シーン01「炎の転校生(かわいい)」その7
「その、ひょっとして……だけど。吸い出すっていうのは、その」
言いよどむ。彼女いない歴もうすぐ十七年の青少年には刺激が強すぎる推論だ。
「マフトを吸い出すのは簡単です」
言いながら、アリスは身を乗り出して充の手に自分の手を重ねる。前かがみの体勢になったせいで顔が近づいた。髪からなんかいい匂いがした。
「わわっ、何す……」
慌てて引こうとした手をアリスがつかむ。女子とは思えない握力に、軍人だという彼女の言葉が重なる。
手をつかんだまま、それ以上は何もしないようなのでおとなしくしていると、
「ああ。すごいです、これは想定以上です!」
「な、何が?」
あやしい占いみたいな状況に引きながら聞く。
「既に相当量を体内に蓄積されていますね。希薄なこちらの世界のマフトを根こそぎ吸い込んできたのでしょう」
……なんか、妖怪みたいだな、俺。
「マフトの質も悪くない……。いえ、錬成しやすい素直なマフトです。現在、ミツルさんの心中はとまどい、不安、若干の高揚……でしょうか。そうした感情が強く現れています」
「そんなことまで分かるの?」
特殊訓練を受けていますので、と言いアリスは手を離す。ほんの少し名残惜しく思いながら充は言う。
「じゃあ、こういうことか。俺の感情でどんなマフトが出るかわかんないから、使いづらいと。拉致って自分とこで使うのはめんどくさいけど、他の国に取られるのは嫌だから殺しちまおうと?」
おそらくは、とアリスはうなずく。なんて自分勝手なんだ、プリンなんとかめ。
「あるいはアックに対する理解、研究がそこまで進んでいないのかも知れません。国際社会のあぶれ者ですから、情報も前時代的である可能性を否定できません」
できないのか。
「マフトの吸出しは、このように露出した体表面を接触させることによって行ないます。中でも、開口部同士の接触は、もっとも効率の良い方法となります」
……開口部?
「口と口を合わせて行なう、いわゆる接吻……キスです」
無表情で言う、黒い戦闘服の美少女。
「そして、その時の心理状態、感情でマフトの内容が大きく変わる……つまり」
ははあ。それでか、それであの時あんなことを。
やっと合点がいった。
「はい。ミツルさんがわたしに好意を抱いた上でキスをすれば、最高の状態でマフトの吸出しが行なわれます。相手に対する気持ちが強く作用しますので。わたしの任務は護衛だけでなく、貴方のマフト供給能力の最高値を観測することも含まれています」
……つまり、任務で俺の気持ちを動かしてキスさせようとしてるってわけか。
「なんだかなあ……」
充は、何とも言えない気分になってしまった。今日会ったばかりの、異世界から来た軍人だという戦闘服姿の美少女。文句のつけようのないルックスだというのは認めるけど、なんか、どっかズレてるし、なんと言っても……
「ごしゅじんさまー、わたしをあなたのペットにしてくださいにゃー」
生徒手帳に書かれたセリフを棒読みで読み上げ、充の表情を伺う。
「……反応なし。 ん……猫手? なにかしらこれ。猫耳と尻尾を忘れずに装着の上? ……そんな。支給された装備の中にそんなものはなかったはず……この作戦は実行不可能ね」
パラパラと更にページをめくる。
「メイド……? 給仕係が一体何の関係があるのかしら……」
「あのー。それ、誰の入れ知恵か知らないけど、多分アリスをからかってるだけだと思うよ? ただ言わせたいだけじゃないかな」
変○音響監督みたいに。
充の言葉にアリスは目を丸くし、生徒手帳の該当ページらしき部分を破りとって手の上で一瞬にして燃え上がらせた。サラサラと灰になった恥ずかしいセリフの残骸を床に捨て、
「一分下さい。 ……失礼します」
言うや、戦闘服の左肩に向けて話し始めた。
「こちらルフトワッフェ第七特別遊撃部隊所属フェルドウェベル・アリス。本部、応答願います……本部? ……ヨーコ! いるんでしょ? 貴女いい加減にしないと本当に燃やすわよ? こら、出なさい! スタッヴドフェルドウェベル! ……チッ」
急に怒りをあらわにしたアリスは盛大に舌打ちして通信を切った。失礼しました、と言うその表情は元通りに感情を消していた。




