1ー1 よろず探偵事務所
まだ怪異要素はありません。
木屋陽一は学校の帰りによく寄るところがある。それは、彼が住む町では比較的都会的である、中心街より少し離れた、裏通りにあった。
その通りには、様々な建物が並んでいる。看板を立ててある建物もあれば、露店のように外で商売をしているところもある。夜には飲食店や風俗店も営業しており、どちらかといえば、治安がいいとは言えない。
が、そんな通りには住んでいるものや、そこで働いているものならば知らないものはいない、有名な建物がある。
そこは街の人々にはただ、『事務所』としか言われる事はない。そんな建物の1階には喫茶店があり、2階には探偵事務所がある。1階の喫茶店は周辺の人々の癒しと元気を与えてくれる場所となっている。
最も、陽一が用事があるのはそこではない。その上の探偵事務所である。
その場所は『よろず探偵事務所』と、表の看板にはそう書かれている。『事務所』の2階の金属のドアには、「どんな依頼も引き受けます」と書かれたやや古いポスターがピタリと貼られていた。
陽一がドアを開けると、騒がしい風景がすぐ目に映った。
「ええい!離せ!俺はとにかくコイツを起こす義務がある。」
「駄目だって!高くんは昼寝してるんだからそんな物を口に入れないであげて!」
そう言い合っている2人は、ここの探偵事務所の関係者である。左手で未開封のコーン缶をを握っており、右手で箸を握った状態で、後ろの人物に押さえつけられているのは、条規天魔という人物である。そして、その後ろで天魔を抑えているのは神姫舞桜という少女であった。
「この野郎、仕事がないからって呑気に昼寝しやがって。だから、コーンを口にやって起こしてやるんだよ。だから、離せ。舞桜。」
「駄目と言ったら駄目。そもそも穏便に揺り起こしてあげればいいのに、何でいつもコーン缶を持っていくのよ。」
「簡単なことだろ。アイツはトウモロコシが嫌いだろ?だから、コーン缶の粒コーンも嫌いだ。なら、コーンを口にやれば確実に起きる。」
「だからって…。」
「そもそも、大きく口を開けて寝るのが悪い。」
好き勝手言っているが陽一から見れば、根源は奥にいる人物にあるとすぐにわかるのである。
陽一は言い合いをしている二人を放置して、奥の社長机のある方に行く。そこには社長椅子があり、椅子は後ろの窓の方を向いている。そこには誰かいるようだ。そして彼は窓の方に行き、その人物の目の前に行き、その人物の体を揺らしながらこう言った。
「高虎さん、起きてください。また、あなたの嫌いなコーンを食べさせられますよ。」
そこには、大きく口を開けてぐうぐうと、いびきをかいて寝ている青年がいた。
「何か、アイツ等が迷惑かけたみたいで申し訳ないよ。」
起きるなりそう言う高虎はここの局長、すなわち社長ではあるのだが、世間一般から見るとかなり変に見られることが多い。
銀色、黒、そして白が混ざった長い髪を一つ結びにしており、その瞳は金色にも黃色にも見え、猛獣を連想させる鋭い眼差しを持っているからである。それは、全て彼の生来持ち合わせたものであり、カラコンをしている訳でも、髪を染色した訳でも、ましてやカツラでもない。物腰に関しては、ここの事務所の中では最も柔らかい。が、一番怒らないぶん、恐れられている部分もある。
「そもそも、何故コーンなんだか…。僕はコーン嫌いだけど、他にも嫌いなものはあるんだけど?」
そう聞く高虎に天魔はこう返す。
「お前が他に食べないもんなんか、トマトぐらいなもんだろ。あんなでかいもんを、いたずらに使えるもんか。」
天魔はここのメンバーの中でも最も過激で短気な人物といえるかもしれない。短髪の漆黒の髪と髪色と同じ色をした瞳は彼いわく、生来持っていたものではないのだと言う。実のところは色々とあったらしいが、今のところそれを彼が語ることはない。
「サクも天魔を止めてくれるのは有難いけど、僕を起こしてくれたほうが色々と良かったんじゃないかい?」
「だって…。気持ちよく寝ているんですもの。起こしたくなかったのよ。高くんはそもそも夜型でしょう?」
「別に夜ばっかり起きている訳ではないけど…。」
舞桜は高校生であるが、その住所は高虎や天魔と同じである。近所の公立高校に通っており、成績も良いので陽一も勉強でお世話になることが多い。そんな彼女も周りから浮きがちな部分がある。最も、彼女の明るい性格も相まって仲間はずれにされるようなことはないそうだが。なお、彼女は高虎と付き合っている。
「そもそも、俺は小僧が来ていることに気が付かなかったんだが。いつ来た?」
「お二方が揉めている間ですよ。これはいけないと思いまして、高虎さんを起こしに行ったわけです。」
「私は音で気づきはしたよ。まあ、話しかけなかったのは確かだけど…。」
「ところでだけど。扉の前に誰かいるのかな?」
高虎の言葉に、一瞬沈黙が降りる。が、天魔がその空気を破る。
「なんだと?」
「あっ!すみません。僕にここの探偵事務所を紹介してほしいという話があって。今日はその方を連れてきたんです。」
思い出したかのように陽一がそう言うと、舞桜は溜息を付きながらこう言う。
「陽一くん、そういう事は先に言おうね…。」
「その方を入れてあげましょう。絶対に、待ちくたびれてますよ。」
顔を引きつらせながら高虎がそう言うと、その場の全員が同意するように頷いた。
ありがとうございました。