1ー0 邂逅
【呪い】。そう聞いて、人はどういったものを想像するのか。
『どろどろしていて、恐ろしいもの。』
『誰かを殺す、殺人的なもの。』
『科学で証明できる、滑稽な想像物。』
まあ、他にもあるかもしれないが、これらの考えもあながち間違いではないといえる。そうはいっても、流石に一番最後のは滅多にないが、たまにそういった事をするものもいる、ということなのだが…。
ある人物いわく、平安の陰陽師の時代以前からそういったおどろおどろしい【呪われた】化け物や、呪殺はザラに起きているといえるという。だが、それは【普通】の【呪い】ならば、である。
これから語るのはその【呪い】のうち、例外に当たるある人物に関わる話。そして、自らの運命を【呪われた】とある少年の話である。
★★★★★★★★
少年―――木屋陽一はこの日、プールの帰りであった。今年から中学生になり、初めての夏休みを満喫していた。
「プールってこんなに楽しかったんですねえ。…これで泳げたら言うことないのですが…。」
陽一はある理由により、カナヅチである。泳げないのだが、プールで一度泳いでみたかったため、プールの貸し出し所からビード板を借りて一時間ほど泳いでいたのである。もっとも、本人はそれでも楽しかったようだが。
「ああ…。そろそろ帰らないと叔母さん達に怒られますね。まあ、門限までまだ時間はありますが…。」
そう呟いた陽一は帰路を急ぐことにした。
それから10分後。陽一は自宅近くまで来ていた。自宅まであと何分かといったときだった。
「ねえねえ。」
その声は上から聞こえた。陽一が塀の上を見る。すると、高い塀の上に少年がいた。
塀の下からだと小学校3年生程の少年に見えた。が、その目は銀色のような不思議な色をしていて、その顔には笑みを浮かべている。
「君は…何処かで会いましたか…?」
困惑した声で陽一は言う。彼はその姿と雰囲気に既視感を抱いたのである。
「さて、どうかな。」
そう言って、塀から降りてくる。
「僕は、君と話をしたくて来たんだよね。」
少年はそう言った。
正面から見た少年は黒いシルクハットと黒い燕尾服が特徴の人物であるようだった。背は最初の目測通りの身長であるためか、シルクハットのつばで顔の表情がよく見えない。ただ、笑みが見えるのみである。
「話し、とは…?…まず、君は…何者なんです?」
「僕は『ウサギ』だよ。それだけさ。」
「………。君の名前はなんです?」
笑顔で答える『ウサギ』に、陽一はジト目になりながら問う。その問いに『ウサギ』は答える。
「いや、僕は名前が『ウサギ』なんだよ。それだけは言っておこうか。…まあ、それは良いよ。僕は君と話したくて来たんだしね。さて、こうして会うのは初めてだよね。木屋陽一くん?」
その言葉は陽一の警戒心を呼ぶには十分だった。
「!…なぜ僕の名を?」
「まあ、警戒して当然か。うーん…。それぐらいは教えとこうかなあ。…とある人物に君のことを教えてもらったから、とだけ言っておこうか。」
そう言うウサギは続けてこう言う。
「僕は君にあることを伝える為に来た。」
「…ある事?」
「君は呪われた、それだけを言いに来たんだよ。」
「なんの冗談です?呪い?頭、大丈夫ですか?」
陽一はそう言う。確かにこれが当たり前の反応である。普通の人間は『呪い』という言葉を簡単に言ったりはしない。
「冗談ではないよ。僕は本気で言っているんだ。」
「仮にそうだとしても誰がそんなことをするんです?まさか、陰陽師とかがやったとかではないですよね?」
「いや、陰陽師ではないよ。呪ったのは僕だ。」
その言葉に陽一はますます怪訝そうに言う。
「はあ?何故呪った本人がそんなことを言いに来るんです?あなたの行動は訳がわかりませんね。」
「僕がきちんと言っておかないと、発動しないものだからね。だから、言いに来たんだよ。」
そう言うウサギに陽一は言う。
「まさか。そんなものがあるはずがありませんよ。」
「あるんだからしょうがないだろう。とにかくいずれ、僕は君に頼み事をする事になると思う。今まで誰もたどり着かなかった頼み事だ。君が辿り着くことを祈っておこうか。ではまた。」
そう言うとウサギは、走り出す。陽一は大慌てで追いかけたが、曲がり角を曲がったとき、そこには―――。
「いない…。何だったんでしょうか…。」
そこには誰もいなかった。
少年と人ではない『何か』―――ウサギはそうやって出会った。ちなみに、次の出会いまではそう遠くないことを陽一はまだ知らない。そして、呪いとは何なのかも。
これは、少年と人ならざる者たちの出会いの物語。そして、少年とある青年の約束の物語。