Data04. ドラえもんだよ
「利害が一致? どういうことじゃ?」
「いや、なんでもない。こっちの話だ」
ドラゴンに話したところで理解できないだろう。
そもそも、こいつは俺達の元の世界のことを知らないっぽいし。
「その三人のことなら漫画で読んだので知ってますよ」なんて言っても「は?」って感じになりそうだ。
「とにかく、俺はその3人に会えばいいんだな?」
俺が彼女達と出会うことが、何故バオムを倒すことに繋がるのかは分からなかったが、この際そんなことはどうでも良い気分だった。
それこそ俺がこの世界にいる理由だと、頭ではなく体が感じているからだ。
動物が、産まれた瞬間に自分はどう動けばいいかを理解しているように――俺もこの世界で何をすればいいかが感覚的に分かる。
なんとなくだけど。
「そうじゃ。お主には、なんとしても3人に接触してもらいたい。 じゃが、ちと問題があっての」
「問題?」
「うむ、あの小娘達には、“厄介な呪い”がかけられておるんじゃ……」
呪い?
漫画の彼女達にそんな設定無かったと思うが……。
そう考えていると――
「――おまたせ! いくよ楓!」
島袋が、大きな紙袋を両手に持って戻ってきていた。
まるで修学旅行でお土産を買ってきた学生みたいななりをしている。
「ぬう…… 大事な話の最中じゃというのに」
ルミィは目を細め不機嫌そうに言った。
「え? 今なにか言った?」
「いや、俺じゃなくて……ほれ、そこの」
と、ルミィの方を指差した。
――が、既にそこに姿はなかった。
「あれ?」
「そこになにがいるってのよ?」
「何ってドラ……」
「(だめじゃ! その小娘には、見られたくない)」
――え?
耳元でルミィの声がした。
肩を見てもいない。
どこにいるんだ?
「(ここじゃ! 服の中を見るのじゃ!)」
言われた通り、襟首の隙間から服の中を見ると、そこにルミィが入っていた。
いつの間に入りこんだんだ。全く気付かなかったぞ。
「(今は青魔術を使って話しかけておる。お主にしか聞こえておらん。
そこの女にはわらわの事は話さないでくれ!)」
島袋には見られたくないのか……?
なんでだろう。
「どら……?」
島袋が怪訝そうな表情をしている。
とりあえず誤魔化しておくしかないか。
「ドラ……ドラえもんだよ」
「はあ?」
何言ってんのこいつみたいな顔をされてしまった。
「ドラえもんがいたら、どこでもドアで元の世界に帰れるかなって」
自分で言っててもアホかと思った。
もっとうまい言い訳あったろ俺。
「……あんたそんなアホだったっけ?」
面と向かって言われてしまった。
ちくしょう屈辱だ。
タケコプターがあれば空へ飛んでいきたい気分だ。
だが、ルミィは「(ナイス言い訳じゃ!)」とほめてくれた。
「ほら、アホなこと言ってないでいくわよ、のび太くん!」
「いや、行くってどこにだよ? って誰がのび太だ、ジャイ子」
「私はジャイ子じゃなくてしずかちゃんよ」
「……そんなことはどうでもいいだろ。 どこに行くってんだよ?」
「コルネリウスおじさんのとこ!」
コルネリウス……?
あー、確かマジマジョのお助けキャラ的なポジションの爺さんだ。
確かに、良いアイデアかもしれない。
俺達はまだ、この街のことをよく知らないし、食事も寝床も無い。
あのじいさんなら助けてくれる可能性がある。
「でも、あの爺さんって結構偉いんじゃなかったっけ。
俺達みたいなので会って貰えるのか?」
「行ってみないと分からないわ。でも、そのためにこれを買ってきたの」
そう言って島袋は大きな紙袋をぐい、と向けてきた。
「なにこれ」
「餞別よ。 一日数量限定の洋菓子。
コルネリウスおじさんはこのお店のお菓子が好物なの。
マジマジョファンブックに載っていたわ」
なるほど。
ファンブックの情報まで活かすとは……なかなかやるな。
こいつはこの世界で最強の世渡り上手になるかもしれない。
「ほら、あんたも一つ持って。 か弱い女の子には重いのこれ」
「……か弱い女だと?」
「そこに疑問の余地は無いと思うけど何か?」
「いや、なんでもないです」
睨まれたので、俺は大人しく紙袋を受け取った。
こいつ絶対しずかちゃんよりジャイ子寄りだろ。
「てか、これどうやって手に入れたんだ?」
紙袋はたしかに結構な重さだった。
しかし、島袋はこの世界のお金を持ってないはずだ。
なのにどうやってこれだけのものを手に入れたんだろう?
しかも、数量限定って量には見えないぞ、これ。
「物々交換してもらったの」
「え、何と?」
「スマホ」
「え?」
「スマホよ。写真撮って見せたら凄い興奮してたから、これと交換しましょって言ったら交換してくれたの。
この魔道具なら金貨5枚は下らないって喜んでたわ」
「お前、まじか……」
すごいな……こいつ。
何が凄いって、切り替えてることがだよ。
スマートフォンには、家族や友達の連絡先だって入っていたはずだ。
思い出の写真とかも保存していたかもしれない。
なのにこいつはそれを交換道具にしちまいやがった。
「……いいのか?」
「何が?」
「元の世界に未練とか無いのかってこと」
「そりゃあまあ、あるけどね。
でも、スマホなんてどうせそのうち充電も切れてガラクタになるわ。
今の内にこの世界の価値と交換しておこうと思ったの」
「なるほどな。言われてみればたしかに」
しかし、普通はすぐに切り捨てられるものではないと思う。
逞しいやつだ。
「それに、今はこの世界を楽しむことだけ考えてるわ!」
言葉の通り、島袋は元の世界にいた時より、幾分楽しそうな顔をしている。
俺も少しは見習わないとなと思った。
たしかにこいつの言う通り、考えてみれば、この世界は未知に溢れていて楽しそうなことばかりだ。
「小さいころさ、私達一緒に七夕に短冊とかかけたりしたじゃない?」
「あー、あったなそんな時代も」
俺達が一緒に遊んでいた頃だから、少なくとも小学校低学年以下の時だ。
「あの時、私が紙に書いた言葉、覚えてる?」
「いや全然」
「なんで覚えてないのよ」
不服そうな顔をしていた。
そんな昔の話をされても困る。
短冊か……。
俺はたぶん『世界征服』とか、『かめはめ波うちたい』とかそんな事を書いた気がする。
「まあいいわ、コルネリウスさんのところへ急ぎましょ!」
ぐい、と腕を引っ張られる。
「あのじいさんが助けてくれなかったら、俺達最悪野宿だな」
「優しいおじさんだもん、助けてくれるわよきっと」
俺達二人と一匹は、塔の先にある湖のほとりに向かって歩きはじめた。
すれ違う人皆が、俺達をもの珍しそうな目で見ていた。
前を歩いている島袋の肩が揺れている。
よく見るとスキップしているみたいに足取りが軽やかだった。
「おじさんに会ったら食事と、衣服と、寝床を用意してもらうの。
図々しいけど、これぐらいは許してくれると思うわ。
それからね、私達にも使えるかどうか聞いてみるの」
「使える? 何を?」
聞くと、島袋は「決まってるでしょ」と言いながら振り返った。
そして、久しく見ていなかったような笑顔で言った。
「――魔法よ!」
とびきりのスマイルだった。
喧嘩ばかりしていたから、忘れていたけど、こいつこんなにかわいかったんだよなあ。
「あ」
俺は足を止めた。
――たった今、ひとつ。
この笑顔を見て思い出したことがある。
「“魔法少女”、だろ?」
「――え?」
「短冊に書いた夢」
言うと――
俺が覚えていたことが意外だったのか、島袋は目を丸くした後はにかんだ。