昼⑫ 嫌悪
元勇者と元魔王の正体に迫る…!?
「見つけたぞ海藤咲夜ぁ!! クソッたれの勇者がぁぁっ!!」
チーム3のイリスはそう叫ぶと、チーム1の海藤目掛けて飛び蹴りを放ってきた。
だが、あまりに一瞬のことで周囲の反応が遅れる中、海藤はその蹴りを異能の力で防いでいた。
イリスの蹴りが、空中で静止しているように見える。
「くっ……」
「異能で防いだか。こりゃサイコキネシスか? 異能に頼ってるあたり、まだ完全に力が戻ってねぇみたいだな、海藤。だが容赦はしねぇぞ!」
イリスの背中から数メートルほどの翼が展開される。天使のような羽を持った翼。しかしその色は、全てを塗りつぶしてしまうような純黒だった。
「そらそら勇者サマよぉ! さっさと本気でやらねえとその綺麗なツラぐちゃぐちゃにしちまうぞぉ!」
イリスは黒い翼を自在に変形させ、海藤に連撃を放つ。クレアのパンチラッシュにも引けを取らない速度だ。
「……」
俺はしばらく、その光景を眺めていることしかできなかったが、停止していた思考を再び巡らせる。
……海藤が勇者。イリスは確かにそう言った。
女神からの頼みで、元勇者と協力して元魔王である蟻道冷人を倒すように言われていたが、誰が元勇者で元魔王なのかは分からないため、バトルロイヤル中に探っていくしかないと……そう思っていたが。
「海藤が元勇者……ってことは」
その勇者を敵対視しているあのイリスこそが、元魔王である蟻道冷人ということになるのか? いやだが……
「小間! 海藤くん襲われてるけど、どうするのよ!?」
「ちょっと黙ってろ!」
「えっ……ご、ごめん」
耳障りな紅クレアの声を黙らせる。……少し冷静になろう。
この状況はむしろチャンスだ。元勇者と思われる海藤たちチーム1と手を組み、蟻道冷人……イリスのチーム3を潰す。
よしんばチーム3を倒せなかったとしても、ここで海藤を倒させるわけにはいかない。海藤にはいくつか聞きたいことがある。
「クレア! ミコト! 海藤に加勢する! とりあえず助けるぞ!」
「う、うん!」
「分かりました!」
「汐里ちゃん! あたしたちも行くわよ! ヴふ!」
「そ、そうねぇ!」
海藤と同じチーム1である砂肝汐里と出部栖マキナも、すかさず俺たちに続いた。しかし……
「イリス様の邪魔はさせんぞ」
イリスのボディーガード、エリスが俺たちの前に立ちはだかる。
「出たなチンピラの腰巾着が。お前みたいな3流ボディーガードじゃ俺たちは止められねぇよ」
「ふん。減らず口が。私が3流かどうか、貴様を血祭りにあげて試してやろうか?」
「はっ。俺がお前と? 生憎、人間様はゴリラの相手するほど暇じゃねーんでな。お前の相手は同じゴリラに託すぜ。クレア!」
「誰がゴリラよ!」
クレアは無駄のない動きでエリスに詰め寄り、ボディーブローをかました。
「むっ……」
「小間! ここは私たちがやるから、あんたは海藤君のところに!」
「言われなくても分かってらぁ!」
俺はエリスの横を通り、イリスの元へ向かう。
「チンピラぁ!」
「ちっ、フルチンドラゴンが! 用はねーつってんだろうが!」
イリスは黒い翼を2度振るう。すると、無数の黒い羽根が刃の様に鋭利な形となって、こちらに飛んできた。
「そんなもん食らうか!」
俺は股間の竜のオートガードで、飛んでくる黒い刃を全て弾き落とす。
「海藤! 避けろよ!」
俺は続けて、ドラゴンブレスを放つ。
「ちっ!」
イリスは海藤から離れ、ドラゴンブレスを躱す。海藤も後ろに飛んで、なんとか躱せたようだ。
「大丈夫か海藤!」
「ありがとう小間君。でもどうして……」
「昨日の借りを返しに来ただけだ! それと、あとで聞きたいことがある!」
「鬱陶しい野郎だなテメェは……」
邪魔が入ってお怒りの様子のイリス。
「仕方ねぇ。せっかくテメェは後回しにしてやろうと思ってたのによぉ」
イリスは背中の黒い翼をさらに大きく広げた。
「まぁいいか。どのみちテメェも俺の手で殺してやる予定だったしな! いいぜ2人まとめて殺してやるよ! ククッ! 最初こんなところに連れてこられた時は正直気が乗らなかったが、今はいい気分だ! テメェらみたいなムカつくゴミ共をまとめて掃除できるんだからなぁ!」
「あ? お前は……」
「小間君!」
海藤の声で我に返る俺。目前にはいつの間にかイリスがおり、股間の竜がなんらかの攻撃をオートガードしていた。
「はっ! 御粗末な股間に感謝するんだな! それがなきゃてめーは今頃バラバラだったぜ!」
そうか。今、攻撃されていたのか。速すぎて全く見えなかった。
「ならコイツはどうだ? 食ら……うぐっ!?」
「ん?」
突如として苦しみだすイリス。なんだ? 様子がおかしい。
「ぐはっ! テメェ! ゴミの掃き溜めにでも全身浸かってたのか!?」
「はぁ? お前何言ってんだ……」
「くっせぇ! 鼻が曲がりそうなんてレベルじゃねえ! ぐっあぁ!」
「イリス様!」
苦しむイリスに猛スピードで駆け寄るエリス。
「ぐっ、イリス様! これは!?」
俺たちに近づいたエリスも、イリスと同様に苦しみ始めた。
「魔除け……それもかなりの上物だ……! どこでこんなモン手に入れやがった変態ドラゴン!」
「知らねぇよ。なんの話……」
言いかけたところで止まる。
待て、魔除け……? まさか、アレのことか? だとしたら、やはりこいつは……
「クソが……きたねぇ手ぇ使いやがって……。エリス引くぞ! 一旦立て直す!」
「分かりました!」
「何してやがる! さっさとしろクソ眼鏡! ぶっ殺されてぇのか!!」
「は、はいっ!!」
イリスがイライラした様子で叫ぶと、それまで怯えた様子で見ていた眼鏡の少年、西園寺孝明が2人の元へ駆けつける。
「海藤、小間ぁ! テメェらは必ず俺がぶっ殺す! 首洗って待ってやがれ!」
「二度と来んなボケ」
俺は中指を立てて挑発する。だがイリスたちは一瞥するだけで特に返してくるわけでもなく、瞬きした次の瞬間、イリスたちの姿は消えていた。
「なんだったんだアイツら……」
「小間君。助けてくれてありがとう」
「いや、いい。おーい! お前らは無事か?」
俺はエリスたちと戦闘をしていたクレアたちに声を掛ける。
「大丈夫だけど……あいつ相当強かったから、正直助かったわ」
「お前でも手こずったのか」
「えぇ。というかあいつら、あんたの体臭がよほどお気に召さなかったみたいね。昨日ちゃんと風呂入った?」
「いや流石に入ったわ!」
そんな冗談は置いておいて。
クレア含め、4人で相手したにも関わらず、4人全員がダメージを負った様子だった。
自身を含めダメージを負った者を、ミコトが黄金の炎で回復させていく。
「回復なんて便利な能力ねぇん。ヴふん」
「いえいえ、私にできるのはこれくらいのものですので」
「女子4人で和んだ様子で話しているところ悪いが、本題に入らせてもらうぞ」
俺はそんな4人を放置して、海藤に問いかける。
「率直に聞く。お前が元勇者か?」
「……驚いたな」
「何が」
「元勇者か? って質問が来るってことは、ある程度事情を知ってるってことだよね? どこでそれを?」
「まずは俺の質問に答えろ」
「分かったよ……」
海藤は一度深く深呼吸をすると、こう言った。
「そうだよ小間君。僕は前世で勇者だった者。勇者『カイン』だ」
「え、海藤君が勇者? 小間、どういうことか説明してよ」
「ちょっと黙ってろ」
「うぅ……。いつもゴリラゴリラ言うくせに、肝心な時は全然相手してくれないなんて……ひどいよぉ。ぐすん」
半泣きのクレアに近づいて慰めるミコト。クレアって意外と泣き虫だな。泣き顔は可愛いと思うが、正直、今は邪魔でしかない。悪いが黙っていてくれ。
「お前が元勇者か。なんというか、納得だな」
「そ、そうかな」
金髪の爽やかイケメンで、マイナスイオンが出るほどの好青年。勇者にこれほどふさわしい奴はいないだろう。今は、どうも顔が青ざめているが。
「いくつか聞かせてもらうぞ。今戦ったイリス。あいつが元魔王・蟻道冷人なのか?」
「すごいな……そこまで知っているなんて。そうだよ。あの男こそ、僕が前世で最期に戦った最強の魔王、蟻道冷人だ。隣のエリスは誰だか分からないが、恐らく蟻道冷人の仲間だった男だよ」
「イリスはお前が勇者だと気が付いていたみたいだが、お前は気が付かなかったのか?」
「お恥ずかしながら、さっき戦ってようやく気が付いたよ。力がまだ完全に戻っていなくてね。でもあの禍々しい魔力、彼は間違いなく蟻道冷人だ。姿形が変わっているとはいえ、宿敵の魔力をここまで感知できないなんて、情けない話だよね」
ギリ……と、歯を食いしばる海藤。その表情からは怒りの感情が読み取れた。
「宿敵か。憎いのか? あいつが」
「あぁ憎いさ! 彼は僕の故郷を、母を、友人を、村の皆を皆殺しにしたんだからね!!」
いつもの海藤らしからぬ叫び声に驚く俺たち。それだけ、蟻道が憎いのだろう。
「僕は前世で仲間たちと共に蟻道と戦った。しかし奴はあまりにも強かった。僕たちに残された手段は、命と引き換えに禁術で奴を封印することだった。だが奴は、こうして神の間に召喚され蘇った。恐らく、封印される直前に自らに転生魔法を使ったんだろうね……まさに僕は犬死にってわけさ」
感情的に話し続ける海藤。今のところ、俺が女神に聞いた話と食い違いはない。どうやらこの話は本当らしい。そうか……そういうことだったんだな。
「でも、僕は感謝しているよ。こうして奴をもう一度倒すチャンスに恵まれるなんてね。今度は封印なんてしない。確実に倒す。何より、奴を僕たちの世界……異世界に転生させるわけにはいかない!」
「なるほどね……」
「ごめんね。君たちには関係ない話なのに、感情的になってしまって」
「いいのよん。辛かったわねぇさくやちん。よしよし。ヴふん」
「ありがとう、マキナさん」
大まかに話を理解したデブスが海藤に近づき、頭を撫でた。可哀想に海藤。だが海藤は嫌がる素振り一つ見せない。徹底してるな、海藤。
「そういえば、小間君はどうして勇者と魔王のことを?」
「あぁ。実は……」
俺は女神から聞いた話を海藤と女子4人に掻い摘んで話す。
元魔王・蟻道冷人がこの神の間に来ることになった経緯。
蟻道冷人は元異世界転生者の快楽殺人鬼であり、そして異世界でも無差別な殺戮を繰り返すうちに、魔王へとなったこと。
元魔王と元勇者は、時間が経過するにつれて、前世の力を取り戻していくこと。
そして元勇者と協力して、完全な力を取り戻す前に元魔王・蟻道冷人を倒してほしい、そう女神に頼まれたこと。
「そうだったのねぇん。どおりでさくやちん、ここのモンスターに詳しかったわけねぇん。あれは異世界のモンスターだから、さくやちんからしたら既に前世で戦った相手ってわけねぇん。ヴふん」
「というか、なんで女神様は小間にそんなことを頼んだの?」
「それは俺にも分からん」
「蟻道冷人……どこかで……」
なにやら一人で頭を抱えるミコト。ぶつぶつ言っているため、何を言っているのかは聞き取れなかった。
「まとめるとぉー。海藤君が前世では勇者でぇ、あのガラ悪いのが前世では魔王だったってことぉ?」
「そうだよ! さっすが汐里ぃ! 冴えてるよ!」
「でしょぉー。私こう見えても頭いいからー」
あぁ、2人共バカそうだな。
「皆……すまない」
バカ女2人が騒いでいると、突然海藤が頭を下げ始めた。
「どうしたんですか。海藤君」
「これは僕の問題なのに、巻き込んでしまった。小間君たちも、他チームなのに申し訳ない!」
「いや、別に構わねぇよ」
「今回はチーム戦だから、僕も魔王……イリスのことは一旦忘れるよ。そして君たちには、今後もイリスには関わらないでほしい。奴は危険すぎる。君たちを巻き込みたくはない」
「そんなぁー。水臭いよ海藤君ー。私たち同じチーム1でしょぉー。協力できることがあったら言ってねぇ」
「そうよぉん。ヴふん」
「2人共ありがとう……。でもいいんだ。小間君が協力してくれるから」
え、こいつ今なんて? さらっと巻き込んだのか俺のこと。
おいおい、勘弁してくれよ。
「俺は巻き込んでもいいのかよ」
「君も女神さまから頼まれているんだろう? 蟻道……イリスを倒すには、君の伝説の竜の力が必要だ!」
「ははっ! やなこった」
「ど、どうしてだい? 君だって、奴が力を取り戻したら困るだろ?」
「確かに困るが、お前と協力はできねぇな」
「……元勇者と協力して、蟻道と戦うつもりじゃなかったのかい?」
やれやれ、白々しい奴だ。どうやら、直接口に出さないと理解してくれないみたいだな。
ならちょうどいい。こいつの嘘に付き合うのはここまでだ。いい加減、猿芝居も見飽きてきた頃だ。
そろそろ、噓つきの化けの皮を剝がしてやるとしよう。
「もちろん、今でもそのつもりだよ。お前が本物の勇者だったらな」
俺の一言で、その場の全員が静まり返る。
俺はそれに構うことなく、続きを口にした。
「お前が蟻道冷人だろ。海藤咲夜」
俺はその場の全員に聞こえるように、はっきりとそう言った。
バトルロイヤル2回戦『チームで協力! モンスターハントバトル!』
残り1時間50分
脱落チーム:チーム5(土井恭平、山下トミカ、唐沢和也)
チーム7(斎藤連、渡辺亮、塩浜聖)
チーム9(白崎祥吾、レックス、終始)
お読みいただきありがとうございます。
はたして、海藤咲夜は元魔王なのか…?
次回その謎に迫ります。




