土方 歳三 朱雀編
土方歳三の敵は三人組であった。
いずれも押し込み強盗あがりのクズ共だが、腕は確かだ。三位一体の戦いを得意とし、数多くの殺人を犯している。
三対一の戦いであれば、多勢に無勢、誰でも勝てるのは当然と思うが、刀を持つ戦いに限れば、そうとは限らない。常に同士討ちの危険が伴うからだ。その点、この三人の攻撃は巧みであった。
尊皇攘夷は金になる、賊あがりのクズ共はこれに気付き、人を殺し始めた。幕末の京の闇、人殺しの依頼は溢れていた。場数を踏む毎に、その攻撃は洗練され、いつしかクズ共は、「サンジャ」と呼ばれる様になった。三者か三蛇か三邪か、どの字があたるのかは不明だが、その名は京で密やかに売れていった。
「さて、お前ら、どうする?」
まるで飲みに誘うかのような口調で、歳三はサンジャに声をかける。
「おとなしく俺の言う事に従うか、それとも」
歳三は唇の端で笑う。
「ここで、死ぬか?」
「死ぬのは、お前じゃろうが!」
「たった一人でワシらに勝てると思っちょるのか」
「新撰組がナンボのもんじゃ」
威嚇のつもりか、三人は次々と怒声をあげる。無論、相手は一人だと侮ってもいるのだろう。新撰組 鬼の副長といっても、所詮一人ではないか、と。
歳三、更に唇の端を吊り上げ、笑う。
歳三がこの笑みを浮かべると、決まって不逞浪士共はその凄惨さに震え上がり、遊郭の女たちはその色気に身悶える。
歳三は愛刀 和泉守兼定を抜き放った。別名 鬼の爪とも呼ばれるこの刀は、この世にある刀の中で、最もクセの強い刀と言っていい。だがその分、使いこなせる者が持つ時、これほど斬れる刀は他にないであろう。誰にも懐かない凶暴な犬が、主人と認めた者には命をかけてでも従うのに似ている。
「おう、斎藤クン、原田クン、遅かったじゃないか」
不意に歳三は、サンジャの後方に向かって声をかける。
サンジャはハッと後ろを振り向く。猛者揃いの新撰組にあって屈指の手練れ、斎藤一と原田左之助の名を聞けば当然の反応である。
しかし、それは最も愚かな行為でもあった。和泉守兼定を抜いた土方歳三から視線を外せば、それは死を意味する。自分達の後ろに誰もいないと知った瞬間、サンジャのうち二人が後頭部と側頭部を斬られて絶命していた。
恐ろしいまでの歳三の腕と和泉守兼定の斬れ味、そして絶妙の間合いの芝居であった。
「どーする?イチジャになったようだが?」
自分で斬っておきながら、残酷な笑みを浮かべた歳三は、残った一人に問いかける。
先程までの勢いは、何処へやら。刀を構えてはいるが、完全にイチジャと呼ばれた男の気持ちは萎えてしまっている。足元も覚束ない様子で逃げる事も出来ない。
「イチジャ殿、俺はね、明らかに自分より弱い相手を嬲り殺す事に」
残酷過ぎて、むしろ穏やかにさえ見える笑みを浮かべ歳三は言う。
「全く抵抗は感じない性質なんだ」
イチジャの戦意は完全に失せた。刀を投げ出し、土下座をし、頭を地面に擦り付ける。命ばかりはぁ、と本人が可能な限りの哀れな声を出す。この辺り下賤の卑しさは隠せない。
やれやれの顔で歳三は和泉守兼定を鞘に収める。このクズでは、大した情報は持っておるまい。こんな事なら、斬り合いを楽しむんだったな、と歳三が思った刹那!刀が二本、宙を切り裂くように飛んで来る。その内の一本を歳三はすんでのところで躱す。そしてもう一本は、哀れイチジャの心の臓に深々と突き刺さっていた。
「ふざけやがって。おとなしく死んどけ!」
歳三が鋭い視線をむけた先、二体の骸が刀を投げつけた姿勢からふらつきながら、仲間であった筈の哀れな男イチジャに指を突きつける。
オマエダケ、生キ残ルハ、許サナイ、我ラ、サンジャ、一体ナリ…
気味の悪い声を響かせながら、骸二体は自らが屠った仲間に近づき、やがて覆い被さる。グジュグジュと不快な音を立てながら溶け合い、サンジャは文字通り三位一体、一つの塊となる。その塊は八尺程の人の形、とは言っても生気の全く無い地獄絵図の亡者の様なモノへと変貌した。
(コイツら、本当に救えねぇ。妖魔に取り憑かれていやがった)
歳三は今一度、和泉守兼定を抜き放った。
「トシ、こういう時に、私を呼ぶんじゃないの?」
いつの間にやら、歳三の左斜め後ろに控える人影。
それは、炎の色の衣を纏った美女であった。