夜⑦ そして夜は明ける
WAON!
俺、小間竜騎はゆっくりと廊下を歩いていた。
さきほど松笠剛平と大浴場を堪能した後、それぞれ自室に戻ることにした……のだが。
「まさか、脱いだ服がしばらくすると消えるとはな」
このことを知らなかった俺は着替えを持ってきておらず、着替えようとしたころには、既に上着はなくなっていた。端的に言うと、俺は全裸で廊下を歩いていた。
「家以外で全裸になったのは初めてだが、悪くない気分だ」
布を纏っていない状態だが、筆舌に尽くしがたい爽快感が俺を包み込んでいた。
大きく深呼吸し、全裸の楽しさに感動していると、廊下の先から女子たちの話し声が聞こえてきた。
「てかさぁ、海藤くんめっちゃかっこよくない? 優しいし、金髪イケメンだし、マジ王子様みたいなんだけど!」
「……そうかな。私は万丈さんがかっこいいと思う」
「万丈……ってあのヤ〇ザみたいな人でしょ? やめときなよぉ、おっかないってぇ」
話をしていたのは、大浴場に入る前に話したギャル風女子の汐里と、寡黙な女子の好実とかいう2人だった。どうやらバトルロイヤルの参加者で誰がタイプかを話しているらしい。今が夜のフェーズとはいえ、バトルロイヤル中とは思えない随分のんきな会話だ。
俺の思いなど余所に、ガールズトークは続く。
「……汐里はホントに面食い」
「そんなことないって。なんかホストみたいな、イリス……だっけ? あの人も顔イケメンだけど、ガラ悪すぎて無理だし、小間竜騎だって顔だけならイケてるけど、あれはないもん。論外」
「……あれはもう変人、というか変態」
「あはは、だよねぇ。キモすぎ」
聞き耳を立てていると、俺に対する痛烈なディスりが聞こえてきた。
あのクソアマ共が……。俺は居ても立ってもいられなり、走って汐里たちに声をかけることにした。
「よぉ。今のは聞き捨てならねぇな」
「げっ! 小間竜騎……って、なんで裸なのよぉ!」
「脱いだ服が消えちまって、着替えがなくってな。よかったら服を貸してくれないか? パンティーでもブラジャーでもいい」
「なんでその状態で普通に会話できるのぉ!? 羞恥心とかないわけぇ!?」
「ははは!」
「なんで笑ってるのぉ! もう怖いんだけどぉ!」
「……汐里、下がって。こいつは私がここで倒す」
「やめなよ好実! あんたは昔っから意外と血の気が……あれ、昔? と、とにかく逃げるよぉ!」
なにやら一人で混乱している汐里。まぁ無理もない。目の前に、股間から竜が生えている全裸の男がいるのだから。
「……仕方ない。戦略的撤退」
好実のその言葉を合図に、2人は猛ダッシュで俺から逃げ出した。
「はっはっはぁ! 逃がすかよ!」
「ぎゃぁ! なんで追ってくるのよぉ! キモいいい!!」
「……小間竜騎、いつか殺す」
「なんでもいいから服よこせやぁ! ヒャッハァーーー!!」
俺は逃げだす2人を笑いながら全力で追いかけた。
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「くっそ……ゼェゼェ……全然追いつけねぇ……」
俺は女子2人を追いかけまわしたものの、股間の竜が邪魔でおそろしいほど走りにくかったため、全然追いつけなかった。
「あれ、てかなんで追いかけまわしてたんだっけ」
あの2人が俺の陰口を言っていたところまでは覚えているのだが、それ以降なにを喋っていたかほとんど覚えていない。
「どうやら、全裸になってテンション上がっちまったみたいだな」
適当にそう結論付けることにした。
「しかし、全裸で女子を追いかけまわすのは楽しいな。なんかムラムラしてきた」
このバトルロイヤルの参加者には、何故か可愛い女子が多い。女神は可愛い女の子が好きなのだろうか?
「まぁそれはいいとして、誰か一夜を共にしてくれる女の子いねーかな」
こんな状況だ。いつ死ぬか分からないし、可愛い女の子でも探すとしますかね。でも、夜のフェーズになってから結構時間が経つし、流石に出歩いている女子はいねーか。なんて考えていると……
「あらまぁ。お兄さん。全裸で歩くなんてワイルドねぇ」
俺の背後から、なんだかねっとりとした女の声が聞こえた。
誰かとヤリたいと思っていたところにちょうど女が現れた。これはグッドタイミングじゃなかろうか。
もうこの際誰でもいい。今、俺のムラムラを解消できるなら、どんな女でも構わない。
俺は女の姿を確認すべく、後ろを振り向いた。そこには……
「あらまぁ。野性的な目ね。あたしのタイプだわぁ。ヴふん」
そこには、小籠包を腐らせたかのような、30代前半くらいの肉肉しいブスの姿があった。
肉肉しいブスとの出会い。俺はこの物体にミートブスと名づけることにした。
なんておふざけしている場合ではなく、誰でもいいとは言ったがこれは流石に限度がある。
「すいません。俺、用事あるんでこれで……」
「あらまぁ。全裸で廊下を歩くなんて、なんの用事かしらぁ?」
「はは……」
ミートブスの威圧感の前に、俺はうまく言葉を発することができなかった。心なしか股間の竜も、普段の半分以下のサイズに縮んでしまっていた。おいおい、ガン萎えじゃねぇか。珍しく気が合ったな。
「あらまぁ。緊張してるのぉ? もしかして、チェリーボーイかしらぁ? ヴふふ」
「は、はは。それは違……いや、そうなんすよ。初めては好きな人って決めてるんで……。俺、まだ高校生だし」
適当なことを言って、はぐらかす俺。
「あらまぁ。高校生? あたしと同い年じゃなぁい。ヴふふ」
お、同い年!? どう見ても30代のおばはんにしか見えない。流石に老けすぎだろ。
「あー、なんであたしってこう男を引きつけちゃうんだろぉ。ほっといてほしいのにぃ。もう、困っちゃうわぁ」
聞いてもいないのに、急に自分語りを始めるミートブス。なんだか俺が、この女の魅力に引き寄せられた男、みたいな言い方をしているが、勘違いも甚だしかった。
「あたし、出部栖マキナ。よろしくねぇん。ヴふん」
「あはは……すごい名前っすね」
「そうでしょぉ? 出部栖なんて、女の子の苗字としては最悪じゃなぁい? まぁ幸いなことにあたしは結構可愛く生まれちゃったからよかったんだけどぉ。ヴふふ」
「あーよかったすねじゃあ俺こっちなんでおつかれした」
俺は呼吸する間もないくらい早口で切り上げ、この場を去ることにした。
「あらまぁ。なんだかここ寒くないかしらぁ?」
「そっすね! 寒いんで服着なきゃいけないんでおつかれした!」
早歩きで逃げる俺を何故か追いかけてくる出部栖。こいつ、思いの外歩くスピードが速い! いや、俺が遅いのか!? クソ、この駄竜のせいで早歩きすらままならないとは!
「あらまぁ! 服なんて着る必要ないでしょ!? ヴふふ!!」
早歩きのまま声を荒げるデブス。滅茶苦茶こえぇ!!
「なんでだよ! 寒いんだったら服着ないとだろ!」
「あらまぁ! これから夜の運動するのに、わざわざ服なんて着たら手間でしょぉ!? ヴふふ!!」
……コイツ、今なんて言った?
「よ、夜の運動だって!?」
「おにぃさん♡ どお? あたしといい汗かかない!?」
「いやだああああああああ!!」
さっきまで女子2人を追い掛け回していた俺だったが、今度は追われる立場になるとは。汐里と好実の気持ちが、少し分かった気がした。
こうして、1日目の夜のフェーズは終わりを迎えたのだった。
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とある一室にて
「本当ですか、イリス様!」
黒人ボディガード風の男、エリスは驚きのあまり声を荒げた。
一方、黒髪に赤いメッシュを入れたホスト風の男、イリスは笑みを浮かべながら煙草を吸っていた。
「あぁ、本当だ。俺も驚いたがな」
煙草をもう一吸いし、イリスは再度口を開いた。
「お前を見つけた時から考えてはいた。もしかしたら、他にも俺たちのいた世界からここに来てるやつがいるかもってな。そしたら案の定だ」
「……まさか、ヤツがここに来ているとは」
「あぁ。夜のフェーズ、1回戦通過者に手当たり次第に絡みにいった甲斐があった。まさか、勇者のヤローまでここに来ていたとはな」
イリスは、まだ吸い終わった煙草の火を灰皿で消す。その表情には若干の苛立ちが見えた。
「ククッ。笑えるぜ。こりゃ同窓会かなんかか? 女神も随分と気の利いたマネしてくれるよな。なぁ?」
「……2回戦、どう致しましょう」
「どうもこうもねぇ。あいつは俺の手で必ず潰す。俺たちがこんな場所に来る羽目になっちまった原因は、全てあいつにあるわけだしな。あいつをぶっ殺さなきゃ、腹の虫が治まらねぇ。ただ、他にもあちら側から来てるやつらが何人かいやがる。他の雑魚はどうでもいいが、そいつらは厄介だ。異能以外にも能力を持ってる可能性が高い。まぁ前世の記憶を取り戻していればの話だがな。とにかく、どの道潰すだけだわな」
「かしこまりました。イリス様、力は戻られましたか?」
「ほぼ完全に取り戻した。お前はどうだ?」
「私の方も万全でございます」
「ならいい。2回戦がどんな内容なのかは知らねぇが、機会があれば積極的に仕掛けに行く」
まぁ機会がなくても、勝ち残っていけばいずれ戦うことにはなるがな……とイリスは付け加えた。
「ククッ。楽しみだぜ。勇者の野郎をぶっ殺して、ついでに他の雑魚共も血祭りにあげてやる。このバトルロイヤルを地獄に変えてやるよ」
イリスは不敵な笑みを浮かべながら、そう呟いたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回は、ついに2回戦開催です。




