神
「すごいね! 強盗拷問詐欺恐喝! 本当に人殺し以外はコンプリートしてるんじゃないかい?」
「……」
……見慣れた夜の横浜中華街? いや、確かに俺は死んだ。
ここはあの世なのだろう。
では俺の前を歩くこの大男は……天使、いや、こんなスキンヘッドの……ゴツい天使いるかよ。
身長は二メートルオーバーだな。
黒人だよな? 太い眉、ギョロ目、チョビヒゲ、首が太すぎる、胸板が厚すぎる、腕の筋肉が盛り上がり過ぎている。
着られているアロハシャツや青いハーフパンツが可哀想なぐらいピチピチだ。
何もかもがデカイ。多分ちん○もデカイだろう。
天使じゃないなら……じゃあ神か? 大きな男だ。
それにしても……
「神が白人や老人。ましてやグラマーなレディだなんて誰が決めたんだい? そう! 私は神だ!」
「……」
心を読めるのか? 受け入れがたいがやはりこいつは神でここは中華街でなくあの世なのだろう。
この街には人間がいない。
人型の大きな影や首のない犬や顔だけのヒヒが低い唸り声をあげてそこら中を練り歩いて(?)いる。
「私の趣味だよ。気にするな」
「……」
心を読まれるというのはどうにも気分が悪いな。
というか口が開かない。
「死人にくちなし! さぁどうぞ!」
たどり着いたのは飯屋だろうか? 神は扉を開けて俺に中に入るように手で促した。
暗闇のなか、ターンテーブルとその半径一メートルばかりが光って見える。
「『エディ』でいいさ。坊や。怯えてるのかい? さあ入れよ」
「……」
俺は真っ暗な床に足を踏み入れ、ターンテーブルにむかって歩きだした。
「負けず嫌いだね」
「適当に見繕ってくれよ」
「かしこまりました」
店員は黒のロングヘアーのチャイナドレスの美少女……なのだろうか? 顔面も手足も黒い包帯が巻かれているので立ち去っていく姿はチャイナドレスが宙に浮いているようだった。
「乾杯といこうか?」
「……」
視線を戻すとテーブルの上には和洋中の豪華料理が並んでいた。
ここはあの世だ。もういちいち考えるのはよそう。
「懸命だブラザー。乾杯!」 エディのワインボトルに俺の生ビールの入ったグラスをぶつけた。
「とりあえず生か。案外平凡だね。期待はずれかな?」
「……」
何を期待されているんだ俺は?
蟹の甲羅をつかんで味噌をすする。
ジャワジュワと音をたてる熱く厚いステーキをあんぐと貪る。
モチュモチュと音がする。ごくりと飲み込んだ後に赤ワインのボトルを鷲掴みにして一気のみして数秒後に豪快なゲップ。
エディの食事は見ていて飽きない。
「それは嬉しいね。まぁ食事なんてこの世界じゃ意味がないのだがね」
「……」
「わかったよ。そろそろ本題に入ろう」
椅子に深く腰かけるエディ。
椅子がギチュイィと悲鳴をあげた。
「転生だ。本来善人にのみ許されたものだが、私が神になったからには私の眼鏡にかなった人間はガンガン転生させることにした」
「……」
「その疑問はもっともだ。神の数だの引退だのの説明は面倒だからやめよう」
「……」
いや。俺のこころが読まれ、俺が話せないのだから仕方がないが、この食卓の談話は奇妙すぎる。
転生……生まれ変わりか。面倒だから正直このまま消滅するなり地獄に落とされるなりされた方が楽なのだがな。「そう言うなよ」
ただひとつ……気になることがある……あいつは。
「死んだよ」
「……」
えっ?
「君が命がけで救った少女は死んだ。笑えるよね。あの後、警察が来たんだけど両親は少女を病院にも連れていかず、治療もせずヒステリックに君を殺したことを正当防衛だと喚いた。腕のなかで女の子が冷たくなっているのも気づかず……」
「……」
ふざけるな! あれほど言ったのに! 親も周りの野次馬共も何をしているんだ!? 俺は……なんの為に死んだんだ? なんだよそれ……最期に……人生の終わりに一度だけ人を救えたと思ったのに……
それだけを誇りに死のうと思っていたのに……。
「いいんじゃない? どうせあのままあの娘が生きていてもロリコン相手に売春でもさせられてたさ。あの両親じゃねぇ? 死んだ方が幸せだったんだよ……」
「……っっざけんなっ!」
「……驚いたねぇ」
俺はターンテーブルを蹴り飛ばし、座っているエディの顔に渾身のパンチをみまった。
太い首が衝撃を吸収したのか、エディの顔面は一ミリも動かなかった。
「……この世界で言葉を話せてさらに私にパンチとはねぇ……初めてだよ」
「……訂正しろよ」
「しない」
「しろ」
「命令までするとはね」
「ぐっ!?」
首を片手で掴まれ、そのまま持ち上げられた。
死して尚苦しい。勘弁して……くれよ。
「彼女は転生させた」
「……あっ?」
「かわいそうに! 現世で育児放棄、虐待された少女は今は異世界に転生され、二度目の人生でも地獄をみようとしている! この悲しいヒロインを救えるヒーローはどこかにいないのか!?」
神はテメーだろが……異世界? わけがわからないが、本当に死ぬのはあのガキを救ってからだ。
なぜかわからないがあのガキだけは放っておけない!
「転生する気になったんだね?」
エディがいきなり手を離したので、俺は受け身もとれず、床に尻をしたたかにぶつけてしまった。
「……いてぇ。……ハンッ!」
『上等だよ』
ハモった。
まだ暑いやんけ9月さんよ。