「おう! 俺のチ〇コはドラゴン級だからな! 生まれ変わったらお前にやるよ」


「流石にそのサイズはいらねぇな……」


「つか脱ぐのも飽きてきたし、負けたらそこの酒イッキしようぜ」


「はっ、おもしれぇ。かかってこいや!」


 高校1年の間。俺はほとんど学校にも行かず、家にも帰らず、こんな感じで龍彦と毎日遊んでいた。

 一緒にゲームしたり筋トレしたり、たまに龍彦の友人を数人集めて野球したり……とにかく毎日が楽しかった。生きていてこんなに楽しいと思ったのは、生まれて初めての事だった。

 だが、そんな楽しい生活は長くは続かなかった。


 それは、俺が高校2年生に進級した春の事。

 ほとんど学校に行かず、留年確定と思われた俺と龍彦だったが、小学生でも簡単に解ける補習テストを受けたら、勝手に進級扱いになった。学校も、俺たちみたいな問題児を学校に残しておきたくないのだろう。

 そして、今日は始業式。ほぼ男ばかりのウチの高校だったが、新入生にワンチャン可愛い子がいる可能性に賭けて、久しぶりに登校することにした。


「学校行くの久しぶりだなぁ。つか竜騎よぉ、お前彼女いなかったっけ? どっかでナンパした女の子。別に新入生から可愛い子探さなくてもよくね?」


「あー真美まみか。別れたぞ」


「マジで?」


「マジだ。この前真美とお前の前でチンピラに絡まれたじゃん? あんときにチンピラの顎を拾った石でカチ割ったろ? アレですげぇドン引きされちまって、フラれたわ」


「あーあれか。そりゃ引くだろ。お前は容赦無さすぎんだよ」


「あいつらってボコしても仕返しに来るからなぁ。あんぐらいぶっ潰さねぇと何度でもゴキブリみてーに湧いてきやがる」


 そんな会話をしてながら通学していると、近所の進学校の傍を通った。


「華やかだねー。女子もたくさんいるし。俺らの高校とは大違いだぜ。もうさー、ここの始業式出ちまおうぜ。こっちの方が絶対可愛い子いるだろ」


「お前それは……アリだな。侵入するか」


「おうよ!」


 龍彦の意味不明な提案を秒で受け入れる俺。我ながら毒されてるなぁと思った。


「よっしゃどうやって乗り込むか! ん? あいつは……」


「どした龍彦」


 龍彦の視線を追うと、進学校の前に人だかりができていた。そして、その中心には進学校の生徒と思われる少年が立っていた。


「はー。いかにも優等生の人気者って感じの野郎だな。龍彦、お前知り合いなん?」


「知り合い……まぁそうだな。親の付き合いで、昔会ったことがあるだけだな」


「親の付き合いってことは、あいつんちも相当金持ちなのか?」


「そうなるな。まぁそれ以来あったことはねぇけど、すげぇ変わった奴だったことだけは覚えてる」


「変わったやつねぇ」


 ぱっと見は、黒髪の爽やか優等生という印象しか受けないが。

 しばらくその優等生を見ていると、その視線に気が付いたのか、優等生の奴が俺に目線を合わせてきた。

 するとその優等生は、何故か俺を見て、くすっと微笑みやがった。何故笑ったのかは分からないが、俺はバカにされているような気がして、無性に腹が立った。

 気が付けば、俺は進学校前の人だかりをかき分け、その優等生の胸倉を掴んでいた。


「てめぇ何ガンくれてんだコラ。殺されてえの?」


「お、おい竜騎!」


 隣で止めに入った龍彦の声が聞こえなくなるくらい、何故だか俺はイラついていた。


「や、やめなよ!」


「あ?」


 すると、優等生の隣にいた臆病そうな眼鏡が、優等生を庇うようにそう言った。


「この人は、高校2年生になったばかりで生徒会長になられたお方だ! 成績はウチの学校で常にトップ。しかも所属しているテニス部では、全国大会でベスト3という成績を収めた素晴らしいお方だ! 君みたいな、ふ、不良が近づいていい方じゃないんだぞ!」


 さも自分の功績のようにそう語った眼鏡を筆頭に、ギャラリーがそうだそうだ! と騒ぎ立て始める。全く、数が多いから気でもデカくなったのか。こういう奴らは一人になった途端に逆らわなくなる。大体そんなもんだ。

 俺は、偉そうに演説した眼鏡を思い切り殴りつけた。ギャラリーは殴られて気絶した眼鏡を見て、嘘のように静まり返る。


「他になんか言いたい事ある奴いるか?」


「……」


「全員失せろ。ただしお前はここに残れ」


 俺は優等生を名指しして、他の奴らに学校に戻るように命ずる。俺の暴力を恐れて、あっという間に去っていく進学校の生徒たち。そんな様子を見て、俺は久々に暴力の心地よさを味わった。

 龍彦はそんな俺を黙って見ていた。この1年間、ほぼずっと一緒にいたからな。俺がこうなったら止まらないことを理解しているのだろう。


「さぁて。優等生。お前、さっき俺の事見て笑ったよな? 舐めてんのか、あ?」


「……ふふ」


 優等生を脅して見せた俺だったが、こいつは怯むどころか、さっきと同じように薄気味悪く笑いだした。


「はっ。どうやら死にてぇらしいな。そこで倒れてる眼鏡と同じようにしてやる」


「君は僕と似てるね……」


「……は?」


 意味の分からないことを言う優等生に、唖然となる俺。


「君は僕と同じだ。狂気の感情によってしか自分を満たせない。他者を屈服させ、壊して、そんなことでしか自分を満たせない、先天的な最悪の部類の人間だ」


 しばし呆然とその言葉を聞くことしかできなかった俺だったが、次第に怒りの感情がふつふつと湧いてくる。こいつと俺が同じ? 恵まれた家庭で育ち、勉強もスポーツも上手くいっていて、周りからは信頼されている……そんな奴が俺と同じな訳がない。

 

 それなのに……俺はその優等生の目を見た瞬間に、妙に納得してしまった。

 なんでだよ。なんで、俺が持っていないものを全部持ってる癖に、なんでコイツの目はこんなに腐ってやがる……。何もかもに捨て鉢になったかのような、深い闇を抱えた目。俺と同じ、こっち側の人間の目。

 俺は優等生の狂気に満ちた目を見て、恐怖を感じると同時に、今までにないほどの殺意に憑りつかれた。

 認めるわけにはいかなかった。俺が()()なったのは家庭環境のせいだ、俺を腫物扱いしやがったクソ共のせいだ……と、そうやって周りのせいだと自分に言い聞かせて、俺は生きていた。

 だから、何もかもに恵まれたコイツのことを、俺は認めるわけにはいかない。

 気が付けば俺は、目の前の優等生を殴り飛ばしていた。


 倒れた優等生に馬乗りになって、何度も拳を振り下ろす。

 だが、優等生は不気味に嗤い続けていた。

 俺はそんな優等生に対し、恐怖心を抱いた。そんな恐怖心を払拭するかのように、俺は何度も拳を振り下ろす。流石にマズいと思ったのか、龍彦は俺が馬乗りになった時点で止めに入ったが、それでも俺は止まらなかったらしい。

 ざまぁみろ……と、自分の不幸を少しでも優等生に分け与えられた気分になった俺はそう思った。

 

 後日、この事件が原因で、俺と龍彦は高校を退学になった。

 本来なら暴力沙汰として訴えられること間違いなしだったが、何故か殴られた優等生の親はこれを訴えることはしなかった。だが、俺が通う高校には当然連絡がいったらしく、俺は勿論、その場にいた龍彦まで共犯者扱いとなり、2人共退学となった。俺は退学を言い渡された際に、教師共に龍彦は関係無いと何度も訴えたが、教師共は聞く耳を持たなかった。


 そして、退学を言い渡された帰り道。

 俺はこの日、さらなるどん底に突き落とされ、人生に幕を下ろすこととなる。


「……わりーな。龍彦。俺のせいで」


「気にすんなよ! どうせあんな底辺学校卒業した所で、白い目で見られるだけだぜ。それよりよ、2人でどっか働こうぜ。つか、最悪通信制で高卒の資格取ればいいしな!」


「……本当にすまん」


「大丈夫だって。今日は退学祝いでもしようぜ!」


「ぷっ。んなもん聞いたことねぇよ」


「おう! じゃあ今から俺んち来いよ!」


「ちっと待ってくれ。一回、荷物取りに家帰っていいか?」


「あぁ。んじゃ待ってるわ。今日は始業式で他の奴らも学校終わるのはえーだろうから、何人か呼んでぱーっとやろうや」


「おう」


 本当、いい奴だよな龍彦は。普通だったら俺みたいな奴、絶交されても文句は言えないだろうに。

 俺はあの優等生を殴って以来、ずっと自己嫌悪に陥っていた。結局俺はあいつの言う通り、生まれ育った環境に関係無く、元から最悪の人間だったんじゃないかと。

 まぁ、考えてみれば当然の話だろうな。俺の体にはあのクソ親父の血が流れている。ゴミがゴミ山で育てば当然ゴミのようなボンクラが焼き上がる。

 

 いや……いつまで悩んでるんだ俺は。龍彦がもういいって言ってくれてんだ。確かに本当に悪いことをしたが、それはこれから龍彦に一生をかけて償っていく。もう、そうするしかねぇんだ。

 俺は腹を括り、久しぶりに家に帰宅する。俺が退学になったことは、仕事が休みの母親にだけはメールで伝えたが、返事が無かった為、直接報告することに。そして、これを機にこの家から出ていくことを決めていた為、それも報告しなくちゃならない。


「……」ガチャ


 俺は無言で家のドアを開ける。前から汚い家だったが、しばらく見ないうちに汚さに拍車がかかってるな。

 だが、妙に静かだな。いつもはテレビを見ているクソ親父の馬鹿みたいな笑い声が聞こえてくるのに。

 小さなリビングへ向かうと、親父がテーブルに頭を乗っけて爆睡していた。


「おいクソ親父。おふくろどこ行った?」


 本当はこいつと会話などしたくなかったが、母親には一応今後の事を伝えたかった為、親父を叩き起こす。


「んだよ……あぁ、()()()()か。お前ぇ生きてたんだなぁ。しばらく見ないからてっきり死んだのかと思ってたわ。ぎゃはは」


 俺が高校生になっても、未だに俺の名前を正確に覚えていないクソ親父。まぁ馬鹿らしくて訂正など一度もしたことはないが。


「おふくろどこだよ。話あんだけど」


「んあぁー? おふくろぉ? なんだっけそれどういう意味だっけ? あはは」


「……なんだこいつ」


 こいつの頭がおかしいのはいつもの事だが、それにしても妙だ。


「俺の母親。てめぇの妻だよ」


「あーあいつか! あれだよあれ。さっき出てったぜ? げひゃひゃ」


「……は?」


 衝撃的な親父の一言に、俺の思考はフリーズした。


「な、なんで。おふくろが……」


「これだよこれ!ハッピーホワイトだ!」


 親父が懐から、白い粉の入った袋をいくつか取り出して、テーブルに向かって乱暴に投げつけた。


「ハッピーホワイト……って、お前これ」


「『蛇龍組じゃりゅうぐみ』から格安で買ってよぉ。新作らしいんだが、これが最高にキマってよぉ。1日1袋でハッピーだぜぇあはは」


 蛇龍組じゃりゅうぐみ。ここら一帯を仕切ってる極悪犯罪組織。非合法の薬物を流しているなんて噂もあったが……。


「そんでよぉ!! ハッピーホワイトを買ったってあの女に言ったらよぉ泣きながらブチ切れやがってムカついたから何発か殴ってやったら!! そのまま出て行っちまったぁ……もう限界だってよぉ! あへあははぁ」


 ハッピーホワイトのせいで頭がラリっているのか、急に叫びだしたり、ぼそぼそと話したり、急に薄気味悪く笑い始めたりと、情緒が完全におかしなことなっている親父。


「あぁそうだ! ()()()()よぉ! おめぇ金持ってねぇか!? 30万……いや、20万でいい! その金を元手にパチで大当てしてよぉ!! そんでぶっ飛ぶくらいハッピーホワイト買って! そんで幸せに……」


 次の瞬間、俺は親父を殴り飛ばしていた。


「ぎゃははは……あれえええええ? おれいまなぐられたのかぁーーーーー?? ぜんっぜんいたくねぇーーーー! あひゃはははははぁぁぁ!!! すっげええええええええ!!」


 床でじたばたと転げまわる親父。

 それはまるで、殺虫剤を吹き掛けられた害虫の様だった。

 いや違うか。こいつは害虫そのものだ。随分とデカく育ったもんだな、気持ち悪い。

 俺が駆除しねぇと……。


「ああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」


 俺は叫びながら親父を殴った。

 何度も、何度も。

 拳の皮膚がずる向けになり、骨が何本か飛び出しても、俺は殴るのを止めなかった。

 やがて、誰の顔かも判別できなくなるほど血まみれになった()()()の顔を見て、俺は初めて我に返った。

 そして、()()は人形の様にピクリとも動かなくなった。


「はぁはぁ……」


 ずっと殴ってやろうと思っていた。

 いつか、自分が受けた痛みを千倍にして返してやろうと思ってた。

 そして今日、ようやくその念願が叶った。

 けど、心は一切動かなかった。

 幸福感も無い、罪悪感も無い。抜け殻みたいだ。

 ……あぁそうか。俺は、もうとっくの昔に死んでたんだ。


「俺も早く……消えねぇと……」


 俺は、親父がテーブルに置いたハッピーホワイトの袋を全部破いて、自分の口に放り込んだ。

 蛇口から水を出し、コップも使わずにハッピーホワイトを流し込む俺。


「はっ。はははははははははははははははははは。はははははははははははははははははははははははははははは」


 楽しいことなんて何も起きてないのに、俺の頭は幸福感で一杯になった。


「すっげすっげすっげ!! 俺生きてる! 幸せだぁぁぁぁぁぁ!!」


 その場で訳も分からず何度も飛び跳ねる俺。

 力が溢れてくる。今なら何でもできそうな気がする。

 なんなら空だって飛べる。そんな気すら起きていた。


 だが約2時間後、幸福感で満たされていた俺の脳は、強烈な頭痛と吐き気に襲われていた。

 気が付けば、俺は床に大の字になって寝ていた。

 口から大量の泡を吹き、小便、大便を垂れ流しながら。

 体の自由が利かない。最早、自分の体だという感覚は無い。


 「竜騎! しっかりしろ! おい!」


 気が付くと、そこには必死な形相で叫ぶ龍彦とそのツレたちがいた。

 あぁそっか、すぐ出るつもりだったから、玄関開けっ放しだったっけ。

 ……わりーな龍彦。大遅刻しちまったわ。お前には、最後まで迷惑かけっぱなしだわ。



「竜騎! おい竜騎!」


 俺の名前を呼ぶ友人たちの声が聞こえる。


 だが返事をする余裕はない。それどころじゃない。


 胸を圧迫されるような苦しみのせいで、呼吸すらままならない。


 視界がぼやけてきた。そして、徐々に目の前が暗くなってきた。


 やがて何も見えなくなり、先ほどまでの苦しみもなくなった。



お読みいただきありがとうございました。

次回、事件発生!?

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