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銀月  作者: 吉杏朱音
導入編 よろず探偵事務所の者達
4/4

1ー3 それぞれの夜

「ただいま。」


 玄関扉を開け、陽一はそう声を張り上げる。


「お帰り、陽一。遅かったわね。」


 そう言いながら女性―――彼の叔母が廊下から現れる。


「すみません…。六時をまわっていたことに気が付かなかったものですから…。」

「いいのよ。帰って来てくれただけで、それだけで良いんだから。」


 そう微笑み顔で言う。叔母は、


「ご飯ができているわ。中に入ったら、手を洗ってうがいしてから来なさいね。」


 そう言うと、リビングの方に歩いていった。



 リビングに入ると、叔母と従姉妹の月歌(るか)しかいなかった。叔父がいないことに気付いた陽一は、朝食のときに学会で今日は遠方に一泊する、と言っていたのを思い出す。


「陽一、遅かったね。探偵事務所に長居でもしてた?」


 そう聞く月歌。


「ええ。面白そうな依頼が入ってきていたので…。」

「ふーん。あ、そうだ。私は先に食べたから。お母さんー!お風呂入ってくるね。」


 彼女はそう言って浴室に向かって行ってしまう。


「もう、月歌は…。あの子、貴方が帰って来ないからって先に夕食を食べてしまったのよ。」

「それは構いませんよ。僕が遅く帰ってきただけですから。」


 笑顔でそう言う陽一に、叔母は一瞬だけ複雑な顔をする。が、すぐに微笑み顔に戻り、こう言った。


「さっさと食べましょうか。」


 時間は七時前。夕食には丁度いい時間になっていた。



 夕食後。陽一は二階に上がり、自分の部屋に入る。なお、彼の部屋は階段の突き当りから、一番近い扉の先である。彼が部屋に入ったとき、見慣れた奴がいた。


「やあ。」


 ウサギである。相変わらず目には光が無く、貼り付けたような、狂気を含んだ笑みを見せていた。


「貴方、本当に何処から入ってきたんですか…。」

「さあ、どこからでしょうか?」


 呆れながら聞く陽一にそう答えるウサギ。


「まあ、それは良いんですよ。あれからどうしていたんですか?」

「ん?何が?」

「何がって…。あの、ドロドロした『何か』ですよ。」

「ああ、あれか。日が沈む前に勝手に消えた。どうも、物質的なものではなさそうだよ。」

「え…。じゃあ、なんだったんですか?」


 そう聞く陽一に、笑みを深めるウサギは、


「さあ、何だったでしょうか。」


 と、答えを言う事はない。陽一はその様子に溜息をつく。


「はあ、全く相変わらずですね…。まあ、どうせ明日になったらそれは調べると思うので、ダメ元で聞いただけですよ…。」

「ん?いや、よく見たら君でもわかったはずだよ。」

「ウサギ、僕の『眼』で見てもそういう物が名前で見えるわけではありません。それは貴方も知っているでしょう?」


 そう言いながら再び溜息をつくと、着替えだす。


「まあ、あの事件は考えていてもキリがないでしょう。推測の他に検討する部分がありませんから。それよりも貴方について、いい加減考えなければなりません。」

「んー。僕かい?」


 ウサギはこの話になるとつまらなそうな顔に変わるため、より多くの質問はできない。その為、今日の陽一はいくつかに絞って質問してしまおうと、考えていた。


「貴方がすぐに逃げてしまうので、いつも途中で終わってしまいますがね。本来は真っ先に解決しなければならない問題です。」

「でもね、質問の内容によってはまだ、君には答えられないんだよ。」

「そこなんですよ。貴方、そういうことに対して何の守秘義務があるんですか。そもそも、本来は僕に『憑いている』のだって理由がなければならないんです。それなのに、それすら言わないという。ならば、何故『あの人』は命を落とさねばならなかったのかすらわからずじまいな訳ですよ。」

「さあ…。僕にそれを言われても…。」


 目を逸らしながらそう言うウサギに陽一はジト目になる。


「いい加減にハッキリ何か話してほしいんです。貴方がどこの誰で、何を目的にしているのか。また、貴方が何者なのか…。これからの行動を決める為にも、はぐらかさないで話してほしいんです。」


 陽一が苛立ちながらそういったとき、コンコンと扉を叩く音がした。その声に苛立ちを押し殺して対応する。


「はい?」

「陽一、いる?」

「はい、僕ならきちんといますよ。月歌さん、何の用でしょうか。」


 月歌は陽一の返事を聞くと、彼の部屋の扉を開け、壁によりかかる。月歌は風呂から上がったばかりなのか、短い髪を湿らせていた。


「何なんですか?」

「いや、来月の墓参りはどうするのかなって思ったからさ。」

「墓参り…。父さんや母さんのですか…。」

「そう。ほら、もうじき伯父さんたちの命日だからさ。まあ、お父さん達はあんたの事をのけ者にして墓参りの日程を詰めているみたいだけど。」


 月歌のその言葉に陽一は遠い目をする。


「ああ…。やはりそうでしたか。…両親の死後の、僕の様子を見ればああなるのはわかるのですが…。」

「まあね。でも、あんたもあと何ヶ月かしたらもう、高校生なのにあの人たちの過保護といったら全く…。」

「あはは…。」


 月歌の言いように陽一はそう乾いた笑い声を出すしかない。陽一は打ちひしがれ、元気をなくしていた頃が頃だけに、あの様子もしょうがないと考えていた。


「墓参りはきちんと行きますよ。行かないと両親に失礼ですし。」

「そ。分かった。じゃあ私、明日早いからもう寝るわ。あとお風呂、さっさと済ませてしまいなさい。じゃあ、おやすみなさい。」

「月歌さん、おやすみ。」


 陽一が言葉を返すと、月歌は扉を閉めて部屋を後にする。ちなみに、月歌の部屋は陽一の部屋の隣の部屋である。


「行きましたね…。さて、今回は月歌さんが来たので話を中断した訳ですが…。ここまで言っても言わないということは即ち、絶対に正体について、話をしたくはないわけですね。」


 彼の言いように、ウサギは困ったような笑みを浮かべる。


「それを僕に言われてもね…。」


 そう言ってウサギは壁にかかった時計を見る。時間は8時になろうかとしている頃であった。


「それでは、僕はお風呂に入ってきます。早く入らないと叔母さんが先に入りそうですし。」


 陽一はそう言って扉に向いだす。そして部屋の戸を開け、下へと降りだした。その為、一言つぶやくように言ったウサギの言葉は、彼の耳に聞こえることはなかった。


「僕は誰に憑いている人間の寿命(タマシイ)を捧げているかもわからないのにさ。」



★★★★★★★★



「舞桜さん、見えてきましたよ。あれが私の友人の家です。」

「へえ。あれが…。って、結構でかい家ね。もしかして、その友人ってお金持ちか何かなの?」


 友人の家に泊まるため、親とその家の友人に電話しながら歩いていた志帆と、その様子を見ながら送り届ける為についていっていた舞桜はその友人宅に見えたとき、それぞれ、反応を示していた。


 舞桜はここまで大きな家を一軒だけ知っている。しかし、その家はいわゆる旧家で今でもかなり裕福な家なのである。なので、この家もかなりお金持ちなのではないか、と思ったからだった。


「そのとおりです。友人は社長令嬢ですから。」

「…思ってたんだけど。その敬語、せめて私の前ではやめない?」


 舞桜は敬語というものは上の者に対してするという考えを持っている。なので、彼女は歳が同じ少女に敬語をされるような偉さは、断じて持ち合わせていないという考えを持っていた。


「え?でも…。」

「何かね、堅苦しいのよ。まず、私は貴女より同い年だし。あと、私の名前も呼び捨てで構わないわ。私もそうするから。」

「そうだったんですか…。…わかった。そうする。」

「ありがとう。」


 舞桜はニコリと笑ってお礼を言う。と、志帆がある話を切り出した。


「舞桜、一つ聞きたいんだけど。」

「ん?何?」

「木屋さんについて聞きたいの。」


 その言葉に舞桜は志帆の方を見る。


「ええっ…。確かに貴女は彼に案內してもらっただけでしょうけど…。もしかして、一目惚れ?」

「えっ!…それもあるかもしれない。でも、私が言いたいのはそういう事じゃないの。彼と一緒にいた式神のようなものについて聞きたいの。」

「ああ…。『ウサギ』ね…。って!見えたの?」


 驚きながら舞桜はウサギ耳のシルクハットを被った少年のような姿をした『異端』を思い出す。彼は普通の人間には見えないので、彼女に見えた事に驚きを隠せなかったのである。


「見えた…?見てはいけないとかだったの?」

「いや、そうじゃないよ。でも、あれは良いものではないものだから。」

「というと?」

「うーん…。詳細はここでは話せないわ。それは明日話しましょうか。」


 舞桜は一瞬、ここで話してしまうかどうか迷った。しかし、長い話になる事を思い出し、ここでは話すのを見送ることにした。


「舞桜、送り届けるのはここまででいいわ。」

「ん?何で?」

「あそこに友達がいる。」


 志帆が指差した方向を見ると、玄関から少女が走って来ている姿が見えた。


「今日は送り届けてくれてありがとう。」

「じゃあ、また明日…あ、そうだ。」

「へ?何でしょうか。」

「明日はお友達と一緒に来なさいな。事務所までの道中にまた遭遇したら困るでしょ?」


 舞桜のその言葉に、志帆は答える。


「いいの?」

「まあ、私も迎えに行くんだけどね。他に知り合いか誰かいた方が、安心するでしょ?」

「うん…。ありがとう。じゃあ、また明日。」


 そう言って志帆は友人の方へと向かった。



 志帆を見送ると、舞桜は振り向いてこう言った。


「高くん、いるんでしょ?志帆の見送り、終わったから帰ろうか。もう遅いし。」


 ちらっと腕時計を見ると、時間は8時を過ぎていた。

 普通はそんな中を女子一人にするのは危険が伴うものである。が、高虎はその辺りは手抜かりがない。


「あれ…?バレてた?」


 ()()()高虎が降ってくる。


「高くん、電柱の上で様子をうかがってたでしょ。」

「…いつも思うけどさ。何故いつも僕が様子を見に来てるってわかる訳?」

「んー…。なんとなくかな。まあ、今日に関しては帰りが私が一人になるから、それで来たのかなって思っただけだけどね。」


 高虎は半分は怪異であるため、高いところから降りる分には怪我一つすることはない。ある点を除けば普通の人間である舞桜とはそこが違うと言える。

 2人が合流すると、高虎は「帰ろうか。」と言い帰路につく。


「ねえ。陽一君はちゃんと帰したんでしょうね?」

「うん。サクが送りに行ったあとに帰った。ただ…。どうも、志帆さんの家は陽一君の家とは真逆らしね。」


 そう言う高虎の姿は月の光に照らされ、金色の目が僅かに銀色に変わる。


「そうね。私、志帆を送り届けるときに、帰宅途中の彼には会ってないもの。」


 と返事をする。


「帰ったら食事にしようか。」

「そうね。時間はだいぶん遅いけど、何か食べないとお腹が空いているものね。」


 お腹をさすりながら舞桜はそう言う。その時間は穏やかで、明日の事を考えれば束の間の時間と言えた。

ありがとうございました。

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