俺はお嬢様の奴隷です
今日も月が綺麗だと空を見上げる。
そうしながらナイフを投擲し、目標へと外れる事無く突き刺さる。
「ギ……」
「黙れ」
スパッとナイフを一閃し、声を発する前にと黙らせる。
やはり投擲するなら毒を塗るべきだったか。……とはいえ、そう種類もないしどうしたものか。
「しまった。……服が汚れた」
暗闇の中での戦闘。いくら俺が夜目が利くとはいえ、直接手を下すのはマズかった。そう思いながら今日も掃除を続ける。
俺はレオグル・トロワ。
アトワイル家に仕える執事であり――奴隷吸血鬼だ。
「おはようございます、お嬢様」
「おはよう、レオグル!!!」
そう言って勢いよく俺に飛び込んでくるのは、アトワイル家の1人娘。
エーデル・アトワイル様だ。
太陽の光を受けた金髪は昨夜の月を思わせる程に魅力的だ。瞳の色は紫色で宝石のようにいつもキラキラとさせて俺を見ている。
「何で昨日は居なかったの。一緒に居てくれる約束でしょ?」
俺は180センチぐらいあったし、お嬢様は153センチでとても可愛らしい方だ。
自然と俺を見上げるお嬢様は、それはもう可愛いのなんの……。いかん、集中せねば……。
落ち着かせるように平常心を保っていると、むすっと頬を膨らませ、約束を破った俺を怒るお嬢様の目と合う。その後、お腹辺りにグリグリと頭を押し付けている。
お嬢様、それは抗議でしょうか。……可愛すぎてどうにかなりそうなんです。
「申し訳ありませんでした、お嬢様。急に掃除を頼まれまして」
「むっ。それは私との約束よりもなの?」
「すみません……」
「むう……」
正しくは旦那様に頼まれての掃除。と言うのは表向きで、俺がやっているのは魔物討伐とハンターの対処だ。
アトワイル家は公爵家としての顔がある。なんせバーティス国は吸血鬼が治める国の名だ。それは正式に認められており、人間達とも和平を結んでいる中立国家。
純血種を王とし、彼等の考えに賛同した者達の中にアトワイル家がある。
今まで男児しか生まれてこなかった中で、エーデルお嬢様は初の女児だ。当然、旦那様は娘が生まれたと聞き失神して大騒ぎになった。
……あれは大変だった。3日も起きて来ない。確かに嬉しすぎて頭を床に強くぶつけていたが、心臓に悪い事をしないで欲しいものだ。
「レオグルのバカ~~」
「はいはい。俺はバカですよ」
17歳になったお嬢様はそれはそれは美しいし、公爵家のご令嬢としての振る舞いも完璧。不満があるだなんて俺には全くないし、あるだなんて言うのであれば……なかった事に始末しようかと考える。
「私を見なさい、レオグル!!!」
「す、すみません。あ、いたっ、叩かないで下さいよ」
反省していないとみたのかお嬢様は、両手を使って叩いてきた。そんな可愛い抗議、俺には効かないです。
あ、いえ、可愛いですよ?……いかん、いかん。落ち着かないと。
「コホン。エーデルお嬢様、今日は――」
予定を言おうとして、彼女を狙った魔法の矢を弾き返す。
無論、お嬢様に悟られる訳にはいかない。真横に移動しながら、狙った獲物に対して一睨み。
あとで万死なのは決定だな。
「今日の……予定は何? レオグル」
「今日はテーブルマナーと淑女の振る舞いを学びますよ」
「もう。私はもう立派なレディだと思うのだけど? お父様も過保護過ぎるわ」
クルリと優雅に回り「どう?」と首を傾げて伺うお嬢様。
エメラルド色のドレスが綺麗に舞い、優雅さの中に意思の強さを醸し出す。自信たっぷりなお嬢様は、挑戦的な視線で俺を見る。
決まったとばかりに「ふふん♪」と鼻歌まで聞こえている。
俺はそれを笑顔で受け取りながら、立派なレディですよと言えば嬉しそうにしている。
……癒しです。俺の癒しがとても可愛い。墓場まで持って行きたい。いや、絶対に墓場まで持って行くぞ。
「そう言えば、最近のお父様ずっと疲れている様子よね。何かあったのかしら」
「……」
バーティス国の成人年齢は15歳だから、お嬢様の言う様にマナーを学ぶ必要はない。なんせ今まで学び続けて来たのだから、教える内容もない。
が、旦那様はバーディス国の中でも権力を強く持っている。
当然、それを快く思わない者達がいるしお嬢様の命を狙う者達が多い。
吸血鬼社会も、人間の貴族社会同様にドロドロだし権力の潰し合いだ。
俺はそれを嫌と言う程に見てきたからこそ、今こうして旦那様に出会っていなければ、ハンターに殺されていただろう。
「旦那様の為にも、お嬢様は立派なレディになって下さいね」
「うぅ……レオグル以外にときめく人って居ないのよねぇ」
なにやら聞いてはいけないことを言っているので、さらっと受け流します。壁に掛けられた大きな鏡に映る自分自身を見る。
黒髪に蒼い瞳。
執事服を着ても隠せないのは黒い首輪だ。これはどうしても外れない奴隷を表わすもの。俺は気にしてはいないが、お嬢様はかなり気にしている。
曰く「レオグルのキレイな首筋が見えない!!!」と、旦那様に直談判しに言った位だ。
慌てて止めに入った俺は間違ってない、筈だ。多分……。
「ん~~。レオグルの匂い、すっごく好き♪」
「お嬢様。これではダンスの練習にもなりませんが」
「嫌よ。絶対に離れない」
おかしい。
さっきまでテーブルマナーをしていて、ダンスの練習に入ったのに。お嬢様の距離が近い。既に抱き着いている時点でダンスではない……。何度か注意するもその度に、ギュッとされれば俺は逆らえない。
はぁ……。何でこうなったのかと思いながら、踊っていると旦那様と目が合う。いつから見ていたか分からないが、冷ややかに見られていないだけマシか。
「レオグル、掃除を頼む」
「かしこまりました」
これはまたも旦那様の命を狙う輩の仕業か。
隠語として「掃除」と使い、俺は静かに分かりましたと礼を取りお嬢様と離れる。
屋敷の掃除、庭掃除。色々と使われるが、俺に直接頼むときは討伐の意味合いが強い。
旦那様がすれ違いざまにメモを渡される。歩きながらその内容を見れば、お嬢様の警護の強化は済んでいるとの事。安心した俺はそのメモをくしゃりと握り潰し、外の様子を見る。
夕方になり、夜になるにはそう時間は掛からない。
今回の目標は吸血鬼ハンターと吸血鬼を好む魔物の始末。自分の中にある魔力を引き出し、軽く跳躍する。
アトワイル家を潰そうと考えているのは同じ吸血鬼。
貴族階級でいうのなら、伯爵や侯爵辺りだろうか。王に値する始祖に気に入られようと媚びを売る辺り、人間とそう変わらない思想だ。バーティス国の治安を守り、人間との仲介役をしているこの家が気に入らないらしい。
そんな中で生まれた1人娘のエーデルお嬢様。
彼女を狙わない手はないし、失脚させようとしている連中もいるから面倒だ。お嬢様を推している俺からすれば全員、万死に値する。
ゆえにこの掃除は嫌ではないし、強制でもない。ハンターとは厄介な存在だ。
人間と友好的な交流をしようと考えている王とハンターとの仲は悪い。
吸血鬼に家族を奪われた者達が、ハンターとして吸血鬼を狩る。奪われた者は二度とは戻らない。
恨みを晴らす様に、同じような者を増やさない為の行い。
彼等はそう言うが、俺からすればお前達も同じだと言いたい。
人間を襲う吸血鬼の原因は――始祖の血を取り込んだ事に寄る暴走。
始祖として知られている吸血鬼はその数が少ない。その血に魅了され、眷族として身を捧げた吸血鬼は数知れない。
だが、彼等の血は毒にもなりえる。
適応されずに新たな血を求め、その結果人間を襲う始末だ。それを嘆く者もいれば、ワザと増やし余興などというバカげた思想の持ち主もいる。
(バーティス国の秩序を守ってきた旦那様の苦労も知らない、連中が……!!!)
思わずギリッと歯を食いしばる。
夜になり、静寂が包まれる中で俺は目標を定めた。
「1人目」
標的の首を掴み、地面に叩きつける。
隠れていたようだが、息遣いで場所を特定した。首を締められて苦し気にしている奴は、腰に下げられた銀色のロザリオを見てハンターだと分かる。
ちっ。お嬢様に言われている事だから、仕方ない……万死はなしにする。
「他に隠れているハンターの所在を吐け。そうすれば殺しはしない」
「だ、れがっ……。そんな、こと……」
抵抗しても無駄だ。俺と目が合った瞬間、奴は簡単に居場所を吐いた。魅了と幻術を使い、奴に記憶の中で大事な人物に成り代わる。
家族、最愛の者。
死んだと思った者が目の前にいれば、情報を引き渡す。その後、記憶をすり替え吸血鬼退治ではなく魔物退治として仕事を終えたという風にし、殺さずに解放した。
「さて……あと3人か」
その後も俺はハンター達の記憶をすり替えながら、屋敷に近付いて来た魔物を処理する。夜の戦闘が得意なのはお互い様だ。
俺が奴隷としているのも、同じ吸血鬼が施した呪いによってなされたもの。悔しい事に呪いを解く前に、実行した奴はハンターに倒された。
俺の両親も恐らくはハンターに倒されただろう。
住んでいた村は、領主に対して献上品と評した生贄を選ばれる。見た目が良かった俺は、連れて行かれた。
同じ吸血鬼同士で何て悪趣味なとも思ったが、逆らえば皆殺しなんだから元から逃げ場なんて無い。
そう言った嫌気の指す所で、呪いを受けた上にハンターに狙われたのだ。今思い出してもよく生き延びたと思っている。
だから……俺を拾ってくれた旦那様には感謝しかないし、この掃除も喜んで引き受ける。何よりお嬢様の平和の為だ。汚れ仕事は引き受けよう。
「おかえりなさい、レオグル♪」
「……」
なんと、いうことだ……。
仕事を終えた俺は、魔物の返り血を浴びている。全身でなくても腕や足にはべったりと、だ。
その後ろでは旦那様と奥様が困ったように、俺に対して視線を送っている。これは……どう対処しろと?
「酷いわ、レオグルったら。夜な夜なフラッと消えて居なくなるのは知っていたけど、まさかお父様の指示だったなんて……」
「あの、お嬢様。これには訳が――」
「聞きたくないわよ。私のレオグルになんてことしてるのよ!!!」
私、の?
今、幻聴が聞こえたのだろうか。そう思った俺に、お嬢様は痺れを切らしたように抱き着いてくる。
「好きよ、レオグル。ずっと貴方に一目ぼれなの♪」
「え、あ……はい?」
唐突な告白に俺は処理が追い付かない。突き放そうにも、血で汚れている手をお嬢様に付ける訳にはいかない。だからか自然と何もできなくなる。
「どんなに淑女として学ぼうとも、私はレオグルとでないと嫌♪ 一生離さないから覚悟してね?」
そう言って魅力的な瞳は俺を惑わすには十分で、気付いたらガチャンと首輪が外れていた。そのままカプリと首筋に牙を尽き立てられ、軽く血を吸われる。
「!! ちょっ……」
お酒に酔ったように体がグラつく。
気付けば首筋がほのかに暖かい事に気付く。まさか、これは……。
「ふふっ、私の物だという印よ。これで離れられないわね♪」
ウィンクするお嬢様に、折り畳み式の鏡で首筋を部分を見てみる。そこには紫色に淡く光る蝶が描かれている。服従の刻印……なんてものを刻み付けたんですか、お嬢様。
「と、言う訳でお父様。私、レオグル以外の人とは結婚しないわ。あと、専属も外すなんて真似をしないでね?」
お嬢様、それは脅迫と言うんです。両親にしていいものではないですよ。
しかし、参ったな。刻印を外すのには、お嬢様が解除しない限りは一生つくものだ。
……まさか日々、言われて来た言葉は全て俺に向けてなのだろうか。
幻聴として処理して来た事に苛立ちを見せて、こんな強硬手段に……。
「こうも見せつけられて、ダメだとは言わんよ」
「まぁ、仲が良いのは分かってたけど……若いって良いわね」
お嬢様の強引な手段に驚きつつも、俺はお嬢様の好意を受け取った。受け取らないと、何をされるか分かったものじゃない。行動派のお嬢様を止めるには俺はブレーキ役として徹しておかないといけない、らしい……。
未だに掃除は続けている。
厄介事も多いが、お嬢様が俺に好意を向けてくれるのは正直に嬉しい。嬉しそうに俺に抱き着くのを見て、止めてだなんて言える筈もないし……。
なんだかんだと俺はお嬢様に囚われているようだ。
奴隷として、1人の恋人して。ちょっとだけ嬉しいと思う俺は、異常だろうか。
短編のその後を連載作品で書いております。こちらもよろしくお願いします。
題名:恋人が振り向いてくれない!?~弟に助けてもらいつつ、頑張って攻めます~