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新撰組 異聞録  作者: 小岩愛之助
神獣ガールズ 妖魔斬り
1/3

近藤 勇 玄武編

 近藤勇が追い詰めたのは、凶暴な大男であった。

 水戸脱藩浪士河西重蔵。

 この男に新撰組隊士が三人、斬られている。


(まあ、平隊士では、この男に勝つのは無理であったろうな。可哀想な事をした… )

 

  敵と相対し、その実力を見極める事は、近藤にとって造作もない事である。またそれは、この混沌とする京の治安を護る者として、必要不可欠な能力でもある。


「京都守護職会津中将松平容保様御預かり新撰組局長近藤勇である。不審の儀あり、我が屯所まで同行願いたい」


 近藤の声は低い。穏やかと言ってもよい。だが命令する事に馴れた者のみが持つ威厳がある。


 近藤の名を聞き、重蔵の顔が歪む。恐れ怒り嘲り、それらが混じる感情が面に浮かぶ。犬がっ!唸る様に声をあげ、刀を抜く。


 素直にこちらの言葉に従う筈もない事は、近藤にも分かっている。ただ新撰組局長の職務として、言わなければならない台詞を言ったにすぎない。強い男と剣を交え、斬り伏せたい、これが近藤の本音である。

 無論、この男に斬られた隊士達の仇討ちという意味も大きい。


 近藤は見事な所作で抜刀する。その手に握られた名刀虎徹は、月の光を浴び、その凄みを浮き上がらせる。


「従う気が無ければ、それでもよろしい。今宵も虎徹は血に飢えている。むしろ礼を言わねばならぬな」


 重蔵は目をギラリと光らせ、飛び退がり構えをとった。


 ほうっと感心した様に近藤は重蔵を見る。

 近藤は、重蔵がその体格を生かす為に大上段に構えると思っていた。しかし近藤の予想に反し、重蔵は下段の構えを取ったのだ。


 近藤はこの男に斬られた隊士の遺体を思い出していた。二人は胴を真っ二つに斬られ、一人は胴を斜めに斬り上げられていた。


 なるほどな、と近藤は納得する。

 おそらく三人が三人とも、重蔵の面に向かって斬りかかったのであろう。下段に構えた相手は当然、顔面がガラ空きになる。そこに斬りかかりたくなるのが、人情だ。だが、そこに罠がある。


 重蔵はその膂力を生かし、自分の面を狙ってくる刀を下段から一気に跳ね上げ、逆にガラ空きになった相手の胴を勢いのまま斬ったのであろう。斜めに斬り上げたのは、隊士が身体ごと跳ね上げられたため切り口が、斜めになったのだ。恐ろしいまでの膂力といえる。


 近藤は青眼に構えた。何も細工をせず、ただ自然体に構える。その瞬間、近藤の思考は止まる。

 雑念を捨てれば、自らの肉体が状況に応じて変幻自在に動く、そんな事は、腕の確かな剣士であれば、誰でも知っている。しかし命のやり取りの中で、それを実践出来る者は、ごく限られる。


 戦いの際に、自らの命すら意識の外に置く、近藤は容易にそれをやってのける。

 まさに新撰組局長の真骨頂と言えた。


 近藤は、間合いを詰める。極限まで無駄を省いた見事な足捌きである。その勢いのまま虎徹は、重蔵の面に襲いかかる。


 その瞬間、思わず重蔵はほくそ笑んだ。新撰組局長もこの程度か。平隊士と同じくあっさりと罠にかかりおった、虎徹を跳ね上げてやる、と思ったのと同時。


 重蔵は絶命していた。

 

 重蔵の思念より早く、虎徹は重蔵の額を割り、重蔵は顔面から大量の血を吹き上げていた。

 神速。

 そうとしか言いようの無い近藤の太刀筋であった。重蔵は、自らが斬られた事を自覚する間も無かったのだ。


「河西重蔵、残念であった」


近藤、虎徹を鞘に収め重蔵の遺体に語りかける。


「新撰組局長の力、見誤った、な」


 さて、別の敵を追った歳三と総司は、事を済ませたのだろうか?と近藤が踵を返そうとした時、血塗れの重蔵の亡骸が獣の様な咆哮をあげた。


 未だ血を吹き出している重蔵の亡骸が、よろめく様に立ち上がる。


 人間の体内には、こんなにも大量の血液が含まれているものなのか、その血飛沫が別の生き物の様に蠢き、それに導かれるように亡骸も蠢く。

 亡骸と血が混じり合い、やがてそれは、人とは思えぬ姿と化していく。


「やはり妖魔に取り憑かれていたか…」


 河西重蔵であったそれは、完全に姿を変え、巨大な昆虫、蟷螂の様な妖しげなモノになっていた。


 近藤は摺り足で間合いを取る。再び虎徹を抜く。


(さて、この化け物は虎徹で斬れる、かな?)


 近藤は、可笑しくて堪らぬといった表情をしている。幼子が新しい玩具を見つけた時、こんな表情をするかもしれない。


(虎徹、参るぞ!)


 その時。


「近藤様、お待ち下さい」


 いつの間にやら、近藤の左斜め後ろに控える人影。

 それは、闇の色の衣を纏った美女であった。





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