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霜月燦短編集  作者: 霜月燦
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隣の人 -2-

「えーっと、椎名さん?だよね。チョコ、いる?」そう言って隣の席になった見知らぬ彼が私に向けてきたのは、よく薬局とかで安く売られている、ビスケットにチョコが乗っかったお菓子だった。

「あっ、ありがとう…いただきます」

 目の前に出されたら受け取ってしまう。私の癖だ。断れないで、勧められるがまま。大学に入ったら悪い男に気を付けろと姉から釘を刺されている、私の癖。

「俺藤木!よろしくね!」

「椎名です。椎名瑞希。よろしくお願いします」

「俺は藤木!藤木健也!」

 隣の席になったから、という理由でお菓子を渡してきた藤木はよく言えば義理堅そうで真面目そうな外見だった。メガネを掛けていて細身で色白。現代っ子ここに極まれりみたいな人だ。運動してなさそう。


 高校二年生の二学期、初めて隣になった藤木とはそうして知り合った。初めのうちは隣だからということで時々話をすることがあるくらいだった。

 意外だったのは彼はバスケ部だということ。確かに背は178cmと高いけど、高いか長いかでいうと長いがふさわしいくらい細身だ。少し羨ましいくらいに。でも本人曰く骨太で筋肉もしっかりあるらしい。

 それに加えて見た目の割に案外適当だった。授業中はよく寝ている。話している感じも結構適当。でも挨拶だけはきちっとするし、振る舞いから育ちのよさを感じるような折り目正しい面も多い。

 ただそんな彼は男友達の少ない、というよりはいない私にとって多分彼はこの中高一貫の学校に入って5年目にして初めてできた異性の友人だと思う。


 ある日彼は日曜に市の体育館で大会があるから来てよ!と伝えてきた。もっともその日は姉の服選びに付き合わされる予定だったのでその時は断った。

 日曜日。身支度の遅い姉を置いて先に向かったのだけどもそれが悪かった。姉は彼氏から会おうと言われ、そちらに向かったのだ。さすがは姉、いつでも理不尽だ。そして、誘われたら断れないのは私の姉だ。

 やることもないし帰ろうかと思い辺りを見回したところ、彼が言っていた市の体育館まで1.2kmという案内板が視界に入った。そういえば一応誘われていたな、と考えると足は自然とそちらに向かっていた。姉と同じで誘われたら断れない性格の私だから、仕方ない。

 

 会場に入ると、ちょうど私たちの学校の試合が始まる頃であった。席はほとんど満席でようやく空いている場所を見つけてそこへ腰掛けコートを見下ろす。彼は8番を着けてコートにいた。ユニフォーム姿だからかもしれないし、学校ではないからかもしれないし、誰よりも真剣な目をしていたように思ったかもしれない。だからだろうか、普段とは違う気がした。

 試合は、結果として85-69で負けだった。藤木はゴールからこぼれたボールを拾いにゴールの下へと走っていったり、相手のパスを遮ってそこから点を決めたり、コートの中で何かを叫んだりしていた。普段ののんびりしていて適当な藤木の姿からは想像できないくらい雄々しく真剣だった。

 その後も二、三試合ほど眺めたが観ていても藤木たちの試合ほどの楽しさはなかったので帰ることにした。バスケットボールを知らないのだから仕方ないだろう。

 体育館の扉を潜ったら喉が乾いていることに気がついたので自販機のある駐車場に回った。しかきそこには母校のバスケ部が泣き腫らした顔で集まっていたので足が止まってしまった。勿論その中には藤木もいた。彼はコンクリートの床に大の字になって「絶対来年は先輩たちにインハイ行く姿見せてやりますから!」と叫んでいた。吠える、に近いのかもしれない。

 なんとなく見てはいけないものを見た気がしてしまい、音を立てないように気を配りながら退散した。

 

 翌日、なぜか6時半に目が覚めた。二度寝はしたいが遅刻の可能性があるからダメだ。かといってやることも思い浮かばない。自問自答の結果、せっかくだから河川敷まで散歩することにした。母に一応河川敷に散歩に行くと連絡をいれておく。

 もっとも、散歩といっても5分ほどの距離だ。それでも早起きをして5分も歩くというのは私の16年の中では大きな一歩といえるだろう。実際は何歩かわからないけれど。

 私の持っている唯一の運動着である学校指定のジャージに着替える。私にとっては凄いことをしている、そんな気持ちに胸が少し高鳴る。

 11月を間近に控えていることとに加え早朝なので外は寒かった。それでも河川敷にはジョギングをしている人がちらほら見える。

 そして、その人たちの中には大粒の汗をにじませながら対岸で運動している藤木がいた。周りを見回してもあれだけの汗をかいているのは藤木だけだった。

 何やら跳ねたり後ろ跳んだり、その場で変な姿勢で足踏みをしたり。忙しなく動いている。しばらく眺めていたら携帯が鳴った。母からだ。そろそろ戻らないと遅刻するよ、とのこと。慌てて走って家に戻る。


 結局家から駅までの道のりも走ってなんとかいつもと同じ時間に教室に着いた。藤木もいつもと同じ始業5分前に教室に入ってくる。相変わらずの間の抜けた「椎名おはよー」にという声に気が抜けたのか、あくびが出そうになる。あくびを噛み殺しながら「おはよ、藤木」とだけ返す。

 そして、なんと今日は英語の授業で私の人生で初めてとなる爆睡をしてしまった。それを見ていた藤木が授業後に「椎名も寝るんだね…驚きすぎて今日の英語寝れなかったよ…」と心底驚いた顔で話しかけてきたが、多分原因はあの早起きと全力ダッシュだろう。

 そう考えたところで藤木は毎日走っているのか気になった。もしそうだとしたら毎回授業で寝ているのも不真面目だからとかではないのかもしれない。認識を改めなきゃいけないかも。だから、確認のために一週間だけ早朝に河川敷へ向かうことにした。

 結果はというと、藤木は毎日走っていた。流石に1日くらいは休むだろうと思っていた私は驚いた。そこから時々早起きして見に行っても、藤木は走っていた。


 それからというものの、少しだけバスケに関心を持ち始めた。

 だから、なんとなくだけどバスケ部の試合を観に行こうと思った。藤木のプレーをする姿を観てみたくなったのだ。もっとも彼にはバレないようにこっそりと、だ。バレたら恥ずかしいの大会や大規模な練習試合でないといけない。都合よく毎年6校が合同でやる練習試合があるということを藤木が話していたのでそれに向かうことにした。 

 合同試合の会場は藤木の試合を初めて見た市の体育館だというのであの時と同じように向かう。試合は朝10時からだというけど9時30分頃には体育館に着いた。練習試合だからか当然あの時よりも人数は少ないがそれでも人はたくさんいたので胸を撫で下ろす。

 試合開始前でも準備運動をしているようで、藤木たちはコートの半分で練習をしていた。その後、コーチがメンバーを集め、円陣を組みキャプテンらしき人が音頭を取る。多分スターティングメンバーだと思う人たちが羽織っていたジャケットを脱ぎコートに向かう。その中にはもちろん藤木もいた。コートを脱ぎながら藤木の口が動いた。何を言ったかはわからないけれど、チームの人たちが皆笑っているのできっと適当なことを言って場を和ませたのだろう。

 6校合同の練習試合の結果は、3勝2敗で3位。その2敗も大敗ではなく、強豪稿相手に僅差の惜敗。私自身思わず声をあげて何度も応援したほどだった。

 藤木は5試合全てに休まず出ていてシュートを何本も決めていた。リバウンドに積極的に絡んだり、ルーズボールに食らいついてそのまま勢いよく壁に激突したり、ドリブルで相手を抜き去ってそのままゴールを決めたり、パスカットも何本も決めた。

 とにかく、格好よかった。

 帰り道、バレンタインの広告が街を埋め尽くしていることに改めて気がついた。彼は一体、チョコを渡したらどんな反応をするのだろうか。少し考えてから妄想を打ち消す。

 

 それなのに、気がついたらどうやってチョコを渡すかを考えていた。

 直接学校で伝えるには、勇気が足りない。彼は男子達の中心的存在だし、きっと野次馬も多いだろうから。

 だからどこかに彼を呼び出そう。でもそれすらも口では伝えられないと思う。だから紙に書いておこう。だとしたらお菓子の箱にメモを入れて渡そう。

 プラネタリウム室で待っています、というメモを作るのに結局3回も書き直した。それを中のお菓子の袋に貼り付けた。あとはこれを渡すだけだ。

 チョコの準備は母と姉と。散々姉に弄られたけど、完成した。何個か作ったけど選んだのはチョコタルト。理由は最初に彼が食べていたのはクッキーにチョコが乗っているお菓子で、それにちょっとだけ近いから。多分そういうのが好きなんだろうし、きっと食べてくれると思う。


 いつもよりも少しだけ早起きをしてしまった。緊張しているのだろう。鞄にチョコと仕掛けをしたお菓子の箱を入れたのを確認し、学校へ向かった。 

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