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霜月燦短編集  作者: 霜月燦
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彼女の笑顔

 彼女が最近冷たくなった。いや、その笑顔は変わらず暖かいのだが。その変わらない笑顔に安堵する。彼女の笑顔は素敵だ。だからこそそれを見るたびにこの笑顔を絶やしてはならないという思いが強くなる。

 冷たくなっても変わらない彼女の笑顔はあの時のまま色褪せることがない。だから思わず手で触れたくなる。だが彼女は触られることを嫌がっていたのを思い出し、手を引っ込める。もう触れても問題はなくなったのだが、未だに癖は抜けそうにない。慌てて手を引っ込めた俺に対しても彼女は微笑んでくれている。

 いってきます、と彼女に伝え仕事に向かった。またこの笑顔が迎えてくれると思えば仕事も頑張れるのだ。


 会社での私はいわゆるエリート街道を走っている。自分でいうのも憚られるが優秀な社員だ。社運を担うようなプロジェクトを任されることも多く、出世街道に乗っているといえよう。

 だからといって疎まれることも少ない。私を疎む者も多いのだが、その数よりも慕う者が張るかに多い。

 出勤途中に話しかけてきた川井は後輩であり、私を慕ってくれる者の一人でもあり、次期エースとも名高い。

「今日の店、20時に予約しておきました」と川井が伝えてきた。彼とはこうして杯を交わすことも多い。

「わかった、ありがとう」簡潔だが過不足ないであろう返答をする。



 退社をし、店に向かう。

「2名で予約をしていた川井です」

「お連れ様がお待ちです」と店員に告げられ、席へ案内された。

「忙しいのに申し訳ないです、先輩」

「可愛い後輩の頼みならば仕方ないさ」

 川井からの相談はシンプルだ。引き抜きにあっていることと、異性との出会いがないこと。前者よりも後者の方が川井にとって深刻らしく、川井の言葉に熱がこもる。

「先輩はあんな美人と暮らしてるんですよね。羨ましいです」

「まあ、な。それこそ大変だったよ。でも今は毎日彼女の笑顔を見られるから悪くはない努力だったと思ってるさ」ふと彼女の顔を思い出し頬が緩む。

「あー、また惚気だ。俺も先輩みたいに女性の多い大学に行けばよかった!」

 彼女と俺は大学のサークルで知り合った。ただ、在学中はそこまで親しくなかったが、卒業後に紆余曲折があって現在の関係に落ち着いたのだ。

「それこそ、合コンにでも参加すればいいだろう」

「女の子の連絡先、母親しかないです!」川井が机に突っ伏す。

 川井の外見は悪くはない、むしろ良いほうだろう。私と比べれば月とスッポンだ。ただ、まあ色々と残念だと称する以外ない点が多すぎるのだが。天は二物を与えず、を体現してくれている。

「先輩、一生のお願いです。彼女さんのお友達を紹介してください!」川井若干ろれつが回らなくなっている。それに、もうそろそろ11時を越える。夜遅くに彼女を家に残しているのが若干不安でもあるしそろそろ引き上げたほうが良さそうだ。

「川井、そろそろ帰らないか」

「えぇー、まだ飲み足りないですよ!飲まないとやってられませんって!」

「こういう時スマートに帰るのが最近の女性は好きだそうだ」勿論嘘である。

「わかりました帰ります。先輩、今日はありがとうございました」

「可愛い後輩の頼みだからな。気にしないでくれ」


 川井とは改札で別れ、家路に着く。彼女は遅くに帰った私を見ても笑顔で迎えてくれるだろうか。それだけが心配だった。

玄関の扉を開け、部屋の電気を点ける。冷蔵庫の扉を開け、彼女の様子を確認する。家を出た時から何一つ変わらぬ、あの時と同じ美しい笑顔の彼女がそこにいた。ああ、よかった。

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