1ー2 調査依頼
ここの探偵事務所は基本的には「事情あり」、です。色々と匂わせてきますが、今は無視してて構いません。
この日、陽一は一人で来たわけではなかった。どうしてもと願いされて、断れなかったからである。
そもそも、陽一は部活動には入っていない。運動部は彼の元々の体質から無理であるし、まず、普通の人と仲良くなりにくいので、部活動に参加しにくいのである。そんな彼の放課後は探偵事務所に寄るのが普通なのだが…。
「あの…。どうなされましたか?」
今日は探偵事務所の道の途中に人が居るのである。それもあからさまに挙動がおかしい。後ろ姿から女性であるようだ。
陽一が声をかけると、ビクッと肩を震わせてこちらを向く。歳的には陽一と変わらなそうである。制服を着ているので学生だろう。怯えている顔が陽一を見てホッとする。陽一はその様子を見て、ストーカー被害にあっているのだろうか、と思った。
「そこまでの反応って…どうしたのですか?ストーカーにつけられているのですか?」
彼がそう聞くと、女性はふるふると首を横に振る。
「違うの…。『あいつ』が来るの。この近くに何でもしてくれるっていう探偵事務所があるって聞いたから、そこに向かっていたのに迷っちゃって『あいつ』にも見つかって…。」
彼女の言いようは一見するとストーカー被害にあった人のようだが、それは違うらしい。
「じゃあ何で」
「ヒッ!」
彼が再び問おうとしたとき、彼女は彼の後ろを見て再び震えだした。その様子に、陽一がそおっと後ろを向くと、
「まさか、怪異…?」
そこにいたのは人ではなかった。
★★★★★★★★
この世界には人ならざるものがいる。それは、人々には、妖怪や化物と呼ばれることが多い。しかし、陽一が知る限り『彼ら』は自らを【怪異】と名乗る。『彼ら』は確かに妖怪であったり、名もない存在であったりと様々である。それでも彼は、自身と最も行動をともにする存在ほど、雰囲気と存在がおかしいものには出会ったことがないのである。
『ミ ツ ケ タ ゾ 、 オ ン ナ』
「ヒイ!」
【怪異】の声に真っ青になる女性。陽一にしがみつくほどに恐ろしいようだ。陽一はその存在を凝視する。
ドロドロにも見えるそれは、どこから聞こえるのかうめき声すら聞こえる。そして、一つだけ、大きな目がありその目は女性に向いているようだ。
「なるほど。これは精神的に来ますね。」
この世のものには見えないその姿にずっとつけられているのだとすれば、こうなるのも無理はないのである。最も、陽一に限ってはこの手のものには慣れすぎてなんの感情もしないわけだが…。そして、陽一は気づく。ドロドロの怪異がゆっくりと前進していることに。あれに捕まったらどうなるのか…。陽一はその存在の雰囲気と、己の直感からろくなことにならないと予想する。
「不味いですね。どこかに逃げないと。…あのう、お姉さん。すみませんが、逃げますのでまず僕から離れてもらえませんか?」
彼がそう言うと彼女はしがみつく手は離してくれたが、震えたまま立とうとはしない。
「ご、ごめんなさい。腰が抜けて…。」
間違いなく子の状況から来る恐怖が原因である。その言葉に陽一は、彼女を抱えて逃げ切れるかを考える。そして、すぐに自身だけでは無理だと判断する。
「困りましたね…。僕は女性を抱えて逃げるのには向いた身体ではないのですが…。どうするか…。」
そこまで言ったとき、彼は視線の端に見慣れた、『異端の存在』に気づいた。
「ウサギ…居たのなら話しかけてもらえませんか…。」
それは、二年前の夏、突然現れた人物であった。彼はあれからも陽一の前に、ちょくちょく現れるのである。彼はそれにただ、慣れただけであった。だから、今日の登場にも驚かない。いつの間に現れ、いつの間に去るのが彼―――ウサギであるのだから。
「いやあ…。面白そうだからさ。まあ、死なれても困るしから、助けてあげるよ。」
そう言ってウサギは陽一の方に近づく。
「ちょっとあれをここから追い出そうかな。だから、彼女を連れて逃げることだね。まあ、あれぐらいなら遊んであげればいいかな。」
狂気的な笑みを浮かべながら、ウサギはそう言って怪異の方を向く。
「大丈夫なんですね?」
陽一が確認すると、
「まあね。」
相変わらずの狂気的な笑みでそう言う。陽一は彼の言ったことに溜息をつくと、腰が抜けた女性の右腕を肩に回し、彼なりに走り出す。元々常人の平均よりもやや遅いと言われる足は、女性を肩車しているため、余計に遅い。しかし、一生懸命に動かす。
しばらく走っていると、女性もだいぶん回復したのか、大丈夫だと言って彼の肩から手を離し、自分で走り出す。そして一定距離まで走ると、足を止めた。後ろを向くと、誰もいないのでどうにかなったのは確実だろう。女性は困惑した顔でこう言う。
「ど、どうもありがとう。あの…。」
「はい?何でしょうか?」
彼は今のやり取りについて、聞かれるのではないかと思った。『ウサギ』は普通の人には見えないので、今のやり取りも傍から見れば彼が一人で話しているようにしか見えないのである。どう説明しようかと陽一が思っていると、女性が言う。
「いいえ。何でもないの。」
「…?それならいいんですけど…。あの、事務所まで案内しましょうか。」
そう言って陽一は、微笑んだ。
★★★★★★★★
「で、取り敢えず案内をしたわけです。元々彼女はここを目指していたようですから。」
陽一がそう言って説明を終えると、天魔が呆れたようにこう言う。
「お前…。『あれ』をそう簡単に信用するなよ。」
「まあまあ、天魔君。…それで、貴女が依頼人で良いのかな。」
高虎がそう確かめるように言うと、女性がはい、と答えた。
「名前とご職業もしくはどこの学校の方か、そして依頼内容を言ってほしい。どんなことでも聞くよ。」
と言う高虎の言葉に女性が答える。
「私は水無月志帆といいます。隣町の聖ミカエル学院高等部1年です。化け物にずっとつけられてて…。どうにかしてほしいんです。ここならどうにかしてくれるって話を聞いたから…。」
その言葉に周りは各々思ったことを言う。
「化け物か…。今出回ってる手配書にそれらしきものはあったかな…。」
と高虎。
「ドロドロって話だけなら、スライム的なやつを想像するな…。」
とは天魔。そして、
「驚いた。聖ミカエル学院って偏差値の高い所じゃないの。中学校の頃、学年3位だった私の成績でも入れないって先生に言われた所よ。」
と、驚きながらそう言うのは舞桜である。
「あの…皆さん?お話の途中ですけど…。戻ってきてくださーい!」
思い思いにそう言う3人に、陽一はそう言う。志帆の方はというと、呆気にとられていた。それを見た高虎ははっと我に返り、
「ごめんね、志帆さん。話を続けてくれないかな?このままだと全く、進まないから。」
と言った。
★★★★★★★★
彼女いわく、始まりはは数日前に遡る。始まりはとある神社にお参りに行ったときだという。
「どうしてその神社に?」
「その神社は疫病退散で地元では有名なところだったんです。私の父はいまガンで入院しているので、治りますように、という気持ちを込めてお参りをしました。」
高虎が主に質問をしながら話が進んでいく。
「その帰り、変な出来事が起こったんです。」
おかしな男に遭遇したんです、と彼女は話を切り出した。
★★★★★★★★
「そこの君。もしかして、あそこで巫女をしているのかい?」
突然、そう尋ねられたらしい。そう尋ねた男は、フードを目深に被っているせいで顔を見ることはできなかったらしい。声から判断すると、若い男であるようだったとの事だが…。彼女は質問にこう答えたそうだ。
「違います、けど…。あの…貴方は?」
「そうか…。そうなのか。わかった。ありがとう。」
志帆の質問には答えず、そう切り上げると男は彼女の横を素通りしていったらしいのだ。
「霊媒の質は上質だな。」
「え?」
すれ違う直前、そう呟いていた事が印象的だった。
★★★★★★★★
「その次の日からです。あのおかしな化物が襲ってくるようになったんです。私をあのドロドロした粘液で、覆うつもりなのかもしれません。最も、他の人がいると離れてくれるんですけど…。今日は関係なしに襲ってきて、とても怖かった…。」
志帆はそこまで話し終えると一息をつく。その顔はその時の様子を思い出したのか、真っ青だ。高虎はそれを確認すると、こう聞く。
「ふむふむ。話はわかった。…一つ聞きたいんだけど。これまでの人生で霊感が高いって人に言われたり、感じたりしたことはある?」
「え?ええっと…。特には…無いですね。ただ、霊感自体はあります。むしろ、そういうのは低いほうだと言われた事はあります。」
志帆は頭をひねりながらそう答える。
「ん…?という事は霊感はあるのか。」
「はい。」
天魔の質問に志帆は肯定する。
「ふうん…。で、何を依頼するつもりだ?」
「え?」
天魔の一言に頭を傾げる志帆に続けてこう言う。
「依頼だよ。どんな依頼をする?男について調べるのか?お前を追い回す相手を見つけてほしいのか?もしくは…。」
「天魔君そこまで。まくし立てたら志帆さんが困るでしょ。…君はどうしたい?どんなことでもいいんだ。僕らは『なんでも屋』な探偵だからね。」
高虎は志帆に、優しくそう言う。と、
「…彼が何者だったのか、私に付き纏うものと関わりがあるのか、そしてあの化け物を出した犯人は彼なのか…調べてもらえるなら調べてもらいたい…です。」
そう言う志帆。その顔には不安が見える。高虎は安心させるように微笑みこう言った。
「わかった。君の依頼、引き受けよう。」
「え?」
「調査は徹底的にやる。同時に君を守りながらね。」
「で、でも…。私なんか…守ってもらうなんて…迷惑なんじゃ…。」
「大丈夫。僕達は探偵という名の『なんでも屋』だ。君は狙われている以上誰かが側で守らなくてはならないだろうから、僕らでやる。それだけさ。…それに『連中』の持ってくる依頼と比べればマシな方の依頼だよ。」
「え?ええ…。でもそれじゃああなた達が…。」
困惑した顔でそう言いながら、志帆は天魔の方を見るが…天魔は、
「…俺らの事を心配してるなら気にしなくていい。こういうのは慣れている。」
と、自信ありげに言う。
「いや、志帆さんドン引きしてますよ…。それとそんな事で自慢気に言わないでください。」
様子を見ていた陽一は溜息をつきながらそう言う。彼の至極一番真っ当な一言は誰の耳にも聞こえることはなかった…。
★★★★★★★★
困惑した顔のままの志帆だったが、時間が遅くなりそうなため事務所を後にすると言った。舞桜が送り届ける為に一緒に出ていくと、事務所には男三人のみが残った。
「陽一くん、今の話どう思う?」
高虎は志帆の話の始終、お菓子を食べたり温かい緑茶をすすっていた陽一にそう話しかける。陽一は一瞬キョトンとした顔になる。その様子につい、高虎は溜息をついた。
「…志帆さんの話、聞いてた?」
「話を聞かないと、彼女に何が起こっているのかなんてわかりません。お煎餅咥えながら聞いてたましたよ。」
「ならいいけど。…君に一つ聞きたいんだけど、今日事務所に来るときに見た、彼女を襲った怪異について、どんな印象を持った?」
「印象ですか…。『不安定そうな存在』だとは思いましたけど…。」
「ん?根拠はなんだ?」
天魔が理由を問う。
「根拠というか…。見た感じ、ですかね。僕の目で見た感じただの怪異ではなさそうでした。まるで何かの式を相手にしてるかのような…。」
「それは見た人ならではとも言えるね。さて、誰かの意図なのは確定として…。話に聞く男の正体もわからないまま。まあ、明日調べてどのぐらいわかるものか…。」
高虎は腕を組みながらそう言う。と、
「あっ!」
「あ?」
陽一が突然叫ぶものだから、天魔が訝しげに言う。
「もう六時まわってます…。」
時計を見ると、既に六時半になろうかという頃合いだった。高虎は驚いたように言う。
「本当だ…。気づかなかったよ。」
「じゃあ、僕は帰ります。叔父夫婦も心配してると思いますし。」
「あ、ああ。そうしろ。…ああ、そうだ。明日は休みだろ?朝から調べるからなるべく早く来るようにしろよ。」
「はい。それでは失礼します。」
天魔の言葉にそう答えて、陽一は事務所を後にした。
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