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Data06. “魔術適性診断”


 まず俺達は、叡王コルネリウス(じいさん)に『魔術適性』を判別してもらうことになった。

 『魔術適性』とは何か。

 それを尋ねると、『魔術教本』と書かれた本を渡されたので、俺はそれに大雑把に目を通した。

 その本の内容は、以下のようなものだった。




『魔術適性』


――この世界での魔術は、5色の系統に大別できる。


《青魔術》 

 細かいマナ操作を得意とする魔術系統。

 音や光の波長を変化させることによって、テレパシーのように言葉を飛ばしたり、さっきじいさんが見せてくれたように、幻惑を作り出すことも可能だそうだ。

 また、起点となるマナをかき乱すことによって、魔術そのものを打消し(レジスト)することもできるらしい。

 戦時中の主な役割は、後方支援。情報の伝達、または攪乱(かくらん)と書いてある。


《赤魔術》

 青魔術の対局に位置している。

 細かいマナ操作は苦手だが、エネルギーそのものを産みだすことにかけては、最も効率的で破壊力がある系統。

 火、水、電気といった自然の力を行使できる。

 おそらく、戦闘になれば最も活躍できるのが、赤魔術師だろう。

 前線に出て敵をせん滅することを得意とする。



《緑魔術》

 (しゅ)とする魔術は《召喚》。

 魔獣、精霊、幻獣に至るまで様々な生物を使役できる。

 魔力を生物に送り込み、特殊な効果をもたらすこともできると言う。

 使役する召喚獣の種類によって、その力と役割は多種多様だ。


《白魔術》

 傷の治癒や呪いの浄化などを得意とする系統。

 結界や障壁など身を守る術は多いが、戦闘にはあまり向いていない。

 白魔術師の主な役割は医療班(メディック)だ。


《黒魔術》

 白魔術の対局に位置する系統。

 呪いや感染を引きおこす厄介な魔術が多いらしい。

 興味深いのが、“物体に魔力を定着させることに最も長けている”という点だ。

 そのため、魔道具の職人はほとんどが黒魔術師だという。

 他にも、薬草の調合など、材料の加工に適した魔術が多く、黒魔術師は商人として大成することが多いと書かれてある。



 魔術師はこれらの5色の内、いずれか一つに適性を持っている。

 魔術適性は、ほとんどの場合先天的に決まっているらしい。

 つまり、産まれたその瞬間からどの系統の魔術が使えるか判別可能なのだ。


 その適正を判別するには、中級青魔術である《精霊の目(スピリットサイト)》を使うか、もしくは精霊そのものを使役できる緑魔術師が必要らしい。

 青魔術師の権威であるコルネリウス(じいさん)は、当然前者の能力が使えると言っていた。


 他にも、能力としての相性なんかも書かれてあった。

 赤魔術は、魔術の発現の際、消費する魔力が多いため、青魔術の打ち消しに弱いとか。

 逆に、青魔術は魔獣の類に対して、有効な攻撃手段を持たないため、緑魔術師に対して不利だとか。

 まあしかし、この辺の内容は、『軍人としての魔術師』のための専門的な内容だったので軽く読み飛ばしておいた。

 俺は別に戦いのために魔術を使いたいわけではないからな。



---



 というわけで、魔術適性の判別のため、俺達はじいさんの魔術工房へと案内された。

 工房のなかには、気色悪い色をした謎の液体がコポコポと音を立てて沸騰していた。

 さらに壁には、何かの設計図のようなものが至るところに貼られている。

 ――魔術工房というより、怪しい実験場みたいな雰囲気だ。



「もうちょっと右じゃ。 もうちょい、あと3cmぐらい。

 ――いや、それはいきすぎじゃ。あとちょっと左じゃ」


 じいさんは、カメラの被写体の位置にこだわるカメラマンみたいな事を言っていた。


 ――今、島袋の足元には魔法陣が描かれている。

 この魔法陣は、さっきじいさんと使用人たちがチョークで描いていたものだ。

 その陣の――ちょうど真ん中に立たないと、適正の色が見え辛いというのだ。


「いやー、わしも老眼気味になってきてのう……

 昔は魔法陣なんぞ無くともよく視えたんじゃが」


 じいさんはそう言いながら目を細めたり開いたりしている。

 適性ってのは老眼で見えにくくなるものなのか……。


「お、その辺じゃ、ストップ! ぐっどぽじしょんじゃ!」


 ようやく、ポジションが決まったらしい。

 白のチョークで描かれた六芒星の陣の中央で、島袋はふうと一息ついていた。

 


「いや、ちょっとたんまじゃ! 

 やれやれ、今度は()()()のぽじしょんがずれおったわい」


 こっちのポジション?

 そう言ってじいさんは下半身に手を――


「っておい、じじいコラ!」

「すまぬすまぬ、冗談じゃわ」


 島袋は「?」という顔をしていた。

 しかし、さっきの女中の女の人は顔を赤らめていた。

 じいさんの下ネタに気づいたのは、俺とあの人だけだったようだ。

 ったく……このボケ老人真面目にやる気あるのか?

 いきなり妙な下ネタまでぶっこんできやがって。



「おーっほぅ、見えてきた見えてきた。

 ……こりゃすごいのう」


 じいさんの目の周囲を青い膜のようなものが覆っている。

 その膜は小刻みに収縮と拡大を繰り返していた。

 ……あれが本に書いてあった《精霊の目(スピリットサイト)》という魔術なのか?

 

「いやーこりゃたまげた。すごい素質じゃ」

「本当ですか!」


 その言葉に島袋は目を爛々(らんらん)と輝かせた。


「お主の魔術適性は『赤』 原色のペンキのような赤色が、濃く浮き出ておるわ。

 魔力量も文句なしじゃ!

 将来的に上級……いや、覇王クラスの魔術師になるやもしれぬ」


 それを聞いて島袋は「やったわ!」とピョンピョン飛び跳ねている。

 どうやら赤魔術師の素質があったようだ。

 よかったな。

 まあ、小さい頃から魔法少女に憧れていたような奴だ。

 それぐらいの才能を天から授かっていてもいいだろう。



 ――さて、次は俺か。


「ふふん、交代ね」

「ああ」

「その辺よ。 足で軽く目印つけといたから」


 島袋は上機嫌そうに魔法陣から外に出て行った。

 代わりに、今度は俺が足を踏み入れる。

 魔法陣を踏んだ瞬間、ふわっと、体が浮くような感覚があり、すぐに止んだ。


「よぅし、次はお主じゃな」


 俺の番だ。

 なんだか緊張してきたぞ。


 魔術系統――5色の中の一つか。

 俺も、できれば赤魔術師が良いと思っている。

 だって、右手にボッと火を出して、「邪眼の力を舐めるなよ」とか言ってみたいし。

 もしくは、電気を操って「強力な電気か・・・生まれた時から浴びてたぜ 家庭の事情でね」なんて言ったりしてな!

 性能的にも、見た目的にも一番かっこいいのは赤魔術だと思う。


 次になりたいのは……緑魔術師かな。

 召喚獣を呼び出して、魔獣に乗って旅をしてみたい。

 あるいは、空を飛んだりもできるかもしれない。

 親指を噛んで、巨大なカエルを口寄せするってのもありだ。

 あとは、白くて大きいドラゴンを呼び出して「強靭! 無敵! 最強!」ってのもあるかもしれない。


 うん、そうだな。

 理想は赤か緑だ。

 きつねかたぬきだ。

 この2色なら文句は無い。


「よーし、よいぞ。 ぐっどぽじしょんじゃ。

 わしの()()()もぐっどぽじしょんじゃ!」


 そんな情報は知りたくもねえ。


「おー、きたきた!」


 さっきと同じように、じいさんの目の周囲を、青くて薄い膜が覆っていった。


 赤か緑こい!

 きつねでもたぬきでも何でもいいから、赤か緑こい!


「むー……? これは……?」


 じいさんは俺を見ながら首をかしげた。

 なんだ?


「うーむ……魔力量はとんでもなく多いのう。

 さっきの嬢さん以上かもしれぬ。

 しかし、色が見えにくくてのう……」


 そう言って新聞紙を読む老人のように、顔を近づけたり、引っ込めたりしている。


 見えにくい?

 どういうことだ?

 

「あ、今ちょっと見えた」

「ほんとか!」


「多分、『黒』じゃな めっちゃ薄いけど」


 黒……!

 よりによって黒かよ!


 黒魔術って鼻の長い老婆が「イッヒッヒ!」とか言いながら巨釜(おおがま)かき混ぜたりする奴じゃねえか。

 しかも色が薄いってどういうことだ。


「もしかして、色の濃さは魔術の才能と関係あるのか……?」

「うむ、そうじゃな。 優れたポテンシャルを持つものは、色が濃く見えるもんじゃ。

 お主は、まあ頑張って中級魔術師を目指しなさい」



 じいさんは、出来の悪い生徒を見つめる教師のような目をしていた。

 そっか……。

 ――俺に魔術の才能は無かったようだ。



 テンションを下げつつ、そのまま俺達は部屋に戻った。

 帰り際に島袋が「あんたが黒魔術、ぷぷ」と茶化してきた。

 ……ちくしょう。



---



 部屋に戻ると、香ばしい匂いと共に豪勢な食事が俺達を迎えてくれた。

 俺はそれを夢中でたいらげた。

 じいさんが言うだけあって、どの料理もめちゃくちゃ美味かった。

 中でも一番美味かったのはシチューみたいな煮込み料理だ。

 聞けば、一角うさぎの肉と自家製の野菜を煮込んだものらしい。

 未知の料理に舌鼓(したづつみ)を打って、下がったテンションも少し回復した。



 うん、よく考えればいいじゃんか黒魔術。

 ポーションとか作れるみたいだし。

 悪くねえって。


 俺は自分に言い聞かせるように納得した。



 食後にお茶を飲んでいると、また魔術の話題になった。


「――え? じゃあ魔術を使えるようになるのは、まだまだ先ってことですか?」

「そうじゃのう。 下級魔術を一つ使えるようになるだけでも、半年はかかると言われておる」

「半年ですか……」


 半年もかかるのか。

 長いな。

 アニメが2クール終わってしまう。


「そもそもお主らは魔術媒体すら決まってないのじゃ。

 魔術を最低限形にするだけで3か月。

 それを実用レベルにするにはもう3~4か月ほどは必要じゃろうな」


 「そっかぁ」と島袋は溜息をついた。

 しかし、それを見てじいさんはニマッと笑った。



「――まあ、わしが師匠なら話は別じゃがな」

「え?」

「どうじゃ? お主ら、正式にわしの弟子になる気はないか?

 弟子になれば、好きなだけここに居てよいぞ?」

「どうって――」


 俺と島袋は顔を見合わせた。

 じいさんは、俺達を弟子にしてくれる気になったようだ。

 正直、願っても無いチャンスだと思う。

 魔術を教わりつつ、宿まで貸してもらえるとなれば、俺達にとってはメリットしかない。


 ただ一つ問題なのは、俺とルミィの例の目的の件だ。

 これからここで魔術の修行をするとなると、あの3人に会いにいくのが遅れることになる。

 一応ルミィに確認しておこう――


「いいか? ルミィ」

「構わぬぞ。 お主が魔術を習得することは、目的を遂行する上で必須条件の一つじゃ。

 クク……なるほどのう。 この()()()ではこういう順序を辿るのか」


 ルミィはよく分からないことを言っていたが、とにかく良いってことらしい。

 俺としても、魔術は使えるようになりたい。


 そんなわけで――


「お世話になります師匠!」

「うむ、励むがよい」


 ――俺たち二人はこの日、正式に叡王コルネリウスの弟子となった。



 なんか、ここに来てから、凄く至れり尽くせりだ。

 流石はお助けキャラと楽観してよいものだろうか。

 食事もあって、魔術も教えてくれて、個室の宿まで用意してくれるという。

 親切すぎて逆に怖いくらいだ。

 後になって変な壺とか買わされるんじゃなかろうか。

 しかし、まあ今は疑っていても仕様がないか。

 この境遇に甘んじるとしよう。



 このあと、ついでに風呂も貸してもらった。

 ――これは余談だが、脱衣場に入ると着替え中の島袋に遭遇した。

 俺はあいつの下着姿を見た途端、脳ミソをフル回転させた。

 何故なら生き延びるためだ。

 種の生存本能がこの場を切り抜けろと脳ミソに訴えたのだ。

 俺はコンマ3秒ほどの刹那的な時間で言い訳を思いつき、そのままタイムラグ無しで即座にぺちゃくちゃと弁明した。

 だがそれも無意味だった。

 次の瞬間には出ていけえええ!と蹴り飛ばされて、気づくと俺は天井の木目を眺めていた。



---




 用意してもらった個室の内装は、至って普通(シンプル)だった。

 中にはベッドと机だけが置いてある。

 だがそれで十分だ。

 風呂上りの火照った体でこうしてベッドに寝転ぶと、野宿じゃなくて心底良かったと思う。


「なぁルミィ、起きてるか?」


 俺はルミィに話しかけた。

 昼間の話の続きを聞きたかったからだ。


「むぅ……なんじゃ?」


 しかしルミィはめちゃくちゃ眠そうな声だった。


「起きてくれ。 昼間の話をしてくれよ」

「わらわは今眠いのじゃ……すまぬが、続きはわらわが起きてからじゃ」


 そう言ってルミィは拗ねた子供みたいに引っ込んでしまった。

 難しい話をできる感じでは無さそうだ。


「さっきまであんなに寝てたのに、まだ眠いのか」

「お主を召喚した時、わらわは大半の魔力を使ってしまった。

 じゃから眠い」


 魔力を使い果たすと眠くなるのか。


「仕方ないな。じゃあ起きたら話の続きを頼むぜ」

「……わかったのじゃ。 次は1ヶ月後に起きるからそれまでに魔術を身につけておくのじゃぞ」


 ふむふむ。

 一か月後ね……。


「って、え? ちょっと待った」

「なんじゃ…」

「1ヶ月もねるの?」

「うむ…そうすれば多少魔力も回復する」


 まじかよ。

 眠るっていうか冬眠じゃんそれ。

 というか、1ヶ月も寝てようやく多少回復する程度なのかよ。


「……では、わらわはもう眠るのじゃ。 しばらく起きないから、一つだけお主に言っておくぞ?」

「何だ? 何かアドバイスでもくれるのか?」

「うむ。 あどヴぁいすじゃ」


 ――けだるそうな声のままルミィは俺に一つの助言を寄越した。



「お主は“定着魔術”だけを極めておけ。 下級黒魔術の“定着”じゃ。

 物体に魔力を宿すその力こそ、お主の本質的な能力を開花させることになる」



 この時、ルミィの言っていることは俺には理解できなかった。

 詳しく聞く(いとま)もなく、そのままルミィは「おやすみなのじゃ」と言い残して眠ってしまった。


 言っていた事はよく分からないが……

 ――とにかく、ここから俺は“定着魔術”のみを極めていくことになった。





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