沖田 総司 白虎編
沖田総司が対峙している男は、新撰組 目付役 殿内義雄だった。
殿内義雄、歴とした新撰組幹部の一人である。近藤に物申すことも出来る、数少ない立場の一人でもある。が、致命的に隊内において人望が無い。これは殿内本人に原因があるというより、近藤を中心とした試衛館出身の幹部達に、カリスマ性があり過ぎたのが主たる理由と言える。
「殿内さんが、仕組んでいたんですね」
沖田が屈託なく微笑みながら話す。新撰組一番隊隊長を勤めるこの若者は、異常なくらい愛嬌がある。
「凄いじゃないですか。あの土方さんを驚かすなんて。」
沖田、天を見上げ、今夜は満月なんですね、と関係ない事を呟く。
「でも殿内さん、相手が悪かった。土方さんは、最初は驚きながらも、随分前から殿内さんを疑ってました。ダメですよ、あの人を侮ったら。今夜、ボク達を殺せるって、喜び勇んでいたんでしょ?そこまで、土方さんは、ご存知でした」
なんで、あの人と喧嘩しようと思うかなぁ、溜め息まじりの沖田の台詞は、独り言か殿内に向けたものか…
「でもね、殿内さん。土方さんにも分からなかった事がひとつ。なんで河西重蔵やサンジャと組んでるんです?仮にも新撰組目付役の貴方が、奴等に渡りを付けるのは、なかなか難しいんじゃないか、と」
沖田は小首を傾げながら、殿内を見る。
「沖田、オマエ如きが知らなくていい事は、世の中にゴマンとあるんだ」
殿内が吐き捨てる。
「貴様達も新撰組も、これで終りだ。近藤や土方如きが、あの本物の人斬り供に勝てると思ってるのか⁉︎」
殿内、刀を抜き、沖田に切っ先を突き付ける。
「そして、貴様はここで私が斬り捨てる!」
沖田は心底、驚いた顔で殿内を見る。そして悲しげに首を振る。
「本気で言ってます?殿内さんは、もう少し賢い人だと思ってましたが、本当に幻滅しました。当節、相手の力量を見切れない人は、早死にしますよ」
沖田の切れ長の目が、殿内を捉える。それだけで殿内は、沖田に刀を突き付けたまま何も出来ない。
「何より貴方がダメなのは、もうボクに殺されていてもおかしくない事に、全く気付いてない事です」
コイツ何を言ってやがる、と腹立ち紛れに殿内は沖田を睨む。しかし、その瞬間、殿内の背中に冷たいものが走る。
沖田の手には、いつの間にか菊一文字が握られていた。長さの割に細身の美しい刀は、ただ怜悧に輝き、愚かな獲物を斬る時を、ただ待っているかの様であった。
そう、確かに殿内は愚かな獲物に過ぎないのだ。いつ刀が抜かれたのか気付けなければ、いつ斬られても防ぐ事すら出来ない。殿内は、その事に慄然としている。
近藤の抜刀は敵を威圧し、土方の抜刀は敵を戦慄させる。しかし沖田の抜刀は、根本的な何かが異質であった。
いずれにせよ、さすがに殿内も彼我の実力差を認めざるを得ない。恐慌状態に陥りながらも、バタバタと飛び下がり、沖田から離れる。それだけで、殿内の額からは汗が吹き出し、息が乱れる。
「沖田、お前が一番隊隊長になったのは、伊達ではなかったのだな。私は、単に近藤の派閥というだけで、小僧が生意気にも幹部になったと思っていた。そこは、素直に詫びさせてもらう」
「ありがとうございます。認めて頂き光栄です。ただ、もう少しだけ早く分かって頂けていたら、とそれだけが残念です」
結果はもう変えられませんしね、と沖田、菊一文字を軽く振る。
殿内は微かに肩を震わせ嗤う。
「沖田、たしかにお前は強い。だがな、相手を斬る前に勝ち誇るのは、良くない」
殿内は刀を鞘に収め、懐に手をやる。その手には短筒ーピストルが握られていた。
「刀を振るのが上手いだけでは、もうこれからの時代、通用せんよ。あの世で近藤 土方と再会するがいい」
殿内は沖田に、銃口を向ける。
「殿内さん、それが正解です。でも惜しかったですね、ボクに構えをみせたらダメです。無言でボクの背後から撃てば、勝機はあったかも、ですけど」
殿内の短筒が火を噴く。が、それは沖田に向かわずに、天に向かって放たれていた。
殿内が引き金を引くより速く、菊一文字が殿内の喉を貫いていた。その為、殿内の体は仰け反り、弾丸は空に向かったのだ。
沖田の手足の長さ、柔軟性、そして体捌きの速さが一体となり、通常では考えられない遠い間合いからの突きが、殿内の喉に決まっていた。殿内がもう少し手強い相手なら、沖田の突きは連続して襲ってきていたであろう。
これが沖田の試衛館時代、江戸中の道場を震い上がらせた「神童 沖田の三段突き」である。
(まだ、終わっていない様ですね…)
沖田は、殿内に向かって菊一文字を構え直す。
殿内、若しくは殿内だったモノはよろめきながら立ち上がり、ゆっくりと刀を抜く。
「殿内さん、死んでも死に切れませんか?でも、皮肉ですね。死んでからの方が、随分腕前が上がっている様ですよ」
沖田は嬉しそうに微笑む。
「総司くん、なに妖魔に楽しそうに話しかけてるの?相手が、人ならぬモノだったら、私の出番でしょ」
いつの間にやら、沖田の左腕に両腕を絡めてきたのは、輝く雪の色の衣を纏った美少女であった。